近畿大学水産研究所が32年もの歳月をかけて、世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功して生まれた「近大マグロ」。今やその名は全国区となり、日本の養殖産業を牽引する存在です。
先頭を突き進む止まらない大学のイメージとしても、数々の広告ポスターに登場してきた近大マグロ。
そして、近畿大学商経学部(現:経営学部商学科)卒業の革命児……”超人”こと糸井嘉男さん。日本プロ野球史上初の6年連続「打率3割・20盗塁・ゴールデングラブ賞」を達成し、惜しまれながら2022年に現役を引退されましたが、今もなおバキバキの肉体を維持し、筋肉×サバイバル番組に出演するなど話題が絶えません。
Netflixで配信されたフィジカル・サバイバル番組『ファイナルドラフト』や『フィジカル100:ASIA』に出演。
そんな糸井さんですが、阪神タイガース時代から、筋肉の強さや身体能力をアピールする文脈で「俺の体は近大マグロ」や「マグロといえば僕なんで」などを公言してきました。
さらに2025年の大阪・関西万博でも、「近畿大学水産研究所 大阪・関西万博ウォータープラザ店」の1日店長として登場し、再び「俺こそが真のマグロ」と高らかに宣言。
【どっちがマグロ??】大阪・関西万博「近畿大学水産研究所万博店」に元阪神の糸井嘉男さんが一日店長として訪れた。 | Kindai Picks
そこで今回「糸井さんがそこまでおっしゃるなら、本物の近大マグロと数値を突き合わせて決着をつけましょう!」と近畿大学がオファー。
常に動き続け、進化し続けるその姿から生まれたこの言葉は、単なる比喩なのか。それとも真実なのか。その疑問を解明するため、近大マグロが養殖されている和歌山県串本町の「近畿大学水産研究所・大島実験場」を訪問。生きた近大マグロと対面し、釣り上げの現場を体験しながら、ガチンコ対決に挑みます。
近大マグロの代弁者として解説するのは、近大水産養殖種苗センターのセンター長(特命教授)岡田貴彦。ジャッジを務めるのは、近畿大学広報室の土山真佑実です。
果たして、糸井さんは本当に「マグロ」を名乗る資格があるのでしょうか? その真相を、今確かめます。
糸井 嘉男(イトイ ヨシオ)氏
2004年 商経学部(現 経営学部)商学科卒業。 2003年北海道日本ハムファイターズに入団。2013年にオリックス・バファローズに移籍し、WBCにも出場。2009年からNPB史上初の6年連続「打率3割・20盗塁・ゴールデングラブ賞」を達成し、2014年には自身初の首位打者獲得。2016年には史上最年長での盗塁王を獲得。2017年に阪神タイガースに移籍し、2022年に現役を引退。2023年より阪神タイガースのスペシャルアンバサダーを務め、現在は野球解説者、YouTuber、タレント活動など多方面で活躍している。
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岡田 貴彦 (オカダ トキヒコ)
水産養殖種苗センター長 特命教授
専門:クロマグロの種苗生産・養殖
海水魚の増養殖の中でもクロマグロについて完全養殖による量産化に向けた技術開発に取り組んでいます。
教員情報詳細
近大マグロの養殖現場を見学してみた
土山
糸井さん、本日は朝早くから近畿大学水産研究所の大島実験場までお越しいただきありがとうございます!
糸井
実はずっと来たかったんですよ。今日はよろしくお願いします。
土山
以前、糸井さんが「俺はマグロだ」とおっしゃっていたのを私たちは聞き逃しませんでした。というわけで本日、本家・近大マグロとの対決の場をご用意しました。
糸井
言うもんじゃないね(笑)。でも、実現してくれたのは嬉しいです。海の超人・近大マグロに、陸の超人が負けるわけにはいきませんよ。
岡田
うちのマグロも、「世界初の完全養殖」というプライドがありますからね。簡単には勝たせませんよ(笑)
近大マグロの生簀へ。
糸井
おおー潮の香りがいいですね! あれ全部、マグロですか? そう言えば、マグロってずっと動いてないとダメなんですよね?
