全世界累計発行部数が2億2000万部(デジタル版含む)にのぼるメガヒット作品『鬼滅の刃』。さらには、劇場版『無限城編 第一章 猗窩座(あかざ)再来』もスマッシュヒット。そんな人気作を題材に選び、研究に取り組む教員たちが近畿大学にはいます。
経営組織論の視点から鬼殺隊(きさつたい)の強さを紐解く近畿大学経営学部 教授 筒井万理子、「不滅性」というキーワードで物語を哲学的に読み解く経営学部 教授 熊谷哲哉、そして主人公の妹・竈門禰豆子(かまどねずこ)の竹製の口枷(くちかせ)に関する論文を書いた農学部 教授 井上昭夫——。今回、3人が集合し、学術的な視点からの分析と鬼滅愛を披露しました。
※本記事には、原作漫画および今後の公開作品に関わる内容が一部含まれます。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
2016年に『週刊少年ジャンプ』で連載がスタートし、大ヒットした漫画『鬼滅の刃』。大正時代を舞台に、鬼に変えられた妹・禰豆子を人間に戻すため、主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が鬼殺隊の一員として鬼との戦いを繰り広げる物語は、アニメ化を機に国内外で社会現象となりました。
2020年、原作漫画の連載完結と同年に公開された劇場版『無限列車編』は日本歴代興行収入第1位を記録。その後もテレビシリーズと映画で続編が公開され、鬼滅人気は現在も留まることを知りません。
実は、近畿大学には、この大ヒット作品を学術の視点から研究している教員たちがいます。経営組織論を専門とする経営学部の教授 筒井万理子は、「鬼殺隊は組織として強い」という着眼点から論考を発表。文学研究者の経営学部 教授 熊谷哲哉は、「不滅性」というテーマで本作を哲学的に読み解きました。農学部の教授 井上昭夫は、禰豆子の竹製の口枷の節間比率がリアルな竹と異なることを計測・実証し、国際学術誌に論文を発表しています。
専門分野も、作品との出会いも全く異なる3人に一堂に集まってもらい、鬼滅への愛と研究成果を語り合ってもらいました。座談会を通して見えてきたのは、3人に共通する本作への深い愛。笑いあり、推しトークありの鼎談で、鬼滅の魅力に迫りました。

筒井 万理子(つつい・まりこ)
近畿大学経営学部 教授。専門は、経営組織論。医薬品・医療機器の普及に関する研究を軸とし、古典的な組織構造・知識創造の研究も手がける。フィギュアをはじめ、煉獄杏寿郎のグッズを蒐集している。『企業診断』2024年5月号に論考「『鬼滅の刃』から学ぶ経営組織論」を寄稿した。
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熊谷 哲哉(くまがい・てつや)
近畿大学経営学部 教授。専門は、ドイツ語圏の近現代文学・思想。記憶・忘却・伝承などをテーマに研究している。特にフロイトやハンナ・アーレントの思想に造詣が深い。鬼滅の刃を取り上げた研究会で「『鬼滅の刃』における不滅性について」を口頭発表し、学内外で話題になった。愛猫家ゆえ、茶々丸が活躍するシーンでは作業の手が止まってしまう。
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井上 昭夫(いのうえ・あきお)
近畿大学農学部 教授。専門は森林科学・竹研究。竹の節の間の長さの数理モデルを構築したことで知られる。2026年、禰豆子の竹製口枷の節間比率が、本物の竹と有意に異なることを示した論文を国際誌『Advances in Bamboo Science』に発表。国内外の学者や鬼滅ファンから反響を呼んだ。
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アニメ・漫画との出会いから学術論文へ。3人の教授が鬼滅にハマった瞬間とは?
