2017.03.06
健康は正しい知識から。グローバル時代のサバイバル術
- Kindai Picks編集部
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日本で生活していると、きれいな水、十分な栄養、高度な医療といったものは当たり前のように思えてくる。しかし、世界を見渡すとまだまだそれらが行き届いていない国の方が多い。
今、世界で起きている「命」の問題と、これからの対策について考えます。
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【プロフィール】
安田直史/近畿大学社会連携推進センター 教授、元ユニセフ職員
大阪大学医学部を卒業後、外科医として勤務。しかし、開発途上国で子どもの命を救いたいという想いからUNICEF(ユニセフ)へ。アジアやアフリカの数多くの国に滞在し、「緊急援助」「感染症・エイズの対策」「母子保健政策支援」などに従事してきた。現在は、近畿大学社会連携推進センターにて、国内外問わず大学の社会貢献に関わっている。
●健康への投資は国の未来への投資。
最初に「健康とは何か?」ということを確認しておきましょう。WHO(世界保健機関)は健康を以下のように定義しています。
『健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。』
つまり健康というのは、基本的人権の一つなんですね。
また世界銀行は、1993年に「国が発展するためには国民の健康が不可欠」という報告を出しています。当たり前のことを言っているように思えますが、健康にお金を使うことは単なる消費ではなくその国に対する投資なんだということを言っているわけです。これは世界中にインパクトを与えることになり、その後20年間で、ODAやNGO、国連が健康援助のために使う金額は5倍になりました。
ここからは、世界にはどういった暮らしをしている人がいて、どう改善されているのか、あるいは何がまだ足りないのかを見ていきたいと思います。
●アフリカでは夫や姑が病院で出産させてくれない。
まず「お産」について。日本での明治時代から戦後くらいまでは、90%の人が家で赤ちゃんを産んでいました。ところがその後、病院で産む人が増えていき、1960年から1970年の10年間で逆転。今では、病院で産むのが当たり前の状況になっていますね。これと同じ現象は、タイやマレーシアでも見られます。
このグラフで大事なポイントは、病院で分娩するのが当たり前になってきたのと同じ時期に、妊婦の死亡率がかなり下がっているということです。やはり病院でお産をする方が、妊婦さんにとって安全だということがわかると思います。
しかし世界には、まだまだ家で出産している国や地域があります。例えばアフリカにあるタンザニアの田舎では、病院で出産する人と家で出産する人が半々くらい。なぜ家で産むのかを聞くと、「病院が遠い」「お金がない」以外に、「それが習慣だから」「伝統だから」という答えが返ってきます。「家で一人で子どもを産んで初めて一人前の女」という認識がすごく強いんです。
あとは、夫や姑から病院に行く許可がもらえないという人も多くいます。妊婦検診で病院に行った時に「病院で産んだ方が安心」という話は聞くのですが、旦那が「なんでそんなことをするんだ!お金もかかるじゃないか!」と言って拒否する。特にアフリカでは女性の地位が低く、自分の健康に対して自分で決断する権限が与えられていないのです。
●誤った知識が赤ちゃんを死に追いやる。
続いて、生まれてきた赤ちゃんについて。当然、赤ちゃんは一生のうちで一番弱い状態にあります。特に最初の24時間は死亡率が高いことがわかっています。その主な原因は、未熟児、出産時の合併症、そして感染症です。
世界には、決して清潔とは言えないようなところでお産が行われているところがあり、そこではすぐに感染症にかかってしまう。例えばつい最近までバングラデシュでは、産婆さんがへその緒を切る時に、竹べらを使っていました、しかも使い回しなんです。
あるいは、アフリカのある場所では、へその緒を切ったところに牛のフンを擦り付ける習慣がある。それが良いことだと信じられているんですね。
こういった事例を見ると、まずは正しい知識を教えるのがすごく大事だということがわかるかと思います。
なお、日本は予防できるものは全部予防してきましたので、今は予防できない死亡原因だけが残っています。例えば、先天性奇形や超未熟児、呼吸障害、乳児突然死ですね。
