2016.07.01
がんもリウマチも「治る」時代へ――治療の常識をくつがえす抗体医薬の衝撃
- Kindai Picks編集部
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細菌やウイルスが一度体内に入ると抵抗力がつく。そんな話を聞いたことがある人は多いだろう。その仕組みは、ワクチンによる予防接種だけでなく、白血病などのがん治療にも使われている。これまでとは全く違う「新しい治療法」とは、どのようなものなのだろうか。近畿大学医学部の宮澤教授に、その概要を聞いた。
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まずは「抵抗力がつく」ということについて、おさらいしておきましょう。私たち動物は、一度ウイルスや細菌に感染すると、回復したあと血液の中に「抗体」というものができています。これがあると、同じウイルスや細菌が再度入ってきた時に戦ってくれるので、病気を発症しない、あるいは軽症で済むわけですね。
でも、抗体を得るためにわざわざ感染して、重症化して死んでしまったり後遺症が残ったりすると困るので、通常は熱などで処理して殺したウイルスや細菌を免疫に使います。これを「死菌ワクチン」あるいは「不活化ワクチン」と言います。みなさんも、インフルエンザワクチンや三種混合ワクチンなどの予防接種を受けたことがあるはずです。
実はこの抗体、必ずしも自分の体内で作る必要はありません。抵抗性を獲得した人の血清(血液の上澄み)を注射すれば、自分もその抗体を持つようになるのです。病気から回復した患者さんの血清を、その病気になったばかりの患者さんに注射する治療は、実際に病院で行われています。
●ウイルスや細菌と戦う抗体のメカニズム。
抗体にはいくつか種類がありますが、代表的なのは「免疫グロブリンG(IgG)」というタンパク質です。それでは、この抗体がどのようにウイルスや細菌をやっつけているのかを、簡単に説明しましょう。
まずはウイルスについて。ウイルスは自分を増殖させるためにヒトの細胞に吸着しようとします。しかし、そこに抗体があればウイルスの表面にくっついて邪魔をすることができますし、複数のウイルスを結合させて塊にすることもできます。
一方、細菌が体内に侵入してきた場合は、抗体がその細胞の表面に穴を開けるための物質をくっつけます。表面に穴があいた細菌は、当然潰れて死んでしまいます。
そして最後は、塊になったウイルスや潰れた細菌を、「マクロファージ」という細胞がやってきて食べてくれます。私たちの体には、こんなにも素晴らしい仕組みが備わっているんですね。でも、今はこの仕組みをさらに活用する方法があるんですよ。
●動物から人体へ「新しい抗体」の作り方。
何か新しい病気が見つかった時、それに対応する新しい抗体は、どのように作れば良いでしょうか。
一番簡単なのは、病気の原因となっているウイルスや細菌をヒツジやウマなど他の動物に感染させるか、死菌ワクチン・不活化ワクチンとして注射することです。そうすればその動物の体内で抗体が作られますから、血清を抽出してヒトの治療に使えばいい。しかし実際には、ヒツジやウマの抗体はヒトにとっては異物なので、繰り返し使うとアレルギー反応を起こしてしまいます。これを血清病と言います。
そこで、抗体の中でも「どういったウイルスや細菌に反応するかを決めている部分(可変部)」だけをマウスなどからもらい、それ以外の「どの抗体でも構造は変わらない部分(定常部)」はヒトの抗体を使って、両者をくっつけることにしました。マウスでは、ある特定の病原体と反応する抗体を永久に作り続ける細胞を得ることができ、遺伝子操作の発達で抗体分子の遺伝子を取り出すことができるようになったので、これが可能になったのです。このように、違う種の動物の抗体をくっつけたものを「キメラ抗体」と言います。
ただ、それでもアレルギーが完全になくなるわけではないので、次に可変部の中でも直接ウイルスや細菌に結合するごく一部分(これを抗原結合部位と言います)だけを取ってきて、他は全部ヒトの抗体を使うことにしました。これは「ヒト化抗体」と言います。
現在はこれがさらに進み、動物の抗体とヒトの抗体をあとから繋げるのではなく、遺伝子操作をしたマウスの体内で、最初からヒトの抗体そのものが作られるようにしています。製薬会社では、既にそうやって新しい薬を作っているんですよ。
私たちの体の中で新しい細胞が作られる時は、まず「細胞増殖因子」というタンパク質がやってきて、今ある細胞の表面にある「受容体(レセプター)」とくっつきます。そして細胞の中に「細胞を増やしなさい」「こういう種類の細胞になりなさい」といった信号を送ります。
しかし、いわゆる発がん性物質やウイルスなどによってDNAに傷がつくと、壊れた受容体が作られ、「細胞を増やしなさい」という信号を勝手に細胞内に伝えてしまいます。これが、がん細胞が増殖していく仕組みです。
そこで、受容体に対する抗体を使ったお薬を投入して、壊れた受容体の働きを止めることができるわけです。あるいは、細菌を攻撃する場合のように、異常な受容体を出している細胞に抗体をくっつけて、細胞の表面に穴を開けてしまったり、マクロファージに食べさせてしまったりすることも考えられます。
日本ではがん患者数は増えていますが、抗体を使った治療ができるようになったおかげで、がんによる死亡者数は減ってきています。また、ある種の白血病に対しても、既に増殖因子のはたらきを直接抑える薬や、抗体を用いた治療法が採用されており、骨髄移植よりも生存率が高くなることが確認されています。今や「白血病治療=骨髄移植」ではないのです。
さらに、抗体は異常がある細胞だけに直接働きかけるので、抗がん剤のような大きな副作用が出ません。ですから、近畿大学でも抗体を使った治療には、かなり力を入れており、世界に誇る実績を残しています。
●がんだけじゃない。治療の常識は、既に変わり始めている。
治療に抗体が用いられている病気は、がんだけではありません。
例えば、関節リウマチはこれまで有効な治療法がなく「慢性関節リウマチ」と呼ばれていましたが、有効な薬が増えてからは「慢性」という言葉を使わなくなりました。そして、現在最も高い効果を挙げているのは抗体を使った薬なのです。
関節リウマチは白血球が関節に集まってきて自分の軟骨や骨を壊してしまう病気で、「ある物質」が血管の中から白血球を集める役割をしています。ですから、抗体を使って、その「ある物質」の働きを邪魔してあげればいいわけです。
こちらも既に実用化されており、関節が痛くて階段も登れないようなリウマチ患者さんにこの抗体を注射すると、翌日には驚くほど軽快に登れるようになるくらいの効き目があるのです。関節リウマチが発病する原因は未だにわかっていませんが、治す方法は確立されているのです。
今後は抗体を使った治療法がさらに開発されていき、今はまだ治せない病気も治せるようになっていくでしょう。病気と治療のあり方は、今、抗体医薬によって大きく変わってきているのです。
PROFILE
宮澤正顯(みやざわまさあき)
近畿大学医学部免疫学教室 教授
1982年東北大学医学部を卒業。東北大学助手、アメリカ合衆国国立保健研究所(NIH)客員共同研究員、三重大学医学部助教授(生体防御医学講座)を経て、1996年より近畿大学医学部教授。
現在、近畿大学遺伝子組換え実験安全主任者、バイオセーフティー委員長、医学部共同研究施設長、大学院医学研究科運営委員長などを兼務。死体解剖資格(厚生労働省)を持つ、元・病理医で、厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業の研究代表者などを歴任し、2002年にはノバルティス・リウマチ医学賞受賞している。
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