2020.09.16
「近大マグロの、父と母。」第7回 傷つきやすいダイヤ
- Kindai Picks編集部
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小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、近大マグロ誕生に至る養殖研究について、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードを交えながらご紹介します。
連載記事
▼第1回 原田氏、近大水研へ
▼第2回 海を耕したくても
▼第3回 養殖の父&白浜の母
▼第4回 ブリの子守
▼第5回 夫婦で突進
▼第6回 究極の養殖魚
▼第7回 傷つきやすいダイヤ
▼第8回 魚飼いのプライド
▼第9回 不可能を可能に
▼最終回 マグロの嫁入り
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スリリングな出張
ブリの人工ふ化・飼育などの研究が評価された原田輝雄氏は、1969年(昭和44年)ドイツでの国際シンポジウム招待講演を皮切りに、国内のみならず海外の出張も増えました。原田氏はもちろんのこと、妻のかをるさんも準備だ荷造りだと大忙し。普段のカバンも資料でパンパンでしたが、旅行用スーツケースも資料や服でパンパン。水温計・比重計・縄・ビニール袋など、水質や魚を調べるアイテムはどこへ行くにも必携でした。また海外には、「日本の味が恋しいから」と、ジャコも必ず持っていきました。出張の必携アイテム“水温計”
準備万端に整えても、かをるさんは見送りまで油断できませんでした。原田氏は多忙な上、何ごとも突き詰めるタイプなので、出発がいつもギリギリだったのです。研究所からなかなか戻らない原田氏を、かをるさんはやきもきしながら家で待機。原田氏が戻り次第、早業のようにサッとスーツを着せてサッと荷物を持たせ、あとは職員が車で駅まで送ります。しかし、「こんなギリギリで間に合うのかしら?」と心配になることも多く、出発は毎回スリリングだったそうです。
「行きはせわしないけど、帰りは主人も疲れで気が緩むんでしょうね。よく電車で白浜を寝過ごしてたわ。遅いわねぇ、まだかしら、って心配してると電話がかかってくるの。『ちょっと、串本の市場を見て帰るよ』。ウッカリ寝過ごしたのに、まるで市場を視察したかったみたいな言い方しちゃって、バレバレの言い訳よねぇ。」
なんとも微笑ましい夫婦のやりとり。しかし原田氏も疲れが相当たまっていたのでしょう、串本から戻る際に再び白浜を寝過ごして、田辺まで行ってしまうこともあったそうです。
大量のおみやげ
海外出張から戻ると、原田氏はいつも大荷物でした。白浜の研究所メンバーだけでなく、浦神など離れた実験場のメンバーにまで、必ず土産を買って帰ったからです。ドイツでは、ゾーリンゲンのハサミを数十丁。マレーシアでは、さそりのキーホルダーを数十個。カナダでは、ロブスター柄の缶切りを数十個。キャスターのないパンパンのスーツケースだけでも重いのに、加えて金物が数十個とは、相当なボリュームです。「主人はね、『海外で仕事をさせてもらえるのは、研究所のみんなのおかげだから』って言って、必ず土産を買ってきたの。家族への土産も皆さんと同じモノだったけどねぇ。そうそう、カナダのロブスターの缶切り、よく見たら『メイドインジャパン』だったのよ。もうビックリ、大笑いだったわ」
出発がギリギリだったり、駅を寝過ごしたり、メイドインジャパンを大量に買ってしまったり…。国内外で活躍しながらも、ちょっと愛嬌のある原田氏なのでした。
傷つきやすいダイヤ
かねてよりクロマグロ養殖を切望していた原田氏は、1970年(昭和45年)からの水産庁委託研究「マグロ類養殖技術開発企業化試験」に意欲を燃やしました。巨大で、希少で、高額で、「海のダイヤ」と呼ばれるクロマグロ。全マグロ漁獲量の2%しか獲れない上に、個体数も減少傾向にあったので、完全養殖の実現は世界的なニーズでした。同年、水産研究所は、和歌山県串本町大島に白浜実験場大島分室(現 大島実験場)を開設。ここをクロマグロ養殖研究の拠点としました。まずは定置網に入ったヨコワ(クロマグロの幼魚)を小割イケスに活け込むことになりましたが、ヨコワは手でつかむだけで皮膚が傷つき死んでしまう、かよわい魚。「ダイヤ」とは程遠く、捕獲だけでも一苦労なので、協力いただいた漁師の方々も「クロマグロを人間が育てるなんて無理だ。研究者が何を言い出すんだ。」と呆れていたそうです。
