2023.10.06
【近大×起業 】起業支援プログラム “KINCUBA”の「これから」
- Kindai Picks編集部
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近畿大学は、創立100周年を迎える2025年までに、近畿大学発ベンチャー100社創出を目指して、2022年10月に専用インキュベーション施設「KINCUBA Basecamp」を西門前にオープンしました。学生の起業支援、また総合大学として幅広い分野の研究成果を事業化し、世の中の役に立つビジネスに発展させていくことを目的として、大学発ベンチャーの創出に力を注いでいます。
今回は、近畿大学卒業生でありKINCUBAのメンターを務めている土屋博嗣さん、そして2023年3月に起業した現役4年生の谷勇紀さんにお話を伺い、「KINCUBAの魅力」と「学生起業家の育成に必要なこと」をテーマに対談していただきました。
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1993年(平成5年)近畿大学商経学部経営学科卒業。和歌山県出身。近畿大学卒業後、東証プライム上場企業に入社。2010年から2018年まで代表取締役社長。経営が悪化した同社の再建を牽引し、積極的なM&Aと事業再編でV字回復を実現。グループ20社超のポートフォリオ構築。在社中に投資した2社が上場を果たし時価総額が千億超に。現在はスタートアップを中心に支援して、KINCUBAメンターを務める。
株式会社BraveValley代表取締役、近畿大学経営学部4年。大学で受講した起業家育成プログラムがきっかけとなり、趣味であるサウナとサウナカルチャーを軸にしたイベント企画・運営を全国で展開。2023年3月に法人化。現役の熱波師でもあり、「Aufguss Championship Japan2022」団体の部 国内8位入賞。
KINCUBA Basecamp
KINDAIとINCUBATIONを組み合わせた造語。近畿大学生や大学院生、研究者による大学発ベンチャーの創出を目指す起業支援プログラムです。学生のレベルに応じた3段階のプログラム提供、24時間利用可能なBasecamp、学生向けのビジネスコンテストなどを開催しています。創立100周年の2025年までに「100社の大学発ベンチャー企業創出」を目指しています。
学校法人近畿大学KINCUBA公式サイト
サウナカルチャーで、人や地域を元気にしたい!
土屋:今、谷くんがどういう活動をしているか具体的に聞かせてもらえますか。
谷:「BraveValley」では、サウナの爽快感やリラックス効果だけでなく、健康やエンタメの側面にも注目しています。簡易的に持ち運びや設置が可能な「テントサウナ」を活用し、イベント企画や導入コンサル、出張提供などの事業を行っています。2023年の3月7日、「サウナの日」に株式会社化しました。テントサウナは自然豊かな土地、例えば川や海、湖などと相性が良く、地域の活性化や観光資源としての利用にも取り組んでいます。また、災害時には避難所での利用も可能です。個人としては熱波師としても活動しており、2022年の国内初の大会で8位入賞しました!
熱波士としても活動する谷さん
土屋:私自身は、東証プライムの一部上場企業で代表取締役を務めた経験を生かして、スタートアップ企業の支援・コンサルティングや、近畿大学の学生の起業サポートを行っています。10年間の経営経験では、時代の変化による主力製品の市場衰退に直面し、大規模な経営改革や事業再編を主導しました。自前の技術を活用した新製品開発と、M&Aを通じた新規分野への参入を両方推進したことが、早期の業績回復につながったと感じています。M&Aを通じて関わった分野は医療や農業、通販、金融など多岐にわたります。そしてその中から派生したベンチャー事業を上場に導いた経験もあります。
近畿大学との関わりは、2014年に始まった「KINDAIサミット」(近大出身のビジネスリーダーと現役学生が対話する場)のアドバイザリーボードに選ばれたことから始まりました。また、2022年10月に始動した「KINCUBA(キンキュバ)」の構想時から関わり、プログラムの実践的な面や支援体制についてのアドバイスを行っています。
サラリーマンでも目標は社長になること!
