2024.10.18
【夫婦で近大卒業生】夫はIBFバンタム級の世界チャンピオン。妻は元全日本女子王者。二人三脚で掴んだボクシング世界一の軌跡
- Kindai Picks編集部
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近畿大学ボクシング部で出会い、夫婦となった西田凌佑さんと沙捺さん。凌佑さんは2024年5月に行われた国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級タイトルマッチ12回戦で判定勝ちし、新チャンピオンになりました。沙捺さんは元アマチュアボクサーで全日本女子選手権バンタム級3連覇の実力者。ボクシングが繋いだふたりの絆、世界チャンピオンになるまでの思いを伺いました。
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西田 凌佑(にしだ りょうすけ)
2019年(平成31年)近畿大学経営学部経営学科卒業。プロボクサー。
卒業後、大手製パンメーカーに就職したものの、ボクシングへの思いが断ちきれず、2019年に六島ボクシングジムに入門。2019年10月3日、タイ・バンコクでのプロデビュー以降、破竹の勢いで勝ち続け、デビューから6戦全勝無敗。2023年8月12日にIBF世界バンタム級王座を戴冠したエマヌエル・ロドリゲスへの挑戦権を獲得。2024年5月4日、エディオンアリーナ大阪第1競技場でエマヌエル・ロドリゲスに挑戦し、判定勝ちを収め王座獲得に成功した。2023年に沙捺さんと入籍。
西田 沙捺 (にしだ さな)
2019年(平成31年)近畿大学経営学部経営学科卒業。元アマチュアボクサー。
2013年から全日本女子バンタム級3連覇。オリンピック女子ボクシングにはバンタム級がないため、階級がひとつ下のフライ級に転向。2019年、フライ級で世界選手権銅メダルを2度獲得した和田まどかに勝って全日本女子ボクシング選手権優勝を果たし、2020年東京オリンピック予選・日本代表の座を懸けたボックスオフ(代表選手候補選考会)で世界選手権出場の並木月海と対戦するが、惜しくも判定負けとなり、東京オリンピック出場は叶わなかった。2023年に凌佑さんと入籍。2024年3月、第一子を出産。
「恋人にパンチできるのはすごい」ボクサー同士が過ごした近大での日々
――お二人の出会いについて教えてください。
凌佑さん:近畿大学のボクシング部で出会いました。よく笑う、穏やかそうな雰囲気の子だなあというのが彼女の第一印象でしたね。
沙捺さん:私はペアになって練習する機会があったときに、彼にあいさつをしても会釈が返ってくる程度で「内向的な感じの人なのかな」と思っていました。
凌佑さん:えー全然覚えてない!
沙捺さん:最初は「仲良くなれるかな」と不安でした(笑)
――どのようなきっかけでお二人は仲良くなったのですか?
沙捺さん:新入生歓迎会でたまたま席が隣になったんです。そこで初めてゆっくり話して人となりが見えてきて、「仲良くなれそうかも!」と印象が変わりましたね。
凌佑さん:そこからはだんだん仲良くなり、同期を含めてみんなで遊びにいく機会も増えてきたよね。友人の期間を経て、2年生になる前の沖縄合宿のときからお付き合いをするようになりました。
沙捺さん:付き合ってからは、授業や部活も一緒だったので、ほぼ毎日一緒に過ごしていました。ボクシングの練習もペアになることが多かったので、周りから「付き合っているのに思いっきり練習できるものなの?」と言われることも。
凌佑さん:そうそう。でも練習のときはそれぞれ自分のことだけを考えていたので、相手のことは全く気にしていなかったです。なので周りからは「付き合っている相手にパンチできるのはすごいよ」と言われていました(笑)
沙捺さん:私たちは気持ちの切り替えができていたので、練習に打ち込めたのですが、付き合っていることを知っている方々から見ると、不思議な光景だったかもしれませんね(笑)
「強いのにもったいない」ボクシングに燃え尽きていなかったあの頃
――大学時代、沙捺さんは凌佑さんがボクシングに取り組む姿をどう見ていましたか?
沙捺さん:ボクシングが強いのになにを目指しているのかが分からない印象がありました。試合には勝つけれど、優勝を目指して情熱を注いで練習しているような感じでもなく、「部活として楽しくボクシングができたらいい」というスタンスに見えていました。だから「強いのにもったいないなあ」と感じていましたね。
凌佑さん:当時の僕は、大きな目標を持っていなかったんですよね。組まれた試合に向けて負けたくないから練習していて、自分では頑張っているつもりではありましたが、今振り返ると全く一生懸命じゃなかったと思います。
ただ、ボクシングをやり切った、燃え尽きた気持ちがなかったからこそ、もう一度ボクシングをやろうと立ち上がれたのだと思います。大学時代に燃え尽きるまで取り組んでいたら、プロに挑戦していなかったかもしれません。
沙捺さん:中途半端だったからこそまたやりたくなったのかな?
凌佑さん:そうかも。だから沙捺がオリンピックに向けて全力で練習している姿は、尊敬しかありませんでした。ストイックで誰よりも練習していたし、海外での試合に負けて泣いている姿も見ていたので、自分に対してめちゃくちゃ努力できる子だと思っていました。
沙捺さん:ありがとう(笑)。彼は当時サポートもしてくれていたんですよ。マスボクシング(※)の相手をしてくれたり、対戦相手を分析してアドバイスをくれたりして、とても助かりました。
(※)より実践に近い内容で相手に対するスピード感覚やディフェンス感覚を養う練習方法
凌佑さん:それで練習中にケンカもしてたよね。僕が対戦相手の海外選手の真似をして動いたら、力加減を間違えて「女子ボクシングはそんなに強くないわ!」と怒られたことも(笑)
沙捺さん:あったあった!
