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2026.09.18

首都圏で活躍する近大卒業生座談会 学生時代に培った近大スピリットが、どこへ行っても強い味方になる

Kindai Picks編集部

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「大学時代にやっておいてよかったことは?」「東京で働くって実際どう?」 そんな疑問に答えるべく、首都圏で活躍する近畿大学卒業生4人が集まり、本音で語り合いました。学生時代の経験が今の仕事にどう生きているのか、就職先をどう選び、関西から首都圏へ踏み出したのか。そして、学生時代の挑戦を支えてくれた保護者への思いとは。首都圏で働き、暮らす中で感じるやりがいや苦労など、リアルな声をお届けします。

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【プロフィール画像】富田菜依里さん
富田 茉依里(とみた まいり)

株式会社TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術革新事業部
2024年 建築学部 建築学科 卒業
研究開発部門で、AIを活用したエンターテインメントや番組制作を支える技術開発、プロモーション企画などに携わる。



【プロフィール画像】黒﨑亮さん
黒﨑 亮(くろさき りょう)

厚生労働省
2024年 薬学部 医療薬学科 卒業
現在は消費者庁へ出向し、食品衛生分野で、添加物や農薬などに関する基準づくりに携わる。



【プロフィール画像】清水宏太さん  
清水 宏太(しみず こうた)

鹿島建設株式会社 メカトロニクス・ソリューション部 機械技術イノベーション室
2022年 工学部 機械工学科 卒業
2024年 システム工学研究科 システム工学専攻 博士前期課程 修了
建設ロボットの研究開発や現場導入に携わる。



【プロフィール画像】信田紗友華さん
信田 紗友華(のぶた さゆか)

住友商事株式会社 資源グループ 鉄鋼原料・炭素SBU 鉄鋼原料ユニット ブラジル・プロジェクトチーム
2023年 法学部 法律学科 卒業
鉄鋼石に関する部署で、同社が出資するブラジル鉄鉱石事業会社の事業経営・事業投資等に携わる。



※所属・肩書は取材時点のものです。


4人の仕事の最前線。専門を越えて「新しい価値」をつくる


――まずは、現在の仕事内容を教えてください。

富田さんの写真
富田さん
TBSテレビの研究開発部門で、AIを活用したエンターテインメントや、番組制作を支える技術を開発しています。ドラマが入社のきっかけだったので、できるだけドラマに関われる仕事をしたいと思っていて、撮影スタッフを支える技術開発や番組のプロモーション企画にも携わっています。テレビ局は技術部門でもクリエイティブな発想がかなり求められ、常に新しい企画を待っているようなところがあります。「新しいものをつくって」と言われた時にどう応えるか。正解がない中で、日々考えています。


清水さんの写真
清水さん
僕は鹿島建設で建設ロボットの開発をしています。研究室の中だけで完結するのではなく、実際の建設現場へ持ち込み、職人さんに使ってもらえるところまで担当します。現場ごとに環境も作業方法も違うので、安全性や使いやすさを検証し、現場の方と調整しながら改善していく必要があります。実験後の片付けまで自分たちでやるので、「ここまでやるんだ」と思うこともあります(笑)。


信田さんの写真
信田さん
私は住友商事の鉄鋼原料ユニットで、鉄鉱石事業に携わっています。当社の投資先である在ブラジルの鉄鉱石事業会社の担当者として、株主の立場から事業投資・事業経営に関わっています。業績や日々の鉱山オペレーション等について、当社からの出向者、ブラジル事務所への派遣員とのコミュニケーションを通じて理解・管理し、同事業の価値向上を目指しています。180度違う事業領域から社内制度を活用して異動してきたばかりですので、高い専門性を要する同事業にキャッチアップすべく、日々奮闘中です!


