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2019.07.08

自衛隊もニートも経験!近大通信OB・大久保勇輝氏が叶えた弁護士の夢

Kindai Picks編集部

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OB・OG
オリジナル記事

弁護士という職業には「子どもの頃から勉強が得意な人が目指す仕事」というイメージがありませんか?大久保勇輝さんの場合は少し違います。勉強が全くできなかったという学生時代を経て19歳で弁護士を目指し始め、近畿大学通信教育部に入学。工業高校から自衛隊に入隊、通信教育部での初めての猛勉強、司法制度改革の壁にぶつかりまさかのニート生活など、弁護士になるまでの異色の経歴について、たっぷりとお話を伺いしました。

大久保 勇輝(おおくぼ ゆうき)
弁護士(益川総合法律事務所所属)
1984年兵庫県明石市生まれ。2002年に兵庫県立兵庫工業高等学校を卒業し、海上自衛隊に入隊。2003年に退職して近畿大学通信教育部に入学。在学中、2006~2008年の旧司法試験に挑戦する。ニート生活を経て2013年3月に卒業。卒業後は大阪大学法科大学院へ進み、2015年修了。同年9月に司法試験合格。現在は京都市下京区の益川総合法律事務所に所属し、多数の企業法務、一般民事事件、刑事事件などを取り扱い、解決に導いている。

近畿大学通信教育部
創設者・世耕弘一の「学びたい者に学ばせたい」という強い理念により、関西の大学でいち早く昭和32年に短期大学部通信教育部商経科を開講し、さらに昭和35年に4年制の通信教育法学部法律学科を設置した。これまで述べ4万4千名を超える卒業生を輩出し、大学全体の卒業生の約1割を占める。「学びやすい負担の少ない学費」と「場所を選ばないオンライン学習」、大久保さんも卒業までに9.5年かけられたように「マイペースでの学習」が特徴。



「勉強しなければ」と思った時、思いついたのが弁護士だった




――工業高校卒業後、近畿大学通信教育部に入学するまでは自衛隊に入隊されていたんですね。弁護士としては珍しいご経歴ですよね。

もともと、子どもの頃から勉強が好きではなくて。「高校ぐらい行け」と親に言われたので「手に職でもつけよう」くらいの気持ちで工業高校に進学して、在学中に勧誘された海上自衛隊に入隊することにしたんです。

――弁護士という仕事に興味を持ったのはいつ頃ですか。

昔、弁護士の先生にお世話になった経験がきっかけのひとつになっていると思います。私が高校1年生の時、父が脱サラして事業を始めたものの、失敗してギャンブルに走り借金を作ってしまって……。母と姉と逃げるように家を出るまで、両親がいつも喧嘩していたり、取り立ての電話が来たりと大変でした。母が連帯保証人になっていたんですが、弁護士の先生に相談したらすぐ解決してもらうことができ、漠然と「すごい仕事だな」と感じていました。

――実際に関わる機会があったんですね。

ただ、その時に「弁護士になりたい」と思ったわけではないんです。その頃は大学に進学する気もなければ、借金問題が解決したとはいえ母子家庭で貧しく、高校時代はアルバイトに明け暮れてましたから。自衛隊に入隊した理由も、住むところも食事もついているのが魅力的だったからです。それも、ずっと勤めるつもりではなく「2〜3年働いてみよう」という考えだったんですが。


自衛隊入隊後は舞鶴地方隊へ。今はなき護衛艦「はるな」の乗組員として勤務した

――いつ頃、転機が訪れたんでしょうか。

社会に出て初めてわかることってありますよね。私の場合は、高校生を卒業するまで「この先どんな風に生きていくのか」という将来像を描いたことがありませんでしたが、海上自衛隊に入隊し、先輩の背中を見て初めてイメージが湧きました。仕事そのものはやりがいがあって楽しかったんですが、徐々に「本当にこれでいいんだろうか?」という迷いが生まれていきました。さらに、高卒で自衛隊に入隊した人は定年が50代前半と早く、最も昇格したとしても防衛大学校を卒業した1年目の人よりひとつ下の階級まで、ということを知って「やっぱり勉強って大事なんだな」と身をもって感じて。そこで「よし、弁護士になろう」と。

――お話だけ聞いていると、唐突な感じですね。

それまで勉強に対しては食わず嫌い的な部分がありましたが「一度、本気で勉強に取り組んだら自分はどのくらいやれるんだろう」と試してみたくなったんですよね。どうせなら一番難しい試験を目指して勉強しようとした時、思い当たったのが司法試験だったんです。もちろん、昔お世話になった先生の影響もありました。


間口の広さに魅力を感じて、近大通信教育部に入学




――「弁護士になろう」と決意した後、近畿大学通信教育部に入学するまでの経緯を教えてください。

当時の旧司法試験には一次試験と二次試験があったんですが、一次試験は年間数人しか受からないほどの難関で、ほとんどの人は大学に2年間在籍して単位を取り、二次試験の受験資格を得るのが一般的でした。大学に入るとなるとお金がかかりますが、近大通信教育部なら約10万円(初年度納入金)で通うことができる。入学試験もないので、勉強したことがない私にとって、学ぶのための環境がすぐ整うのはすごくありがたかったです(笑)

