2021.09.03
小学生が大学の先生に質問!外来種って悪者なの?生態系って何?命の不思議を調査する自由研究
- Kindai Picks編集部
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近畿大学農学部 環境管理学科 の北川 忠生先生の元へ、一通の手紙が届きました。送り主は、東京都在住の小学5年生の岩下 宗也くん。約10種類の生き物と暮らし、命の不思議を調査する“小さな研究者”です。手紙には、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める宗教行事「放生会(ほうじょうえ)」についての疑問が。今回は、オンラインのインタビューの様子をレポートします。
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北川先生宛に小学5年生の宗也くんから届いた手紙
ある日、近畿大学農学部 環境管理学科 の北川 忠生(きたがわ ただお)先生宛に、一通の手紙が届きました。(以下、一部抜粋)
ぼくは東京都に住んでいる岩下 宗也と言います。5年生です。生き物が好きで、家には近くの川で捕った10種類くらいの生き物を飼っています。
ぼくは、去年の8月に新聞で奈良の興福寺の放生会(ほうじょうえ)の記事を読みました。奪ってしまった生き物の命を供養することや感謝することは大切なことだなと思いました。また、ずっと昔から続いている仏教の行事で、外来生物と在来生物という新しい問題がでてきたことにはおどろきました。さらにおどろいたのは、興福寺さんがこの問題をそのままにせずに、近畿大学の北川先生と一緒に外来生物の命も、在来生物の命も救おうとしたことです。
ぼくは自由研究をすることが好きです。自由研究は答えがひとつではなかったり、自分でわかっているだけではなくて読んだ人に理解してもらったりしなくてはいけないので、毎年苦労するのですがとてもおもしろいです。いつも半年くらいかけて本やインターネットで調べたり、いろいろな人にインタビューしたりして資料を集め、夏休みに最終的にまとめています。そして今年は、放生会や外来種の問題、生き物の命について、もっと調べて研究にまとめていきたいと思っています。
そこで今年に入ってから少しずつ、仏教や放生会について本やインターネットで調べてきました。今年の4月の興福寺での放生会についても、インターネットニュースや新聞で知ることができました。その中で「ひとななプロジェクト」の活動がはじまったことも知りました。そこで、皆さまに質問をしてみたいなと思い、今お手紙を書いています。お忙しいと思いますが、もしよろしければぼくの質問に答えて頂けたら嬉しいです。よろしくお願い致します。
手紙には、宗也くんの自己紹介とともに、小学1年生から4年生までの自由研究で調べた内容について書かれていました。研究テーマは、「魚の骨」「絶滅危惧種のウナギを食べて良いか」「動物福祉の立場から、飼育動物がよりしあわせに暮らすための工夫である“環境エンリッチメント”」「漁師が選んだ本当においしい自慢の魚である“プライドフィッシュ”」について。
そして本編には、宗也くんが新聞を通して知った、捕獲した魚や鳥獣を野に放して殺生を戒める宗教行事「放生会」についての疑問が書かれていました。
日々、生き物やその命の不思議を調査する宗也くんは、すでに立派な研究者です。外来種の研究に取り組む北川先生は、「ぜひ、宗也くんの自由研究に協力をしたい」と快諾。北川先生、そして北川先生のゼミ生である奥田理沙さんをお相手に、宗也くんによるオンラインのインタビューが実現しました。
幼少期を兵庫県の自然豊かな環境で育ち、現在は東京都に在住する小学校5年生。生き物が好きで、近くの川で捕ったクチボソやハゼ、エビ、アマガエル、ザリガニ、フナ、ドジョウなどの生き物と暮らしている。また、生き物を繁殖させることも好きで、お祭りの金魚すくいで捕った金魚を2年連続で産卵・繁殖させている。今年はイモリの繁殖に成功。小学1年生より毎年「海とさかな 自由研究・作品コンクール」に応募している。
近畿大学 農学部 環境管理学科 准教授。
日本の淡水魚の起源解明と保護、国内外の他地域からの持ち込まれた外来魚やそれらが引き起こす遺伝的撹乱の問題について研究。興福寺ならびに奈良県(奈良公園室・奈良公園管理事務所)や企業と連携して、奈良公園にある猿沢池やその周辺の環境を調査・保全する活動「ひとななプロジェクト」に取り組んでいる。
生き物の命も伝統も大切。「放生会」の問題点を北川先生にインタビュー
小学5年生の岩下宗也といいます。ぼくは生き物を飼うことが大好きです。今日はどうもありがとうございます!
