2020.08.26
「近大マグロの、父と母。」第4回 ブリの子守
- Kindai Picks編集部
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グランフロント大阪、東京銀座に続き、2020年8月3日 東京駅構内グランスタ東京に 養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所 はなれ」がオープン!あわせて、近大マグロ誕生に至る養殖研究エピソードのコラムがスタート!小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードをご紹介します。
連載記事
▼第1回 原田氏、近大水研へ
▼第2回 海を耕したくても
▼第3回 養殖の父&白浜の母
▼第4回 ブリの子守
▼第5回 夫婦で突進
▼第6回 究極の養殖魚
▼第7回 傷つきやすいダイヤ
▼第8回 魚飼いのプライド
▼第9回 不可能を可能に
▼最終回 マグロの嫁入り
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仲人は36組
原田輝雄氏が1954年(昭和29年)に開発した「イケス網(小割)養殖法」は、飼育管理がしやすく、健康に育ったハマチが良い値で売れるようになっていきました。しかし研究の予算は少なく、養殖魚を売っても売っても、運営は火の車。魚の飼育に休みはないので、朝から夜までの重労働も、変わらず続きました。冷凍庫の導入により、裏山に生餌保管用の横穴は掘らなくてよくなりましたが、中古のアンモニア型冷凍庫なので24時間監視せねばならないなど、まだまだ諸作業に多大な労力が必要でした。1958年(昭和33年)、近畿大学農学部水産学科が設立。原田氏は講師となり、学生たちが研修に滞在するようになりました。妻のかをるさんは、原田氏と職員と学生たちのお世話をすることになり、ますます多忙になりました。しかし当時の様子をお尋ねすると、
「皆さん本当に頑張ってくれたわよ。私も色んな魚を見たけど、シマアジは結構弱いわね。寒くなって水が凍ると真っ先に死んじゃうの。ボラとかチヌとかは強いのよ、全然死なない。長野では見なかった魚ばかりで、本当に面白くて!白浜に来たことを一度も後悔しなかったわ!」
と、発見に満ちた日々を楽しく振り返られました。遠方地出身の学生も多く、かをるさんは「白浜の母」と慕われるようになりました。
「風邪、熱中症、髄膜炎、交通事故、ムカデにかまれた…、学生の通院に何回付き添ったか、数えきれないくらいよ。冠婚葬祭の服を手配してあげたり、礼儀作法を教えてあげたり、お金を貸してあげたり…。そうそう、寮で飼ってた猫を獣医さんに連れて行ったこともあったわね。何かと大変だったけど、楽しかったわ。」
まさに、皆の母親がわり。学生が後に職員となるケースも多かったので、時には結婚の後押しもしたそうです。夫妻で仲人を引き受けた数は、なんと36組にものぼりました。
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夫妻を慕って白浜に集う卒業生や元職員たち
完全養殖への第一歩
イケス網による養殖が安定すると、原田氏は次なるステージ「完全養殖」を目指しました。通常の養殖は、自然界から稚魚を捕獲して育てるスタイル。対して「完全養殖」は、養殖魚に産卵させ→その卵から魚を育て→育てた成魚にまた産卵させる…というサイクル。つまり天然資源を獲らずに養殖が継続できる、環境に優しい技術です。昨今、マグロをはじめとする海洋魚の個体数が減少したり、「SDGs(持続可能な開発目標)」で海洋資源保護がうたわれたりしているので、「完全養殖」は世界的にますます注目されています。原田氏は、「将来の養殖は、天然の稚魚に依存するのではなく、人工的な種苗生産を基本とするべきだ。まずはブリ(ハマチの成魚)の人工ふ化を研究しよう。」と発案。1960年(昭和35年)、長崎県の男女群島・女島に向かいました。ブリの産卵期は、水温が20℃前後となる、4~5月頃。同行したのは、福井の小浜水産高校を卒業して、まだ勤務1年目の実験助手だった村田修氏(現 近畿大学名誉教授)でした。