岡田
そうなんです。マグロの場合、エラを動かして呼吸するのではなく、「ラムジェット呼吸」といって、泳ぎながら口を開けて海水を取り込まないと窒息死してしまいます。生まれて20日ほど経つと、死ぬまで夜も一生泳ぎ続けるんです。
糸井
いいなあ。僕も目指してます、一生寝なくていい体。
岡田
さあ、生簀に到着しました。早速今から近大マグロを釣り上げます。
今回生簀にいたのは、体重約30〜40kgのマグロ。
土山
やっぱり生簀で飼育するとなると、苦労も多いんですか?
岡田
マグロは陸上で卵から5㎝くらいまで育てるのが非常に難しいんですけど、海上の生簀に出しても、ちょっとした音とか光にびっくりして網に衝突してしまうんです。
糸井
アイツら、あんだけ大きいのに繊細なんや......。
土山
マグロって車のライトとかにもびっくりしちゃうんですよね。
岡田
そうなんです。これまでずっと壁のない海で進化してきた魚なので、やっぱり壁を認識しづらいんですよ。ふとした拍子に生簀の網壁にドンとぶつかってしまい、最悪の場合は死んでしまうことも。繊細だから、大きくなるまで生簀で育てることが難しいんです。
緊張の釣り上げの瞬間。
岡田
マグロは警戒心が強いので、餌をずっと撒いて活性を上げておいて、針のついた餌を騙して食わせないといけません。
糸井
うわ、餌を見つけた瞬間のスタートがめちゃくちゃ速いですね!
岡田
マグロは視力がいいので、釣り糸も結構見えていて。それに今日はいつもより人が多いので、警戒しているかもしれないですね。
糸井
「これは糸がついた餌だ」ってわかるんですね。賢いなあ。
岡田
そうです。なので、マグロの大きさを見ながら、狙ったマグロの目の前に餌を入れて釣り上げます。あ、そうこうしてるうちに来たかも?
釣れたー!
岡田
釣れたら、すぐに血抜きと神経抜きをします。脊椎に針金を通して神経を潰すことで、死後硬直を遅らせて鮮度を保つんです。それからエラと内臓を抜きます。こうした処理をするだけでも、鮮度が全然違うんですよ。その後、氷に漬けてしっかり冷やす。
氷漬けにするところを手伝う糸井さん
岡田
マグロの心臓は鮮度が重要なので、一般の店ではほぼ出回りません。この鮮度のものは、釣り上げてすぐしか食べられませんよ。
【第1回戦】スケール対決:糸井と近大マグロ、どっちが大きい?
土山
さあ、ここから「5番勝負」を開始します。第1回戦は「スケール対決」です! 今回釣り上げた近大マグロは「3歳魚」になりまして、これはマグロとしては成熟期にあたり、人間でいうと「大学卒業」くらい。そこで今回は、大学卒業時の糸井さんの身長と体重で比較してみます。
岡田
今日釣り上げた3歳魚は全長約120cm、体重は約32kgですね。
土山
糸井さんは、大学を卒業された頃はどんな体格だったんですか?
糸井
今よりは細かったけど、80kgはありました。身長も変わらず188cm。
土山
ということは、第1回戦は糸井さんの勝利ですかね……。
岡田
でも! マグロはここからまだまだ成長しますからね。近畿大学で飼育した過去最高記録は15歳魚で、「403kg、全長287cm」です。そのレベルになると、糸井さん4人を束ねても勝てませんよ。
全長220cm、体重196kgでもこの大きさ!
【第2回戦】スピード対決:1秒間に8回尾鰭を振る高速遊泳!?
土山
第2回戦は「スピード対決」です。糸井さんの走るスピードと、近大マグロの泳ぐスピードで勝負します。糸井さん、現役時代の50m走は?
糸井
5秒7です! 2016年(35歳)には、盗塁王も獲ってますからね。
土山
さすが盗塁王!早いですね!時速に換算すると約31.6km。陸上界では驚異的なスピードですが、マグロはどれくらいのスピードで泳ぐのでしょうか?
岡田
マグロが獲物を追うときや、驚いて突進するときの最高速度は「時速80km」に達します。
土山
さらにマグロはその際、尾鰭(おびれ)を1秒間に8回も振っているんです。
糸井
1秒間に8回!? 大谷君でも無理やな。これ、ちょっと勝ち目ないかもね(笑)。僕が1秒間に8回フルスイングしろと言われたら、物理的に手首が千切れます。ちなみに僕、最高スイング速度は135km、打球速度は170km出ますけど……。
岡田
しかもマグロの場合、空気の約800倍の密度がある「水中」でその速度ですからね。
糸井
水の中でバットを振ったら、スピードは半分以下になりますもんね。
岡田
はい。それにマグロは驚いたときなんか一気に突進するので、その勢いで網を突き破ることもあるんですよ。
糸井
なるほど。マグロが80kmで突っ込んできたら、野球のバットが折れますね(笑)
土山
ということで、第2回戦は近大マグロの圧勝です!