宗也くん、はじめまして。お手紙を読ませてもらいました。宗也くんの調査力にびっくりしています。お手柔らかによろしくお願いします(笑)。
私も、宗也くんのレポートを読んで、質問の鋭さにビビっています(笑)。今日は力になれたらと思います。
ありがとうございます! では早速、お送りした手紙の質問について教えてください。まず、興福寺の伝統行事「放生会」について教えてほしいのですが、池へ金魚を放つことに「SNS上で批判の声があがった」と新聞にありました。放生会は、約1300年ものあいだ行われている歴史ある行事だと思うのですが、批判の声は、いつからあがったのですか?
興福寺は隣接する周囲360メートルの人工池の猿沢池で長年にわたり放生会を実施し、金魚やコイを放ってきたんですね。そして2017年以降、放生会の様子をテレビなどで視聴した人から、主にSNS上で指摘が寄せられるようになりました。
以前までの放生会は、どこからやってきた金魚を放っていたんですか?
毎年、地元の方が金魚の養殖業者から購入して、興福寺にご寄進されていたそうです。
朝日新聞に「放生会については2017年の日本魚類学会で議論された」とありましたが、どんなところが問題となったのですか? 猿沢池の在来種ではない金魚を放っている点ですか、猿沢池では生きていけない金魚を放っている点ですか。それとも、両方ですか?
多くの人から寄せられた意見は“外来種問題”への指摘で、「もともと猿沢池にいなかった生き物を放生会で放つことにより、生態系が壊れてしまうのでは?」という内容でした。宗也くんは、金魚の元となっている魚を知っていますか?
フナです!
正解! そうです、中国でフナの品種改良から生まれたのが金魚です。ですから、「金魚を放つことで、日本のフナと交雑してしまうのでは?」という声があがったんです。また、放流の仕方についても問題視する意見がありました。桶に入った金魚を高いところから落とし入れる様子が放送されたんですが、これを見て「金魚がかわいそうだ」という声も聞こえました。
なるほど。
SNS上における指摘は、表現の温度こそ様々でしたが、生態系保全の観点では、的を射た内容もありました。そこで興福寺はこれらの指摘を真摯に受け止め、放生会の儀式を見直すことに決めたんです。そこで興福寺から、「放生会の今後について一緒に考えてほしい」ということで、奈良公園の絶滅危惧種の保護活動をしたり、外来種問題を研究する僕へ相談がありました。
具体的には、どのように見直されたのですか?
2020年の放生会から、猿沢池の生物調査で捕獲された在来種を放流することにしました。それから放流する際の生き物へのストレスを軽減する目的で、スライダーによる放流を採用しました。これを機に、研究室の学生たちとともに「ひとななプロジェクト」もはじまったんです。
写真提供:興福寺
「ひとななプロジェクト」に込められた想いについて
「ひとななプロジェクト」とはどういう活動なんですか?
興福寺や奈良県と連携して、猿沢池やその周辺の環境調査・保全に取り組んでいます。この他に、「灯と奈菜」という団体では、絶滅危惧種の魚の保護活動、奈良の伝統野菜の栽培、小学校での環境教育活動などにも取り組んでいます。
「灯と奈菜」という団体名の由来はなんですか?
この質問は、「灯と奈菜」のメンバーでもある学生の奥田さんに答えてもらおうと思います。
はい! 「灯と奈菜(ひとなな)」は、17という数字に由来します。地域によって異なりますが、放生会が行われる17日は、仏教において観音様の縁日とされています。また、「灯」という漢字には「奈良の伝統と人々のつながりを灯す」という意味があります。「奈菜」は「奈良と野菜」を意味しています。「ひとななプロジェクト」では、大和伝統野菜の栽培もしているんですよ。
えっ、野菜を?! どうしてですか?
宗也くんは、ニッポンバラタナゴという魚を知ってるかな?
名前は聞いたことがあります。
僕たちは「七色の魚」と呼んでいます。それほどにきれいな魚なんですよ。けれども、奈良県内では年々減少しています。盆地ゆえに水不足に悩まされてきた奈良県にはため池がたくさんあり、そこで育ってきたのがニッポンバラタナゴです。でも、他地域から水を引く用水路が発達した現在ではため池が使われなくなり、水質が悪化しています。池の底に泥がたまり、ニッポンバラタナゴが卵を産む貝類が激減したんです。
写真提供:森宗智彦氏
そこで、「灯と奈菜」ではため池を活用して、大和伝統野菜を育てるプロジェクトも行っています。そうすることで、ニッポンバラタナゴの生態系を回復させたい。僕らは研究室から飛び出して、自ら農業をすることで、人間と自然の良い関係を生み出したいんです。
すごい! ニッポンバラタナゴ、いつか見てみたいです。
ぜひ見に来てくださいね。
人間の優しさが、生態系を破壊するかもしれない
では、次の質問です。今年の4月15日に猿沢池の生物採集調査を行ったそうですが、在来種・外来種ともにどんな生き物が何種類いましたか?
