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2025.10.17

「気持ち悪い」が「かわいい」に変わる瞬間。万博の「ミャクミャク」に学ぶ群集心理とマーケティング

Kindai Picks編集部

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オリジナル記事
大阪・関西万博
万博
ミャクミャク
マーケティング
経営学部

大阪・関西万博といえば、公式キャラクターの「ミャクミャク」。いまやすっかりイメージも定着し、「かわいい」といくつものグッズを買い求めたりする人もいるほど。しかし、覚えているでしょうか。発表当時、「気持ち悪い」「かわいくない」とネガティブな声も多く聞かれたことを。そんなイメージから一転、「かわいい」と多くの老若男女に言わしめるまでに人気者になった理由はどこにあるのか? 万博終了後は、あの「太陽の塔」と同じような存在になれるのか⁉ など、マーケティングの専門家・経営学部 川村洋次先生にうかがいました。

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川村洋次
川村洋次

経営学部 経営学科 教授
専門:マーケティング情報論、広告論

企業のマーケティング活動について広告や情報技術の観点から研究。特に広告映像の分析・効果・制作に力を入れている。シンクタンクでの勤務を経て大学教員に。
教員情報詳細



「気持ち悪い」こそ、おもしろい

かわいい?こわい?ミャクミャクの様々な印象

――先生はミャクミャクが発表されたとき、正直どんな印象を持たれましたか?

川村先生
川村先生
世間的には「気持ち悪い」などと言われていましたが、私個人的には「おもしろいな」と思いましたよ。誰もが認める「かわいい」キャラクターって、そのときは一瞬盛り上がったりするんですが、すぐ飽きられて人気は定着しにくいんです。ちゃんとデザインに工夫や意図が盛り込まれていたら、ちょっと「気持ち悪い」くらいの方が人の印象に残る。なので、ミャクミャクもわかりやすい「かわいさ」じゃないおもしろさがあって、私は肯定的に捉えていました。ただ最近の人気ぶりを見ていると、そこまでは想像できなかったです。グッズの売り上げもすごいことになっているんじゃないでしょうか。様々な要因が絡み合って、ミャクミャクは人気を勝ち得た成功事例ということだと思います。


人気者になった成功要因 その1「適度な違和感」

川村先生

――その成功の「要因」について、いくつか教えてください。

川村先生
川村先生
まさに今話した「適度な違和感」 はマーケティング手法の一つ。人は、見たことのない意外性のあるものや不思議なもの、独特・独自性のあるものに惹きつけられます。広く知ってもらうきっかけになるので、よく知られた考え方です。ただ、そこにデザインの方程式みたいなものはないので、やりすぎて失敗するのか、適度さを保って成功するのかは、出たとこ勝負。微妙なさじ加減でトライしてみるしかないですね。
最初に発表された公式ロゴをもとに「ミャクミャク」が生まれているわけですが、黒目の位置を微妙に変えているんです。端の縁から少し離して置いている。そうすることで、なんとなくかわいく見えるんです。絶妙な位置調整だと思います。その絶妙な塩梅が奏功したから、グッズにしたときに「かわいい」「愛嬌がある」という評価につながったのかなと。私の個人的見解ですが、公式ロゴのままキャラクターにしていたら、ここまで評価の転換がおきていたかどうか……。


人気者になった成功要因その2「テーマ性」

――ほかにはどんな成功の要因があったのでしょうか

川村先生
川村先生
ロゴにせよキャラクターにせよ、「テーマ性」があることは必須です。今回の大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」、サブテーマは「いのちを救う、いのちに力を与える、いのちをつなぐ」。つまり、「いのち」です。
ミャクミャクは公式ロゴマーク「いのちの輝き」をもとにデザインされました。赤いリング状の顔部分は分裂や増殖を繰り返す「細胞」、青い部分は「清い水」を表現し、「いのち」を象徴しています。また、「ミャクミャク」という名前には、人間のDNAや知恵、文化などが未来へ「脈々」と受け継がれていくという意味も込められています。
パッと見たときは確かに少し気持ち悪い、「なんだこれは」という印象を持った人も多いでしょう。一方で、万博のこうしたテーマを踏まえてデザインされていると知った人たちの中には、その「深み」に共感を覚えたのではないかと考えています。
また、公式ロゴにもキャラクターにも顔部分に目が5つ描かれていますが、これは5つの丸がつながって日本の国花・桜を表現した1970年開催の大阪万博を継承するという意味合いもあります。つまり、歴史的なつながりも含めたデザインということ。
見た目がどうのこうのだけではなく、テーマ性やデザインの意図も徐々に伝わって、その奥深さが支持されていったのではないかと思います。


人気者になった成功要因その3「認知の拡大・接触の増加」

――ミャクミャクは「適度な違和感」を抱かせることに成功したわけですが、最近の人気ぶりを見ていると、何かもう一段上のマーケティング手法が使われたのでしょうか。

川村先生
川村先生
いくら「気持ち悪い」と揶揄されようとも、諦めず、出し続ける。言い換えると、認知を広げるということ、接触する回数を増やすこと。目にする回数が増えるにつれ、人は見慣れて、なんだかかわいく思えてくる、むしろ、なぜだか分からないけれど「良い」とさえ思えてくることもあります。 これを心理学では単純接触効果(あるいはザイオンス効果)と呼びます。マーケティングでもこの用語を使います。