——今日はお集まりいただき、ありがとうございます! まずは先生方がどのように鬼滅の刃と出合われたのか、教えてください。
筒井
私も夫もアニメ好きで、朝ご飯の時間に30分一緒にアニメを見るのが日課になっています。鬼滅のことはもともと詳しく知らなかったのですが、ある日、鬼滅の映画に連れて行かれて……すると、スクリーンの中ですごく素敵な“金髪の男性”がご活躍なさってて、気が付いたら彼に釘付けになっていました。
井上
私はたまたま流れていたアニメがきっかけでした。竈門禰豆子さんが口にさせられている竹の筒が目に入ってきた瞬間、つい節の間隔が気になってしまい……「あれ、これ普通の竹とちゃうぞ」と気づいたのが研究のはじまりです。
熊谷
チラッと見えた竹が気になったというのは、森林科学の先生ならではですね! 私は、作品の連載が半分ほど進んだあたりで「世間で話題になっているし、読んでみようかな」と手に取ったのがきっかけなんです。昔からジャンプ漫画が大好きで、最初に鬼滅を読んだときには「今の若い人が『ジョジョの奇妙な冒険』的な物語を書いたらこうなるんだな」という印象でした。
筒井
ジョジョ……! すごく分かります! 人間を超越した存在を目指す強大な敵・ディオは、鬼滅における鬼舞辻無惨(※)と重なりますよね。
※鬼の始祖にして最強の鬼。自らの血を与えることで人間を鬼に変える能力を持つ。鬼殺隊が討伐を目指す存在。
熊谷
まさに! でも、もともとギャグ漫画を好んで読んでいて、バトルものはあまり好きじゃなかったんです。なので、一度半分くらいまで読んだところで中断していました。その後、物語が完結したタイミングで全巻を読むと、「これはやっぱり面白いぞ!」と。
井上
私が鬼滅を知ったときには原作は完結していたので、書店で全巻大人買いしました。家族で回し読みして、全員どハマりです(笑)。漫画に精通されているお二人の前でお恥ずかしいのですが、私はこういった作品に触れるのがかなり久しぶりで、子どものころに見ていた『ドラえもん』や『ドカベン』以来なんですよ。それでも、気づいたら夢中で読み進めていました。登場人物一人ひとりに背景があるのがいいんですよね。
煉獄さんの“ワンルーム”を自作!? 研究も推し活も一途だからこそのエピソード
テーブルの上は、筒井先生の私物である煉獄杏寿郎グッズがずらり。
——それぞれ推しのキャラクターやシーンについてもうかがいたいのですが……筒井先生は聞くまでもなさそうですね(笑)
筒井
はい、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)さんです! 作中では珍しく、家業として鬼殺隊の任務を全うした人物でした。杏寿郎さんのお父さんは妻を亡くし、自暴自棄になり酒に溺れてしまいます。そんな過酷な家庭環境でも腐らずに修行を積み、柱(※)として活動し続けたところに惹かれました。
※鬼殺隊において最高位に位置する9人の剣士の総称。それぞれ異なる呼吸法を極めた精鋭であり、鬼殺隊の中核を担う。
筒井
煉獄さんのアイテムはつい買ってしまいます。日輪刀に羽織、そして煉獄さんをモチーフに作られた香水まで。自宅には、煉獄さんのフィギュア専用の“ワンルーム”を作ってしまいました。
自作の煉獄さんのワンルーム
筒井
ええ、1/12の縮尺に合わせた部屋を作り、布団も自分で縫いました。作中では、煉獄さんは残念ながら「無限列車編」で戦い抜いた末に命を落としてしまいましたが、「実は死闘をかいくぐって生き延びていて、産屋敷(うぶやしき)家で治療中」という、本作とは別の設定を妄想して彼を労わっています。
炎モチーフのネイルまで!
熊谷
筒井先生の中では、戦いを終え、平和に暮らしている煉獄さんの物語が続いてるわけですね。そうやってキャラクターごとのファンが、彼らの人生の続きを描いていると考えると、すごく面白いと思います。ところで、井上先生のお好きなキャラクターは?
筒井
禰豆子じゃ無いんですね! ちょっと意外です!
