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2023.10.06

【親子で近大生】親子で目指す「甲子園ボウル」で日本一

Kindai Picks編集部

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近畿大学体育会に所属するアメリカンフットボール部は、創設から57年が経過しています。関西学生アメフト連盟に所属し、リーグ戦で熱い闘いぶりを見せています。2025年の近畿大学創立100周年を目前に控え、全日本大学アメリカンフットボール選手権大会決勝戦・通称「甲子園ボウル」への出場と日本一を狙います。このようなアメフト部に、親子で在籍し、かつてキャプテンとしてチームを率いた伊賀並孝治さんと、その息子で現役メンバーの伊賀並快斗さんがアメフトにかける思いを語り合いました。

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伊賀並 孝治(いがなみ こうじ)

2002年(平成14年)近畿大学商経学部経済学科(現経済学部)卒業。長浜市立西中学校・滋賀県立虎姫高校でもアメリカンフットボール部で活躍。大学時代のポジションはLB(ラインバッカー)。4年生時にはキャプテンとしてチームを率いた。
※LB(ラインバッカー)は、アメリカンフットボールにおいて守備のポジションで、ディフェンスの中盤に位置するポジション


伊賀並 快斗(いがなみ かいと)

2023年(令和5年)近畿大学経営学部経営学科スポーツマンジメントコース入学。滋賀県立長浜北高校出身。父の姿を見て幼少期からアメフトに親しみ、中学・高校でもアメフト部に所属。日本一を目指して体育会アメフト部の練習に励む毎日。




やる以上はトップクラスで――父と同じ近畿大学アメフト部へ




――快斗さんがお父様と同じ近畿大学でアメフトをやろうと思われたきっかけはなんでしょうか。

快斗さん:子どもの頃から父とはアメフトのボールを使ってキャッチボールをしていて、アメフトは身近な存在でした。その楽しさがあったから中学校の頃にアメフトを始めて、高校生の時に大学の1部リーグでプレーしたいと思うようになり、まず、父が所属していた近畿大学が浮かびました。

孝治さん:中学の時からプレーしている子は少ないということもあって、息子は高校1年生の時から試合に出してもらっていました。その当時ですでに身長が180cmくらいあったので、他のメンバーよりも体格的に有利だったこともあると思います。大学でもアメフトを続けるつもりなら、せっかくなら強いチームに入るといいよ、と私の方から近畿大学に誘導したんです(笑)。

高校2年生の時には高校のチームが関西大会に出場してベスト4まで行くことができ、それでスポーツ推薦で入学させていただくことができました。



――息子さんが同じアメフト部に入られると決まった時はどのような気持ちでしたか?

孝治さん:率直に言うと、予定通り(笑)。生まれた時からの思惑通りです。アメフトのボールでキャッチボールしていたのも、楕円形のボールに早いうちから慣れさせようと思ってのことですから。

ただ1つ、思惑がはずれたのは、ポジションがQB(クォーターバック:パスを投げたり、攻撃の起点となるポジション)ではなく、DL(ディフェンスライン:守備の中心となるポジション)になったことですね。私としてはQBをさせたかったし、実際中学まではQBだったんですが、当たるほうがよかったみたいで……。

快斗さん:投げること自体は嫌いではなかったんですが、コントロールがあまいところがあったのと、中学生の時はめちゃくちゃメンタルが弱かったんです。相手がプレッシャーをかけてくると冷静な判断ができなくて、QBがイヤになってしまった時期があって。それで中学3年の時にコーチが、一度ディフェンスに入ってみたらどうかと勧めてくれたんです。やってみたら結構いい感じで“当たれた”という実感があって、楽しくなりました。自分にはQBは向いてないなと思い、高校からは完全にDLになりました。

孝治さん:私としては、非常に残念なんですけどね(笑)。


さまざまな縁で、近畿大学アメフト部へとつながった



父・孝治さんの学生時代のお写真

――お父様が近畿大学に入学されたきっかけは?

