2019.05.15
そもそも"がん"の起こる仕組み。重複がんと免疫について考える。
- Kindai Picks編集部
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舌がんで闘病中の堀ちえみさんに、食道がんが新たに見つかったというニュースがありました。そもそもがんは、どうして発症するのでしょうか?そして、がんになりやすい体質とは?
免疫学に詳しい、近畿大学医学部宮澤教授に聞いてみました。
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宮澤正顯(みやざわまさあき)
近畿大学医学部免疫学教室 教授
1982年東北大学医学部を卒業。東北大学助手、アメリカ合衆国国立保健研究所(NIH)客員共同研究員、三重大学医学部助教授(生体防御医学講座)を経て、1996年より近畿大学医学部教授。
現在、近畿大学遺伝子組換え実験安全主任者、バイオセーフティー委員長、医学部共同研究施設長、大学院医学研究科長などを兼務。死体解剖資格(厚生労働省)を持つ、元・病理医で、厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業の研究代表者などを歴任し、2002年にはノバルティス・リウマチ医学賞受賞している。
重複がんとは?
堀ちえみさんのケースは、舌がんの後に食道がんが見つかった、でも転移でも再発でもないまったく別のがんと報道されていました。
はい。そもそも、口、舌、咽頭から 食道までの壁というのは、ちょうど食べ物が通る道路の両脇に石垣があるかのように、同じような細胞が積み重なってできています。 下のイメージ図1を見て下さい。
口や食道の一番内側は、石垣の一番下にある赤ちゃん細胞が分裂し、これが上に向かうに従ってだんだんと大人の細胞になって、最後は歳を取って剥がれていくという形で、いつも新しくなっています。
皮膚の場合は、一番上の層がさらに老化して硬くなり、垢になって落ちて行きます。
口と食道は元の細胞が同じであるということから、がんのなりやすさも似ているのです。
また、ヒトのがんの多くは、食べ物や空気中にある化学物質、あるいはたばこやお酒などの刺激物が原因です。
がんを引き起こす原因物質が、口から食道まで同じところを通っていき、同じ刺激がずっと加わっている、ということですから、口の中と食道に同じがんができるということはよくあることです。
では堀さんのケースは少しも不思議なことではないということでしょうか?
食道がんの2割くらいは重複がんといって、 食道の他にも口の中や喉に転移でないがんを伴っています。ですので、舌がんが見つかった段階で食道の検査を行ったのは、大変賢明な判断です。
そもそも"がん"の起こる仕組みって?
改めて、がんとは何か教えていただけますか?
がんは、大人になり切れない赤ちゃん細胞が異常に分裂する現象です。もともと私たちは成長するため、健康でい続けるために、正常な細胞分裂を続けていく必要があります。しかし、正常な細胞はただ分裂するだけではなく、身体の中で特定の役割を果たすために大人の細胞へと変わっていきます。そして、自分の役目を終えた細胞は、自ら死んでいきます。赤ちゃん細胞が分裂だけを続けてしまい、大人になることがなくなり、死ななくなってくるとがん細胞になります。
健康な細胞と、がんとして増えていく細胞はどういった違いがあるのですか。
最初の図にあったように、正常な細胞は皆向きを揃えていて、一番下にある赤ちゃん細胞が分裂すると、横には拡がらずに上に上にと移動し、だんだん成熟して身体を被う石垣のような壁を構成します。
しかし下のがんのイメージ図2を見るとわかるように、がん細胞は赤ちゃん細胞の持つ分裂能力を保つ一方、細胞の向きに秩序がなく、横にも下にも移動していきます。また、分裂したあと成熟せず、大人になって歳を取り、死んでいくことがありません。このため、周囲の正常細胞を圧迫し、石垣を壊してその下にももぐり込みます。
がん細胞が増えるメカニズム
すべての細胞は分裂し、死んでいくのでしょうか?
私たちの身体を構成する全ての細胞が、元をただせばたった一個の受精卵に由来することからわかるとおり、細胞にはそれを増やすしくみがあります。血液の中を流れている赤血球や白血球には寿命がありますから、骨髄で毎日新しく作られなければなりません。胃や腸の壁も、自分自身の消化液に曝されていますから、活発に分裂してどんどん新しい細胞に入れ替える必要があります。
一方で、細胞は分裂して増えるだけでなく、成熟して特定の機能を果たさなければいけません。赤血球の元になる細胞は、酸素を運ぶ赤血球になると、もう分裂することはできません。このように、私たちの身体を構成する細胞には、分裂したあと成熟して、大人の細胞として仕事をし、死んでいくプログラムが組み込まれているのです。このプログラムが壊れたのが、がん細胞です。
がん細胞が増えてしまう原因は何ですか?