●ケニアの「空飛ぶトイレ」
子どもの頃に成長が遅れると、後で取り戻すことはできないと言われています。特に慢性的な栄養失調で2歳までに十分背が伸びなかった場合、その後いくら栄養を摂取しても取り返せません。
また、年齢別の死亡確率を見てみると、高齢者だけでなく5歳以下の子どもも命を落としやすいことがわかります。逆に言えば、どうやって5歳まで生き延びるかが勝負。だからユニセフでは「5歳以下の子どもの死亡率」を非常に大事な指標にしているんです。
過去25年の間に世界の子どもの死亡率は劇的に下がり、半分以下になりました。これは大変な成果です。しかし今でも一年に600万人の子どもが5歳の誕生日を迎える前に死んでいます。特にアフリカは子どもの死亡率が高く、10人に1人が、5歳までに亡くなっているのです。5歳以下の子どもの3大死因は肺炎、下痢、マラリアで、特にアフリカはマラリアが大きな問題になっています。これら3つの病気は予防する方法がありますし、治療することも簡単にできますが、環境が整っていません。
ケニアの首都ナイロビにあるキベラというスラム街では、家にトイレがないのでみんなビニール袋に用を足して、それを外に投げ捨てるらしいんですよ。「空飛ぶトイレ」って言われているんですけど。外には遊んでいる子どもたちも当然いるわけですよね。
また、ヒヨコやニワトリが歩いているようなところで、赤ちゃんが裸でハイハイしているんです。当然、動物のフンを触ったり口に入れてしまったりすることもありますよね。赤ちゃんですから。でも、親はそれが不衛生だとわかっていない。
やっぱり赤ちゃんをより良い環境で育てるためには、衛生教育をちゃんとやらないといけないということです。ただし、それは日本人も同じ。大学の食堂には立派な手洗い場があるのですが、使っている人はほとんどいません。日本の学生に対しても、衛生教育をやらないといけないなと思っています。
●たくさん食べても栄養失調になる!?
5歳以下の子どもが死亡する原因の30%から40%は、栄養失調だと言われています。しかしこれは、単に食べるものが足りていないということではありません。
タンザニアの南の方には穀倉地帯があって、そこは土地が肥えていて雨も降るので、コメもトウモロコシも野菜も収穫できます。でも、タンザニアで慢性栄養失調が一番多いのは、その地域なんです。
その原因をユニセフで調査をしたところ、「親が農業で忙し過ぎて、子どもの面倒をあまり見られない」ということがわかりました。離乳期の子どもは、胃は小さいけど栄養はたくさん必要なので、何回かに分けて食事させる必要があります。しかも、大人と同じものは食べられないから、柔らかくするといった加工も必要です。
でも、その地域の人は忙しくて手間をかけられないから、つい子どもも大人と同じタイミングで食事をさせている。その結果、50%の子どもが慢性栄養失調になってしまっているんです。
他にも、特定の栄養素の不足という問題もあります。昔は日本でも、ビタミンA欠乏症の子どもはいましたね。ビタミンAが足りないと下痢や肺炎になりやすいし、ビタミンAが足りている子どもよりも死亡率がかなり高くなることがわかっています。そのためユニセフでは、年に2回、すべての子どもにビタミンAを飲ませる活動をしています。
また、ビタミンB1が欠乏すると脚気(かっけ)になるのは有名ですね。ミャンマーでは、今もビタミンB1不足で脚気になって死亡する子どもがたくさんいます。ミャンマーは、一人当たりのコメを食べる量が世界一。しかし、コメにはビタミンB1がほとんど入っていないんです。
食べ物は、ただ多く摂ればいいというわけではなく、どんな食べ物をどう子どもに食べさせるかが大事ということが、わかっていただけたかと思います。
●成人女性の死亡原因トップは…
健康と教育の関係を見てみてみると、明らかに識字率が高い国ほど平均寿命が長くなっていることがわかります。つまり、正しい知識を持つことが健康に繋がるということです。
特に大事なのは女の子の教育。親になった時に、子どものために栄養や衛生といった大事な役割を果たすのは父親よりも母親です。いわゆる学歴が高い女性ほど、病院で分娩している人が多く、その子どもが5歳までに死亡する確率が低いことがわかっています。
また、「チャイルドマリッジ」という問題もあります。これは早すぎる結婚という意味で、発展途上国では3人に1人が18歳までに結婚しています……というか「させられて」います。なぜそうなってるのかと言いますと、伝統や習慣というのもありますが、そもそも女性が”モノ”として扱われていて、貧困のため口減らしで他所に出すという考え方があるからです。しかも結婚させると結納金が家に入る。
