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2026.07.16

“命の水”の危機 老朽化する上下水道に未来はあるのか

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オリジナル記事
経営学部
水道

「水道や下水道が原因で道路が陥没し、人命が失われる」。2025年1月に発生した、埼玉県八潮市の道路陥没事故。専門家ですら想定していなかった事態は、日本のインフラが限界に近づいていることを社会に突きつけました。老朽化する水道管、深刻な財政難、減り続ける技術職員――。私たちの暮らしを支える"命の水"はいま、大きな転換点を迎えています。国会では2026年7月15日、改正下水道法が可決、成立しました。世界最高水準とされる日本の水道事業にいま、何が起きているのか。近畿大学 経営学部 経営学科 教授 浦上拓也に、現状と課題、そして今後への展望を聞きました。

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浦上 拓也(うらかみ たくや)
浦上 拓也(うらかみ たくや)
近畿大学 経営学部 経営学科 教授
専門:公益事業論(特に水道のマネジメント)
近い将来、水道事業経営は危機的な状況になると予測されています。現在の市町村による経営はもはや限界であり、民間の参画を含めた広域的統合を模索していかなければならないと考えています。
教員情報詳細

八潮道路陥没がつきつけた衝撃 なぜ異変は見逃された?

八潮道路陥没
八潮市道路陥没事故現場(2025年1月)
草加八潮消防組合「八潮市中央一丁目交差点道路陥没救助事案に関する検討委員会最終報告書」より


——近年、各地で水道管による事故が相次いでいます。2025年に埼玉県八潮市で起きた大規模な道路の陥没は、トラック運転手の方が亡くなられるという痛ましい事故となりました。 道路の下では何が起きていたんですか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
古くなった上下水道管による事故はたしかに増えていますが、道路陥没によって人が亡くなるという事態は八潮のケースが初めてのことで、専門家の間でも衝撃が走りました。
汚水から発生した硫化水素によって下水道管が腐食し、隙間から周りの土砂が流れ込んだことで道路の下に空洞ができ、何かのきっかけで道路が耐えきれずに陥没してしまったと見られています。


——下水道管の腐食は、点検などでは見つかっていなかったのですか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
5年に1回の点検で一部の腐食は見つかっていましたが、それほどの緊急度はないと判断されていました。点検は、マンホールからの目視など簡易な方法でも行われます。八潮市の事故以前は、点検頻度もレベルもそこまで細かく定められていませんでしたから、危機的な破損が見逃されてしまったのだと考えられます。

叫ばれていた上水道の危機 楽観視されていた下水道

浦上 拓也

——以前から、水道管の事故はたびたびニュースになっていた気がするのですが、管理する自治体に危機感はなかったのでしょうか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
老朽化した水道管は以前から問題視されていました。しかし下水道管については、八潮市の事故以前、関係者に危機感はあまりなかったというのが正直な感触です。


——え……?水道管と下水道管で、どうして危機感に違いがあるんですか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
水道管、つまり上水道は、戦後の高度経済成長期に急速に整備が進み、1980年代には普及率が90%を超えていました。下水道は、その頃の普及率が30%ほど。1970年代に海や川の汚染など公害が問題になったことで、その後、下水道の普及が進みました。
普及時期の違いが、老朽化の時期のずれにもなっています。
上水道管の法定耐用年数は40年とされ、2010年代から全国で次々と更新時期を迎えてきました。一方の下水道管は、法定耐用年数が50年で、普及も上水道より遅かったため「あと10年〜20年は大丈夫だろう」という楽観的な考えが関係者全体にあったのだろうと思います。
八潮市の事故で壊れた下水道管は、設置から42年でした。法定耐用年数の50年間は自治体で減価償却が続くので、多少コンクリートが剥がれていても「50年は持つだろう」というような考えが危機感の薄さにつながってしまったのかもしれません。

八潮市の事故をきっかけに、下水道管も使用環境によっては耐用年数を待たずとも、改修や更新をしなければいけないことが明らかになりました。下水道管の点検や診断基準が厳格化された改正下水道法が、7月15日、国会で可決、成立しました。


上下水道

——水道管と下水道管で、劣化の仕方も違うのでしょうか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
水道管も下水道管も、鉄やコンクリートなどでできていますので、長い年数が経つと腐食していきます。
水道管は、高い圧力がかかっていて、管の中は空気がなく水でパンパンに満たされているので、少しでも管に穴が開くと一気に水が吹き出します。比較的、破損に気づきやすいですね。
下水道管は中に空間があるので、そこに汚水から発生した硫化水素が充満して、徐々に管を破損させます。圧力がかかっていないので破損した箇所から周辺の土砂が管内に入り込み、最悪の場合、道路の陥没へとつながります。
高濃度の硫化水素は非常に危険で、点検や整備にもリスクがともないます。八潮の事故後に全国で行われた緊急点検の現場でも、硫化水素による作業員の死亡事故が発生してしまいました。


