2021.05.27
自分の代わりはいない。極限の状況で重症者の治療に挑む医療者たち【コロナ第4波の現場】
- Kindai Picks編集部
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都市部を中心に、いまだ猛威をふるい続ける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。日本国内で最初の緊急事態宣言が出されて1年以上が経過したいま、事態は“第4波”の到来という新たな局面を迎えています。連日の報道で医療崩壊の危機も叫ばれるなか、実際の医療現場はどのような状況にあるのでしょうか。近畿大学病院で重症者の治療にあたる医師、看護師、臨床工学技士にお話をうかがいました。
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助かるはずの命が助からない可能性……危機的状況にある大阪の医療
4月25日、政府による3回目の緊急事態宣言が東京・大阪・京都・兵庫に適用されました。それから1か月が経過した現在、対象地域は10都道府県にまで拡大されています。なかでも大阪は、ほかの地域と比べて重症者数が多い状態が続いており、重症者の一部は軽症・中等症の病床で治療を受けています。
大阪狭山市にある近畿大学病院も、大阪南部の基幹病院として新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の重症者の治療にあたっています。治療チームを率いる近畿大学医学部呼吸器・アレルギー内科の佐野博幸教授は、一般の救急にも影響が出ており、4月末から5月10日まで受け入れを停止する事態にもなったと厳しい現状を語ります。
近畿大学医学部呼吸器・アレルギー内科 教授/博士(医学)
1991年鳥取大学医学部卒。シカゴ大学呼吸器内科、鳥取大学医学部第三内科などを経て2014年より現職。2018年から近畿大学医学部附属病院 アレルギーセンター 副センター長も務める。専門は呼吸器内科学、アレルギー学。
近畿大学医学部内科学教室 呼吸器・アレルギー内科部門
近畿大学病院
佐野教授「今年の3月半ば過ぎには2~3人にまで重症患者数が減ったのですが、4月になってあっという間に病床が埋まり、12床に増やしたその日にまた満床。4月26日から15床に増床しましたが、現在まで新型コロナの病棟はずっとフル稼働しています。
問題は、新型コロナの重症患者さんの受け入れ先がないことだけではありません。救急の患者さんのなかには、治療法が確立している病気の方もおられるんです。つまり、本来であれば治療によって回復できるはずなのに、病床も人員も足りないために受け入れられず、助かるはずの命が助からない。そういう事態も起こり得る、危機的な状況です」
近畿大学病院では、ACU(Acute Care Unit:急性期治療室)を新型コロナの重症者専用病棟として使用しています。ACUは本来、2次救急患者の緊急入院や救命救急のバックベッド(後方病床)としての転入のほか、担当診療科がすでに決まっており、転棟まで超急性期入院診療が必要かつ重症化リスクが低い患者のケアを行う場所です。
一般病棟では7人の患者につき看護師1人の体制をとっていますが、新型コロナの治療現場では看護師1人が2人の患者をケアしており、現在は一般病棟の看護師も応援に来ています。人工呼吸器を装着する患者のケアには高度な実践力が求められるため、そうした看護師がACUに行くことで一般病棟の看護も厳しい状況にあると、救急災害センターACU病棟の副看護長を務める田守千夏さんは指摘します。
近畿大学病院救急災害センターACU病棟 副看護長
田守さん「4月に新人の看護師が入ってきて、いまは先輩からいろいろ学んだりする時期なんです。けれど、経験豊富な看護師が新型コロナの病棟に応援に来てくれているので、一般病棟の看護師の人員にも余裕がなく、大変な環境だと思います。
また、ACUが新型コロナ専用の病棟になったため、本来ならACUで受け持つ患者さんも一般病棟に行かれているんですね。皆さんが寝ておられる病室の明かりをつけて、夜間救急で来られた患者さんをお連れすることもあります。申し訳ないと思いつつ、そのようにするしかないんです」
これで最後にしてほしい。誰もがそう願った先に起こった“第4波”
現在、近畿大学病院に入院する新型コロナの重症者全員が、人工呼吸器を装着しています。肺の機能がさらに大きく低下し、人工呼吸器では対応できない場合、ECMO(extracorporeal membrane oxygenation:体外式膜型人工肺)という医療機器を使用することもあります。どちらも命に直結するため、取り扱いには高度な専門性が求められます。