井上
柱たちって背景がシリアスだし、ストイックじゃないですか。その中で彼女は、特異体質が災いしお見合いが失敗続きで「ありのままを受け入れてくれる夫を見つけるために鬼殺隊に入った」という立ち位置。人間らしさに共感というか、安心させられたんです。いつも明るくて、物語に緩急を生むためにも欠かせない存在だと思います。
熊谷
なるほど。私はお二人と違って、キャラクター軸の読み方はあまりしていなくて……強いて言うなら茶々丸でしょうか。
熊谷
はい(笑)。あっ、でも、戦闘訓練用のからくり人形・縁壱零式(よりいちぜろしき(※)が登場したところは「あぁ、この物語は家族や血統だけの話ではないんだな」と確信した印象的なシーンでした。
※剣豪・継国縁壱を模して作られた、からくり人形。ある刀鍛冶の先祖が、剣術の鍛錬用として作ったとされ、子孫ではない炭治郎が使用することになる。
熊谷
鬼滅は、家族や兄弟にまつわるエピソードが多いですよね。そのぶん、家族主義(※)的な物語として受け取られてしまう危険性があると感じていました。でも、血縁関係のない人物が残した人形で鍛錬を積み、強くなる炭治郎を見て、この作品の本質はそこではないぞ、と思えたんです。
※家族や祖先との絆、血縁によるつながりを最重要視する価値観。
筒井
先生がまとめられた「不滅」の研究には、そこからもつながるんですね。煉獄さんの話に戻ってしまうのですが、最期まで凛として炭治郎に語り掛けていた姿が本当に素晴らしくて……たとえ命を落としても「思いは鬼殺隊の隊士たちに受け継がれていく」と、彼もまた信じていたんだな、と思います。
煉獄杏寿郎をイメージして調香されたフレグランスも、筒井先生の私物です。
組織論・不滅性・竹の節——教授たちが本気で鬼滅を研究した理由
——ここからは先生方の、鬼滅に関する研究発表について解説していただけますか?
筒井
私は、専門の組織論の観点から、鬼殺隊の強さの理由を論じました。鬼殺隊も一般企業も、組織って中の人間が入れ替わるじゃないですか。でもきちんと機能していれば、一貫して同じ目標を追求しながら活動を継続することができる。逆に、どれだけ能力が高くても、個人でできることは限られています。現在の世の中でも、現役として働けるのはたかだか50年くらい。自分が退いた後でも、共感できる思いを残すことが、組織が健全に存続するための指標だと考えています。
井上
鬼舞辻を倒すという目的とともに、技術が受け継がれていったから、鬼殺隊は千年にわたり継続することができた、ということですね。
筒井
加えて、鬼殺隊は個々の能力を生かす分業制で運営されています。チームを組んで鬼と戦うのもそうですし、戦闘に直接関わらない部隊も丁寧に描かれていますよね。またお館様を頂点とする意思決定系統や「隊律」の整備など、マネジメントも細やかなんです。
熊谷
なるほど。ところで、その鬼殺隊のマインドが実装されている事例を挙げるとすれば、どのような組織がありますか?
筒井
一番身近なところだと、大学のサークルとかクラブにも備わっていると思います。10年以上の期間で活動が続いていて、毎年同じ発表会や行事がちゃんと行われていて。それはもう十分、鬼殺隊と共通する組織設計が備わってるんじゃないかなと思います。
熊谷
私はてっきり、日本を代表するような大企業の名前が上がると思っていました!「大学のサークルにも」というのは驚きましたが、納得ですね。
筒井
反対に、ダメな組織の代表例こそ、鬼舞辻率いる鬼たちです。トップが会議が下手で、ネット上でも「パワハラ会議」って揶揄されるほど。一時の感情で下弦(※)を解体してしまいましたが、それがなければ鬼殺隊に勝てたのでは? と思ってしまいます(笑)
※鬼舞辻無惨の直属配下である十二鬼月(じゅうにきづき)のうち、下位6体の鬼の総称。上位6体は「上弦」と呼ばれる。
筒井
私が組織論を好きなのは、自分が凡人だからです。天才を頼りにしないチームこそ、より大きな仕事を成し遂げることができる。普通の人でも能力やリーダーシップを発揮できるよう整えられた組織の方が、カリスマがいなくなって崩れてしまう組織より健全ですよね。
——組織論は「不滅」を実現する手立てでもあると感じました。熊谷先生は、なぜ鬼滅の刃が多くの人の心をつかんだと考えていらっしゃいますか?