孝治さん:私も中学からずっとアメフトをやっていました。経験者だったので、高校に進んだ時も1年生の時からレギュラーをやらせてもらい、先輩たちといっしょに関西大会に出たんです。その時に準優勝したところ、同じチームに2つ上の兄がいまして、兄弟で準優勝ということでアメフトの雑誌に載せてもらったということがありました。

その後、高校3年になった時に、中学校の時からお世話になっているアメフトショップの店員のおじさんに「1部リーグの強い大学に行きたい」ということを話したら、近大の大城健一監督をご存知で、私のことを伝えてくださったんです。大城監督は、私が高校1年の時に雑誌にのった記事を目にして覚えていてくださっていたそうで、興味を持って会いに来てくださったんです。そして、「近大に来る気があるなら、がんばっておいで」とおっしゃってくださって。そういういろんな縁がつながって、近畿大学に入ることになりました。

――兄弟でアメフトというのは、ご両親の影響ですか?

孝治さん:いや、たまたま私の住んでいた地域にある長浜西中学校に、アメリカンフットボール部があったんですよ。滋賀県でも中学にアメフト部があるのは2校だけで、アメフト界では有名な中学校なんです。兄やその友達が大勢アメフト部に入っていて、私も中学に入学したら無理矢理入れられました(笑)。まあこれも、縁と言えば縁ですよね。

入学当時はアメフトが嫌いだったんですよ、プレーは激しいし、練習はしんどいし。でもやっているうちに自分の身体能力が上がっていくのを実感して、アメフトって楽しいなと思い始めて。これを一生のスポーツにできたらいいなという思いを持って、社会人までやらせていただきました。


実業団時代の孝治さん。ラインバッカーとして活躍されていた。


進化しつつも受け継ぐべきものは守っていく




――快斗さんは今年4月に入学されたばかりですが、入学されてみての印象はどうですか?

快斗さん:入学式の時に、すごく華やかだと思いましたね。お笑い芸人とか有名人もいっぱいで、近大すげえな!って(笑)。そんなすごい大学の、めぐまれた環境のなかで、自分も4年間頑張って、アメフトを続けていきたいと思っています。

父からの印象もあって、部活については上下関係が厳しくて怖い先輩がたくさんいるんじゃないかと想像していましたが、入学してみたらやさしい先輩たちばかりで。楽しむ時は一緒に楽しんで、やる時はお互いしっかり頑張るという、いい形でのしっかりした上下関係があって、想像とは全然違いました。

孝治さん:私の大学時代の話をしても、昔話扱いで、今はそんなことはないよと息子から否定されるばかりです(笑)。

――そんなに違いますか?

孝治さん:一番の違いは、グラウンドですね。私たちのころは土のグラウンドでしたが、今は人工芝。それは本当にありがたく思えよと言ってます。土のグラウンドでは擦り傷や切り傷が絶えないし、何か病原菌が入るのかイボがいっぱいできましたね。それから洗濯。土でドロドロのユニフォームを洗うと洗濯機がすぐ壊れるんです。だからその前に自分で水洗いしなければならなくて大変でした。

トレーニングの方法も全然変わりましたね。今はプロテインやお弁当が支給されるなど練習以外の「食トレ」にも力が入れられていますが、僕らの頃はそこらへんは自分たちで考えないといけなかった。今はなんでも与えてもらって、悪く言うと甘やかされてますね(笑)。

快斗さん:カロリー計算とか栄養バランスとか栄養学的な勉強もしています。体重に対してどれだけのたんぱく質を取らないといけないとか……。



孝治さん:上下関係も、今はポジションごとにチームをつくって先輩後輩が助け合う感じですが、昔はまあ理不尽に思えることもありましたよ(笑)。でも、厳しく、愛のある指導をしていただいたおかげで、そこが社会人になってから活きましたね。近畿大学は、他の大学に比べると今もそういう風土が残っているように思っていて、だからこそ、息子には近畿大学に行ってほしいなと思ったところもあります。近畿大学で身につけたものが、息子が社会人になって仕事をする上で、必ず力になってくれると期待しています。

――お父様のアメフト部の思い出といえば?

