2020.09.09
「近大マグロの、父と母。」第6回 究極の養殖魚
- Kindai Picks編集部
1369 View
小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、近大マグロ誕生に至る養殖研究について、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードを交えながらご紹介します。
連載記事
▼第1回 原田氏、近大水研へ
▼第2回 海を耕したくても
▼第3回 養殖の父&白浜の母
▼第4回 ブリの子守
▼第5回 夫婦で突進
▼第6回 究極の養殖魚
▼第7回 傷つきやすいダイヤ
▼第8回 魚飼いのプライド
▼第9回 不可能を可能に
▼最終回 マグロの嫁入り
この記事をシェア
止まらない仕事好き
原田輝雄氏は、魚と仕事を何より優先しました。妻のかをるさんいわく、南紀白浜に住んでいながら、家族での海水浴は一度きり。旅行なんてありませんでした。毎春、東京の学会出張に家族で同行して故郷長野に足をのばしましたが、原田氏は電車の中でも論文を書いたり資料を読んだりと、普段通り。せっかくの大移動も家族旅行ムードにならず、かをるさんは二人の娘さんとばかりしゃべっていたそうです。長野の実家にて、娘さんと
「とにかく仕事、仕事なの。病気で2回手術したんだけど、医者から安静にって言われても、退院したらすぐ働いちゃうのよ。もう、この人は誰にも止められない、と思ったわ。」
仕事以外は頭に入らないのか、口のまわりに歯磨き粉を付けて出勤したり、ジャージを裏返しのままで過ごしたりと、小さな失敗は日常茶飯事。かをるさんが怒っても原田氏はハハハと聞き流すので、喧嘩にもならなかったそうです。
魚に教えてもらう
基本的に穏やかな原田氏でしたが、魚の世話が不十分な時は、職員を厳しく注意したそうです。例えば、餌やり。イケスにまんべんなく生餌をまく作業は、疲れる力仕事です。職員が適当にすませて戻ると、原田氏は敏感に見抜きました。「よく餌を食べましたか」「はい」「まだ食べそうですか」「はい」「じゃ、また行ってきなさい」「は、はい…」
原田氏の口癖は、「魚を観察しなさい、教えてもらいなさい」。勢いよく餌に食いつくのは元気な証拠。いつもより大人しいなら、具合が悪いのかもしれないし、環境に変化があったのかもしれない。病気なら治療が必要なので、変化の要因は早めにつきとめねばならない…。わずかな異変も見逃さない細やかな観察姿勢は、職員および学生たちの手本となりました。
養殖生簀での原田氏
温めたり冷やしたり
当時の市場では、重さで売値が決まったので、できるだけ魚を太らせました。また鮮度が重視されたので、「獲りあげから運送まで、いかにして鮮度と品質を保つか」も研究課題となりました。特に試行錯誤を繰り返したのはハマチです。ハマチはブリのふ化後1年頃の呼称ですが、成長スピードと味の良さから、養殖現場でも市場でも重宝されました。原田氏は、獲りあげて締める方法を検証しました。
「暴れて苦しむと身が固くなるから、即殺が大事だ。あわせて、筋肉に血液が残っていると刺身の味が落ちるので、血も抜いた方がよい。」
死後硬直の前だと鮮度が良いと評価されるので、硬直を遅らせる方法も探りました。通常ハマチは死後4~5時間で硬直しますが、10~12℃で保存すれば硬直を遅らせることができる、とわかりました。とはいえ、当時は温度調節できる保冷車などなく、トラックに箱積みして冷やすだけの運搬環境です。すると原田氏は言いました。
「ハマチのコンテナを、作りましょう。」
こうして皆で、木枠のコンテナを製作しました。冷えすぎてはダメだからと、なんと湯たんぽをいれて毛布をかぶせ、10~12℃の温度域を保ちました。「死んだら冷蔵」という常識を覆す、湯たんぽに毛布の運送。「あっためるんだか冷やすんだか…」「なんなんだ、この作業は」「先生は本当に色んなことを思いつかれる」と、研究所の皆さんは感嘆したそうです。
こうした努力が実り、味もよく新鮮なハマチを市場に出せるようになりました。チリンチリンと鐘が鳴って「近大のハマチや~近大のハマチや~」という呼び声が響くと、買い付けの業者がゾロゾロと集まるようになりました。
ハマチを締めて計量している様子
研究者で経営者
原田氏の赴任当時は研究予算も少なく、時には餌代の取り立てから隠れるほどの資金難でした。しかし研究を重ねるうちに、「養殖魚を良い値で売って、飼育や研究の費用を賄う」というサイクルが軌道に乗り始めました。初代総長・世耕弘一氏からの、「研究と経営を両立させ、水産学科を作ってほしい」という命題が実現したわけですが、こうしたサイクルは、原田氏自身の強く望むところでもありました。時に大きな設備投資も要する養殖研究は、支給された予算に縛られると思い切ったことができません。自ら稼げば、施設を増やしたり新たな研究に着手したりと、独自に活動できます。後のクロマグロの完全養殖成功も、こうした運営に支えられました。原田氏は研究者であると同時に、経営者でもあったのです。