釣針の「返し」を削り取ったり、バケツに糸を張って、触らず釣針から外す仕組みを作ったりと試行錯誤を繰り返し、なんとか傷つけずに捕獲できるようになりました。しかし最適な餌や環境が不明だったため、飼育は難航。3年の試験期間では、1年以上飼育することができませんでした。予算もなくなるので、他の機関は全て研究から撤退しましたが、近畿大学だけは自費で研究を継続することにしました。原田氏は考えたのです。多くの魚種の養殖実績に加えて、クロマグロの近縁種であるカツオ類の人工ふ化・飼育にも成功した。クロマグロもきっと完全養殖ができるはずだ…、と。
実学の精神
国の予算がなくても研究を継続できたのは、「養殖魚を育てて、研究して、販売して、飼育費・研究費を稼ぐ」という運営が成立していたからです。当時は学外から「魚を売って儲けるなんて、近大のやってることは研究じゃない。商売だ。」という批判もありました。しかし、研究のみならず市場の反響まで見届けて、学問と社会・経済のつながりを体験することは、学生にとって貴重な学びです。こうした「実学」は近畿大学の方針だったので、研究所は粛々と、魚種の改良や完全養殖、魚病の治療法等、養殖業を具体的に発展させる研究を重ねました。1976年(昭和51年) 初代水産研究所長・松井佳一氏が逝去され、原田氏が二代目所長に就任。クロマグロについては、1979年(昭和54年)に5歳魚が待望の自然産卵を始めたので、「世界初の人工ふ化に成功」とビッグニュースになりました。この時は孵化後47日まで飼育し、完全養殖への希望をつなぎました。しかしその後は、1980年(昭和55年)、1982年(昭和57年)も人工ふ化ができたものの、海上イケスに放つ「沖出し」までには至らず。親魚群は、パタリと産卵を止めてしまいました。
水面でのクロマグロ産卵行動(昭和54年)
他の魚でマグロを育てる
魚類の産卵は、水温に大きく左右されます。クロマグロにも、水温の変化が影響している可能性がありました。しかし、サイズも行動範囲も大きいクロマグロを飼育できるような大容量の陸上水槽はないので、厳密な水温検証ができませんでした。原田氏は、漁場海域の水質環境を毎日観測したり、餌の栄養素を変えてみたり、動物用麻酔銃によるホルモン注射を画策したりと、思いつく限りの手段を試しました。幸い当時の養殖業界では、他の養殖魚が好評だったので、研究費を賄うことができました。特にマダイは種苗生産が好調で、「選抜育種」の研究も進展し、養殖業者から高い評価を得るようになりました。マダイを人工ふ化させたのち、成長の早い個体を選抜して掛け合わせ続けると、成長スピードが早まります。天然稚魚は1㎏に育てるのに約3年かかりますが、近大マダイは約1年半で育つことから、効率のよい稼ぎ頭となっていきました。
とはいえ、サイズが大きいクロマグロは給餌量も多く、飼育にコストがかかります。他の魚の稼ぎでマグロを飼育・研究する年月が続くと、応援ムードだった学内からも、「いつまで研究を続けるんだ」「他の養殖魚で得た収益をマグロに費やしすぎでは」と、冷ややかな意見が出るようになってしまいました。
商標登録した「近大マダイ」
(第8回に続く)
■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])
・「TUNAガール」サイト
・予告編
(C) 吉本興業/NTTぷらら
この記事を書いた人
安田真奈(監督・脚本家)
大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト
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