2020.03.16
<新型コロナウイルス最新情報>インフルエンザより死亡者数は少ないのに、これほど警戒される理由は?
- Kindai Picks編集部
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前回の記事(<新型コロナウイルス最新情報>ウイルスの正体はどこまで解明されている? 空気感染の可能性は?)では、現在わかっている新型コロナウイルスの実態や、「エアロゾル感染」という言葉が招く誤解、空気感染の可能性はほぼないことについてお伝えしました。今回は、引き続き近畿大学医学部免疫学教室の宮澤教授のお話をもとに、「免疫力」を語るコンテンツの危うさや、インフルエンザより新型コロナウイルスの感染拡大が警戒される理由についてお伝えします。
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宮澤 正顯(みやざわ まさあき)
医師/医学博士/近畿大学医学部免疫学教室教授/近畿大学大学院医学研究科長
1982年東北大学医学部を卒業。東北大学助手、アメリカ合衆国国立保健研究所(NIH)客員共同研究員、三重大学医学部助教授(生体防御医学講座)を経て、1996年より近畿大学医学部免疫学教室教授。現在、近畿大学遺伝子組換え実験安全主任者、バイオセーフティー委員長、医学部共同研究施設長、大学院医学研究科長などを兼務。死体解剖資格(厚生労働省)を持つ元・病理医で、厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業の研究代表者なども務め、2002年にはノバルティス・リウマチ医学賞受賞している。専門はウイルス感染免疫学。
「免疫力」を語るコンテンツには注意が必要
ーー季節性インフルエンザもそうですが、病気が流行すると「免疫力」について語られることが多いように思います。
免疫力を語るTV番組やCM、ネット上の書き込みは、すべて眉唾だと思ってください。免疫学者は「免疫力」という言葉は使いません。もし「免疫力」が高いとか低いとかいえるのなら、それを測定して数値化する単位があるはずですよね。
新型コロナウイルスに対しても、免疫反応はもちろん起こります。感染して4~5日後、新型コロナウイルスだけを区別して反応する抗体ができはじめ、2週間後にはウイルスを排除しようとする抗体が増えるという報告もあります。
そうした免疫反応では、リンパ球の激しい増殖が行われるため、栄養が必要になります。ただし、日本国内で免疫反応を妨げるほど栄養が不足している人はほとんどいません。もちろん、「新型コロナウイルスに特異的なリンパ球の反応に役立つ、特別な栄養素」もありません。栄養バランスのよい食事をとるなかで、タンパク質やビタミンなどを摂取していればいいのです。
ーーむやみに不安を煽るような言葉や、これさえあれば大丈夫といった甘い言葉には注意が必要ですね。
そうです。あとは、風邪ぎみなのに風邪薬や解熱剤を使用して無理して仕事に行くと、免疫反応に向けるエネルギーが仕事に奪われてしまいます。仕事によるストレスは、免疫反応を弱めます。風邪かな? と思ったら仕事を休んで、家にいるのが大正解です。「風邪症状があるときは仕事を休む」ことには、ちゃんと意味があるのです。
新型コロナウイルス感染も、多くの場合は特に治療をしなくても、免疫反応により「自然に」治ります。ただし、高齢の方や、糖尿病・心疾患・腎機能障害などの基礎疾患がある方、抗がん剤や免疫抑制薬を使用している方は、免疫反応が追いつかず、肺の中にまでウイルスが広がって重症化することがあります。そのため、ウイルスの増殖を抑制する薬が実用化すれば、重症化を抑えられるのではないかと期待されています。
新型コロナウイルスにおいて、これほどの対策が必要とされるのはナゼ?
ーー日本だけで3,000人以上が死亡する年もある季節性インフルエンザと比べ、新型コロナウイルスはまだそれほど多くの死亡者数が出ているわけではありません。にもかかわらず、ここまでの対策が必要とされる理由は何なのでしょうか?
日本のインフルエンザ入院者数と中国のCOVID-19発症者数の週単位変化
© 近畿大学医学部免疫学教室 宮澤正顯教授
グラフを見ながらご説明しましょう。青の棒グラフは、日本における今シーズンの季節性インフルエンザ患者入院数のデータです。全国約500か所の医療機関(病床数300以上)を基幹定点として届出を受け、厚生労働省がそれを取りまとめて報道発表資料として公開したデータをもとにしています。
インフルエンザによる入院者数をすべて把握できるわけではありませんが、重症者の発生状況はかなり反映しています。グラフから、年末年始にゆるやかなピークが起きているのがわかります。
一方、赤の棒グラフは、中国での新型コロナウイルス感染症の発症者数を示しています。動向の違いがわかるように、発症日の分布を週単位で整理して重ねてみました。
武漢で感染者が報告されはじめたのが昨年12月の第1週で、年末には発症者数が500に近づき、1月13日の週に5,000程度、1月20日の週には16,000を超えています。この数は確定診断を受けた患者数なので、これだけ多くの方が医療機関を受診したことになります。
このように、1月20日の週には、今シーズンのピーク時に日本の500ある基幹医療機関にインフルエンザで入院した患者数の10倍近くの人々が、湖北省の医療機関に押し寄せたことになります。こうなると医療システムは崩壊しかねませんし、実際に武漢では崩壊しました。このシナリオを防ごうと、日本でもいろいろな対策が講じられているのです。
ーー季節性インフルエンザで急激なピークが発生しないのはなぜなのでしょうか?