人々が「あたりまえ」の存在と認識し、目にしたり手にしたりする機会が増えると、とたんに愛着が湧いてくるというわけです。認知の拡大、接触の増加がもたらす現象ですね。

また、「たくさんの人が並んでるということは、きっとおいしいのだろう、私も並ぼう」という、飲食店などの行列が行列を呼ぶ心理は、同調効果(あるいはバンドワゴン効果)やウィンザー効果と呼ばれるもので、他者の評価に影響される心理に関わるものです。
「みんながミャクミャクをかわいいと言っている、ミャクミャクグッズを買っている。ということは、ミャクミャクは“イケている”に違いない、だから私も買おう」という心理が多くの人のあいだで働いたと考えられます。


人気者になった成功要因その4「共創性、結合性」

川村先生

――最近では、様々なキャラクターとのコラボも話題になっています。

川村先生
川村先生
まさに、私が注目したのはミャクミャクの「共創性」 。つまり、ほかのキャラクターとのコラボレーションです。ミャクミャクのデザイナーさんがはじめからそれを狙っていたのかはわかりませんが、何かと組み合わせしやすい、「結合性」が良かった。
細胞がつながったようなデザインの顔部分はリング状になっていて、別のキャラクターの顔をはめたコラボグッズがたくさん出ていますね。もうすでにファンがついているキャラクターを好きな人を一定数取り込めるわけですから、ビジネスとして強い。仮に、ミャクミャク自体をかわいく思えなくても、コラボしているキャラクターと組み合わせると、なんとなくかわいく見えてくる。着ぐるみみたいな感覚なのでしょうか。日本人が得意とする組み合わせの妙、応用力が効いている良い例だと思います。


人気者になった成功要因その5「特別感」



――「万博」という特別感もミャクミャク人気を後押ししているのでしょうか。

川村先生
川村先生
そうですね。いわずもがなではありますが、期間、地域、数量など多くの人は「限定」といった言葉に弱い。ミャクミャクも、コラボ商品も含め一部限定商品だったり、販売場所やデザイン・色が限定されている商品など、様々な「特別感」が演出されています。目や口の形がちょっと違うバージョンや、ブラックミャクミャクというモノクロのグッズだったり。それらも限定性・特別感につながり、価値が上がります。
そもそも万博自体が期間限定のイベントなので、「記念に買っておこう」「いつか将来、価値が出るかも」といった感情で購入する人もいるでしょう。
あと、マニアやコレクターの人たちはそういった限定商品を手に入れたくなる傾向にあります。万博グッズは種類がものすごく豊富で、いまや何百種類とあるんじゃないでしょうか。さすがにすべては手に入らないと思うのですが、逆にそういった物足りなさが「集めたい」意欲をより一層掻き立てるのだと思います。そして、手に入れたらSNSで拡散、認知が広がり、人気もアップ……といったループですね。


人気者になった成功要因その6「ジブンゴト化」

――「気持ち悪い」とSNSで広がった節もありますが、逆もしかり、つまり「かわいい」と評価が一転したのもSNSのおかげでしょうか。

川村先生
川村先生
いち側面はあると思います。たとえば、あのリング部分だけもグッズとして販売されていますよね。うちの大学生の娘はそれを愛猫にかぶせて写真を撮っていましたし、来場者が頭につけたり、首にかけたりしているのも見かけました、そうすることで、「ジブンゴト化」 し、ミャクミャクを身近に感じ、愛着が湧いてくるのだと思います。あるいは、その様子をスマホで撮って、SNSに投稿したりする人も多い。同じく、限定商品を手に入れた人は「特別感」や満足感を得ますので、顕示欲の表現としてSNSにアップします。先ほどの話に戻りますが、そうしたSNSでの拡散でミャクミャクを目にする機会が増えたことで、「あまり見たことがない気持ち悪さ」から、「最近よく見かける、なんかかわいいやつ」という評価の転換が生まれたのだと考えています。


キャラクター人気に火が付くきっかけ

――話は変わりますが、万博が開幕してしばらくすると、「実際に行ってみると意外におもしろい」という評価を見聞きするようになりました。万博自体のイメージがポジティブに変わったことと、ミャクミャクへの評価の変化も関係しているのでしょうか。

川村先生
川村先生
開幕前は、少し政治色がありましたよね。それを嫌う人も少なからずいた。しかし、だんだんとその部分が世間的に騒がれなくなったことで、政治色が薄まり、純粋にイベントとして評価されるようになりました。


――ミャクミャクもその影響は受けていますか?



川村先生
川村先生
どちらが先だったかは分かりませんが、来場者が増えるとミャクミャクとの接触機会も増えるので、人気を加速させた一因ではあると思います。


――同じ頃、中国のキャラクター「ラブブ」が話題になりました。海外セレブが自身のSNSで取り上げたことでファンたちが買いに走り、突如バズったわけですが、ミャクミャクにもそのような人気の火付け役はいたのでしょうか?