孝治さん:関西の大学のアメフト部は1部、2部…と分かれていて、1部リーグには8チームあって、秋にリーグ戦を行います。そこで1位になったチームが「甲子園ボウル」で関東の1位と闘うことができるので、それを目標に練習を重ねます。私は幸運なことに、4年間ずっと1部リーグにいさせてもらいました。

ただ、7位、8位になると2部リーグとの入れ替え戦があり、それに負けると2部に落ちて日本一を目指せなくなります。一度、私が3回生の時にそこまでいってしまい、これに負けたら2部になるという試合で、第4クォーターの残り5分まで負けていました。正直、私はベンチで「来年は2部か。もうアメフト部やめようかな」とまで思ってました。日本一を目指すためにアメフト部に入ったのに、2部に落ちたらいる意味がないと思うくらい追い込まれていたんです。幸い、最後の最後で逆転できて1部に残ることができました。本当にうれしくてありがたくて、泣きましたね。

ただ結局、甲子園ボウルには行ってないんですよね。近大はこれまで一度も行っていないんです。


大城健一監督とのお写真。4年間1部リーグでプレーした。

快斗さん:今、体育会アメフト部では2025年の創立100周年の年に甲子園ボウルに行こうというチーム目標を立てて頑張っています。先輩たちの話では、これまでに比べて練習が圧倒的に厳しくなっているそうです。僕も最初は練習に全然ついていけなくて、最近やっとついていけるようになりました。

しかし、先ほどの昔はグラウンドが土だったというような話を聞くと、僕たちは今、感謝して練習しなければならないなと思います。もっと頑張って、今は関西学院大学、関西大学、立命館大学が関西では3強と言われていますが、そこにしっかり勝っていって、その上で、2025年の甲子園ボウルで日本一になるために練習を重ねていこうと改めて決意を強くしました。


変わるキャンパスと学生生活、そして今後の目標




――今日、久々に大学を訪れられた印象はどうですか。

孝治さん:ものすごく近代的できれいになりましたね。特にEキャンパスは、私たちの時代は就職するためのパソコンルームがあったくらいだったのに。今はコンビニもあるし、飲食も充実していて、便利になっていますね。

快斗さん:これだけ環境が整っているので、そういう良さを活用してこれからの大学生活を充実して過ごしていきたいなと思っています。



――お父様は大学の頃の思い出はいかがですか?

孝治さん:1、2回生のころはともかく、3、4回生になると学校には行かずクラブセンターばかり行っていました(苦笑)。一つ悔やんでいることがあるとすれば、文化祭をまともに見てないことですね。文化祭の時はちょうどリーグ中だったんですよ。

快斗さん:大城監督も、「部活だけしていたらいいわけじゃない」とよく言われます。正直僕も、授業が面倒だなと思うこともありますが、そこは大学生として最低限はやらないといけないなと思って頑張っています。そして父の轍を踏まないように、文化祭にも行きたいですね。



――最後に、お二人の今後の目標を教えてください。

快斗さん:僕はまだ1年生なので試合に出る力はないんですが、1年からレギュラーをとることをまずは目標としています。チームで目指している2025年の甲子園ボウルの優勝の年は3年生になっているので、確実にレギュラーをとって出場するのが目標です。日本一になれるチームを目指してますます練習を頑張っていきたいと思います。

孝治さん:私は学生最後の年にアキレス腱を切って離脱しているので、息子が4年間、怪我や故障がなくチームに貢献してくれればいいなと思っています。あとは無事に卒業してくれること(笑)。せっかく親子で一緒の大学に入っているので、協力できることは協力し、支えていきたいですね。

――本日はありがとうございました。

取材・文:笑屋株式会社
写真:井原完祐
企画・編集:近畿大学校友会

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