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2026.03.09

卒業式で涙を流すのは日本人だけ?言語学者・藤田直也と考える、日米卒業式の差とは

Kindai Picks編集部

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卒業式
近畿大学卒業式
国際
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日本の卒業式といえば、別れを惜しむ涙や、厳かな卒業証書授与、先生や来賓の挨拶、合唱が象徴的。まだ見ぬ新生活への不安を抱きながら、先生や親への感謝、友人との別れに涙し、再会を誓います。
一方、海を越えたアメリカの卒業式は、どうやら正反対の様子。熱狂と祝祭に包まれて、パーティさながらの盛り上がりを見せる場面もあるそう。アメリカで23年間過ごし、ハーバード大学やコーネル大学でも教鞭をとった経験を持つ、近畿大学国際学部 教授の藤田直也の実体験を元に、「言語や社会構造」から、卒業式の違いについて考えました。

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藤田 直也(ふじた なおや)
近畿大学国際学部 国際学科 グローバル専攻 教授
博士(言語学 Ph.D.)。 専門は日英対照言語学、言語教育
アメリカの大学で16年間教鞭を執り、23年間にわたる米国生活を経て帰国。現在は近畿大学で比較論的な視点から英語と日本語の思考パターンの違いを研究している。

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卒業=「完了」の日本と「始まり」のアメリカ

藤田教授

アメリカの卒業式には日本のようなしんみりした空気はなく、未来への期待感に満ちた、晴れやかなイベントで、むしろ「新たな門出」と、卒業後の新生活を全力で楽しむ姿勢が一般的だそうです。

藤田教授
日本語の『卒業式』は課程を「修了する」という意味合いが強いですが、英語の『Commencement』は新たな門出という『始まり』を意味します。だからアメリカの卒業式では、過去を振り返って泣くよりも、未来に向かって晴れやかに笑う姿が一般的なんです。

日本語の「卒業」は、ある課程をすべて修了したことを認定し、その区切りを祝う儀式を指します。対照的に、アメリカの大学で卒業式を指す最も一般的な言葉は「Commencement(コメンスメント)」。この言葉の語源はラテン語で「始まり」を意味し、アメリカ人にとって卒業式は、学生生活の「完了(Graduation)」を祝う場である以上に、社会へ踏み出す「人生の門出」を宣言する場。完了と、始まり。同じ卒業式でも、全く違う意識の差があるようです。


日本での「涙の卒業式」誕生のひみつ

卒業式

そもそも日本では、いつから、どのように「涙の卒業式」が普及し、定着したのでしょうか。

実は日本の卒業式に欠かせない「涙」や「別れの寂しさ」は、明治時代以降に意図的に作られた文化でした。記録に残る、日本初の卒業式は1876年の陸軍戸山学校で行われたもので、当時はまだ涙をさそう要素は無く、教育の成果発表の機会として体操や弁論が披露されたそうです。次第に儀式として変容していき、感情を伴う式典へと移り変わっていきます。

そして現在の日本の卒業式の雰囲気を決定づけた大きな要素の一つは、1890年の「教育勅語」発布。学校儀式を通じた「感情教育」が重視されるようになり、卒業式でも「別れを惜しむ心」など、ふさわしい感情や振る舞いを学ぶ機会となりました。

藤田教授
日本人は感情移入しやすく、式典で共に歌い、涙するという『情緒』を大切にしますよね。節目に過去を振り返り、感謝と別れを強調するスタイルは、季節の移ろいを慈しむ日本独自の文化とも深く結びついているのではないでしょうか。


「蛍の光」と「威風堂々」 音楽演出にも差

卒業式の合唱

日本の卒業式が「泣ける」理由は、音楽による演出も大きな要素のひとつ。

1893年に文部省が、祝祭日や儀式で歌う唱歌を正式に定めました。全員で合唱することで感じる感動は、これから別れる友人や先生との最後の一体感となり、感情を高めます。卒業式の定番曲「蛍の光」は1881年に発表された唱歌です。原曲はスコットランド民謡ですが、日本語詞は、蛍や雪に反射した光で勉学した苦労の日々に別れを告げ、新しい道へと進むという、中国の故事を元にしたもの。この歌詞も、学生生活の苦労した場面を走馬灯のように思い出させ、涙を誘います。
近年では、唱歌ではなくJ-POPも歌われるようになりましたが、感動を呼ぶ音楽演出は脈々と受け継がれています。

一方、アメリカの卒業式で使われる曲は、エドワード・エルガーの『威風堂々(Pomp and Circumstance)』が定番。これは元々軍へ入隊する時に使われる曲で、新しい世界へ踏み出す「門出」を祝う曲として定着しました。「蛍の光」のように辛かった過去を振り返るものとは全く違う迫力のある楽曲で、あくまで晴れやかな「入場曲」の役割を果たすことが大半です。