地元との信頼関係にも心を砕き、当時としては珍しく、漁業協同組合と「共同事業」として養殖を営みました。さらに、漁協の協力を得て、親魚水槽・飼育水槽・生物飼料の培養槽を備えた水産養殖種苗センターも1970年(昭和45年)に設立。「獲る漁業」から「育てる漁業」へ、漁協と一心同体で歩みました。後年、地方に研究所を新設する際にも、「地元の方々に、『近大が来て良かった』と思われるようにしなければ。」と、よく語っていたそうです。
水産養殖種苗センター(白浜事業場)陸上水槽
最後はマグロだ
かをるさんは、育児や家事、職員・学生の世話に加えて、毎朝4時から魚の注文を聞くなど、実に多忙な日々でした。「変わった人だけど、きっと何かをやりとげる。」
そんな夫への信頼は、結婚当初から一切揺るぎませんでした。そもそも長野時代、お兄様と同級生の原田氏が家に来た時の第一印象は、「冗談も言わないマジメな人」。加えて、「すみませんお茶をいただけますか。」と普通に言えず、「すこし水分をください。」と理科の実験のように言うなど、「とにかく勉強好きな、かなり変わった人」。それゆえ、原田氏がどんな実験を始めても、何を言い出しても、「また変なことしてるなぁ」と、慣れた調子で見守りました。
「海水魚の採卵や人工ふ化は不可能」と言われた時代に「ブリの人工ふ化・飼育」に挑み、それも実現しないうちから「最後はマグロだな。いつか養殖するぞ。」と言い、研究仲間に「回遊魚のマグロの養殖なんてありえない、クジラを飼うようなものだ」と笑われ……。周囲が無理だと思っても、原田氏は意欲を失いませんでした。実家が養鯉を営んでいたので、「鯉でできることが、ブリでできないわけがない。ブリでできることが、マグロでできないわけがない。」と考えていました。
やがて1970年(昭和45年)、水産庁の委託研究「マグロ類養殖技術開発企業化試験」がスタート。近畿大学は、複数の大学や機関とともに参加しました。巨大で、希少で、高額で、「海のダイヤ」と呼ばれる究極の魚・クロマグロ。
いよいよ、世界初のクロマグロ完全養殖を目指す長い戦いが始まりました。
(第7回に続く)
■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])
・「TUNAガール」サイト
・予告編
(C) 吉本興業/NTTぷらら
この記事を書いた人
安田真奈(監督・脚本家)
大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト
この記事をシェア
ランキング
新着記事
ランキング
1
部屋で音漏れを気にせず歌える!?約1万3千円で、大学生に優しい防音室を1日で作ってみた
Kindai Picks編集部 | 2023.03.30
258173 View
2
範は紀州史にあり〜わかやま教育今昔〜
毎日新聞 | 2024.08.22
6748 View
3
産学連携で育成|「近大鴨」一般販売開始
読売新聞オンライン | 2024.11.25
347 View
4
【2024年お歳暮紹介】お世話になったあの人へ。冬のギフトは近大関連商品を!
Kindai Picks編集部 | 2024.11.01
1405 View
5
来場者が急増したその後は?「周央サンゴ×志摩スペイン村」炎上なしで成功したコラボの裏側
Kindai Picks編集部 | 2023.12.04
112308 View
新着記事
産学連携で育成|「近大鴨」一般販売開始
読売新聞オンライン | 2024.11.25
347 View
私の経営哲学(181)ダイハツディーゼル社長・堀田佳伸氏「人の力を信じ改革推進」
日刊工業新聞 | 2024.11.19
73 View
近畿大、フィルム袋で静置培養法確立 微生物にストレス与えず
日刊工業新聞 | 2024.11.18
46 View
シンガーソングライター ・つじあやのさんが心揺さぶられた一冊
近通Trend | 2024.11.15
901 View
“Agriculture & Forestry”分野で全国私立大学1位、“Medicine”分野で西日本私立大学1位 世界大学ランキング「QS World University Rankings by Subject 2024」
QSTopUniversities | 2024.11.13
658 View