同級生の活躍を見て心に火が宿る。プロデビューまでの過程
――2019年に大学卒業後もお二人の交際は続き、凌佑さんは大手製パンメーカーに就職しています。就職後にプロへ転身したきっかけを教えてください。
凌佑さん:当時は仕事終わりや休日にボクシングを楽しんでいました。しかし、心のどこかで刺激がない毎日に退屈していた自分もいたんです。そんなときに、ボクシング部同期のプロデビュー戦を見に行く機会があり、試合に挑む同期の姿に「かっこいい!」と痺れました。本気で取り組む姿を見て、「自分も燃え尽きるまでもう一度ボクシングに挑戦したい」と思ったことが、再びリングに上がるきっかけになりましたね。
そこからは、近大時代に監督やコーチとして来てくださっていた六島ボクシングジムの武市晃輔さんのところへ行き「アマチュアの試合に出たい」と伝えました。武市さんは「それならプロとしてやりなさい」とおっしゃったのですが……正直悩んでしまったんです。
沙捺さん:プロとして活躍するにはお金もかかるから、生活面で厳しいイメージがあったよね。
凌佑さん:うん。なので「プロは無理です」と言っていたんですが、気づいたら武市さんが申し込みを済ませてプロテストの日が決まっていました(笑)。タイでのデビュー戦も決まり、あれよあれよとプロボクサーの世界へ。僕ひとりでは言い訳して挑戦できなかったかもしれないので、背中を強く押してくれた武市さんには感謝しています。
――沙捺さんは当時の凌佑さんの様子を見て、どのような気持ちでしたか。
沙捺さん:プロの世界は厳しいですし、大手企業に就職できたのならアマチュアとして楽しむのでもいいのでは? と思っていました。当時彼から「プロボクサーになるって言ったらどう思う?」と聞かれたとき「『どう?』と聞くのならやらないほうがいい」と答えていましたね。でもいろいろと話をするなかで、プロテストが決まっていることを知り「まじか(笑)」と。
凌佑さん:不安じゃなかった?
沙捺さん:うーん。当時私は北海道で練習をしていたので、彼の体力や技術の状態を知らなかったんです。ただ、デビュー後に初めて試合を生で見たときに、アマチュアのときよりも気持ちも前に出ていたので、頑張っているんだなと素直に応援ができました。
IBFバンタム級の新チャンピオンへ。これからも夫婦二人三脚で歩む
IBFバンタム級世界戦、直後の1枚。六島ボクシングジムに飾られている
――長いお付き合いを経て2023年に結婚し、夫婦となったお二人。2024年3月には娘さんが誕生しました。2024年5月に凌佑さんはIBFバンタム級の新チャンピオンへ。近年は怒涛の日々だったと思います。
凌佑さん:王座はひとつの目標ではあるものの、もともとチャンピオンになりたいというよりも、目の前の試合に集中しようという気持ちのほうが強かったです。
そのため世界チャンピオンになった瞬間、この先どうするのか迷うところがありました。しかしバンタム級が盛り上がりを見せている今、他のチャンピオンを倒して、ベルトを統一させたいという新しい目標が生まれましたね。
沙捺さん:いい意味で冷静だよね。ベルトが欲しいというよりも、目の前の相手を倒したい思いのほうが強いのかな。昔から相手の弱点を見つけたうえで「こうしたら勝てる」と言っていたんです。ベルト・チャンピオンではなく、一戦一戦を大切にしていきたいという姿は彼らしいですし、他の選手との違いでもあると思います。
凌佑さん:僕は才能があるわけではありません。自分が強くなれたのは武市さんや支えてくださる方たちの教えがあってこそ。仲間を信じてやってきたから結果に繋がったのだと思います。あとは彼女のサポートのおかげです。
沙捺さん:ありがとう(笑)。生活面でのサポートはもちろん、世界チャンピオンになったことで注目される機会も増えるため「これまでと変わらないようにやっていこう」とも伝えたいですね。さまざまな人と関わるなかで、自分の考えや意見が周囲に流されそうになることもあると思います。そのあたりのメンタル的な部分のサポートもしていきたいです。
凌佑さん:学生時代は僕、今は沙捺……と、お互いがボクシングをサポートをしたりされたりやね(笑)
――お互いがサポートし合える関係は素敵です。それでは最後に読者の方へメッセージをお願いします。
沙捺さん:近畿大学は私たちが出会い、今に繋がった大切な場所です。近畿大学のボクシング部から強い選手が生まれ、これからも関西ボクシングが盛り上がってほしいなと思います。
凌佑さん:今振り返ると大学時代は楽しかった思い出でいっぱいです。ぜひかけがえのない毎日を楽しんで過ごしてほしいですね。僕ももっと活躍できる選手を目指して頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします!
取材:野村英之(プレスラボ)
文:田中青紗
写真:牛久保賢二
編集:人間編集部/プレスラボ
企画:近畿大学校友会
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