熊谷
現代社会では家族が小さくなり、子どもも少なくなりました。一方で「公助ではなく自助」と語られるように「自分のことは自分たちでやりましょう」という圧力も非常に強まっています。「昔のような大家族的な共同体は維持できない中で、自分は何に支えられているのか?」という不安に寄り添う物語として、鬼滅は支持されたのかもしれません。
井上
先ほどは、家族主義に対する危機感にも言及されていました。
熊谷
家族というのは個人に近いレベルの概念です。もし血統が途絶えたらおしまいなら、「不死の人がいれば一番いい」という結論になってしまう。でも人の寿命には差があります。死にゆく人々が残したものを、どうすれば次代につなげられるか? という問いは、社会全体の発展や幸福を考えるうえで非常に重要なテーマだと思うんです。さっきは縁壱零式に触れましたが、ヒノカミ神楽も血縁を超えた継承の在り方を描いたものだと考えています。
筒井
確かに、神楽も書物も、結果的には血のつながりがない炭治郎に受け継がれていますね。しかも、どちらも「いつか誰かが役立ててくれるだろう」と残されたもの……。私は組織目線で鬼殺隊と鬼を対比的に扱いましたが、熊谷先生は不滅性という切り口で両者を対照されていますよね。
熊谷
はい。この物語は当初、首を落とさない限り死なない鬼の肉体的な不滅性と、死にゆく人間の弱さを対立的に描いていました。しかし、終盤にかけ「人の想いこそ不滅」というメッセージが色濃くなっていきます。不滅性の意味が「個人の死後も受け継がれていく想い」へと移り変わっていったんです。煉獄さんのように、想いを託した者は死ぬ一方で、その想いを受け取った者が生き延びる——そんな構造がよりはっきりと現れてきます。
——筒井先生と熊谷先生がストーリー展開や登場人物の言動に焦点を当てたのに対し、井上先生は素材に着目した点がユニークですよね。
井上
私の場合、テレビを見ていても、つい主役よりも背景の植物に目がいってしまうという癖があり……竹の口枷を見たときに違和感があったんです。音楽を聴いているときも、歌詞に竹や木が出てくると、その描かれ方に意識が飛んでしまいます(笑)
井上
竹の節の間隔は根元の方は狭く、真ん中に連れて広くなって、先に行くと再び狭くなる。それを数式化する研究をした経験があり、口枷を見たときに「そんな竹は存在しないだろう」と。講義のおまけとして面白おかしく話していたのですが、学生から「先生も枷が外れてしまってますよ」とツッコまれました。好き放題言い過ぎたかも知れません。
筒井
そんなことありませんよ! 先生は論文の中でわざわざ「原作者や読者を批判する意図はない」と明言されていました。あの一節から、鬼滅にも、ご自身の専門領域にも愛を持って向き合っていらっしゃるのだと、ひしひしと伝わってきましたよ。
熊谷
「禰豆子が口枷をつけた状態で正面を向いたコマ150点を抽出して分析した」ということからも情熱がうかがえます。論文にまとめ上げるに至ったきっかけは何だったのですか?