そうした生命維持に欠かせない医療機器全般を医師の指導のもとで扱うのが、医療技術職の一つである臨床工学技士です。医療機器を安全かつ有効に使用するうえで、臨床工学技士のサポートは必要不可欠であり、とくにECMOは重症者治療の「最後の砦(とりで)」と呼ばれるほど救命の行方を左右します。
少しのミスも許されない。そんな状況下で治療に携わる臨床工学技士の吉岡正訓さんは、患者の受け入れが始まった1年前との違いを次のように振り返ります。
近畿大学病院臨床工学部 技術主任 臨床工学技士
吉岡さん「新型コロナ患者さんの受け入れが始まったのは、去年の4月です。もちろん、新型コロナの治療に関わるのははじめてでしたし、1年前は手探りの状態でした。けれど、第1波、第2波と経験を積んでいくなかで、どうすれば感染を防げるかがわかってきて、いまは患者さんからの感染をおそれる気持ちはありません。
ただ、ゴーグルを着用すると曇り止めをつけても曇って視界が悪くなりますし、防護服は熱がこもり動きも制限されますので、通常の治療とはまた違う負担を感じています」
臨床工学技士の数にも人工呼吸器の数にも限りがあるなか、ほかの医療スタッフと連携をとりながらマニュアルを作成したり、勉強会を開いたりしてこれまで治療に取り組んできた、「けれど」と、吉岡さんは言葉をつなぎます。
吉岡さん「重症者数が多い状態が続いていることに不安を覚えています。たとえ、重症病床の数を増やしたとしても、マンパワーや機械が足りなくなる可能性は十分考えられます」
重症者の受け入れが決まったとき、多くの医療スタッフが治療の担当を拒まなかったといいます。外食もできず、日常生活が24時間制限されるなかでどのようにモチベーションを保っているのかを田守さんに尋ねると、「誰かがやらなければいけない仕事ですから。自分の代わりはほかにいない、そんな気持ちでみんながんばっています」という力強い言葉が返ってきました。
しかし、終わりが見えないなかで意識を高く持ち続けることは、決して容易ではないのも事実です。感染拡大が長期化し、第3波がおさまる頃には「今回で終わりにしてほしい」「もう疲れた」という声も出てきたと、佐野教授は語ります。
佐野教授「いまは新型コロナの治療にあたるスタッフ全員が、もう一度エンジンをかけ直して『またがんばらなければ』と治療に取り組んでいます。ただ、その一方で、体力的にも精神的にも限界が来ています。この第4波がおさまって、また次の波が来たとしても、これまでの対策では乗り越えられないおそれがある。そんなギリギリの状態です」
重い症状を抱えた患者が回復する、それが何よりの喜び
困難に次ぐ困難に立ち向かってきた、新型コロナの治療チーム。そんななかで何よりもうれしいのは、人工呼吸器を装着するほど重い症状を抱えていた方が回復して、健康を取り戻すことです。
佐野教授「ご家族からの提供で1年ほど前に腎臓を移植された方が、新型コロナに感染したんですね。移植後は、腎臓の機能を維持するために免疫抑制剤という薬を服用するのですが、そうすると抵抗力が下がって感染症のリスクが高くなります。その方も家庭内で感染して重症化したため、当院に来られました。
せっかく生体移植までして、もし万が一のことがあれば、ご本人もご家族も悔やんでも悔やみきれないだろうと、そう考えながら私たちも懸命に治療にあたって。無事に人工呼吸器を外すことができて回復されたときは、本当によかったとスタッフ全員で喜びました」
近畿大学病院の新型コロナ病棟では重症者のみ受け入れており、回復後は中等症を扱う病院にうつるため、完全に健康を取り戻すまで見届けることは基本的にありません。けれど、「なかには元気になったことを報告してくれる方もいて、そんなときはすごくうれしい気持ちになります」と、田守さんは笑顔で語ります。ただ、それは重症者の入院期間が長く設定されていた時期の話で、第3波以降は近畿大学病院にいた記憶もないまま別の病院に転院するケースがほとんどです。
田守さん「お薬で寝ていただいて、目が覚めて管を抜く頃にはもう転院されるので、私たちのことは全く覚えておられないと思います。転院されて3時間後には、その病床に次の患者さんが入られます。新型コロナの病室では、ゴミ集めも清掃も消毒もすべて看護師が行うので、準備にかかる時間が3時間。整ったらすぐに次の方をお迎えしているのが現状で、新型コロナの病棟は常に満床なんです」
感染も重症化も他人事ではない。引き続き、一人ひとりの心がけが重要
感染を防ぐため、入院中は基本的に面会できず、家族には週に一度医師と看護師から経過報告の電話が入ります。回復しないまま亡くなられる場合も直接会えず、手を触れることも、顔を見ることもできません。