ちなみに、小学校の卒業式などでよくある「楽しかった運動会!」「運動会!!」のような、掛け合いで行うスピーチは、1950年代に教育者の斎藤喜博氏が提唱した演出が全国に広まったものだと言われています。より感情移入しやすい演出が加えられ、「涙の卒業式」の進化が続きます。

藤田教授
日本の卒業式は、入念な予行演習も含めて一つの完成された物語のようですよね。アメリカには合唱して泣くという発想自体がなく、お祭り騒ぎのような熱狂が優先されます。


季節の差に注目 日本「節目の3月」と、アメリカ「新緑の5.6月」

卒業式

日本の卒業式が行われるのは、まだ肌寒く春を待ち焦がれる3月。一方アメリカでは、5月中旬から6月上旬の、新緑が鮮やかで夏に向けたエネルギーが満ちる頃。まさにアメリカでの卒業式の呼称「Commencement(始まり)」が持つ、未来への希望に溢れた季節です。開催時期の気候は、式の会場や演出にも影響します。日本では体育館などの屋内で粛々と行われるのが一般的ですが、アメリカでは初夏の良好な天候を活かし、広場やスタジアムなどの屋外で開放的に行われるのが一般的です。

藤田教授
この『寒い時期から温かくなる時期に旅立つ』という季節の移ろいが、日本人特有の『節目』という概念を強く意識させるのかもしれませんね。

藤田教授 ハワイ大学卒業時の藤田教授、下宿先の大家さんと。レイをかけられ、卒業を祝われている。


色と模様で出身大学が分かる!「着る卒業証明書」アカデミック・ガウン

アカデミックガウン

アメリカの卒業式といえば、四角い帽子、帽子に付ける房、ガウンの3点セット。「キャップ&ガウン」と呼ばれるこのスタイルには、中世ヨーロッパの大学で先生を務めていた聖職者の服装に由来する長い歴史があり、アメリカでは1636年のハーバード大学創設時から続いています。

アメリカの卒業式で印象的なのは、卒業式の最後に生徒たちが一斉に帽子を高く放り投げる光景。元々1912年に海軍兵学校で始まったそうで「やっと解放される!」という喜びの表現だったようです。

帽子のタッセルにも重要な役割があるそうです。卒業式の始まりまでは右側にたらし、式の途中で学長や司会者が「Move your tassels!」など掛け声をかけると、出席する卒業生は一斉にタッセル(飾り房)を帽子の左側へ移動。「正式に卒業した」ことを示す感動的な瞬間です。

藤田教授
実は博士号取得者はガウンのデザインや肩にかける「フード」の色によって、その人物の学位や専攻分野、出身大学が分かるんです。私が博士号を取得したロチェスター大学のガウンは、スクールカラーの真っ青な生地に黄色のラインが入った非常に派手なもの。同僚からハチ(Bee)みたいだねとからかわれましたが、それを着て式に出るのは、厳しい研究生活を耐え抜いた証であり、何にも代えがたい誇りでした。学士のガウンは薄手で、修士、博士、と学位があがるにつれ、ガウンの生地の高級感も増すんですよ!

参考:ロチェスター大学の卒業式


先生と学生の関係にも違いが  「縦の社会」と「横の社会」

藤田教授

卒業式の差は、日米の人間関係の構造に深く結びついているようにも見えます。

日本は、恩師と教え子の関係が生涯続く「縦の社会」。卒業後も「先生」と「教え子」という枠組みが続くことがほとんどで、フラットな関係に変化することは珍しいケース。

対してアメリカは「横の社会」。学位を取得した瞬間、それまで指導していた教授から、同じ研究者や社会人として、「仲間」となり関係を築いていける場合も多いそう。この「今日から対等なプロフェッショナルだ」という切り替えの儀式こそが、アメリカの卒業式の本質なのであり、互いの自立を祝うオープンな雰囲気になるわけです。

藤田教授
私が博士の学位を取得し、卒業した時に、それまで指導してくださった教授から「ウェルカム、ドクター・フジタ!」と対等な「仲間」として迎え入れられました。同じ研究者として仲間入りさせてもらった瞬間は感動的で、胸が熱くなりました。
また、置かれた立場によって暗黙の価値基準があるのも、日本特有です。日本語には『学生らしい』『男らしい』などの、社会的な期待値を表す言葉がありますが、アメリカにはその概念が希薄。多様性と個性の尊重が、卒業式にも現れます。


アメリカの大学は「卒業するのは難しい」?

