2020.08.05
「近大マグロの、父と母。」第1回 原田氏、近大水研へ
- Kindai Picks編集部
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グランフロント大阪、東京銀座に続き、2020年8月3日 東京駅構内グランスタ東京に養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所 はなれ」がオープン!あわせて、近大マグロ誕生に至る養殖研究エピソードのコラムがスタート!小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードをご紹介します。
▼第1回 原田氏、近大水研へ
▼第2回 海を耕したくても
▼第3回 養殖の父&白浜の母
▼第4回 ブリの子守
▼第5回 夫婦で突進
▼第6回 究極の養殖魚
▼第7回 傷つきやすいダイヤ
▼第8回 魚飼いのプライド
▼第9回 不可能を可能に
▼最終回 マグロの嫁入り
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試行錯誤の32年
マグロのイメージといえば…、巨体、獰猛、突進、美味。特に高級魚で人気の高いクロマグロは、3m、500㎏に成長するものもあります。一本釣りのドキュメンタリーで大暴れする姿を見て、迫力に驚いた方も多いのではないでしょうか?ところがクロマグロは、あんなに獰猛で巨体のくせに、とてもか弱くて、飼育が非常に難しいのです。イケス内を泳ぐ近大マグロ(近畿大学水産研究所大島実験場)
そんなクロマグロの養殖研究が始まったのは、1970年(昭和45年)。水産庁委託研究「マグロ類養殖技術開発企業化試験」として、近畿大学をふくむ複数の学校・機関が取り組みました。しかし成果は上がらず、研究期間は3年で終了。その後は近畿大学のみが独自に研究を続け、2002年(平成14年)、世界で初めて「完全養殖」に成功しました。今やすっかり有名になった、「近大マグロ」の誕生です。研究開始から成功までにかかった年月は、32年。なかなかの長期戦です。その間、昭和は平成にかわりました。黒電話は一人一台のスマホとなりました。電子計算機はパーソナルコンピューターとなり、バイオテクノロジーなど新ジャンルの研究も進展しました。大きく時代や環境が変わりゆく中、ストイックにクロマグロと向き合いつづける、試行錯誤の32年でした。
しかし…、水産研究所の方に色々お聞きするうちに、「これは32年どころの苦労ではないな…!」と思うようになりました。そもそもクロマグロの研究に着手できたのは、それに先立つ、ブリ・ハマチ・タイ・ヒラメなどの養殖研究があったからこそ。何もかもが手探りの時代に、奮闘した方々がいらしたからこそ、なのです。研究所の方々はおっしゃいました。「近大マグロは、原田夫妻のご苦労無しには、決して実現できなかった」と。不屈の精神で研究を重ね、「海水魚養殖の父」と呼ばれた近畿大学農学部水産学科教授・原田輝雄氏(故人)。夫のみならず、職員や学生たちのお世話に奔走し、今でも「白浜の母」と慕われている原田かをるさん。このコラムでは、昭和の戦後まもない養殖黎明期から、平成の近大マグロ誕生にいたるまでの、原田夫妻と水産研究所の皆さんの奮闘を紹介したいと思います。
「近大マグロの父と母」原田輝雄氏と妻かをるさん
海のない長野から
原田氏は、1926年(大正15年/昭和元年)6月、長野県下伊那郡座光寺村(現飯田市)のお生まれ。6人兄弟の4番目で、ご実家は農業と養蚕業・養鯉業を営んでいたそうです。この地方では、水田灌漑用の水路を利用して庭に池を作り、鯉を養殖する農家が多かったとのこと。海からは遠い土地ですが、庭先で鯉が育てられていたり、小川にいけば淡水魚や貝類に触れ合えたりと、原田氏は魚に親しみながら育ちました。そして原田氏は、幼少期から頭脳明晰で、集中力も抜群だったそうです。コツコツ勉強したり、黙々と本を読んだり、出された課題は積極的に取り組んだりと、誰もが認める勤勉さ。感心した小学校の先生が、わざわざご両親を訪ねて、「輝雄君は大変優秀です。ぜひ中学へ進学させてあげてください。」と勧めたほどです。卒業して進学するのはクラスで数人、学費もかかるので誰もが気軽に選べる進路ではない、という時代。「海水魚養殖の父」と呼ばれた原田輝雄氏
