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研究・教育

2020.09.09

「近大マグロの、父と母。」-第6回 究極の養殖魚-

Kindai Picks編集部

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水産研究所
マグロ
近大マグロ
オリジナル記事

小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、近大マグロ誕生に至る養殖研究について、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードを交えながらご紹介します。

止まらない仕事好き

原田輝雄氏は、魚と仕事を何より優先しました。妻のかをるさんいわく、南紀白浜に住んでいながら、家族での海水浴は一度きり。旅行なんてありませんでした。毎春、東京の学会出張に家族で同行して故郷長野に足をのばしましたが、原田氏は電車の中でも論文を書いたり資料を読んだりと、普段通り。せっかくの大移動も家族旅行ムードにならず、かをるさんは二人の娘さんとばかりしゃべっていたそうです。

長野の実家にて、娘さんと

「とにかく仕事、仕事なの。病気で2回手術したんだけど、医者から安静にって言われても、退院したらすぐ働いちゃうのよ。もう、この人は誰にも止められない、と思ったわ。」
仕事以外は頭に入らないのか、口のまわりに歯磨き粉を付けて出勤したり、ジャージを裏返しのままで過ごしたりと、小さな失敗は日常茶飯事。かをるさんが怒っても原田氏はハハハと聞き流すので、喧嘩にもならなかったそうです。

魚に教えてもらう

基本的に穏やかな原田氏でしたが、魚の世話が不十分な時は、職員を厳しく注意したそうです。例えば、餌やり。イケスにまんべんなく生餌をまく作業は、疲れる力仕事です。職員が適当にすませて戻ると、原田氏は敏感に見抜きました。
「よく餌を食べましたか」「はい」「まだ食べそうですか」「はい」「じゃ、また行ってきなさい」「は、はい…」
原田氏の口癖は、「魚を観察しなさい、教えてもらいなさい」。勢いよく餌に食いつくのは元気な証拠。いつもより大人しいなら、具合が悪いのかもしれないし、環境に変化があったのかもしれない。病気なら治療が必要なので、変化の要因は早めにつきとめねばならない…。わずかな異変も見逃さない細やかな観察姿勢は、職員および学生たちの手本となりました。


養殖生簀での原田氏

温めたり冷やしたり

当時の市場では、重さで売値が決まったので、できるだけ魚を太らせました。また鮮度が重視されたので、「獲りあげから運送まで、いかにして鮮度と品質を保つか」も研究課題となりました。特に試行錯誤を繰り返したのはハマチです。ハマチはブリのふ化後1年頃の呼称ですが、成長スピードと味の良さから、養殖現場でも市場でも重宝されました。
原田氏は、獲りあげて締める方法を検証しました。
「暴れて苦しむと身が固くなるから、即殺が大事だ。あわせて、筋肉に血液が残っていると刺身の味が落ちるので、血も抜いた方がよい。」
死後硬直の前だと鮮度が良いと評価されるので、硬直を遅らせる方法も探りました。通常ハマチは死後4~5時間で硬直しますが、10~12℃で保存すれば硬直を遅らせることができる、とわかりました。とはいえ、当時は温度調節できる保冷車などなく、トラックに箱積みして冷やすだけの運搬環境です。すると原田氏は言いました。
「ハマチのコンテナを、作りましょう。」
こうして皆で、木枠のコンテナを製作しました。冷えすぎてはダメだからと、なんと湯たんぽをいれて毛布をかぶせ、10~12℃の温度域を保ちました。「死んだら冷蔵」という常識を覆す、湯たんぽに毛布の運送。「あっためるんだか冷やすんだか…」「なんなんだ、この作業は」「先生は本当に色んなことを思いつかれる」と、研究所の皆さんは感嘆したそうです。
こうした努力が実り、味もよく新鮮なハマチを市場に出せるようになりました。チリンチリンと鐘が鳴って「近大のハマチや~近大のハマチや~」という呼び声が響くと、買い付けの業者がゾロゾロと集まるようになりました。