川村先生
川村先生
ミャクミャクにはそういった明確な火付け役はいないと思います。ラブブのバズり方は、時に何かの商品でも同じことが起こります。人気有名人などがその商品CMに出ているとか、「愛用してます」と言うと、ファンの人たちがいわゆる推し活のようにして商品を購入する。メーカーやブランド側もそれを狙って起用するわけですが。
そういった一過性の人気は、長続きしません。現にラブブももうあまり流行っていないという報道も見かけました。


ミャクミャクは単なる客寄せパンダだったのか?

川村先生

――万博が開幕する前、先生はミャクミャクの持つ「いびつさ(ユニークさ)」と、万博自体の内容に整合性がとれるのか、少し懸念しているとお話されているのを見かけました。実際のところいかがでしたでしょうか。

川村先生
川村先生
日本のパビリオンは万博のテーマ「いのち」をかなり意識したものだったと感じました。諸外国のものをすべて見てまわることはできませんでしたが、「いのち」をテーマにこだわった国は少なかったかなという印象です。また、全般的に「おりこうさん」なコンテンツが多かった気もしています。技術を進化させてみんなで平和になれば、もっと長生きできますねといった感じの、なんだかふわりとした、きれいごとを並べた印象のパビリオンが多かった。でも、「いのち」って、「人間」って、もっとドロドロしたものだと思うのです。

いまこうしていても、世界のどこかで殺し合ったり戦争をしていたりする。いじめや貧困、不平等などもある。ポジティブなメッセージを届けるだけではない、現実社会に巣くう問題や人間ってどうしようもない醜さも持ち合わせた存在だ、という本音とか人間臭さも含めたうえで、その中でどう生き残っていくのかと提示したパビリオンがあっても良かったんじゃないかと。
そういう意味でミャクミャクの「気持ち悪さ」という部分にも、人間はきれいなものだけで構成されているわけじゃなく、汚い部分も持ち合わせているという複雑性をどこかに表現してほしかったなというのはあります。


ミャクミャクは太陽の塔になれるのか?

川村先生 ――今後、時を経てミャクミャクは「太陽の塔」のような存在価値を持てると思いますか?

川村先生
川村先生
そうですね……。先ほども少し触れましたが、「いのち」は何なのかという突き詰めた内容、人間の本音やドロドロとした部分も含めたテーマを表現したパビリオンや建築物があって、かつそれがミャクミャクにも象徴されている、ということであれば、未来に長く残っていくような気もします。現段階では表層的な印象が強いので、「ミャクミャクっていっとき流行ったよね」程度に終わってしまう気がしています。また、万博自体も「結局うまくいったね」という着地になるんじゃないかな。

その「うまくいった」というのはこの万博の目的は何だったのか、ということにかかわるのですが、単に儲けるためだったなら黒字になればOKだし、開催地である夢洲にカジノを作るインフラ整備のためだったなら、それはそれで成功かもしれない。何を持って成功というのかは、そもそも万博の開催目的を考える必要があると思います。


――現状、ミャクミャクも含めてそのメッセージ性やそもそも伝えたかったことは置き去りにされているかもしれないです。

川村先生
川村先生
そう。だからこそ、ミャクミャクがレガシーになるにはストーリー性が乏しいと私は感じているわけです。


ミャクミャクの事例をビジネスに生かすには

――では、ミャクミャクの一連の流れをマーケティング視点で見たとき、ビジネスに生かせることはありますでしょうか。

川村先生
川村先生
1つはやはり、物語性を入れ込んでおくこと。もう1つは不思議な要素、ちょっと気持ち悪い要素、つまり適度な違和感を入れておく。その不思議さというのは見た目やデザインのことだけではなく、場合によっては本音というか、ブラックな部分というか、突かれると痛いところというか。きれいごとじゃない部分も含めておくと共感性が生まれたりすると思います。


真価が問われるのは、むしろこれから



――最後に、今後のミャクミャクに期待されていることがあれば教えてください。

川村先生
川村先生
閉幕後、ミャクミャクをどう残すのか、どう使うのか、権利関係の所在がどこになるのかにもよると思います。特に我々の生活や心持ちに影響を及ぼす存在になるかというと、今のままだとたぶん期待できないかなという印象です。
もし今後、今回の万博のテーマ「いのちをつなぐ」にもとづくストーリーを改めてミャクミャクに乗せて何かを展開していけるとしたら、存在価値は変わってくるでしょう。そのときは、長きにわたって多くの人々の心を打つ「太陽の塔」みたいなインパクトのある存在になれるかもしれないですね。


この記事を書いた人
笠原 美律(カサハラ ミノリ)
まち情報や時事問題、子育て・教育、専門家取材の機会を多く持つ。特に得意な分野は、食と農。書籍や雑誌、カタログ、冊子など紙媒体の企画編集、インテリアや食の撮影ディレクションも行う。カラダにいいコトや食が大好き。


写真・取材 笠原 美律
編集 ウエストプラン

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