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
僕は厚生労働省に入省し、現在は消費者庁に出向しています。食品衛生の分野で、食品添加物や農薬などに関する基準づくりに携わっています。目立つ仕事ではないかもしれませんが、科学的な知見やさまざまな立場の意見を踏まえながら、社会の土台を支える役割だと感じています。


「自由人」「哲学者」「遊び上手」「好奇心に一直線」。四人四色の学生時代



――学生時代の自分を一言で表すと、どんな学生でしたか。

黒﨑さんの写真
黒﨑さん
大学時代に限った話ではないのですが、「自由人」ですね。薬学の勉強そのものが好きだったので、勉強も研究も楽しんでいました。研究の待ち時間には、友人とキャンパス内のeスポーツ施設へ行ってゲームをして、時間になったら研究室へ戻る。学びも遊びも自分の好きなように満喫していました。薬学部だけが別の場所にある大学も多い中で、近大では文系・理系の学生が同じキャンパスで過ごせる。それもよかったです。


信田さんの写真
信田さん
私は「哲学者」ですね。「自分は何者なのか」「本当にやりたいことは何なのか」をずっと考えていました。大学時代は人生最後のモラトリアム(社会に出る前に、自分のやりたいことへ集中できる貴重な時間)と言っても過言ではないと思っていたので、学内に留まらず、学外での活動を中心に色々なことに挑戦していました。


清水さんの写真
清水さん
よく遊んでいました。広島キャンパスだったので、アルバイト代で買った車や原付で旅行に出かけたり、冬には一人でスキーへ行ったり。家ではゲームもしていました。アウトドアもインドアも両方ですね。研究は研究、遊ぶ時は遊ぶと切り替えていました。結果的にメリハリをつける練習になったと思います。


富田さんの写真
富田さん
私は「好奇心に一直線」だったと思います。建築学部にいましたが、最初から建築家だけを目指していたわけではなく、絵、デザイン、動画制作、プログラミングなど、興味を持ったことに次々と挑戦していました。子ども向けプログラミング教室でアルバイトをし、フリーランスで動画制作も経験しました。大学の授業でプログラミングに触れたことから、エンジニアという道も見えてきました。


大学時代に「やっておいてよかった」こと


――大学時代に「やっておいてよかった」と感じることを教えてください。

信田さんの写真
信田さん
まずは、最後のモラトリアムなので、自分が本当にやりたいことを本気でやることと、授業では自分の興味のある講義をセレクティブに受講したことです。例えば、アメリカ合衆国憲法の少人数・専門演習ゼミを履修登録したのですが、当初登録者2名と聞いていたはずが実際に行くと私1人だけで、先生からマンツーマンで教わることになりました(笑)。その先生は、日銀法等などを研究されていたのですが、アメリカ憲法以外の内容も教えて下さって、とても学びの多い、楽しい授業でした。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
二人と聞いた時点でやめなかったのもすごいです。僕なら「二人か……」と迷います(笑)。


信田さんの写真
信田さん
コロナ過の大学生活で、留学をはじめとする様々な経験が得難い時期でしたが、先述のアメリカ憲法のゼミでは専門分野を英語で学んだことにより、英語力が鍛えられました。「英語は出来ますか?」という先生の問いから始まった授業は、私の希望もあって、アメリカの法学部生が使用する教科書(もちろん全て英語)に則って進めることになり、アメリカ憲法の歴史的な成り立ちから学びました(南北戦争がどう、とか、そういうやつです)。おかげで、社会人になってから英語の法的文書を見ることにも抵抗感が少なく、あの時マンツーマンだからといって履修を取り下げず、面白そうと思ったことに飛び込んで良かったです。


富田さんの写真
富田さん
私は、自分の興味を軸に最後までやり切ったことです。建築のデザインは、教授から助言を受けても、その通りに全部変えたら教授の作品になってしまいますよね。自分の考えを持ちながら改善することを大切にしていました。卒業研究では、「Minecraft」を使って小学生が建築をつくる企画に取り組み、参加者募集、Webサイト制作、イベント運営まで一人で進めました。なぜできたのか、今考えると不思議です(笑)。でも「できるかも」と思ったら、まずはやってみるようにしていました。ゼミの担当教員が、最初から「それはだめ」と決めつけず、挑戦を応援してくれたことも大きかったです。