土屋:私がこの道に入ったきっかけですが、実は私が代表を務めた会社は、新卒で入社した地元の大手企業です。「エントリーしたい」と思った時には既に募集期間が過ぎていて、“ダメもと”で直談判し、二次試験の最終組に飛び込み参加させてもらったという経緯があります。そのとき「入社したら何をしたいか?」と聞かれたので、「社長になります」と答えたんです。面接官に失笑され、具体的に答えるよう嗜められたのですが、私はいたって真剣。「営業でも製造でも与えられた仕事には全力で取り組みます。でも、サラリーマンが目指す目標って、社長になる以外にそもそもあるものですか?」と問いかけたんです。この時の周りの目を見て、終わった……と思いましたが(笑)、後日内定をいただきました。後で聞いたら、人事の方が「こんなことを言う学生は他にいない。採用するべき」と経営陣に掛け合ってくださったそうで。入社後は、海外営業部や製造部、社長秘書などを経て、今に至ります。
谷:そうなんですね。僕が起業を明確に意識したのは、2回生の終わり頃です。コロナ禍で1年目に大学に通えなかった焦りもあり、2回生では、無料で参加できるビジネス講座にどんどん参加していったんです。特に、「2週間で10万円の収益を目指すビジネススクール」で得た学びが大きかったですね。僕はアクセサリーを作ってなんばで売ったのですが、コワイお兄さんに怒られたり、売上ランキングが日々発表されたりと、なかなかしんどい思いをしました。でもその時感じたのは、悩みすぎて動かないよりは、まずは手足を動かしてみるほうがずっといいということ。失敗したらやり方を変えて、またやればいい。試行錯誤を繰り返し、売上を作っていくプロセスを面白いと感じたんです。
あべのハルカス58階にてテントサウナイベントを企画。
谷:サウナ事業を選んだのは、僕自身が大のサウナーだったから。小学生の頃から温泉好きで、ひょんなことからサウナにハマり、アルバイトを始めるまでに。さらにロウリュ※1にはまり、熱波師※2の修業もスタート。となると次は自分でサウナを作りたいけれど、当然お金がない……。そこで「テントサウナなら少額で楽しめるし、イベントもできそう!」と思いつきました。大学のサポートも頂きつつ、あべのハルカス58階でテントサウナと絶景を楽しむイベントを企画し、成功させたことも自信に繋がりました。
土屋:谷くんは私がKINCUBAで初めて支援した学生で、まさに、そのあべのハルカスのイベントで出会いました。その時に谷くんがサウナーで熱波師でもあること、発祥地のフィンランドも視察していることなどを聞いたんです。起業を成功させるには、①十分な成長市場があること、②本人がその分野に惚れ込んでいること ③その分野の知識やお客さんを喜ばせる力に長けていること、の3つが重要。谷くんにはこれらが全て揃っていて、勝ち筋がはっきりと見えた。「ぜひ支援したい!」と思いましたね。
※1 ロウリュ:熱したサウナストーンにアロマ水などをかけて、蒸気を発生させること。
※2 熱波師:ロウリュにて発生した蒸気をタオルやうちわなどを利用しサウナ室内に拡散させるアウフグースを実施する人のこと。
KINCUBA「起業支援プログラム」をさらに活性化させるために
土屋:私がメンターとして学生を支援する際は、まず、「ほんまに起業するの?」「そもそも、本当に君が起業する必要があるの?」と問いかけます。起業を志す彼らに対し、いきなり水を差し、ブレーキをかける存在になるわけです。経験者なら分かると思いますが、起業はとてもしんどいし、明確なビジョン、事業計画がなければ絶対に成功しません。世の中にまだないモノやサービスで、イノベーションを生む自信があるか、大胆な既存製品のリノベーションのアイデアがない限り、私はやるべきではないと思います。学生としっかり対話し、どこに市場があるのか? なぜこの学生がやる必要があるのか? それが明確になって初めて支援をスタートしています。進学・就職・家業の承継など、他の選択肢も提示しながら、しっかり考えさせてから起業させるのが、私たちメンターの責任であると思っています。
谷くんは、若い人にとって何が起業の障壁になっていると思う?