【第3回戦】燃費対決:ハイブリッド・アスリートの食事とは?
土山
第3回戦は「燃費対決」。1日の食事量と活動量を比較します。糸井さん、せっかく生簀に来たので近大マグロに餌をやりに行きましょうか。
糸井
近大マグロの餌ってどんなものが入ってるんですか?
岡田
配合飼料を使っているんですけど、主な成分は魚粉、つまり魚の身を乾燥させたものです。それにビタミンやミネラルなど、マグロが必要とする栄養を加えています。さらにカロリーを上げるために「脂」も入れています。
岡田
大丈夫ですよ。僕らもよく試食しますんで。海外の魚用の餌ってロウソクみたいな味なんですけど、日本の魚用の餌はすごく美味しいんです。
マグロに餌をあげる糸井さん。餌をあげるときは、バラバラと広がるように弧を描いて投げるのがコツだそう。
糸井
ロウソクみたいな味も逆に気になりますね(笑)。実際にマグロって1日にどのくらい食べているんですか?
岡田
3歳魚で1日の餌は約1.2kg。カロリーは約4,400kcalです。これで1日に約100kmを泳ぎ続けます。
糸井
え、100km!? 山手線を3周以上泳いで、たったの4,400kcal!?
岡田
そうなんです。マグロはとても効率良くエネルギーを使う魚なんですよ。
土山
ここで糸井さん、現役時代の「食トレ」エピソードを教えてください。
糸井
1日5食、1回に白米2kgくらい食べてましたよ。シーズンによって変わることはあったけど、1日の総カロリーで言ったら1万kcalを超えていた時期もありました。
土山
さすがトップアスリートの食事量ですね。野球選手の推奨カロリーが約4,000kcalと言われていますが、一方でマグロはアスリート一人分の食事で、毎日ウルトラマラソンを完走している計算になります。
岡田
マグロは非常に効率のいい「ハイブリッド・アスリート」なんです。長距離を泳ぎ続けながら、いざというときには一気に突進できる。ずっと止まらない生き物だからこそ、省エネ・高効率な身体へと進化したんでしょうね。
土山
それでは第3回戦は効率の良さで、近大マグロの勝利!
糸井
負けた……。僕もその餌、プロテイン代わりに食べたら燃費良くなりますか?
岡田
魚粉ベースで脂も乗ってますから、バルクアップ(筋肉量を最大化する)にはいいかもしれませんね(笑)
糸井
良質なタンパク質が豊富だからです。なのでマグロは、超人にとって欠かせない「相棒」みたいな存在。あとはやっぱり味が美味しい。普通は味が先なんでしょうけどね(笑)
土山
糸井さんはマグロがお好きということなので、この後ちょっと場所を移動して、近大マグロを食べに行きましょう!
【第4回戦】マッチョ対決:FFMI(マッチョ指数)で比較
土山
さあ場所を変えて、ここからは「科学的な肉体美」の比較です。第4回戦は「マッチョ対決」! 身長、体重、体脂肪率から算出する「FFMI(マッチョ指数)」で勝負します。
FFMI(Fat-Free Mass Index:除脂肪量指数)とは 身長・体重・体脂肪率から筋肉量の多さを判定する「マッチョ指数」と呼ばれる指標。除脂肪量(筋肉・骨・水分など脂肪以外の重さ)を身長の2乗で割り、筋肉の質や量を評価する。BMIと異なり脂肪を除外して計算するため、真の「筋肉質度」を測る指標として適している。
糸井
待ってました! これなら負けへん! 僕は身長188cm、体重95kg、体脂肪率は現在9%です!
土山
糸井さんのFFMIは「24.46」。これは一般人をはるかに超え、ナチュラルの限界値に近い超人の数字です。対する近大マグロはどうでしょう? さっき釣り上げた3歳魚の体脂肪率をお願いします!
岡田
主にマグロの可食部である赤身・中トロ・大トロの平均から算出すると、出荷時の近大マグロの平均脂肪率は20.1%になりますね。
土山
ここから計算したら、マグロのFFMIは「19.42」になります。
土山
ということは……第4回戦、糸井さんの勝利です!