この時は、猿沢池の水位を調整する栓の工事期間中で、池の水位が下がっていて、とれる生き物が少なかったんです。また、4月の時点では水温が低く、活動をしている生物も限られていました。そのため、3種類の在来種のみ捕獲できました。宗也くんは、モツゴを知っているかな?
はい! クチボソとも呼ばれる淡水魚ですよね。
そうだね! あとはシマヒレヨシノボリ、スジエビがいました。
全部で何匹ほど捕獲したんですか?
モツゴが88匹、シマヒレヨシノボリが18匹、スジエビが20匹いました。
ちなみに、カメは冬眠から覚めていましたか?
外来種のミシシッピアカミミガメやクサガメがいることは確認できました。それから、在来種のニホンイシガメの姿も確認できました。
そういえば、猿沢池の調査で捕獲した外来種は、近畿大学に引き取られるんですよね?
そうです。特定外来生物は通常であれば、その場で殺処分をします。しかし猿沢池は命を大切にする場所でもあります。なので殺処分せず、近畿大学で引き取ることにしました。また、その後の調査でカダヤシという魚を捕獲しました。でも、この魚を大学に生きたまま運ぼうとすると、ひとつの問題が発生したんです。
外来生物法に触れてしまう……?
さすが! そうなんです。環境省に特定外来生物に指定されているカダヤシは、外来生物法で、生きたまま持ち出したり、飼育したりすることが禁止されているのです。そのため、環境省に事前に申請することで、近畿大学での飼育が実現しました。
どうして外来種を飼育するんですか?
猿沢池の生態系を保全するために、研究をするんです。宗也くんは、カダヤシを見たことがありますか?
はい! 荒川のビオトープで見たことがあります。
カダヤシは、ある魚に似ているよね?
メダカに似ています!
そうですね! 猿沢池には絶滅危惧種でもあるミナミメダカが生息しています。しかし、ミナミメダカと比べると、カダヤシは攻撃的で繁殖力も高いんです。そのため、カダヤシがミナミメダカのすみかを奪ってしまうことになります。つまり、猿沢池のカダヤシを早いうちに駆除しないと、この池のミナミメダカが絶滅してしまう可能性があります。
なるほど。
そこで研究室では、カダヤシを飼育して、特性を研究することにしました。カダヤシは何を食べて、どんなところに隠れるのか。そうした特性を利用したトラップを開発・設置することで、効果的にカダヤシを捕獲できるからです。
カダヤシはどこからやってきたんですか?
それが、わからないんですよ。これは推測ですけれど……猿沢池は地域の人たちにとって、引越しなどで生き物を飼うことができなくなった時に、「お返しする場」として利用されているのかもしれません。そうした際に、カダヤシが放たれた可能性もあります。
そうだったんですね。
このように、人間による行動が、生き物の生態系を破壊する可能性がある。これが、放生会について考える際のポイントでもあります。放生会で金魚を放つこと、これは「命を大切にしよう」という教えの元に行われてきたことなんですけども、放たれた金魚が、この池の生態系を乱すことにもなるわけで。同じように、一般の方も「命を大切にしよう」という優しい気持ちでカダヤシを放つと、ミナミメダカを絶滅の危機にさらしてしまうということになるんです。自然のことを考えず、自分たちの思いだけで行動してしまうことがないようにしたいですね。
駆除される命についても教えてください。殺処分とは、いつ、どういうことをするのですか? 苦しくない殺処分の方法はありますか?
かわいそうではあるけれども、多くの場合、その場で殺処分をします。方法としては、氷詰めをして、氷冷により冬眠状態にして、安楽死させるというものがあります。氷冷が難しい場合は、麻酔薬を用いる場合もあります。苦しみや痛みをなるべく短く、少なくするように配慮しています。
なるほど……。きちんと考えられているんですね。
いろいろな人が関わり合いながら取り組む猿沢池の環境保全
先生たちが猿沢池の環境保全に、一生懸命に取り組む姿がわかりました。地域の方たちも環境保全に関わっているんですか?
とても重要な質問ですね! そうなんです、僕らだけでは力が足りないんです。2020年には、興福寺のお堂に眠っていた古瓦を組み合わせて、魚のすみかとなる「魚礁」をつくったんですが、これは、近隣の小学生たちや、協賛してくださる企業の方と一緒に取り組みました。すると、今年の春に入って、モツゴが瓦の裏にびっしりと卵を産んでいるのを確認できました。
ん? 古瓦になんか文字が書かれてる?