ハマチを締めて計量している様子

研究者で経営者

原田氏の赴任当時は研究予算も少なく、時には餌代の取り立てから隠れるほどの資金難でした。しかし研究を重ねるうちに、「養殖魚を良い値で売って、飼育や研究の費用を賄う」というサイクルが軌道に乗り始めました。初代総長・世耕弘一氏からの、「研究と経営を両立させ、水産学科を作ってほしい」という命題が実現したわけですが、こうしたサイクルは、原田氏自身の強く望むところでもありました。
時に大きな設備投資も要する養殖研究は、支給された予算に縛られると思い切ったことができません。自ら稼げば、施設を増やしたり新たな研究に着手したりと、独自に活動できます。後のクロマグロの完全養殖成功も、こうした運営に支えられました。原田氏は研究者であると同時に、経営者でもあったのです。
地元との信頼関係にも心を砕き、当時としては珍しく、漁業協同組合と「共同事業」として養殖を営みました。さらに、漁協の協力を得て、親魚水槽・飼育水槽・生物飼料の培養槽を備えた水産養殖種苗センターも1970年(昭和45年)に設立。「獲る漁業」から「育てる漁業」へ、漁協と一心同体で歩みました。後年、地方に研究所を新設する際にも、「地元の方々に、『近大が来て良かった』と思われるようにしなければ。」と、よく語っていたそうです。


水産養殖種苗センター(白浜事業場)陸上水槽

最後はマグロだ

かをるさんは、育児や家事、職員・学生の世話に加えて、毎朝4時から魚の注文を聞くなど、実に多忙な日々でした。
「変わった人だけど、きっと何かをやりとげる。」
そんな夫への信頼は、結婚当初から一切揺るぎませんでした。そもそも長野時代、お兄様と同級生の原田氏が家に来た時の第一印象は、「冗談も言わないマジメな人」。加えて、「すみませんお茶をいただけますか。」と普通に言えず、「すこし水分をください。」と理科の実験のように言うなど、「とにかく勉強好きな、かなり変わった人」。それゆえ、原田氏がどんな実験を始めても、何を言い出しても、「また変なことしてるなぁ」と、慣れた調子で見守りました。
「海水魚の採卵や人工ふ化は不可能」と言われた時代に「ブリの人工ふ化・飼育」に挑み、それも実現しないうちから「最後はマグロだな。いつか養殖するぞ。」と言い、研究仲間に「回遊魚のマグロの養殖なんてありえない、クジラを飼うようなものだ」と笑われ……。周囲が無理だと思っても、原田氏は意欲を失いませんでした。実家が養鯉を営んでいたので、「鯉でできることが、ブリでできないわけがない。ブリでできることが、マグロでできないわけがない。」と考えていました。
やがて1970年(昭和45年)、水産庁の委託研究「マグロ類養殖技術開発企業化試験」がスタート。近畿大学は、複数の大学や機関とともに参加しました。巨大で、希少で、高額で、「海のダイヤ」と呼ばれる究極の魚・クロマグロ。
いよいよ、世界初のクロマグロ完全養殖を目指す長い戦いが始まりました。

(第7回に続く)


■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])

・「TUNAガール」サイト
・予告編

(C) 吉本興業/NTTぷらら

この記事を書いた人

安田真奈(監督・脚本家)

大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト



近畿大学水産研究所 はなれ

2020年8月3日 東京駅構内「グランスタ東京」にオープン。これまでの2店舗とは異なり、近畿大学が生産した完全養殖の稚魚を日本各地の養殖業者が育成した「近大生まれの魚」を中心に提供します。完全養殖とは完全ふ化した仔魚を親魚まで育ててその親魚から採卵し、人工ふ化させて次の世代を生み出していくもので、天然資源に依存しない持続可能な水産業を確立するには不可欠な技術です。

近畿大学水産研究所
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