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2020.08.12

「近大マグロの、父と母。」- 第2回 海を耕したくても-

Kindai Picks編集部

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水産研究所
マグロ
近大マグロ
オリジナル記事

グランフロント大阪、東京銀座に続き、2020年8月3日 東京駅構内グランスタ東京に養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所 はなれ」がオープン!あわせて、近大マグロ誕生に至る養殖研究エピソードのコラムがスタート!小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードをご紹介します。

養殖の黎明期

現在、私たちが食べている海水魚は、天然が7割強、養殖が2割強(農林水産省統計)。中でもマダイは約8割、ブリ(ハマチ)は約7割が養殖なので、今や養殖魚は身近な食材です。
しかし、原田輝雄氏が近畿大学の助手として白浜の研究所に赴任した1953年(昭和28年)は、海水魚の養殖がまだまだ手探りの時代。研究所前の養魚場も荒れ気味で、総長から与えられた「研究と経営の両立、水産学科の創設」という使命は、弱冠27歳の原田氏にとって難題でした。



ハマチを育てる

最初に取り組んだのは、「ハマチの養殖研究」。ハマチは、稚魚の頃は「モジャコ」と呼ばれ、関西では成長に従い「ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ」と呼び名が変わる出世魚です。美味しくて市場人気が高く、成長が速いので飼育コストも抑えられるという、養殖向きの魚種です。原田氏は、日本で初めてハマチの餌付けに成功した香川県の野網和三郎氏に教えを請い、各地水族館も視察し、飼育方法を学びました。そして漁師の方々に獲っていただいたモジャコ(ハマチの稚魚)を「第一養魚場」に放流しました。ハマチは動きが早いので、網で獲りあげるのも一苦労です。翌年、おおかたのハマチは獲りあげられましたが、若干のハマチが残りました。
すると、大変残念なことが起こってしまいました。新たなモジャコを放流したところ、獲りそこねて大きく成長したハマチが新入りモジャコを食べてしまうという、「共食い」が発生したのです。せっかくの新入りがハマチに追いかけられ、食べられていく様を水辺で眺めるのは、どれほど悔しかったことでしょう。豚や鶏といった陸上の飼育動物ならば、近距離で健康状態を観察し、生存数や成長度を把握し、トラブルがあれば隔離などの対応ができます。しかし、魚の住まいは水の中。生存状況の把握も難しく、また捕まえるとたちまち弱ってしまうので観察や隔離も難しく、飼育はトライ&エラーの連続なのです。


第一養殖場でのハマチ養殖の様子

イケス網の開発

当時の飼育環境は、湾の一角を堤防で仕切る「築堤式養殖法」でした。広い飼育スペースを確保できる一方、堤防の建設費や維持費が高くつきました。また、捕獲の際は大きな網をひかねばならないので、多大な労力を要しました。同じ飼育スペースに成長度の違う魚が共存するので、モジャコの一件のような共食いも発生しました。
そこで原田氏は1954年(昭和29年)から、網で方形に囲ったイケスで育てる「イケス網(小割)式養殖法」を始めました。
成長度の違う魚を別々の網の中で育てれば、共食いリスクは減ります。また、生息域がコンパクトなので観察も容易ですし、餌も行き届きやすくなります。さらには、築堤式に比べて初期費用や維持費もおさえられます。当時としては画期的な「イケス網(小割)養殖法」の開発によって、ハマチ養殖は軌道にのりました。