でも早すぎる妊娠は、母親の命を脅かすことにもなります。妊娠した時の母親の年齢別死亡確率を見てみると、高齢出産は当然リスクが高いんですけども、15歳以下や19才以下の出産も母体にとってものすごいリスクがあることがわかります。いまだに年間30万人の女の人が、妊娠・出産で命を落としているんです。実は生殖年齢の女性の一番の死亡原因は、妊娠・出産に関わるものなんです。
●グローバル化がもたらす感染症の拡大。
発展途上国では、下痢や肺炎、マラリア、妊娠合併症といった病気が多いのですが、これらは比較的予防するのも治療するのも簡単です。
ところが先進国になると成人や年寄りの割合が増えてきて、慢性疾患や生活習慣病、肥満、高血圧、心筋梗塞、癌、脳卒中といった予防や治療が困難な病気が多くなります。こういった病気は、生活習慣の改善から始めなければならず、治療にはお金がかかり、長期的なフォローが必要という特徴があります。
そしてグローバル化が進むことで感染症が広がりやすくなります。2015年から2016年にかけての西アフリカでのエボラ出血熱大流行では1万1千人もの人が亡くなりましたが、この時はアメリカ、イギリス、スペイン、イタリアなどでも感染者が見つかりましたよね。
もっと恐ろしいのは「蚊」です。人間を一番殺している動物は毒蛇でもサメでもなく、蚊なんですよ。日本脳炎やマラリア、デング熱、ジカ熱、黄熱病などを媒介しますから。
熱帯熱マラリアに感染した場合、2日以上治療が遅れると命に関わります。私が家族とアフリカから一時帰国した時、土曜に娘が発熱したので感染症指定病院に行って「マラリアの検査してください」とお願いしたのですが、「週末は検査できないので月曜に来てください」という返事。もしマラリアだったら、月曜日が来る前にうちの子死んでしまいますよ。感染症指定病院でもそういった対応なので、実際どれだけの人がわかっているのかちょっと疑問ですね。
また、グローバル化ということで人の移動についてもお伝えしたいと思います。アメリカで働いている医者のうち21万人は、海外でトレーニングを受けた外国人です。看護師も10万人は外国人で、そのほとんどは途上国から来た人たちです。
これって途上国から見ると、自分の国では医療関係者が少なくて、投資して教育を受けさせたのに、その後海外に出ていってしまったということですよね。日本もインドネシアやベトナム、フィリピンから看護師に来てもらうという話になってますけど、その国へのインパクトもきちんと考えなければなりません。
●自分の身は自分で守れ。
これからも、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、新型インフルエンザ、麻疹、黄熱病、髄膜炎といった感染症は次々と日本へやって来るでしょう。また、生物兵器として天然痘やペスト、炭疽を開発しているところもあると聞きます。
そういった感染症に対する備えとしては、やはりまずは正しい情報を得るのがすごく大事です。厚労省や感染症研究所が、WHOと連携して正しい情報をインターネットでも発信していますし、身近なところでは保健所が情報を提供してくれます。SNSなどで流れてくるデマに惑わされずに、信頼できる機関から発信されている正しい情報を知って、正しい対応をするようにしましょう。
また、蚊が媒介する病気の場合は、肌を露出させない、防虫スプレーを使う、空き缶や放置タイヤの中に水が溜まっていないか確認するといったことも大切です。
そして予防接種。ワクチンがあるものは、きちんと打っておくようにしましょう。もし、麻疹が日本で流行ったとしたら、それは麻疹を持ち込んだ人が悪いのではなく、麻疹の予防接種を受けていない人たちが悪いのです。
感染症に国境はありません。麻疹に限らず「感染者を日本に入れない」というのは無理な考えで、誰がどこの国から持ち込んだと非難するのではなく、自分の身は自分で守るという心構えが大切です。
▼近畿大学公開講座2016「本当の健康社会を目指して~世界から見た日本の健康問題~」CHAPTER1(YouTube)
▼近畿大学公開講座2016「本当の健康社会を目指して~世界から見た日本の健康問題~」CHAPTER2(YouTube)
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