糸井
よっしゃー!! ついに筋肉でマグロに勝った! 僕はマグロより高密度な筋肉の塊です!
岡田
確かに、人間としては素晴らしい筋肉の持ち主ですね。でもね、糸井さん。マグロの世界では「筋肉だけ」ではダメなんです。
岡田
マグロの価値は「脂(トロ)」にあります。養殖の初期には「全身トロ」と呼ばれ、脂が乗りすぎていた時期がありましたが、赤身3割、中トロ5割、大トロ2割くらいのバランスが理想とされています。この黄金の脂肪率が、世界を魅了する「近大マグロ」の価値なんですよ。
マグロはブロック切りにしてもらいました。
土山
一方で糸井さんは、体脂肪率9%ですよね。マグロの基準で見るとどうなんでしょう?
岡田
体脂肪率9%なんて、マグロの世界では「餌が足りなくて痩せ細った、一番売れないガリガリの個体」です。セリに出しても「脂が乗ってない!」と突き返されるレベル。商品価値はゼロ、買い手はつきませんね(笑)
糸井
価値ゼロ!? 僕、あんなに頑張って絞ったのに、マグロとしては不採用なんですか!?
岡田
釣り上げた瞬間に「これはあかん」と海に返されるレベルですね。
糸井
釣られてもリリースされるタイプか(笑)。でも、まだ負けませんよ!
【第5回戦】市場価値対決:野球選手の年俸と近大マグロの売り上げを比較
土山
マグロと糸井さん、ついに2対2の同点です。最後は「市場価値対決」で決着をつけます!
土山
最高売上で比較したいんですが、糸井さんの現役時代の最高年俸はいくらですか?
糸井
阪神タイガース時代の最高年俸は、4.5億円(2018年)です!
土山
一般人にとってはすごい金額ですね。それでは近大から出荷したマグロの市場価値はどうでしょう?
岡田
近大マグロ、過去最高の年間売上は約3.2億円です。
糸井
勝った! よっしゃー! マグロより稼いでる!!
3対2で糸井嘉男さんの勝利! 陸のマグロは強かった
土山
最終結果、3対2で糸井嘉男さんの勝利です! 陸のマグロが海のマグロを制しました。
岡田
我々は生簀の数に限りがあるのでたくさん飼育できないですし、研究もしなければならないので、そんなにガツガツ売るわけにもいかないんですよ(笑)。でも、その分一尾一尾の価値を高めていきたいと思っています。
糸井
あくまで研究がメインですもんね。でも、マグロに勝ったのは素直に嬉しい!
土山
さあ、お二人とも戦いを終えた和解の印に、近大マグロをいただきましょう。
糸井
(赤身を一口)うわあ、最高。なんぼでも食べられますね。美味しい!!
糸井
(大トロを食べて)……アメイジング! 口の中で一瞬でとろけました。近大32年間の研究の結晶、奇跡を食べてる感覚です。僕に足りなかったのは、この「脂(トロ)」やったんか……。
土山
糸井さん、今日は一日マグロと戦ってみていかがでしたか?
糸井
養殖の現場を初めて見学させてもらって、マグロの鮮度を保つためのプロの素早い手さばきには感動しました。数値で勝てた部分はありましたけど、誰からも愛される「脂の乗り」には、まだまだ勝てないなと。あと、やっぱりマグロって美味しい。これからもたくさん食べていきたいです。
岡田
糸井さんのような超人にそう言っていただけると嬉しいです。次はもう少し、お腹周りに脂を乗せて、価値のある「マグロ」として戻ってきてください(笑)
糸井
よっしゃ、これからは「脂の乗ったタレント」を目指します。マグロみたいに止まらず、糸井嘉男はこれからも進化し続けますよ!
陸の超人と海の超人の戦いは、互いへのリスペクトで幕を閉じました。一見、正反対に見える二人(?)ですが、近畿大学という学び舎から生まれた「世界を驚かせる最高傑作」であることは間違いありません。糸井嘉男、そして近大マグロ。止まらない二つの生命体の進化は、これからも続いていくでしょう。
VIDEO
取材:トミモトリエ
文:トミモトリエ/よしのまい
撮影:丸山由起
動画撮影・編集:あふろちゃん
企画・編集:
人間編集舎