寄生虫ハダムシの駆除

「海を耕し、海産物を増やす」。総長の提唱した理念を実現するには、さらなる効率化が必要です。原田氏は、イケス網を海面にいくつも設置し、比較試験を始めました。観察項目は多岐にわたります。
給餌量と成長。給餌回数と成長。生餌の種類別の成長と弊害。水温と成長。溶存酸素量と成長。比重と成長…。
丹念に調査や飼育を進めていても、ハマチの体表にハダムシが寄生することもありました。ハダムシは、遠目だと桜の花びらにでも見えそうな、薄い寄生虫です。とりつかれたハマチは刺激で不快になるのでしょう、イケス網に体をこすりつけるようになります。そうすると外傷から病原菌が入って死に至ったり、生き延びても痩せて商品価値が下がったりしてしまいます。
商品価値を下げず、安全に寄生虫を除去できる方法はないものか…。原田氏は研究を進めました。あるとき、出荷するハマチを海水ではなく淡水で洗ったところ、ハダムシが白濁して脱落しました。海水に生きるハダムシは、淡水に対する耐性が低かったのです。早速、淡水におけるハマチの生存時間について実験し、1955年(昭和30年)、「淡水浴によるハダムシ駆除法」を確立しました。薬を使わずとも、たった数分間の淡水浴で、ハダムシをハマチからスムーズに脱落させられるようになったのです。現在は、淡水浴も塩水浴も魚の飼育においてメジャーな手法ですが、当時はこのような「薬を使わない、魚や寄生虫の生態観察を活かした安全な駆除法」は、日本の養殖業界に大きなインパクトを与えたのでした。


ハマチの寄生虫ハダムシを駆除(淡水浴)

重労働の日々

養殖魚はスクスク育つようになったものの、作業はすべてが重労働でした。当時の網の素材は、軽量で耐久性の高い化学繊維ではなく、シュロか、カッチ(柿渋)染をほどこした綿糸。フジツボなどの付着生物ですぐ網目がふさがるので、しょっちゅう交換が必要ですし、網の引き揚げは重くて大変でした。網洗い機もなかったため、引き揚げて天日に干して、汚れや付着生物を棍棒で叩き落とすという手作業でした。
また餌の運搬も、自転車かリヤカーという人力頼みでした。毎朝4時に起きて自転車で田辺魚市場に行き、イワシやアジなどの生餌を購入。研究所に戻って給餌して、自分たちの朝食を食べるのはやっと昼過ぎ。餌用の生魚を保存する冷蔵施設もないので、裏山に横穴を掘って保管していました。
さらに餌は、養殖魚が食べやすいサイズに裁断する必要があります。餌用の魚を包丁で切り捌く作業は、ドロドロの生臭い作業。毎日毎日早朝から、餌の運搬や支度、餌やり、網の手入れなどの力仕事が続く、とんでもなくハードな日々でした。


網の付着物を棍棒で叩いて落とす作業

ギリギリの運営

原田氏は、研究所の皆さんが「ダウンしているところなど見たことない。」とおっしゃるほど丈夫な方でしたが、さすがにこの頃、過労で倒れたそうです。重労働がこたえただけではなく、プレッシャーも大きかったのではないでしょうか。理想は、「研究と経営を両立させ、水産学科設立を目指す」。しかし現実は、大学本部からの研究資金もほとんどなく、「資金がない→十分な餌が買えない→魚が太らない→良い値で売れない→資金、餌代が稼げない」という悪循環。全てにおいてギリギリの運営だったのです。
そんな厳しい日々の中、故郷の長野から、素敵な救世主が現れます。奥様となられる、かをるさんです。年を経るにつれ、原田氏は「養殖の父」、かをるさんは「白浜の母」と呼ばれるようになります。そう、まさにこのお二人が、「近大マグロの、父と母」なのです。お似合いのご様子は、また次回に。

(第3回に続く)

■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])

・「TUNAガール」サイト
・予告編

(C) 吉本興業/NTTぷらら

この記事を書いた人

安田真奈(監督・脚本家)

大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト



近畿大学水産研究所 はなれ

2020年8月3日 東京駅構内「グランスタ東京」にオープン。これまでの2店舗とは異なり、近畿大学が生産した完全養殖の稚魚を日本各地の養殖業者が育成した「近大生まれの魚」を中心に提供します。完全養殖とは完全ふ化した仔魚を親魚まで育ててその親魚から採卵し、人工ふ化させて次の世代を生み出していくもので、天然資源に依存しない持続可能な水産業を確立するには不可欠な技術です。

近畿大学水産研究所
店舗ホームページ


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