進む老朽化、膨らむコスト、減る職員 三重苦の上下水道

老朽化水道管

——古くなった上下水道管は、全国でどれくらい増えているのでしょうか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
全国の水道管の総延長は、約74万km(地球18.5周分)、下水道管は約49万km(地球12周分)です。
そのうち法定耐用年数を経過した老朽化水道管は、総延長の22%にあたる約17万km。下水道管は全体の7%にあたる約3万kmが老朽化しています。


——途方もない長さですが、更新は進んでいないのですか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
老朽化した上下水道管が年々増える一方で、更新や耐震化などの工事は追いついていません。現在の更新スピードだと、上水道だけでも、全ての老朽化水道管を取り替えるのに130年以上かかる計算です。


——更新が進まない理由はなんでしょうか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
さまざまな悪い条件が揃ってきていることにあります。まず、大きな問題が「お金」です。
水道事業の多くは市町村が運営しています。法律で「独立採算制」が原則とされているため、基本的には市民が支払う水道料金で、施設の維持管理や更新などに必要な費用をまかなわなければなりません。改修のために水道料金を上げるには、議会で条例を改正する必要があります。しかし、市民の生活に直結する水道料金を値上げするのは、簡単ではありません。さらに、人口減少と節水型機器(トイレやシャワーヘッド、自動水栓など)の普及で、水道料金の収入はどんどん減っています。

入ってくるお金は減っている一方で、出ていくお金は増えています。
30年ほど続いた超低金利時代は終わって金利が上がり、さらに、燃料高や円安、人件費や資材の高騰で工事費は上がり続けています。自治体が発注する予算で工事を受けてくれる事業者が見つからず、「入札不調」も相次いでいます。


——例えば分譲マンションでは計画的に修繕費を積み立てますが、水道事業では改修に必要なお金を積み立てていなかったのでしょうか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
できるだけ安く水を提供するという努力を続けてきたために、改修のための積み立ては行われてきませんでした。水道法の第1条には、「清浄にして豊富低廉な水の供給を図る」と書かれています。つまり、「安心安全で十分な量の水を、安い料金で送る」ということが水道事業体の役割なんです。もし、水道事業で余剰のお金を蓄えていたならば、「お金があるなら、水道料金を安くして」という声が市民から上がるでしょう。
さらに、料金を安くするため、高度経済成長期に普及・整備を終えると、水道事業に携わる職員の数を減らしてきました。


——お金だけじゃなく、人手も足りていないのですか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
上下水道ともに、ピーク時に比べて職員の数がおよそ4割も減っています。料金を安くするために一生懸命、人を減らしてコスト削減してきて、いまは、維持管理を担当する職員数がギリギリ確保されているという状況です。更新や改修の方にまで手が回っていません。また、工事を担う民間業者も、公共工事が減れば事業を縮小しますから、人材が減って高齢化も進んでいます。公共工事も、業者(人手)の取り合いになっているような状態ですね。

日本の上下水道 世界最高水準への軌跡

水道

——そもそも、日本の水道は、いつから始まったんでしょうか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
水道管から水を初めて送ったのは、1887年(明治20年)の横浜からです。日本における近代水道の始まりとされています。当初は、コレラや赤痢といった水系伝染病の問題がありました。


——現在のように、衛生的な水ではなかったのですね。

浦上 拓也
経営学部・浦上
はい。水系伝染病が劇的に減少したきっかけは、1922年(大正11年)(※)に東京市で始まった水道水の塩素消毒です。これを導入した東京市長・後藤新平は科学者でもあり、ドイツへの留学経験を通じて細菌学の知識を身につけていました。当時、軍事用として生産されていた塩素が、水道水の消毒に転用されたとする説もあります。この頃、年間の乳児死亡数は30万人にのぼっていましたが、塩素消毒の導入以降、大きく減少しました。現在では、日本における水系伝染病の発生はほぼゼロに抑えられています。
※1921年(大正10年)とする文献もあり