清水さんの写真
清水さん
僕は研究とアルバイトの両方です。研究テーマ自体は現在の仕事と異なりますが、実験の組み立て方、データ分析、文献の調べ方、仮説を立てて検証するプロセスは、そのまま仕事に生きています。物流拠点や引っ越しなどのアルバイトでは、年齢も経歴も異なる方々と働きました。建設現場で職人さんと話す時に、その経験が役立っています。大学の中だけでなく、社会との接点を持てたことがよかったと思います。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
皆さん、すごくいい話をしますね。僕が話すことがなくなってきました(笑)。
遊ぶことも重要だと思います。社会人になると、ずっと仕事だけに集中し続けるのは難しい。趣味でも運動でも、自分なりのリフレッシュ方法を学生のうちに見つけておくと、働き始めてから自分を助けてくれます。


信田さん、黒崎さん談笑 写真

学んだ専門知識だけでなく、学びに向き合った「姿勢」が仕事に生きる


――大学での学びが、現在の仕事にどうつながっていると感じますか。

清水さんの写真
清水さん
研究で培ったのは、課題を整理し、必要な情報を集め、実験して確かめる力です。建設ロボットの開発でも、研究室で動いたものが現場で同じように動くとは限りません。現場の条件を整理し、一つずつ原因を探る進め方は、大学院までの研究で身につきました。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
僕は薬局や病院での実務実習です。患者さんに薬の効果や副作用、注意点を説明する時、専門用語を並べるだけでは伝わりません。相手の知識や不安に合わせ、理解できる言葉へ置き換える必要があります。制度や基準も、つくるだけでなく、その必要性を正確に理解してもらわなければなりません。「伝える」ではなく「伝わる」ことの難しさと大切さを、学生時代に学びました。


富田さんの写真
富田さん
私は建築デザインの考え方です。デザインでは最初にコンセプトを決め、なぜこの形なのか、なぜここに壁があるのかを説明します。軸がなければ、長い制作の途中で方向がぶれてしまうからです。今も企画を始める時には、最初にコンセプトを言葉にしてチームで共有します。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
その話、すごく共感します。僕も絵を描くのが好きなのですが、「何を描きたいか」「何を伝えたいか」を決めておかないと、途中でぶれるんですよね。


富田さんの写真
富田さん
そうなんです。建築そのものを仕事にしていなくても、デザインの考え方は、プロジェクトの方向をそろえるうえで役立っています。


信田さんの写真
信田さん
法学部で身に着けた論理的思考や文書を読む力は、契約書や投資案件資料を扱う際の土台になっています。一方、それ以上に大きかったのは、自分が何に関心をもち、それをやり切るために自分をどうコントロールすべきかを知れたこと。自分を理解していると、異動や未知の仕事に直面しても、どう向き合えば良いかが自ずと分かりますし、何よりも、「自分なら出来るはず」と、自分を信じてあげることができます。


就職先選びの決め手は、会社名ではなく「そこで何を実現したいか」

富田さんカット
――現在の就職先を選んだ理由を教えてください。

黒﨑さんの写真
黒﨑さん
薬学を学ぶ中で、日本の医療制度そのものに疑問や課題意識を持つようになりました。現場を変えるには、制度をつくる側へ行く必要があると考え、厚生労働省を目指しました。本当にほぼ厚生労働省しか受けていません。ありがたいことに採用していただきました。


信田さんの写真
信田さん
私は中学生くらいの頃から総合商社で働きたいと考えていました。国際政治や外交に関心があり、世界と日本の架け橋となり、日系の民間企業として利益を生みつつ国際社会で日本のプレゼンスを向上させる、“民間外交”に資するような仕事がしたかったからです。海外で事業をつくり、中長期的に、世界経済や産業、地域を支える仕事に携われることが決め手でした。


清水さんの写真
清水さん
僕は、もともと造船などスケールの大きなものづくりに携わりたいと思っていました。近大の卒業生から、機械・電気系の人材が建設業でも活躍できると聞いたことが、業界を知るきっかけです。調べる中で、人手不足という課題にロボット技術で本気で向き合っている鹿島建設に魅力を感じました。