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ブリの採卵に女島へ出発(車内左が村田氏、右が原田氏)
小さな命
男女群島の女島は定住者がおらず、漁のシーズンにのみ、20名ほどの漁師が滞在しました。原田氏と村田氏は、漁師の皆さんとひと月ほど寝食をともにしながら、ブリの定置網を扱う船にのせてもらいました。網があげられると、大急ぎで雌雄の成熟した個体を探します。揺れ動く船上で8㎏前後の跳ねるブリを抱え、弱らないうちに卵をとって受精させます。原田氏は揺れに強かったのですが、村田氏は船酔いと慌ただしい作業で相当苦しかったとのことでした。受精卵は、せいぜい直径1㎜という小さなサイズ。陸に持ち帰ってふ化を試みるのですが、当時は金魚鉢や小ぶりの水槽はあるものの、実験や飼育に適した大きなガラス水槽などありませんでした。ミカン箱にシートを張って水槽に仕立て、海水を満たして卵をそっと投入。ところが、ふ化はうまく進みませんでした。たとえ卵がかえっても、形態異常の仔魚が多く、次々に死んでしまったのです。一体、何が悪いのか…。原田氏は海を眺め、考えました。
「波を作ってみましょうか。」
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女島にて、バケツで水汲みをする原田氏
夜通しの子守
海と同じ環境に近づけるには、水を揺らす必要があるのでは…という原田氏の推察は、まさに正解でした。鮎などの川魚も、水が淀んでいる場所の卵は死んでしまいます。水が動かず、卵同士がくっついて固まると、酸素不足になってふ化できなかったり、仔魚に奇形が発生したりするのです。さて、どう波を作るのか。方法は二通り試されました。ひとつは、受精卵を入れたポリ袋を海面に浮かべ、自然の波で揺らす方法。そしてもうひとつは、水槽の上に滑車を設置し、手動で水入り袋を落として波をたてる方法でした。滑車の紐をゆるめてトプン…と波をたて、しずまりかけたら再びトプン…。卵同士がくっついてしまわないように、トプントプンを延々繰り返さねばなりません。受精からふ化までの48時間。原田氏と村田氏は交替で、トプン…トプン…と夜通しの子守をしたのでした。村田氏いわく、「うっかり居眠りしてハッと目覚めた時は、慌てて水槽を覗きましたよ。『卵は生きてる!まだ大丈夫だ…!』と胸をなでおろして。緊張感あふれる作業でした」とのこと。限られた現場環境の中、考えられる方法を色々と試して、ついに2000尾近くの正常仔魚を得ることができました。人工的に大量の仔魚を得られたのは世界初だったので、新聞にもとり上げられました。
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ブリの人工授精をする原田氏と村田氏
ふ化の喜び
女島に赴くこと3回目の1962年(昭和37年)。ブリの受精卵を、空輸と電車で白浜に持ち帰りました。たった1㎜の受精卵を育てて親魚とし、産卵させ、それをまた育てて親魚にするという、「完全養殖」を目指すのです。原田氏は、ブリに限らず、様々な魚種のふ化が近づくと不眠不休でケアを重ね、小さな仔魚が泳ぎ出すと我が子の誕生のように喜ばれました。「とにかく卵が大事だ。卵がないと始まらない。健康な卵を作るには、健康な親を育てなければ。」
その教えと細やかなケアは、村田氏はじめ研究所メンバーの心に深く刻まれました。
さぁ、ブリの卵がふ化してきました。ここからがまた難題です。ほんの数ミリのか弱い仔魚は、一体何を食べるのか…。それすらも、当時は謎に包まれていたのです。
(第5回に続く)
■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])
・「TUNAガール」サイト
・予告編
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(C) 吉本興業/NTTぷらら
この記事を書いた人
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安田真奈(監督・脚本家)
大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト
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