細胞が成熟するためのプログラムが壊れる原因は、DNAに傷がつく、細胞のプログラムが書き込まれた 遺伝子に傷がつく、ということで、食物や空気中の化学物質、紫外線とか放射線、お酒やタバコ、ストレス、ホルモン などの要因で細胞が勝手に増え、しかも成熟しなくなってしまいます。
がんの原因に、遺伝もあると聞きますが、いかがですか?
実は、はっきりと遺伝の可能性があるがんというのは、全体の5%に満たないと言われています。成人のがんでは、大腸がん、乳がん、卵巣がんなどに、遺伝的な因子のはっきりしたものがあります。
しかし、大腸がんや乳がん、卵巣がんは、遺伝とは関係なしに起こるものもたくさんあります。
身内でがんで亡くなった人がいる場合、母方か父方かなどは関係あるのでしょうか?
それは一般的にはあまり関係ないですね。
いわゆる三親等とか近い親戚の中に何人がんになった人がいるかということで、がん家系ということはよく言いますが、がんを起こす遺伝子そのものの他に、がんになりやすい、あるいはがんを身体から排除するはたらきが強い、弱いという、いわば体質のようなものも、家系集積の一因となることがわかっています。
逆に、身内にがんで亡くなった人がいなくても、がんになる可能性もあるということですよね。
そうです。同じようにがんになりやすい遺伝子を持っていても、それだけでがんになる訳ではなくて、さらにそこに色々な刺激や 身体の反応が加わって、最終的にがんが生じると考えられています。
がんと免疫の関連性
がんになりやすい体質、逆になりにくい体質というのはあるんですか。
日常生活では気づきませんが、がん細胞のような変な細胞が身体の中にできた時は、それを免疫細胞がきちんと攻撃して毎日毎日たくさん排除しています。その免疫のはたらきが生まれつき弱いと、やはりがんになりやすいことが知られています。
あとは、やはり環境要因の中で例えば タバコを吸うとか、 お酒をたくさん飲む人です。
また人種によって違うこともあり、食道がんでも日本人がなりやすいタイプの食道がんと、欧米人に多いタイプがあります。それは生活習慣かもしれないし、ある種体質かもしれない。分けることはなかなか難しいです。
堀ちえみさんに関しては、色々な病と戦って来られたようですが、その1つにリウマチがありました。リウマチは、自分の中の免疫が強く機能しすぎてしまい、正常な細胞をも攻撃してしまうという病気だと聞きます。それならば、免疫のはたらきが強いことで、がん細胞を攻撃してくれないのでしょうか?
そう思いたいのですが、実は関節リウマチというのは正常に働くべき免疫がちょっと変な方向に向いて自分を攻撃してしまうため、必ずしもがん細胞に対する攻撃力が強いというわけではありません。実際、関節リウマチの患者の方には、昔から血液のがんの一種であるリンパ腫が多いということが知られています。
一方で、治療に使う薬の影響にもよると思いますが、大腸がんは少ないということも知られています。
リウマチを治すための薬の影響で、がんができやすい、あるいはできにくい、など変わってくる要素があるのでしょうか。
はい。 関節リウマチ の治療に使う薬の中で、ある特定のタイプの免疫細胞のがんであるリンパ腫を起こしやすいというものも知られており、そういうものの多くは、薬をやめると少し病気が治まってくるケースもあります。最近は、新しい治療薬の影響で、肺がんが増えてきているということを指摘する人もいます。
リウマチの治療を受けている方は、がんに特に気をつけたほうがいいのでしょうか?
関節リウマチが専門の医師は、使っている薬にどんな副作用があるかというのをよく理解していますので、患者さんにもこんな症状が出た時は 注意して下さいと伝えたり、何か変調があったらすぐ検査したりするのが基本です。例えば、関節リウマチでかなり強い薬を使っている人の場合には、必要に応じて肺のCT検査を推奨します。
先ほど細胞のプログラムが壊れるとがんになるというお話がありましたが、例えば口から食道にかけてのプログラムが壊れやすいとか、皮膚のプログラムが壊れやすいなど、自身のがんへのなりやすさを知ることは可能なんでしょうか。
ある程度はできるようになっています。 胃がんになりやすい要因を持っているかどうかの検査は健康診断にも採り入れられていますし、遺伝子の検査をすることで、例えば細胞のプログラムが壊れた時に修理するしくみが弱い体である、というようなことは、言えるようになってきています。
その場合は、遺伝性だけではなく、体質的な部分も見てくれるのでしょうか?
遺伝子に傷がついたのを治す仕組みが、どこの細胞で弱いとか、逆にどこの細胞で自分の遺伝子に傷を付けやすいとか、まだ一般の健康診断のレベルではありませんが、研究は進んでいます。
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