富田さんの写真
富田さん
私は、自分の好きなことを、より多くの人へ届けたいという思いがありました。エンターテインメントを大きな規模で発信できること、グローバル展開に力を入れていること、将来のビジョンを明確に示していたことからTBSテレビを選びました。就職活動中にドラマを見て興味を持ち、会社を知ったのはエントリー締め切りの2日前くらいです。テレビ局は選考が早いので、本当にぎりぎりでした。でも、「好き」という気持ちは一番強いと思います。そのまま飛び込みました。


関西から東京へ。最初から可能性を狭めない


――勤務地は意識していましたか。首都圏で働くことに不安はありませんでしたか。

富田さんの写真
富田さん
私は東京へ行きたいと思っていました。就職するまで東京に来た経験がほとんどなく、地理や複雑な電車の乗り換えに不安がありましたが、「合わなければ関西へ戻ればいい」と、留学に近い感覚で飛び込みました。


清水さんの写真
清水さん
僕は勤務地を特に限定していませんでした。静岡で生まれ、大学進学で広島へ移った経験もあり、知らない土地で暮らすことに抵抗がなかったんです。地理が好きなので、東京の路線図を覚えるのも楽しくて、ある程度は覚えました。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
すごい。僕は丸ノ内線くらいしか分かりません(笑)。


信田さんの写真
信田さん
私は社会人以前より転居経験があったため、勤務地や居住地への強いこだわりはありませんでした。ワールドワイドに働ける企業の本社は東京に所在することが多く、結果として東京勤務となりました。地元に残ることを否定する訳ではありませんが、最初から地域によってキャリアの可能性を狭める必要はないと思います。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
僕は厚生労働省を目指す以上、勤務地は東京でした。もともとは環境が変わることがあまり得意ではなく、不安もありましたが、来てみたら3日くらいで「東京、最高」と思っていました(笑)。まさに「住めば都」です。食わず嫌いをせず、一度踏み出してみることが大切です。


――東京で働く魅力と、大変さは?

富田さんの写真
富田さん
仕事のチャンスが多いことです。展示会や視察先が東京に集まっているため、午前中に会社で仕事をして、午後から最新技術を見に行くこともできます。


清水さんの写真
清水さん
博物館や展示会など、休日に行ける場所も多いですね。地方では出会いにくかったものへ気軽に触れられます。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
ライブや展覧会も東京でしか参加できないものが多く、趣味を楽しみやすいです。


信田さんの写真
信田さん
東京だから特別に大変ということはなく、どこで働いても大変なことはあると思います。東京は人が多くコミュニティも多いため、新しい価値観や挑戦できる環境・機会に触れられる良い場所だと思います。


富田さんの写真
富田さん
ただ、家賃は高いですよね。かなり持っていかれます。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
高いですね。食事も高くないですか?


富田さんの写真
富田さん
ランチも高いです。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
普通に1,500円くらいしますよね(笑)。


東京での就活を支えた「使えるものは使う」姿勢


――関西から東京で就職活動をする際、苦労したことはありますか。

富田さんの写真
富田さん
移動そのものが大変でした。面接のために新幹線で東京へ行くことに慣れておらず、最初は時間を間違えないか、無事に着けるかということまでストレスでした。何度か通ううちに慣れ、面接にも落ち着いて臨めるようになりました。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
官庁訪問の時期には、短期間に面接が続くため、東京に1〜2週間滞在しました。交通費と宿泊費がかなりかかりましたね。遠方から首都圏を目指す学生にとって、移動と費用は見過ごせない課題だと思います。


――就職活動で役立った大学のサポートはありますか。

信田さんの写真
信田さん
大学の施設や支援で有用だと思ったものはどんどん利用すべきだと思います。学費によって賄われているものですので。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
使えるものは、使った方がいいですよね。


信田さんの写真
信田さん
そういうことです(笑)。大学のサポートではないですが、就職活動の業界研究にはYouTubeもオススメです。移動中の隙間時間も有効活用できますし、様々な業界を俯瞰的に見るにあたってはかなり有用です。ただし情報の確からしさは自分で見極める必要がありますね。


清水さんの写真
清水さん
東京センターも利用しました。内定式の際、シャワーや休憩スペースを使えたんです。高速バスで早朝に到着した時に身支度を整えられ、少し休んでから向かえたので助かりました。 また、荷物を預かってもらうこともできて、東京で予定が続く時、大きな荷物を持ったまま移動せずに済むので便利でした。