――大久保さんにとって初めて勉強と向き合う日々が始まったんですね。

入学後、早速勉強にとりかかったと言いたいところなんですが、最初はとにかく何もわからないんですよね。単位を取るにはレポートを書き、試験を受けなければいけないということすら初めて知って。資料に「まずは教科書を読みましょう」と書いてあるから、教科書を何度も読んでみる……そんなレベルからのスタートでしたが、手探りで進めていくうちに少しずつできるようになっていきました。週4日くらいバイトをしながら勉強するという生活を続け、2年かけて二次試験の受験資格である32単位を取得しました。

――入学後に感じた通信教育部の魅力やメリットなどはありますか。

これは、実際に活用せずに卒業間際に後悔したことなんですが「学習会に参加すればよかったな……」と後から感じました。学内の試験も司法試験もとにかく範囲が広いので、学習会に参加して同じ目標を持つ人と交流したり、情報交換したりすればよかったですね。また、単位の取り方を工夫できるのも通信教育部の魅力だと思います。外国語科目・専門科目であれば通常、レポートと試験のところを2回のスクーリングに振り替えることができるんです。通信での勉強はいつまでに試験を受けなければいけないというものではなく、本当に自分次第。勉強にとりかかるまでにずるずると時間がかかってしまうこともあるんですよね。スクーリングなら日程が決まっているので、参加さえすればとにかく、試験までたどり着くことができます。

※学習会:通信教育部在学生が互いに助け合いながら卒業を目指す自主的な団体。勉強会、講師を招いての講演などを開催している


これまでの努力が無駄に? 司法試験の制度が変わったことで挫折を経験




――二次試験に必要な単位を取り終えたら、いよいよ司法試験に向けた勉強が始まるんですね。ずっと独学ということは、予備校にも通わなかったんですか。

法律の勉強も一人で取り組み始めました。とにかく問題をひたすら解きましたね。その時22歳になっていたので「そろそろ自立もしなければ」ということで、フルタイムの仕事もしました。愛知県でトヨタ自動車の期間工として勤務して、半年で200万円くらい貯まったら帰ってくる。そこから次の半年は勉強漬けで司法試験を受験、受からなければまた出稼ぎへ、という生活を3年間続けました。

――その後、合格されたんですね。

それが、できなかったんです。ちょうど私が受験し始めた頃から、司法制度改革によって法科大学院を修了しなければ受験できない新試験が始まりました。それまで実施していた旧試験の合格者数を徐々に減らし、数年後には0にしますという計画です。2005年には1500人近く合格していたのが、私が受験し始めた2006年は549人、そこからさらに急激に減って、最終的には100人を切るという風になっていきました。二次試験は3つの試験を順に受かっていく必要があるんですが、私は3回受験して、2つ目まで進むことができました。「あと少し」というところなのに、もう旧試験が廃止されてしまう。「それまでに合格するのは無理だ」と感じ始めました。

――新試験を受けるしかない、という状況になってしまったんですね。

とはいえ、法科大学院に進むとなるとまた費用がかかるし、そもそも高卒だから大学院の受験資格がない。そこで心が折れて勉強も受験もやめてしまい、ニートのような生活に突入してしまいました……。貯金を切り崩しながら、「どうしよう」と焦りながら、一日中引きこもってゲームをするような真っ暗な時代でした。1年経ってさすがにアルバイトをするようになっても、もう勉強なんて全くしなくなっていました。


最後のチャンスに賭け、近大卒業と司法試験の再挑戦を目指す




――その頃、通信教育部の方はどういう状態だったんですか。

毎年更新はして、手元に学生証だけはあるという状態でした。

――近大を卒業しようと思えばできないことはない、という感じですね。

そうですね。心の中で、半分くらいは「もう弁護士を目指すのはやめよう」と思っている。でももう半分には未練が残っているから、働いてはいるものの、気持ちを切り替えてその仕事に打ち込むということもできない状態で……。結局「このままじゃあかん」と気持ちを奮い立たせて、これが最後だと思って法科大学院を目指し、それでだめだったら諦めようと決めました。まずは近大を卒業するため、約6年ぶりに再び単位を取り始めたんです。

――その頃にはもう、司法の勉強も一通り経験されているから勉強に関する心配はありませんね。

そうですね。司法試験のためにもう必要ないくらいまで勉強しましたから、1年後には単位取得と並行して法科大学院を受験できるまでに持ち直しました。翌年、大学院に合格する頃にやっと「いけるんじゃないか」と希望が湧いてきて。大学院を卒業した年、無事司法試験に合格することができました。


長年の努力が実り、31歳で司法試験に合格

――ついに、念願の弁護士になることができたんですね。大久保さんが頑張ってこられた道のりは、これから弁護士を目指す人を励ましそうです。

実際に弁護士として働き始めて3年目になりますが、最善を尽くし、依頼者に喜んでもらえた時はやはり一番うれしいですね。弁護士を目指していた約12年間、ずっと一人で勉強して司法試験に挑戦する中で、周りから「絶対無理やろ」と言われて何も言い返せず悔しい思いもしましたが、今なら「そんなことない」と言える。弁護士を目指す方には、決して「無理じゃない」と伝えたいですね。

――ありがとうございました。


(終わり)


取材・文:山森 佳奈子
写真:森下 洋介
企画・編集:人間編集部


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