しかしご両親は、養鯉の稼ぎを元手に、原田氏を県立飯田中学校へと進学させました。「親にも先生にも期待されている。進学できない兄弟もいる中、学ばせてもらっている…」そんな感謝の念を抱いた原田氏は、さらに勤勉さに磨きがかかります。やがて時代は、太平洋戦争へ。老いも若きも国のために奉仕するというご時世で、原田氏も海軍兵学校に進みました。戦争は1945年(昭和20年)8月に終わり、10月には海軍兵学校が解散。家業の養鯉に従事した後、旧制松本高等学校(現信州大学)理科へと進みます。その後は中学教師を経て、1950年(昭和25年)、京都大学の、農学部水産学科に入学します。
海を耕し、海産物を増やす
かたや、南紀白浜の地にて。近畿大学水産研究所の前身である「大阪理工科大学臨海研究所」が開設されたのは、戦後間もない1948年(昭和23年)12月のことでした。大学の初代総長・世耕弘一氏が戦後の食糧不足を懸念し、「陸上の土地の耕作だけでなく、海を耕して、海産物を増やすことが必要だ」と提唱したのがきっかけです。翌年には「近畿大学 臨海研究所」と改称。開設から数年を経ても魚類の飼育状況は芳しくなく、研究を担う人選が始まりました。そこでスカウトされたのが、原田氏です。原田氏は京都大学を卒業した後、三重県立尾鷲高校で教壇に立ちつつ、国家公務員を目指していました。京都大学の恩師から、「和歌山県の白浜で、養殖を研究する人を探しています。原田君、どうですか。」と打診され、教師の職を半年で辞めました。安定した職を捨てて未開の研究に臨むとは、当時としてはチャレンジングな選択ですが、生来の探求心が勝ったのでしょう。27歳、1953年(昭和28年)10月、近畿大学助手として研究所に赴任しました。開設当初の建物
研究への期待と不安
「魚類の研究ができる、水産の学問ができる!」若き原田氏は、そんな期待を胸に白浜を訪れたことでしょう。しかし、湾の一角を堤防で仕切った、研究所前の「第一養魚場」には、真珠イカダが寂しく浮かべられていただけでした。「研究所」といえば聞こえは良いものの、魚の飼育技術すら手探り状態だったのです。そして住まいは、養魚場の監理小屋。車が通れば建物がきしむような、質素で小さな木造家屋でした。とりあえずは5羽のガチョウを飼育し、さてここから養殖技術を確立し、研究を進めるにはどうすれば…、と悩みます。実は原田氏は、国家公務員の一次試験に合格し、農林省水産庁(当時)での二次試験が12月に控えていました。それに受かれば、安定した職を得ることができたわけです。しかし迷った末に受験を放棄、研究の道を選びました。2カ月にわたり魚に親しんだこと、それからかなりの難題を世耕総長に託されたことが、決断の理由だったのではないでしょうか。総長は原田氏に、こう依頼したのです。「研究と経営を両立させ、水産学科を作ってほしい。」つまり…、魚を養殖し、売って利益をあげ、その利益から研究費を捻出し、なおかつ学生たちを教育する、ということ。「研究が好き」という想いだけでは決してなしえない、実に幅広い業務領域です。原田氏は考えに考えます。どうすれば、すべてが実現するのかを…。
※生い立ちについては、「海洋魚類養殖の父 原田輝雄」(著者:中田敬三氏、発行:原田輝雄顕彰委員会)を参照させていただきました。
(第2回に続く)
■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])
・「TUNAガール」サイト
・予告編
(C) 吉本興業/NTTぷらら
この記事を書いた人
安田真奈(監督・脚本家)
大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト
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