信田さんの写真
信田さん
面接やインターンの合間に立ち寄ると、職員の方が声をかけてくれます。更衣室でスーツに着替えていると、別の学部の就活生と出会い、「お互い頑張ろう」と鼓舞しあったこともありました。


近畿大学東京センター

近畿大学東京センター

就職相談の様子

東京センターでの就職相談の様子


社会人になって実感した、学生のうちに身につけたい力


――仕事を始めてから、「学生時代に身につけておくとよい」と感じた力はありますか。

富田さんの写真
富田さん
相手の立場に立って伝える力です。どれほどよい技術や企画があっても、相手に理解してもらえなければ採用されません。専門的な内容をかみ砕いて話すこと、資料で分かりやすく示すことは、どの仕事でも必要だと思います。


清水さんの写真
清水さん
僕もコミュニケーション力、特に伝える力ですね。同じ技術の話でも、開発チームへ説明する時と、現場の職人さんへ説明する時では、言葉も重点も変わります。


信田さんの写真
信田さん
人間力、素直さです。気持ちの良い挨拶をする、約束を守る、できていない時には正直に伝えて謝る。どれも当たり前のことですが、仕事ではその積み重ねが信頼になります。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
皆さんに言いたかったことを全部言われました(笑)。もう一つ挙げるなら、「謙虚に前へ出る力」です。
新人でも、疑問や意見を持ったら、根拠を整理して伝えることが大切です。たとえ考えが間違っていても、謙虚に説明すれば、先輩や上司はどこが違うかを教えてくれます。それが成長につながります。遠慮して何も言わないのではなく、相手への敬意を持って一歩前へ出てほしいです。


人にしかできない判断を土台に。生成AIを仕事の「相棒」へ



――皆さんから「伝える力」や「自分で考えて前へ出る力」が挙がりました。生成AIが身近になった今、仕事ではどのように使っていますか。

富田さんの写真
富田さん
最近は、AIに働かされているような気がするくらい使っています(笑)。企画を考える時の壁打ち相手にしたり、アイデアの切り口を増やしたり、技術的な調査をしたり。AIをどうエンターテインメントに生かせるかを、自分の強みにしていきたいです。


清水さんの写真
清水さん
僕もがっつり使っています。技術調査やプログラミングですね。ただ、AIが出したコードをそのまま使えるわけではありません。思った通りの答えを得るには、何を実現したいのかを自分で明確にして指示する必要がありますし、出力されたコードも一行ずつ確認しなければなりません。自分の中に目的と判断基準がないと使いこなせないので、AIに使われるのではなく、自分が使う側でいることが大事だと思います。


信田さんの写真
信田さん
私は入社以来、アパレル・繊維等の生活者に近い分野の部署で3年間働いていたのですが、この4月に、全く異なる資源系に異動してきたため、専門用語や業界知識等を理解するのにかなり助けられています。上司に1から10まで教えを乞うのは難しいですが、AIなら一通りのマテリアルを読み込ませれば、分かりやすく教科書的に解説もしてくれますし、壁打ち相手にもなってくれます。財務分析の壁打ち相手や、鉱山関連のレポートを読み解く際の“翻訳機”としてもかなり有用で、AIがない時代に180度違う業界へ異動をしていたら、もっと大変だったのでは、と思います。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
行政も進んでいますよ、ということだけはアピールしておきます(笑)。安全性に配慮した環境で、データから該当項目を抽出したり、過去の資料を確認したりする作業に使っています。若手が多くの時間をかけていた定型的な作業が短縮され、その分、分析や意思決定に関わる仕事へ早い段階から挑戦できるようになってきました。


「近大出身」が、東京で会話のきっかけになる


――首都圏で働いていて、近大出身でよかったと感じることはありますか。

黒﨑さんの写真
黒﨑さん
少し笑いに走りますが、出身大学を聞かれて「近大です」と言うと、「マグロの大学だよね」と反応してもらえることです。初対面でも少し場が和み、話を始めやすくなります。


