2021.11.16
大阪一のうどん屋、そば屋に!最高のおもてなし、最高の料理を届ける。にし家 萬浪豊司さん
- Kindai Picks編集部
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皆さんは、「うどんちり」「そばしゃぶ」という言葉はご存知でしょうか。この二つの料理を看板メニューに掲げているのが、大阪市中央区の心斎橋にお店を構える「にし家」さん。お店の外観や内装は高級感があり、料亭のような佇まいをしています。今回は「にし家」を経営する萬浪さんに「うどんちり」「そばしゃぶ」とはどんな料理なのか、また学生時代の思い出についても伺ってきました。
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萬浪 豊司(まんなみ とよし) 昭和57年 商経学部(現・経営学部)経営学科卒業
ここでしか味わえない登録商標「うどんちり」「そばしゃぶ」の魅力!
――にし家さんのご紹介をお願いいたします。
にし家の創業は昭和32年お蕎麦屋から始まりました。鮮度と旨味にこだわった出汁と自家製麺が評判を呼び昭和46年に「総本家浪花そば心斎橋本店」として現在の土地に創業。その後、昭和50年に「にし家本店」を 構えるまでに成長いたしました。 多くの同業者が「うどん」と「そば」の両方を扱っていたことに対し、当社はそれぞれ特定分野に集中することで専門店化を行ってきたのです。 昼間はランチ需要中心の「うどん屋」「そば屋」ですが、夜になるとうどん・そばの料亭という顔を持っています。料亭で食事する様な雰囲気を手軽な価格帯で楽しめる。それが当社の特徴です。
一人鍋うどんちり
――「うどんちり」について教えてください。また、こだわりはどういったところでしょうか?
「うどんちり」「うどんすき」という二つの料理が存在するのですが、にし家の登録商標で看板メニューなのが「うどんちり」。 これはちり酢(自家製ポン酢)とお出汁で味わっていただく上品な味わいの海鮮とうどんの名物鍋です。
「にし家」の提供するお料理は、麺や出汁をはじめ、全てに並々ならぬこだわりがあります。昆布を使わず、産地からこだわった三種の節を使った職人出汁。 暖簾をくぐって店内へお入りいただくと、このお出汁の良い香りが鼻をくすぐります。
綺麗な琥珀色のお出汁が注がれたお鍋に新鮮な山海の具材や旬のお野菜を加えて、食事を楽しんで頂きます。お食事の〆に提供しているのが自慢の大阪うどん。 厳選した小麦粉と良質の水、天然塩を使い、その日の気温や湿度によって配合を変えて熟練の職人が毎朝作るうどんは白くて艶々しています。
うどんを口に入れるともちもちして柔らかく感じるかもしれませんが、噛むと程よい弾力があり、ついにはむっちりと切れる。この食感がなんとも心地良い。 お鍋に入れて軽く炊いて召し上がっていただきますが、まずはざるうどんで、うどんそのものを味わって頂きます。 お鍋の具材には豪華な山海の幸が入っているのですが、このうどんを楽しみにして来店されるお客様が沢山おられるんですよ。
そばしゃぶ
――「そばしゃぶ」についてそばをしゃぶしゃぶするという発想はどういったきっかけで思いついたのでしょうか?
うどんの「にし家」とそばの「浪花そば」がそれぞれ専門店化をしていく中で、「にし家」には登録商標となる看板メニューの「うどんちり」ができ、鍋料理を楽しみながらゆっくりお食事していただくスタイルが確立していきましたが、そばは麺が細く通常のお鍋の様に炊いてお召し上がりいただく事が難しかったのです。
「浪花そば」でも鍋料理を楽しんでいただくため、おそばでお鍋を美味しくお召し上がりいただくために考案したのが「そばしゃぶ」です。 麺の細いそばを軽く出汁にくぐらせるため、お客様がお召し上がりやすいように「振りかご」と呼ばれる柄のついた小さなかごをご用意しております。その振りかごに1口ずつにまとめたそばを入れ、お鍋でしゃぶしゃぶしていただきますが、この動作がなんとも楽しくて場が盛り上がりますし、美味しくて皆さま、沢山のおそばをおかわりされるんですよ。
そして和牛のお肉をしゃぶしゃぶっとして頂いて、鰹出汁に肉汁が入ったお出汁でお野菜を召し上がって頂くのが「そばしゃぶ」です。この「そばしゃぶ」は他店にはない当店オリジナルの料理となっております。
色々なバイトを経験して、経営者を志していた学生時代
――どのような学生時代を過ごしていましたか?
大学の4年間は人生においても特に有意義に過ごせたと思っています。まず1番は一人暮らしをしたこと。中高は厳しいルールがある寮生活を送っていたこともあり、寮生活から解放されたのが大きかったですね。あと、今はなくなったと聞いたのですが、商経学部自治会の下部組織に入っていて、運営関係のことを少し携わっていました。あとは、色々なアルバイトをしましたね。飲食、物販、アパレル、建築などありとあらゆるバイトをしました。インベーダーゲームのバグを見つけるバイトは面白かったですね。
――学生時代の経験が今でも活きていることはありますか?
やっぱり色々なバイトをして半分社会人に足を突っ込めたというのがよかったですね。いきなり社会人になって馴染めないようなことがないよう、様々な業種でいい経験ができたというのがプラスになったと思います。今、新入社員を受け入れていても、学生時代にどのような経験をして社会人になろうと思っていたんだという若者が多く、社会に適応する能力が低いと感じることが多いんですよね。うちで働くのだったら立派な商売人になってほしいと思っていますし、人と接する、人に喜んでもらうことが自分の喜びとなる、そのために自分の人間性を高めていかなくてはいけないという考えを持って生きていってほしいなと強く思っています。
――学生時代に思い描いた将来と、現在の萬浪様はいかがでしょうか?
学生の時から商売人(経営者)になろうと決めていました。卒業してすぐはアパレルの婦人服メーカーに入ったんですが、1社目は3年と決めていて、それから自分で独立しようと思っていました。しかし、アパレル業界は一生する仕事ではないなと肌で感じたので、やっぱり飲食の方だと思い、飲食業界に入って商売人の道を突き進んでいきました。
交友関係のスケールの大きさが近大の魅力!
――卒業生としての近畿大学の魅力、近大を卒業してよかったと思うことはありますか?
マンモス大学はいいことだと思いますね。趣味でゴルフをするのですが、よく行くゴルフ場には出身大学の会があり、もちろん近大の会に入っています。出身大学は違うけれども、近大病院の先生も入っていらっしゃって繋がりが持てます。医学部がある私大は少ないし、交友関係のスケールの大きさが近大の魅力だと思いますね。商売にも人脈が大事だから校友の多さは武器だと思いますし、役立たせていただいています。
――今後の展望についてお伺いしたいです。
ここ1、2年で世の中の状況はガラッと変わってしまって、色々野心もあったのですが、飲食業界は今はまず生き残ることを第一に考えて、攻めより守りを中心でやっています。あと1年ぐらいはコロナ禍が続くと思いますが、その後に色々動けるよう考えていきたいと思っています。大阪一のうどん屋、そば屋になろうというのがポリシーなので、最高のおもてなし、最高の料理を出す、そうすれば最高の幸せが得られますよとよく社員の前でも言っています。「してもらうばかりの考えではなく、自分の方からする」ことを始めるんだという商売人の考えで、また当店の老舗感を守ったブランドイメージを確立していきたいと思っています。
取材・文:笑屋株式会社
企画・編集:近畿大学校友会
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