2020.09.23
「近大マグロの、父と母。」第8回 魚飼いのプライド
- Kindai Picks編集部
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小芝風花さん主演ドラマ「TUNAガール」の監督・脚本をつとめた安田真奈氏が、近大マグロ誕生に至る養殖研究について、原田輝雄教授(故人)と、かをる夫人の素敵なエピソードを交えながらご紹介します。
連載記事
▼第1回 原田氏、近大水研へ
▼第2回 海を耕したくても
▼第3回 養殖の父&白浜の母
▼第4回 ブリの子守
▼第5回 夫婦で突進
▼第6回 究極の養殖魚
▼第7回 傷つきやすいダイヤ
▼第8回 魚飼いのプライド
▼第9回 不可能を可能に
▼最終回 マグロの嫁入り
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イナゴのイタズラ
学生たちに「白浜の母」と慕われた、原田輝雄氏の妻・かをるさん。歴代の学生たちは飼育や研究でヘトヘトでも、若気の至りのイタズラをよくやっていた、と語られました。「商店街の路上看板をコッソリ入れ替えちゃったり、旅館の浴衣を着て宿泊客のふりして温泉に入ったり、学生運動の頃は長い棒をかついで地元の人に『ちょっとゲバってきますわー』なんて悪い冗談言ったり…。いちいち叱っても追いつかなかったけど、当時は少々のことは『バカなイタズラやってるなぁ』で許してもらえたのよね。特に学生運動の頃は世の中が騒然としてて、何でもアリだったし。大らかな時代だったわ。」
そういうかをるさんも、実はちょっぴりイタズラ好き。正月に学生たちが訪れると、故郷長野の「イナゴの佃煮」を出して「コレを食べられない人は、お節料理をあげないわよ!」とからかったり、おにぎりにしたらイナゴの足がピョコンと出ちゃった、と皆で大笑いしたりと、楽しく交流しました。元気な学生たちとノリのよいかをるさんは相性抜群、まるで家族のような親しさ。今でも卒業生の皆さんは、毎年、原田氏の墓参りと、かをるさん訪問を欠かしません。
実験魚を飼育する海上イケス
皇室からの視察
原田氏は、1978年(昭和53年)にはフランスでの「マグロの増殖に関する国際学会」にて講演、1980年(昭和55年)にはイタリア・スペインでのマグロ養殖指導など、活躍の幅が広がりました。日本水産学会賞では、「海産魚類の養殖技術に関する研究」で1981年度(昭和56年度)の技術賞を受賞。「魚を売って儲けるなんて研究じゃない。商売だ。」という学外の批判はまだありましたが、1983年(昭和58年)には皇太子ご夫妻(現 上皇ご夫妻)が白浜実験場を視察されるなど、評価は高まる一方。かをるさんは、視察の日の原田氏を面白そうに振り返ります。「所長だったから主人がご案内したんだけど、それはもう朝から晴れやかな表情だったわよ。当日撮影した写真を一晩で整理してアルバムにして、いそいそと宿にお届けしてたわ。整理なんて大の苦手なのに、張り切ってたわねぇ。」
展示水槽に入れたブリヒラの稚魚がソワソワと落ち着かなかったので、「両殿下がお見えになったので、はにかんでおります。」と冗談をいって笑わせるなど、ユーモアを交えつつご案内。長年の研究が認められ、労が報われた、誇らしい一日だったのでしょう。
マグロとパナマ運河
クロマグロの産卵が止まって数年が経過。学内からも「他の魚の稼ぎをマグロにつぎ込んでる」との声があがりはじめましたが、やると決めた原田氏はブレません。水温のコントロールで産卵を促進できるはずだ、と、陸上飼育を計画。親魚は80㎏以上あるので、巨大な陸上水槽や、循環濾過槽、温度コントロール設備が必要です。そのための土地も購入し、飼育水をあたためるボイラーの燃料費まで計算して、原田氏は研究メンバー全員に設計図を披露しました。「構想はわかりましたが…、どうやってマグロを水槽まで運ぶんですか…?」
触れるだけで傷つき、死に至ることもあるクロマグロ。皆が首をかしげていると、原田氏は飄々と語りました。
「パナマ運河って、知ってる?」「??はぁ…」
パナマ運河のように海からの水路を階段状に作り、潮位の高低差を水門で仕切って調整し、マグロを水槽まで誘導するとのこと。水産養殖種苗センター長の岡田貴彦氏は、皆のポカーンとした表情が忘れられないそうです。
水産養殖種苗センター長の岡田貴彦氏