季節性のインフルエンザには、「免疫記憶」の積み重ねがあるからです。
ヒトがインフルエンザに感染すると、1~3日の短い潜伏期間を経てウイルスが急増し、感染細胞から細胞間の情報伝達を担うサイトカインが大量に作られます。サイトカインは全身をめぐり、高熱や全身倦怠感などの症状を引き起こします。その後、ウイルスに対する獲得免疫反応がゆっくり起こりはじめ、ウイルスに感染した細胞やウイルス粒子が排除されます。このとき、ウイルスの再侵入に備えて免疫記憶細胞(メモリー細胞)が作られます。
同じウイルスが再び侵入してきたときは、メモリー細胞が急激に増え、大量の抗体を素早く作ったりして、症状がほとんど出ないうちにウイルスを排除します。インフルエンザは同じ型であれば1シーズンに2度かかることはないといわれますが、実際にはかかっているけれど症状が出ないうちに治っているのです。
© 近畿大学医学部免疫学教室 宮澤正顯教授
ーーメモリー細胞がカギを握っているのですね。
ご存じのように、インフルエンザはシーズンによって流行する型が異なります。突然変異により構造が少し変わったウイルスができて、以降のシーズンに流行する可能性があるのです。昨シーズン流行したウイルスのタンパク質にあった「インフルエンザ」という目印が、今シーズンは「インふルエんザ」になっているようなイメージです。
同じ亜型(細分化された型)のインフルエンザウイルスであれば、少し変異していてもメモリー細胞はほぼ同じように対応できます。当然ながら、ワクチンを接種している場合は対応できる割合がもっと高くなります。
ーーメモリー細胞を持つ人が多いほど、急激なピークの発生を抑えられるのでしょうか?
そうですね。集団にそのウイルスに対するメモリー細胞を持たない人がいたとしても、周囲にメモリー細胞を持つ人たちがいれば、ウイルス感染の広がりはメモリー細胞を持つ人のところで断ち切られます。そうなると、集団全体として感染者数が増えるスピードは低下します。これを集団免疫の効果といい、季節性インフルエンザの流行のピークがゆるやかなのはそのためです。
ーー新型インフルエンザのように新しい型のウイルスが現れると、流行のピークが激しくなるのですね。
ええ。今回の新型コロナウイルスにおいても同じです。今回の新型コロナウイルスは、人類がこれまで感染してきたコロナウイルスとはかなり異なる部分があります。細胞に取り付くスパイク部分は、SARSコロナウイルスによく似たところもみられますが、SARSコロナウイルスに対する抗体にはほとんど反応しないことがわかっています。そのため、急激なピークが発生しやすいのです。
もうひとつ注意しなければならないのが、急速に重い症状が出ないことです。大多数の感染者、特に若年層においては、無症状か鼻風邪程度の軽症でおさまります。症状が強くないので、普通に外に出て動き回ると、周囲に感染を広げてしまうのです。一方、高齢の方を中心に致死率が高いことが報告されています。
現時点ではワクチンもありませんし、集団レベルの免疫反応で感染拡大を抑えることは難しいので、感染の連鎖を断ち切るためには、物理的もしくは化学的な対策を講じるしかありません。
湖北省以外の中国国内感染者報告数の推移
© 近畿大学医学部免疫学教室 宮澤正顯教授
上のグラフをみると、中国が行う極端ともいえる外出制限政策は、明らかに効果をあげていることがわかります。日本でもみんなで協力して、感染を招くような集会を物理的に制限したり、化学的にエタノール消毒や石鹸による手洗いなどを習慣づけたりして、感染の連鎖を断ち切ることが重要であるとご理解いただけるのではないでしょうか。
ーー2月24日に「1~2週間が感染拡大のスピードを抑えられるかどうかの瀬戸際」との見解が専門家会議で出され 、2週間目となる3月9日には、「北海道での対策の効果を判断し、3月19日頃を目途に公表する」との報告がありました。
感染者数が多い北海道では2月28日に緊急事態宣言が出されており、「人と人との接触を可能な限り控える」対策がとられています。潜伏期間や、発病から報告までにかかる時間を考慮すると、対策の効果を推定するまでに2週間以上必要です。そこからさらに1週間程度かけて効果を判断し、ほかの地域の状況もみたうえで見解を公表できるのが3月19日頃になるということです。いまの時点では、爆発的な感染拡大はある程度抑えられていると考えられています。
新型コロナウイルスは、短い期間でおさまるウイルスではありませんし、感染は世界的に広がっています。感染者数が急激に増えるか、ゆるやかなスピードに抑えられるかの境目が2月24日以降の「1~2週間」とされていましたが、その期間が終わったからといって対策も終了となるわけではありません。
医療システムの崩壊を防ぐために、ゆるやかなピークで流行を抑えられるよう対策を続けることが大切ですし、国内の流行がおさまったとしても、国外からウイルスが持ち込まれる可能性も考えられます。対策が長期にわたることも視野に入れ、これまでの生活とは考え方を変えることも必要でしょう。
(終わり)
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<新型コロナウイルス最新情報>ウイルスの正体はどこまで解明されている? 空気感染の可能性は?
文:藤田幸恵
企画・編集:人間編集部
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