田守さん「私たちにできるのは、遠くからでもご家族に患者さんの姿を見てもらうことくらいです。主治医と相談のうえですが、ご家族に来院していただいて、厳しい状態であることをお伝えした後に、5mくらい離れたグリーンゾーン(感染の危険性がない場所)から窓越しに見ていただいて。今日で最後になりますのでと、お伝えしています。いまは管をすべて抜いて、安らかなお顔を見ていただくことができないんです」
佐野教授「感染が拡大して1年以上経ちますが、まだ新型コロナの絶対的な治療法は確立しておらず、症状を抑える治療が中心です。ご本人の持っている免疫、生きる力に頼るところも大きく、ときに限界を感じることもあります。回復が難しい状況でも、自由に面会できない、ご家族が手を握ってあげることもできない。医療人としてというより人間としてみんな、断腸の思いではあります」
大阪で感染者が激増した原因として、変異株の流行があげられます。とくに多いのが、イギリス型の変異株(VOC-202012/01)で、「N501Y」と呼ばれる変異が生じています。
感染力が非常に強く、従来のものより1.5倍程度の感染力を持つとの説もあり、10代未満の学童を含めた若年層への感染も見られます。また、専門家の間では重症化を誘導する可能性も指摘されており、重症化するスピードが従来株に比べて非常に早いのも特徴です。
そして、「E484K」と呼ばれる変異がある変異株の存在も問題視されています。従来株やイギリス型の変異株に感染した人に、もう一度感染させるおそれがあるというのです。また、ワクチンの効果が十分に解明されていない点も懸念されています。
都道府県別の変異株(ゲノム解析)確認数(5月18日時点)
出典:厚生労働省「HER-SYSデータに基づく都道府県別の変異株(ゲノム解析)確認数 (5月19日公表分)」
国内事例のうち、イギリス型3,793例、南アフリカ型24例、ブラジル型68例、インド型8例。
変異株の特徴
種類 | 主要変異 | 特徴 |
---|---|---|
■イギリス型 (VOC-202012/01) | H69/V70⽋失 Y144⽋失 N501Y A570D P681H | ・感染・伝播性増加が懸念される変異を有する ・モデリング上、伝播性が50〜70%増加の推定結果がある ・2次感染率の25〜40%増加を⽰唆する解析結果がある ・⼊院および死亡リスクの上昇と関連している可能性が⾼い |
■南アフリカ型 (501Y.V2) | 242-244⽋失 K417N E484K N501Y | ・感染・伝播性増加が懸念される変異を有する ・モデリング上、2次感染率が50%程度増加の推定結果がある ・⼊院時死亡リスクの上昇と関連している可能性がある |
■ブラジル型 (501Y.V3) | K417T E484K N501Y | ・感染・伝播性増加が懸念される変異を有する ・1.4倍から2.2倍伝播しやすいという解析結果がある ・既感染による免疫を25〜61%回避可能という解析結果がある ・他株への既感染者の再感染事例の報告あり |
このほか、インド型の変異株に対する警戒も高まっています。国立感染症研究所は5月12日、インド型を「懸念すべき変異株(VOC)」に位置付け、監視体制を強化する方針を明らかにしました。これは、インド型の変異株に対する警戒度を、イギリス型や南アフリカ型、ブラジル型と同等に引き上げたことを意味します。新型コロナの影響が長期化するなか、私たちはどう考え、どのように行動すればよいのでしょうか。
佐野教授「重症患者さんの治療は私たちの使命ですので、現在のような厳しい状況でも、要請に応えながらがんばっていこうと思っています。いまの波がいつかおさまって、また次の事態が起こることにならないように、引き続き一人ひとりが感染予防に配慮することが大切です。
マスクの予防効果は科学的に証明されていますが、マスクさえしていれば自由に行動していいわけではありません。マスクにも限界があることを忘れずに、控えめな行動をとっていただきたいですね」
田守さん「想像してほしいんです。新型コロナになって、自宅療養していて、息が苦しくて救急車を呼んだけれど、受け入れてくれる病院がなくて救急車でずっと待機している状況を。そのうち自分で息ができなくなって、管を入れなければいけない事態が今日もどこかで起こっていて。では、自分たちには何ができるのか、それを考えてもらいたいなと思います。
今日もこれから20代の患者さんが来られます。近くの病院は満床とのことで、かなり離れた場所にお住まいの方です。大きな病院でも、もう病床がないんですね。通常のようには入院できない、そういう状況にあることを、一人でも多くの方に実感してほしいです」
取材・文 藤田幸恵
編集:人間編集部
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