「まさかパナマ運河から発想して、あんな施設を計画するとは…。先生は本当に、何を見ても魚の研究に結び付けるのだなぁ、常人ではかなわないなぁと、驚きました。僕は中学生の時、ニュースで原田先生を知ったんです。『魚好きの変わった先生がいるなぁ』と憧れて、高三から水産研でバイトさせてもらって。近畿大学時代もお世話になり、就職の時は『絶対に通してやらねば』と思われたんでしょう、履歴書の字の書き方から指導いただきました。原田先生は、細かなことから大きなことまで目が行き届く。そして、やると決めたら、絶対にあきらめない方でした。」
結局コストの問題で中止となりましたが、「既存の飼育方法や現実的な手段に縛られず、常に新たな解決法を模索すべし」という原田スピリッツは、研究所メンバーにしっかりと引き継がれたのでした。
果てしない夢
原田氏の驚きの発想は、「パナマ運河」だけではありませんでした。「クロマグロの稚魚を海に放して、後に回収する『海洋牧場』はどうだろう?太平洋全域が牧場になる。」とか、「大阪湾を巨大イケスにできないか?大阪の人の排泄物を衛生的に処理して、魚の育成サイクルに組み込めないか?」とか、大規模なアイデアがポンポン飛び出しました。また、コンピューターがそれほど普及していない1984年頃に「養殖に関するデータさえそろえば、将来、コンピューターでの養殖も夢じゃない。」とメディアの取材で語るなど、常に広い視野を持ち、遠い将来を見据えていました。「あの人は変わってるから。他人のやらないことをやろうとしてたわ。毎日毎日、考えるのは魚のことばかり。チリ地震で研究所が浸水した時も、外から連絡してきた第一声が『魚は大丈夫か』。家族の心配は後回しなのよ。披露宴の挨拶で研究の話ばかりに熱中して、25分もしゃべったこともあった。ほんと、一生懸命だけど空気が読めない人だったわぁ。」
かをるさんは苦笑しますが、「空気が読めない、変わり者の発想」こそが、前人未踏の研究には必要なのかもしれません。
水産研究所の資料室に保管されている原田氏の原稿
魚飼いのプライド
研究所では、「我々は『魚飼い』ですよ。」という言葉を何度も聞きました。羊を育てるのが「羊飼い」ならば、魚を育てるのは「魚飼い」。しかしそこには、言葉の意味以上のプライドが感じられました。魚は陸上生物と違って鳴くこともなく、触れ合うこともできません。簡単には近づけず、回遊魚に至っては生態も謎だらけです。原田氏の「魚に聞こう。魚に教えてもらおう。」に従い、地道な観察を重ねるしかありません。研究職を経て、現在は水産研究所の広報を担う菅家俊一氏は、懐かしそうに笑います。
水産研究所事務職員の菅家俊一氏
「原田先生は、新しく配属された学生に『君たちはここに、魚の飼育や研究をするために来たんだ。事務員さんと仲良くなるためじゃない。』と釘をさしてましたね。半分冗談、半分本気ですよ。魚を飼うのは難しい、相当な覚悟が必要だ、とハッパをかけたわけです。実は過去に、事務員さんと結婚する卒業生が多くいましてね…、学生たちが研究に集中するよう、牽制したかったんでしょう。それでも仲良くなって結婚に至るカップルは多く、原田夫妻は何組もの仲人をつとめられましたけどね。」
原田氏は、厳しくも優しい「究極の魚飼い」。水産関係に就職する若者が不安そうにしていると、こう励ましたそうです。
「君は、魚が飼えるよ。」
なんともいえない、味わい深い励ましです。敬愛する原田先生に認められた…そんな喜びと自信を胸に、何人もの若き魚飼いたちが、研究所から旅立ったのでした。
(第9回に続く)
■小芝風花主演、近大マグロをアツく育てる青春ドラマ「TUNAガール」
(ひかりTV、大阪チャンネル配信中)
(ネットフリックス世界配信中[英語字幕])
・「TUNAガール」サイト
・予告編
(C) 吉本興業/NTTぷらら
■教授・学生のインタビュードキュメンタリー「海を耕す者たち~近大マグロの歴史と未来~」も同時配信中
この記事を書いた人
安田真奈(監督・脚本家)
大学映画サークルで8㎜映画を撮り始め、メーカー勤務の後、2006年、上野樹里×沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。同作品で第16回日本映画批評家大賞 特別女性監督賞、第2回おおさかシネマフェスティバル 脚本賞を受賞。2017年「36.8℃ サンジュウロクドハチブ」、2019年「TUNAガール」監督・脚本の他、NHKドラマ「やさしい花」(文化庁芸術祭参加)脚本担当など、参加作品多数。
公式サイト
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