2020.09.02
「近大マグロの、父と母。」第5回 夫婦で突進
- Kindai Picks編集部
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小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、近大マグロ誕生に至る養殖研究について、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードを交えながらご紹介します。
連載記事
▼第1回 原田氏、近大水研へ
▼第2回 海を耕したくても
▼第3回 養殖の父&白浜の母
▼第4回 ブリの子守
▼第5回 夫婦で突進
▼第6回 究極の養殖魚
▼第7回 傷つきやすいダイヤ
▼第8回 魚飼いのプライド
▼第9回 不可能を可能に
▼最終回 マグロの嫁入り
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みんな我が子のよう
原田輝雄氏とともに「夜通しのブリの子守」をした村田修氏は、現在、近畿大学の名誉教授です。福井の水産高校を出て、柳行李ひとつ背負って白浜に来た頃は、自分がいずれ教授になるとは想像もしませんでした。しかし「研究職や教員職を希望するなら大学に行った方がいいよ」と原田氏に勧められ、3年勤務した後、近畿大学農学部水産学科に入学。大阪で学びながら生活費を稼ぐのに苦労していると、原田氏に「休みは白浜に帰って研究所のアルバイトをしたら」と誘われたり、かをるさんには体調や暮らしぶりを気遣われたりと、細やかに支えられたそうです。
入所当時の村田修氏(白浜の名所“円月島”をバックに)
かをるさんは、地方からきた若い職員や学生について、強い想いがありました。
「よそのご家庭からお預かりしてる、大切なお子さんだもの。みんな家族のよう、我が子のよう、と思ってたわ。身だしなみや怪我や病気は私が面倒みたけど、夫はみんなのステップアップを考えてたようね。人手が足りない時も、やる気のある若者には大学進学を勧めてた。仕事の幅が広がって稼げるようになるし、戻ってくれたら研究所のためにもなるしね。」
中には、研究所を辞めて他社に就職したものの、また辞めて戻る…というケースもありました。就職予定の会社が倒産したので、研究所で引き受ける…というケースもありました。どんなケースでも、働く意欲のある若者を原田氏はニコニコと受け入れ、かをるさんは親身に世話をしたのでした。
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卒業研究生とのゼミ旅行
勝負の季節
ブリの研究については、原田氏が編み出した「水を揺らす」作戦が奏功。長崎の女島から白浜に持ち帰った受精卵が、無事ふ化しました。しかし、ふ化したての赤ちゃん(仔魚)をどんな環境で育てたらよいのか、どの時期に何を食べるのか、ほぼ謎でした。そのため生存日数はなかなか伸びず、毎年、女島へ受精卵確保に通いました。ブリの自然産卵期は春のみです。ふ化させた仔魚が死んでしまうと、1年先まで研究はお預け。現在は陸上水槽で水温調節してブリの産卵期をズラすという技術もありますが、当時は「人工ふ化の研究は1年につき1チャンス」という強い緊張感がありました。
赤ちゃんの食べ物
餌は当初、金魚の飼育を参考に、ゆで卵などを用意しました。黄身をガーゼに包んで水に入れると細かい粒子となって水中に漂い、金魚の赤ちゃんが食べるからです。他にも、ヒトの離乳食、アルテミア幼生、マガキ幼生、コペポーダ(カイアシ類)など、さまざまな餌を試しました。ブリの仔魚が水槽の底をつつく行動を踏まえて、ウニ卵やカキ卵などの沈む餌を入れたりもしました。しかし沈んだ餌は食べられず、水の腐敗にもつながるなど、試行錯誤の連続でした。現在では、ブリに限らず多くの魚種にとって、水面あるいは水中に漂う餌が最適と認識されています。また、プランクトンから配合飼料への切り替えも、魚種ごとに適切なスケジュールで行われています。
魚に休みはない
研究の際、原田氏はよく職員に「赤ちゃんを一日でも長く育てる競争」を仕掛けました。せっかく育てた仔魚が死んでしまう…という悲壮感が前向きな飼育意欲に変わり、大きな励みとなったそうです。原田氏はよく言いました。「魚に休みはないよ。盆も正月もない。我々は、魚の生活に合わせなければいけないんだよ。」
物言わぬ魚を相手に、24時間365日の途切れぬケア。手間がかかる分、育った時の喜びはひとしおです。研究開始から8年たった1968年(昭和43年)、女島からの受精卵がモジャコ(稚魚)に成長し、世界で初めて「ブリの人工ふ化・飼育」に成功。原田氏はじめ研究所メンバーは、大いに喜びました。この研究を機に、マダイ、ヒラメ、イシダイ、カンパチ、イシガキダイ、ヒラマサ、シマアジなども、人工採卵による種苗生産が実現。世界初の完全養殖が、次々達成されるようになりました。
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無頓着なマルチプレーヤー
原田氏は1962年(昭和37年)に「ブリの増殖に関する研究」で京都大学より農学博士の学位を取得、近畿大学助教授となりました。そして1965年(昭和40年)には、教授に昇任となりました。原田氏は常に、学問研究だけでなく、研究所の経営も、さらには日本の養殖の未来をも見通していました。「採卵・人工ふ化による種苗生産」「飼料、魚病、品種改良の研究」「人間にとっても魚にとっても健康的な飼育」など、いくつもの高い目標を掲げて成果をあげ、国内外から「海水魚養殖の父」と呼ばれるようになりました。しかし奥様のかをるさんは、そんなマルチプレーヤーの原田氏を「とにかく変わった人よ!」と笑いながら振り返ります。日中は作業に明け暮れ、夕食後9時ごろから机上の仕事に取り組み、夜中の2時ごろ、眠気覚ましに橋を渡って寮の風呂へ。手ぬぐいで頬かむりして深夜にウロウロするので、警官から不審者扱いされることもしばしば。戻って4時頃から仮眠をとり、6時には起きて、再び魚の出荷や飼育や研究に。教授となるまでに二人の娘さんを授かりましたが、家族でゆっくり過ごす余裕はありませんでした。
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忙しい仕事の合間に、娘さんとのツーショット
「細切れの仮眠ばかりで、寝間着に着替えることなんてめったにないの。資料は机に山積みで、新聞も押し入れに満杯。捨てようとすると『ダメ、触らないで』って止められるし、たまに『あの記事は…』と引っ張り出すもんだから、整理整頓は無理だったわ。スーツをクリーニングに出そうとポケットを見たら、爪楊枝が山ほど入っててビックリ、なんてこともあった。ホント、研究以外のことには無頓着な人だったのよ!」
研究所の方々からは、「かをるさんがいたから原田先生は研究に邁進できた」「原田先生の奥さんは、他の人じゃつとまらない」との声が聞かれました。
とことん研究好きな原田氏に、とことん世話好きなかをるさん。突進、突進、常に突進!止まったら死んでしまうマグロのように、前へ前へと進み続けるカップルなのでした。
(第6回に続く)
■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])
・「TUNAガール」サイト
・予告編
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(C) 吉本興業/NTTぷらら
この記事を書いた人
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安田真奈(監督・脚本家)
大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト
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