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近大人

2021.11.18

【親子で近大卒業生】懐かしのキャンパスをめぐり、思い出を語り合う

Kindai Picks編集部

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オリジナル記事
OB・OG

お二人とも近畿大学を卒業している猪尾さん親子。近大のキャンパスや周辺の商店街を回り、当時といまを比較して、変わったものや変わらないものを親子の会話から紹介していきます。母校が一緒だからこそ、ほっこりする親子エピソードも取材しました。

猪尾 浩(いのお ひろし)
平成2年 商経学部(現・経済学部)経済学科卒業

猪尾 観把(いのお がんば)
平成28年 短期大学部商経科卒業・平成30年 経営学部経営学科卒業


実は父が理由で、最初は近大に行きたくなかった。




――なぜ父親と同じ大学に入学しようと思ったのでしょうか?

観把さん
 父が校友会活動にも積極的に参加しているので、正直、近大には行きたくない思いがありました。それに自分が帰国子女で同級生より1年遅れて大学に入学することになるので、大学受験をしないと話したのですが、父の説得でしぶしぶ近大の短期大学部に決めました。入学後に勉強の面白みもわかったので、4年制の経営学部に編入して何とか卒業しました。

――本当は近大に行きたくなかったというのは驚きですね。息子さんが近大に入学することになったときどう思いましたか?

浩さん
 はじめ大学受験をしないと息子が言い出した時、親としては強制的にどこかの大学に行くようにと諭しました。それでとりあえず近大の短大に入れたという経緯があり、親の意向で大学に行かせました。


キッチンカロリー跡 近大西門を出てすぐにある同店は、親子共々学生時代訪れたことがある場所だった。しかしながら、去年惜しまれながらも53年の歴史に幕をおろし、今は更地となってしまった。

――今まで、親子で近大の話をされたことはあるのでしょうか?

浩さん
 彼が学生の時は「単位どうなってる?」とか卒業後は彼の弟がまだ大学生なんで、「大学ってこんなんじゃなかった?」とかそんな話をしたりね。

観把さん
 「ご飯屋さんどこ行ってた?」とか「安いとこ知らん?」とか聞いたりしていましたよ。入学したての頃は友達がいなかったこともあり、一人でも行けるところを聞いたりしました。それでサンセットにはよく行くようになりました。


サンセット・イン 観把さんがよく食事していたというのがこちら。浩さんも応援部の後輩がバイトしていたという馴染みのお店だ。思い出の席に友人たちとよく来ていた姿を店員さんも覚えてくれていた。日替わりメニューや明太子唐揚げが観把さんお気に入りの懐かしのメニューだった。

建物は大きく変わり、ほとんど当時の面影がないキャンパス。


――ところで、お二人はどのような学生生活を過ごしましたか?

浩さん
 主に応援部の活動をしていて、21号館の生協などが入っている1階が昔は大教室で、その裏に応援部の部室がありました。そこでキャッチボールをしていて授業中にガラスを割ってしまい、学部長に呼び出されてお叱りを受けたこともありました。

観把さん
 ちょうど僕が入学した時ぐらいに出席確認がカードリーダーに切り替わって、出席チェックが厳しくなったので、「父から聞いていたのと違うな、真面目にしっかり授業に出ないとまずいな」と思いました(笑)。
あと、学食のかつ丼がめちゃくちゃ安かったので、1年生の秋まで毎日食べていました。


ninetenths 浩さんは学生の頃、応援部に所属しており、応援部員が多く下宿している寮が近くにあったことから、よく同店へ来て応援部の仲間と語らい合っていた。卒業後も応援部のコーチをしている時に、子供たちを連れてきたことがあったそうだ。当時はめちゃくちゃ洒落たカフェだったという。電線付きのスピーカーは当時新品で、今は古ぼけてしまっていたが、変わらず残っていた。ちなみに同店マスターも昔は若くてイケメンだったそう。

――お二人のエピソードを聞くと、時代を感じますね。キャンパスで当時と大きく変わっているところはありますか?

浩さん
 僕から見たら赤門(西門)と本館以外は全て変わっていますね。ましてやインタビューを受けているアカデミックシアターなんて「これ何!?」というレベルですね。

観把さん
 アカデミックシアターができたのが最終学年で、24時間利用できる自習室で卒論を泊まり込みで書いていました。在学中は中央図書館をよく利用していたので、本館の正面入り口にあった近大マグロの置物が自分としては印象深く、今はアカデミックシアターの入り口に変わったと聞いて驚きました。

――逆に変わらないところはありますか?

浩さん
 赤門(西門)の守衛室の辺りは何もかも一緒ですね。あとは20号館の建物が比較的昔の面影が残っているように感じます。


21号館 お二人が見た21号館は耐震補強されたガラス張りの建物だが、浩さんの時代はそうではなく、全く様変わりしているとのこと。観把さんはまだ見覚えがあり、通っていた時の姿のままらしい。ちなみにエスカレーターは浩さんの時代にもあったのだとか。

親子でホームカミングデーに参加! 「近大」が家族の共通の話題に。


――近大のここがすごい! と思うところはどこですか?

浩さん
 自分たちの時代から時はどんどん流れていき、10年前くらいにペーパーレスでの入試、「カミだのみの受験はもうやめだ」というキャッチコピーが出て、時代とともに変わっていく中で、学校の変化がすごいと感じました。昔は硬派スポーツの近大だったのが、どんどんITのイメージになりました。その頃から「広報の近大」というイメージに変わった気がします。

観把さん
 他の大学のことはわかりませんし、自分は近大が基準になりますけど、他の大学に行っていた人や、弟なんかと話しても「近大はすごい」と客観的に言われることが多いです。設備はもちろんのこと、キャリアセンターの話を聞くと、他の大学よりしっかりしているんだなと思いますし、学生のフォローアップはすごいと率直に思います。社会人になっても「近大を卒業しました」と言ったら、何かしら近大の話題が出るので、クライアントさんとも話がしやすいです。規模が大きい大学なので、近大出身の人が関西だけでなく全国にも多いですね。近大に行ってなかった人とも繋がりが持てることもありますし、卒業してからも近大の恩恵をもらう機会が多いなと感じます。



――今まで母校が一緒で良かったことはありましたか?

浩さん
 近大で行事があったりしたら学校に行こうって誘いやすいですね。

観把さん
 一回ホームカミングデーに行きましたよ。

浩さん
 彼がサークルに入っていたので、イベントがあれば「一緒に行ったろか?」と言うと「来るな」と言われますが、会話は弾みますよね。

観把さん
 母も近大卒で共通の話題ができるので、食事する時とか学校の話題で会話が弾みます。


大学案内の「近大グラフィティ」に、猪尾さんご夫婦の写真が掲載されたことがあり、当時はすごく恥ずかしかったと語っていた観把さん。

――お父様は校友会活動にも積極的にご参加いただいてますが、息子さんから見て刺激になったことや感じることはありましたか?

観把さん
 繋がりをずっと大事にすることが、自分が社会人になって一番難しいなと思っています。僕の大学の友人も仕事で地方へ転勤してしまい、年に一回会うか会わないかになって疎遠になっていく中で、父みたいに定期的に昔の仲間と集まれるコミュニティがあるというのは素晴らしいことだと思います。


取材・文:笑屋株式会社
企画・編集:近畿大学校友会

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