谷:起業は就職に比べて、卒業後のビジョンがクリアに見えづらい気がします。僕自身もわからないことだらけでしたし、世間的にも「卒業後は就職するのが当然」という風潮があるので、周りの賛同を得づらい点もネックになる気がします。起業のリスクも含めて指導し、ビジネスを含めた将来設計を立てていくサポートがあるとよいのかもしれませんね。
土屋:私は本当は、起業自体に障壁はないと思います。私たちなら、2〜3週間もらえれば、学生のためにいくらでも形式上の会社をつくることはできます。それに、起業する人はどの大学にいようが、大学に進学していなくても、起業するでしょう? 課題があるとすれば、学生の起業数が少ないことでなく、「そもそも起業とは何か」を真に理解し、「なぜ自分が起業したいのか?」を突きつめて考えている学生が少ないことだと思いますね。
それから、近畿大学では昨年KINCUBAが立ち上がり、大学発ベンチャーの創出に向けた機運が高まっている。足りないものがあるとすれば、メンターの数かもしれません。「2025年までにベンチャー100社を創出する」と謳っている以上、起業を目指す学生と共に伴走できる、起業や会社経営の経験がある優秀な人材が増えていくといいですね。
起業において、近大生であるメリットは
谷:大学自ら、起業したい学生を親身にサポートしてくれる環境が整っていることが素晴らしいと思います。僕自身は、先ほど話したビジネススクールのような、KINCUBAの前身となるプログラムでさまざまな実地体験をすることができました。KINCUBA始動後は、土屋さんを含め多くのメンターの方に、起業に向けた事業計画のブラッシュアップ、経営ノウハウ、ファイナンスの指導をいただくことができ、とても感謝しています。谷:それから、近畿大学は医学から理学、工学さまざまな学部があるため、ビジネスの実現化の段階で、他学部の研究成果や知見を活用することができる。これは近大ならではの素晴らしい利点だと思います。アナログな人づてだったとしても、「必要とする誰か」にきっと繋がることができるはず。僕はサウナの燃料に、薪に加えて近大が特許を有する「バイオコークス」というエシカルな燃料を使用しています。この実用化にあたり、研究所の井田民男教授からご指導いただくことができました。
もっと大学にリクエストがあるとすれば、現在、自分が社員を抱えていないことに関係するのですが、自分のビジネスプランや企業理念に共感し、サポートしてくれる人材の紹介をしていただけるとうれしいですね。プログラムを通じ、別の業種で起業した友人は増えたのですが、自分と一緒に並走してくれる仲間を見つけるのが意外とむずかしいんです。
土屋:起業支援で重要なのは「人」「モノ」「お金」。お金については、近大自身がファンドを設立し、そこから出資していく仕組みづくりが急務だと感じています。大学自らが学生に出資することで、より大きなビジネスチャンスが生まれるでしょうし、大学・学生の双方とも社会的責任が強まるはずです。谷くんから要望があった「人材支援」も重要ですよね。近大はOB数が多いにも関わらず、そのネットワークを上手く活用できていない。例えば、「テントサウナ」で検索するだけで、瞬時にサウナ事業に関わっている人、キャンプ場を運営している人、生地や薪を供給できる人のリストが挙がってきたら、学生のビジネスの最初の一歩、推進力がグンと変わる気がするんです。ぜひ、ネットワーク構築にも力を入れていただきたいですね。資材や土地などの「モノ」についても、このOBネットワークを活用できるはずです。
谷:僕はこの先、まずはテントサウナビジネスの業務拡大を目指しています。さらに、オリジナルのサウナコンテンツの開発や、自社サウナ施設の開業をしたい、地域活性に貢献したいという思いもあり、サウナを一過性のブームではなく、カルチャーとして日本に根付かせていくのが目標です。今後、経営者として十分に成長できた際には、異業種にも進出し、その他の社会課題を解決する事業も展開していきたいです。そのビジョンがあるから、実は会社名に「サウナ」は入れていないんですよ。
土屋:私もKINCUBAのさらなる発展に向け、精一杯尽力していくつもりです。近大の学生や研究者の皆さんから出てくるビジネスの種は、とても斬新で、大きな可能性を秘めている。私たちが行う起業支援から生まれた新しいモノやサービスで、社会が豊かになれば、私が個人でビジネスをするよりも、波及効果はずっと大きい。やりがいを感じていますし、経営者時代には得られなかった、新しい刺激を日々もらっています。
取材・文:笑屋株式会社
写真:長谷波ロビン
企画・編集:近畿大学校友会
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