信田さんの写真
信田さん
個性になるということですかね(笑)。一般と比してビジネスアンテナの高い商社マンの間では、マグロをはじめとした近大の取り組みに対する知名度は一定程度あります。街や各種媒体で近大関連のトピックを見かけたら私に報告を下さる先輩も多く、当社には私以外の近大人はいないため、皆さん私を連想して下さるようです(笑)


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
僕の回答を、とてもきれいに要約してくれました(笑)。


富田さんの写真
富田さん
就職活動中は、周囲に近大出身者が少ないことを不安に思った時期もありました。でも、東京でも大学名を伝えると「あ、マグロの?」と多くの方が知っていました。関西の大学だからと不利に感じる必要はありませんでした。


 黒﨑さんの写真
黒﨑さん
働き始めれば、出身大学だけで評価されるわけではありません。どこで学んだか以上に、自分が何を考え、何をしてきたかが大切です。学歴を気にしすぎず、挑戦してほしいと思います。


信じて、待つ。その支えが、挑戦する力になる


――就職活動中、保護者にしてもらってよかったことは何ですか。

富田さんの写真
富田さん
東京で面接がある朝に新大阪駅まで送ってくれたり、遅い時間に帰った時に迎えに来てくれたりしたことです。家では食事を用意して待っていてくれて、張り詰めていた気持ちがほっとしました。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
安心しますよね。


富田さんの写真
富田さん
はい。就職先について細かく口を出すのではなく、生活面で支えてくれたことがありがたかったです。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
僕は、内定を報告した時に、僕以上に喜んでくれたことです。自分の挑戦を一緒に喜んでくれる人がいることは、大きな励みになりました。


清水さんの写真
清水さん
僕は、業界や会社について「ああした方がいい」「こうした方がいい」と介入せず、本人に任せてくれたことですね。「好きなことをやればいい」と見守ってもらえたので、自分で考えて決められました。


 信田さんの写真
信田さん
私の両親も当人に任せる方針で、良い意味での“放任主義”でした。両親なので心配したこともあったと思いますが、あれこれと指図するのではなく、相談したときに愚痴の聞き役として支えてくれました。就職活動は、いわばこれまでの人生の棚卸でもあり、学生自身が向き合うべきものです。静観して、本当に困ったときに「どうしたの」と話を聞いてくれるくらいが丁度良いのかもしれません。


――最後に、大学生の子どもを持つ保護者の皆さんへメッセージをお願いします。

信田さんの写真
信田さん
社会人になると、両親に与えてもらったものの有難みを痛感します。干渉をせず、静かに見守りながら、ここぞというときに味方をしてくれる両親の存在が、東京で働く私にとっての何よりの支えです。親元にいるうちは、その有難さに気づいているようでいない、或いは感謝を上手く言葉で表せないこともありますが、ひとたび働き始めると、その存在の大きさに気がつく日がきっとくると思います。


清水さんの写真
清水さん
僕も同じです。自分でお金を稼ぐようになり、学費や生活費を支えることがどれほど大変だったのかを実感しました。その苦労を前面に出さず、育ててくれたことに感謝しています。自分もいつか、言葉で押しつけるのではなく、背中で支えられる親になりたいです。


富田さんの写真
富田さん
狭き門に挑む私を否定せず、信じて待ってくれたことに感謝しています。社会人になった今も、小さな成果を報告すると「すごいね」と褒めてくれます。その言葉が自信になり、次の挑戦を続ける原動力になっています。


黒﨑さんの写真
黒﨑さん
親の言葉は、子どもが思う以上に心に残ります。心配から出た言葉でも、「あなたには無理」と決めつけられると、可能性を自分で閉じてしまうことがあります。まずは本人が何をしたいのかを聞き、挑戦を信じて応援してほしいです。たとえ失敗しても、その経験が次の可能性につながります。


座談会全景

4人の進路はまったく異なります。しかし、共通していたのは、自分の興味を起点に行動し、学びや経験を自分なりの力へ変えてきたこと。そして、その挑戦の背後には、答えを与えすぎず、必要な時に支えてくれる保護者の存在がありました。近大で培った「やってみる」姿勢は、東京でも、世界でも、次の一歩を踏み出す力になっています。

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