そうなんです。裏面には想いを込めて、皆さんにメッセージを書いてもらっています。お魚のすみかをつくりながら、猿沢池が引き続き、たくさんの人にとっての、心の拠りどころにもなればと思うんです。
素敵ですね!
もし良かったら、宗也くんにも古瓦を1枚送るので、メッセージを書いてみませんか?
え! 良いんですか?!
もちろん! 今年は、近隣の商店街の方にもメッセージを書いて頂く予定です。こうして、生き物のことを一緒に考える機会を通して、いろいろな人との関わりが増えていきます。
今日も仲間が一人増えて嬉しいです!
正解のない中でゴールを決めるということ
放生会で外来種にあたる金魚やコイを放っているお寺は、今もたくさんあります。他のお寺の放生会にアドバイスを送るとしたら、どんなアドバイスですか?
放生会は命を大切にする儀式です。外からやってきた外来種の命と、すでにそこにいる在来種の命、どちらも大事だからこそ、悩ましいところですよね。ただ、命というのは、それひとつで存在するのではなく、いろいろな命のつながりによって、支えられるもの。外来種の中には、その命のつながりである生態系を切ってしまうものがいます。そうすると、より多くの命が奪われてしまうのです。「ひとつの命を守ることと同時に、多くの命のつながりである生態系を守る」ということも考えていただければと思います。
そもそも、外来種を連れてきたのも人間なんですよね。
そうなんです。宗也くんは、モンシロチョウが外来種ということは知っていた?
え! そうなんですか。はじめて知りました!
モンシロチョウは、奈良時代に大陸から栽培品種の野菜が持ち込まれた際に、一緒にやってきたと言われています。でも宗也くん。もし今、宗也くんがモンシロチョウを見つけたら駆除しますか?
しないです。
そうですよね。モンシロチョウを見ると、僕らは春の訪れを感じます。このまま一緒にいてもらっても問題ない気がする。そのように、外来種であっても、現状では共存できている生き物もいっぱいいるんです。
外来種の中にも、ぼくらが親しんでいる生き物がいるとしたら、何が問題なんだろう。
人間が持ち込んだ外来種が、生態系に悪影響を及ぼしている場合があるということです。そういう場合は、かわいそうではあるけれども駆除する必要があると僕は考えています。そうしなければ、失われてしまうたくさんの命もあるからね。そこは、その原因を生み出した人間が責任を持たないといけないと思うんです。そもそも、そうならないためにも、基本は外来種を生み出さないようにすることが重要です。
なるほど。
外来種の問題は、「白か黒か」をはっきりさせにくい場合が多い話なんです。在来種を守るために、全ての外来生物を除去したら良いという話ではないのだから。
最後の質問になるんですけれども、ぼくは正解のない自由研究をしながら、どこを目指せば良いかについて、いつも悩みます。先生たちは、どうしていますか? アドバイスをください。
それは、研究室の大学生もすごく悩んでいるところです。世の中のほとんどのことって、正解がないんです。でも、それってとても重要で。絶対的なゴールではなく、とりあえずのゴール地点を決める。そこを目指しながら、必要に応じて軌道修正していきましょう。
仮のゴールを決めて取り組んでいくことが大切なんですね。今日は本当にありがとうございました!
今日はお話ししながら、宗也くんが小学生であることを忘れていました。将来が楽しみですね。ぜひ近畿大学に来てください!
はい! 先生の話を聞いて、おもしろそうだなと思いました!
自ら調べて知っていく知的好奇心の大切さ
岩下宗也くんによる北川先生たちへのインタビューはいかがでしたか?人や物がますます自由に行き来するグローバルの時代にあって、在来種と外来種の関係性は日々変化しており、いずれかが正しいという二者択一論では判断できなくなっています。そうした時代にあって、約1300年続く興福寺の放生会も、柔軟に儀式のあり方を見直しました。
そして後日、宗也くんからお礼のメッセージが届きました。
「学び」という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。私がパッとイメージしたのは夏休みの宿題、受験勉強、レポート課題、卒業研究など、どちらかというと、受動的な学びでした。けれど、自らテーマを設定し、ネット上や書籍での情報収拾にとどまらず、人や場所を訪ねて自由研究に臨む岩下宗也くんは、新たな発見をした時の喜びや、知的好奇心の大切さを思い出させてくれました。
最後に、宗也くんの言葉で結びたいと思います。
「自由研究は答えがひとつではなかったり、自分でわかっているだけではなくて読んだ人に理解してもらったりしなくてはいけないです。毎年苦労します。けれど、それはとてもおもしろいです」。
取材・文:大越はじめ
企画・編集:人間編集部
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