卒業

アメリカの大学は入るのは簡単だが、出るのが難しいと言われています。しかし、これは卒業の難易度が高いというわけではなく「4年間で計画的に学ばなければ卒業できない仕組み」があるのが理由だそう。

アメリカの大学では、1学期に取得できる単位数が厳格に制限されています。日本のように、3年間で単位をほぼ取り終えて4年目は就活、というのは不可能。4年間継続して向上心を持ち学び続け、教授からのシビアな評価をクリアし続けた学生だけが、卒業することができます。

しかし同時に、大学側も「高い学費を払っている学生に対し、それに見合う教育を提供できているか」という公平性も重視します。学生からの評価が低い教員は契約を打ち切られることもあるそうです。厳しい環境を自力で勝ち抜いてきた自負があるからこそ、アメリカの学生にとって卒業式は、達成を祝う場になるのです。

藤田教授
アメリカの大学教育は非常にシビアですが同時にフェア。厳しい環境に耐え抜いたからこそ、卒業生たちはあれほどまでに自信に満ちた表情で式に臨むんです。


歴史に残る名スピーチ

本田圭佑 近畿大学卒業式でスピーチした本田圭佑氏(2023年3月)

アメリカの卒業式の目玉といえば、「ゲストスピーカーによるスピーチ」。有名なスティーブ・ジョブズの言葉「Stay Hungry, Stay Foolish」(貪欲であれ、愚かであれ)も、スタンフォード大学の卒業式で、1960〜1970年代に人気を博したThe Whole Earth Catalogという伝説的な雑誌から引用したスピーチです。日本の卒業式では恩師や親への感謝を伝える祝辞が多いですが、アメリカのスピーチは単なる挨拶ではなく、これから厳しい社会に出る若者への情熱的な、授業のような印象です。

近畿大学の卒業式でも、この「言葉の力」を重視するスタイルが取り入れられ、過去にはプロサッカー選手の本田圭佑氏が「欲望を解放しろ、環境にこだわれ」と強いメッセージを贈りました。また、実業家の堀江貴文氏は、変化の激しい時代に生きるための助言として、「これまでの常識をあてにせず、自ら情報を集め、考え、発信しつづけることが重要である」と語りました。芸人であり絵本作家でもある西野亮廣氏はスピーチで「この世界に失敗なんて存在しない」と失敗を恐れず挑戦する大切さを訴え、その様子を収めた動画は約1549万回再生に到達しています。

これらのメッセージは、日本の伝統的な「別れを惜しむ」内容ではなく、アメリカ的な「Commencement(始まり)」の精神に通じる、卒業後の人生を励ますようなエネルギーを感じます。少しずつ、時代が変化しつつあるのかもしれません。

藤田教授
近畿大学の卒業式にも毎年ゲストが来てスピーチするのですが、誰が来るかは教員や職員も本番まで知らないんですよ。毎年楽しみで、今年は誰かなあと、卒業生と一緒に私もワクワクしています。


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近畿大学卒業式ゲストスピーチ




卒業するみなさんへ

藤田教授

最後に、卒業するみなさんに向けて藤田教授からのメッセージです。

藤田教授
私がアメリカ留学した理由は、「人と違うことがしたかったから」です。動機はシンプルでしたが、そこから学びを進めるにつれ素晴らしい恩師に出会い、研究や仕事にも出会いました。日本の卒業式の「別れを惜しむ心」は、日本人の持つ素晴らしい情緒です。しかし、同時にアメリカ的な「Commencement(始まり)」の精神も併せ持つことができれば、より自分の未来に期待を膨らませながら、素晴らしい卒業式を迎えられるのではないでしょうか。

卒業を一区切りとして過去にするのではなく、そこから始まる無限の可能性にワクワクしてほしいですね。日本の常識や既成概念にとらわれず、もっと自分の欲望に忠実に、広い世界を見て欲しいです。


まとめ

日本語の「卒業」と、アメリカの「卒業」。同じ言葉でも、日米の圧倒的な温度差があることは知られていましたが、人間関係のあり方や、季節、歴史なども深く影響し、現在の卒業式の雰囲気を作っていることに驚いた人も多いのではないでしょうか。しんみり泣くのもいいけれど、アメリカの学生のように「未来が楽しみで、今泣いてる場合じゃない!」と世界に飛び出していく姿勢も学びたいですね。
さて、今年の近畿大学卒業式では、誰が、どんな名言を残してくれるのでしょうか。楽しみに待ちたいです。

参考文献:
有本真紀『卒業式の歴史学』(講談社, 2013年)
アメリカ留学のための大学情報サイト アメリカ大学ランキング

この記事を書いた人
米田 ゆきほ
ライター・記者
Webメディア、新聞紙面、企業パンフレットなどで執筆。ジャンルにこだわらず、インタビュー取材を行う。趣味は映画と建築巡り。

取材・執筆 米田 ゆきほ
編集 アール・プランニング

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