井上
ちょうど映画がヒットしたタイミングだったのもあり「いま発表すれば、竹や竹林に興味を持ってもらえるかも」と思って一気にまとめ上げました。日本の竹林は現在、管理する人が少なくなり、荒れてきています。作品をきっかけに少しでも多くの人の関心が向けば……と国際誌に出したんです。
熊谷
切迫感という部分では、私も似たものがあります。ヨーロッパ文学は、大学の中ではどんどん存在感が薄れつつあって……私が大学に入った90年代は、日本人のドイツ語やドイツ文学に対する関心はピークでした。しかし今は研究者が減っていて、円安の影響もあって現地にはますます行きにくくなっています。文学界がスカスカになる危機感があるからこそ、自分が勉強してきたことを、何とかして先につなげたい。自分たちの研究を、誰かが継いでくれたらいいなという期待を込めてやっています。
筒井
それこそ血統を超えた継承ですよね。お二人の一歩踏み出す勇気と信念、改めてすごいと思いました。鬼滅が好きだからこそ「その人気にあやかっているんじゃないか、作品に失礼じゃないか」という葛藤ってあるじゃないですか。
筒井
でも、あるとき漫画好きの研究仲間から「筒井さん、好きなことをやらないで何が人生ですか!」と鼓舞してもらって、吹っ切れて鬼滅のことを題材にできたんです。井上先生は、海外も含め反応はいかがでしたか?
井上
エゴサーチをしてみると、批判的な意見もありますが、「これは面白い」というリアクションがほとんどでホッとしている、というのが正直なところです(笑)
筒井
炭治郎が背負っている桐箱とか、修行で出てきた巨大な瓢箪とか、井上先生の研究材料は作中にまだまだありそうですね!(笑)
研究とは、次の世代への手紙。鬼殺隊の営みとも重なる「継ぐ」行為の意義
——対話を聞いていると、先生方がどのような思いで研究に取り組んでおられるか知りたくなりました。
井上
忘れられない師匠の言葉があって、「この調査が続けられるかどうかは、我々が森林を試してるのではなく、我々が森林に『お前たちは続けられるか?』と試されているんだ」と。組織や不滅ともつながってくるのですが、森林の研究って、一人で集められる情報では到底成果には結び付かないんです。バトンを渡し続けられるか、私たち研究者は常に試されていると思って取り組んでいます。
熊谷
素晴らしい姿勢です。継続ってやっぱり難しいんですよね。今ちょうど直面している問題なのですが、文学領域で若手が減っている中、学会や研究会をどう維持していくのか。鬼滅でも、煉獄家に残された伝承記録が描かれているじゃないですか。われわれの営みとも重なる部分があるのでは……とつい感情移入してしまいます。
筒井
研究とは、先人が積んできた研究の山の上に、次の研究者が“石”を置くこと。その繰り返しなんですよね。自分の研究も、山が少しでも大きくなるように石を置く。これまでの時代を生きた人と、いま生きている人との共同作業だと思うと、そこに参加できていることに意義があるし、すごくうれしい。
井上
私もそのように考えています! しかも、裾野が広くないと大きな山を築くことはできません。たとえ小さな石であっても、たとえ石を置く位置が頂上ではなく脇であっても、置き続けることに非常に意義がある。論文を書いて活字にしておくことは、自分の生きた証を後世に残せることじゃないかなと思います。
東大阪キャンパスのアカデミックシアターでは、漫画全巻を借りられます。
——それでは本日のまとめとして、若き研究者や学生たちにメッセージをお願いします!
井上
鬼滅の登場人物からは、メタ認知の大切さも学べます。自分の能力やポジションを客観的に認識することで、適切な判断ができ、道が開ける。身近なところだと、就活などにも生きてきますよ。そしてコスパ・タイパの時代だからこそ、一つの事柄にじっくり取り組むことの尊さを炭治郎たちの成長ぶりから感じ取ってほしいですね。
熊谷
私は文学が専門ということもあり、普段から学びと趣味の境界が曖昧なんです。だから、文学やエンタメに浸ることを恐れないでほしい。潜り込んだ深さが、後で思わぬ形で味方になってくれることもありますから。
筒井
特に組織論は研究対象としての面白さはもちろん、社会に出ても大いに役立つ領域です。学んだことが将来の自分を助けてくれるはずなので、楽しみを見出しながら取り組んでほしいですね。
井上
今日お話をして改めて、学びはもっと自由でいいんじゃないかと思いました。興味のある題材を扱いながらどんどん学びを深め、前向きに研究に取り組んでほしいし、私たちも同じ姿勢で専門領域を追究していきたいですね。
取材・文:山瀬龍一
写真:山元裕人
編集:納谷ロマン