——きれいな水は、命を守ることに直結するんですね。当たり前のように使っていました。

浦上 拓也
経営学部・浦上
世界で水道の水を安全にそのまま飲める国は、日本を含めてわずか9カ国(日本、ニュージーランド、オーストリア、デンマーク、フィンランド、アイスランド、オランダ、ノルウェー、スウェーデン)です。現在、日本の水道は52項目の厳しい水質基準をクリアする必要があり、世界最高水準の安全性を誇ります。2026年4月には、有機フッ素化合物(PFAS)の基準が新たに加わりました。
下水道についても厳しい排水基準が守られています。普段、道を歩いていて「下水くさい」と感じることは、ほとんどありません。それは、汚水が適切に処理され、きれいになってから川や海へ流されているからです。つまり、下水道が、それだけしっかり機能しているということなのです。

かつて「水と空気はタダ」と言われた時代もありました。しかし、決してそうではありません。安全で衛生的な上下水道は、見えないところで多くの人が支えています。私たちもその費用を負担しているという意識を、もう少し持ってもいいのではないでしょうか。

蛇口の向こうにある未来 持続可能な上下水道のために

浦上 拓也

——上下水道の維持のために、今後どうしていけばよいのでしょう。やはり、値上げの方向へ進みますか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
上下水道事業の経営を維持するためには、水道料金の値上げは避けられません。すでに、あちこちの自治体で値上げや、値上げの検討が始まっています。何年もかけて段階的に料金を上げていくという例も見られます。
もともと、水道料金は自治体格差が大きく、全国で最も安い兵庫県赤穂市と、最も高い北海道夕張市では約8倍もの差があります(※)。今後、人口の多い都市部と、人口減が進む地方で、さらに格差が広がってくる可能性もあるでしょう。
※2021年度水道料金データより 一般社団法人「水の安全保障戦略機構」と「EYJapan」調査による


——料金の値上げは避けられないとして、それだけに頼らず上下水道を維持していく方法はあるのでしょうか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
できるだけコストを抑えながら、改修や更新を進めていくことも重要です。法定耐用年数を超えたからといって、すべての水道管を一律に更新する必要はありません。上下水道管は、周辺の土壌や地盤の状態によって劣化の進み方が大きく異なります。30年でダメになるものもあれば、60年以上持つものもあります。例えば、管に多少の劣化が見られても、周辺の地盤がしっかりしていることで十分な機能を維持しているケースもあります。そのため、状態を正確に見極め、優先順位をつけながら効率的に更新していくことが求められます。こうした劣化診断には、AI技術の活用も進んでいます。


——水道管の診断にもAIが使われているのですか。

浦上 拓也
経営学部・浦上
どのような土壌で、どのような材質や大きさの管が、どのタイミングで破損しやすいのか。こうした膨大なデータをAIに学習させる取り組みが進んでいます。民間事業者の中には、90%以上の精度で劣化を予測できるシステムも登場しています。使える管はできるだけ長く使い、破損リスクの高いものから優先的に更新していく「状態監視保全」という考え方です。こうした手法を取り入れることで、コストを抑えながら効率的なメンテナンスが可能になります。また、最新の上下水道管は表面にコーティングが施されるなど耐久性も向上しており、中には100年以上使えるものもあります。


——最新技術が上下水道管のメンテナンスにも生かされているんですね。

浦上 拓也
経営学部・浦上
さらに、破損した際に断水など社会への影響が大きい大口径管や、地域の基幹となる管路は、優先的に更新が進められています。

経営の効率化も欠かせません。
これまで原則として市町村ごとに運営されてきた水道は、2018年の水道法改正で広域連携が進められるようになりました。下水道についても、2026年7月15日に可決、成立した改正下水道法に、広域化の推進が盛り込まれました。事業規模を大きくすることで、資材の共同調達や工事の一括発注が可能となり、コストの削減につながります。


——運営のかたちを大きく転換する時期なのですね。私たち個人ができることはありますか?

浦上 拓也
経営学部・浦上
個人レベルでできることは、蛇口の向こう側に、もう少し関心を持つことだと思います。蛇口から出た水や、排水溝へ流した水が、どのような経路をたどり、どう処理されて海や川へ戻っていくのか。そんなことを少し想像してみてほしいですね。

日本の上下水道は、世界最高水準の安全性を、世界でも低い水準の料金で支えています。その仕組みを次の世代へ引き継ぐために、必要な更新や投資を先送りしないことが大切です。先送りすればするほど、改修費用は膨らみ、事故のリスクも高まります。いま、まさにその状況が起きています。上下水道の現状に危機感を持ち、理解を深めていただければと思います。


取材・執筆 Kindai Picks編集部
編集 アール・プランニング

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