2019.05.20
やりたければやれるはず!大作映画『武蔵-むさし-』を作った、三上康雄監督インタビュー
- Kindai Picks編集部
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「なぜ、武蔵は戦い続けたのか?」「なぜ、吉岡一門は武蔵と戦ったのか?」「なぜ、豊前細川家は佐々木小次郎を剣術指南役として迎えたのか?」「なぜ、佐々木小次郎は武蔵と戦ったのか?」これまで沢山の小説や映画で描かれてきた「宮本武蔵」に疑問を覚えて、 “本物の” 武蔵をスクリーンに実現させようと、近畿大学を1980年に卒業した映画監督・三上康雄さん(61歳)が、6年の月日を経てついに作品を完成させました。
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監督の三上康雄さんは、脚本からキャスティング、編集、さらにはポスターチラシ等のデザインまでそのほとんどをご自身で務めました。さらに驚くべきはその経歴。50代で自身の会社をМ&Aで譲渡し、そこから新たに起業して映画業界へチャレンジしたのだとか。中小企業の社長から、映画監督へと転身した三上監督。ある意味でその到達点だとも語る『武蔵-むさし-』は、どのような想いで製作されたのでしょうか?近畿大学OBで、映画監督の三上康雄さんにお話を伺いました。
1958年1月20日、大阪市東区(現:中央区)生まれ。近畿大学商経学部卒業。1974年から1982年にかけて「関西自主映画界の雄」と呼ばれ、16mm作品を含む自主映画を5本監督。その後、家業のミカミ工業に30年間専念。2011年、創業100年を期に後継者不在の為、M&Aで株式を譲渡。2012年、株式会社三上康雄事務所を設立。2013年、劇場用映画「蠢動-しゅんどう-」を監督。同年、全国85館ロードショー。ハワイやダラス等の国際映画祭出品。世界12カ国公開。日本映画監督協会新人賞ノミネート。2018年、劇場用映画第二作「武蔵-むさし-」を監督。2019年ロードショー。重厚な演出、リアルな殺陣、オールロケで、国内外で圧倒的支持の本格正統時代劇映画の旗手。製作・脚本・監督・編集等を兼任。自ら武術(居合、殺陣等)を行う。
「宮本武蔵」は存在しない?! 本物の武蔵を自分の手で作りたかった
ーーなぜ「武蔵」という人物を映画にしようと思ったのでしょうか?
剣道をしていた自分にとって剣豪・武蔵は憧れの人でした。しかし実は、いま確立されている彼のイメージは史実とは異なっていると思います。彼は自らの手記で「新免武蔵」と記しています。宮本武蔵ではないのです。
吉川英治※先生の小説『宮本武蔵』では、若い頃の武蔵は粗暴な人物だったとされています。沢庵和尚の言伝により姫路城の天守閣に3年間幽閉されます。そこで勉学に励み改心し、剣によって己の人格を高めることを志すことになるのです。
※昭和初期に人気を博した歴史小説家。『宮本武蔵』(1939)、『三国志』(1940)などで有名
ーー有名な話ですよね。
「3年も勉強していたら、剣は人を殺す武器でしかないことに気づくはずでは?」と、ぼくは思っていました。普通の感覚ならそうですよね。きっと、剣ではなく他の道を探そうとしたはずです。だから、今まで描かれてきた武蔵は、本当の武蔵なのかとずっと疑っていました。
映画やドラマなど様々な作品は、吉川先生の小説を下敷きにしていますが、吉川先生が書かれた武蔵は「ヒーロー」です。吉川先生は戦前の少ない資料から脚色されて物語を作られたのでしょうね。大東亜戦争の前ということもあって、勇敢なキャラクターが世間に求められていたのでしょう。ある種、ファンタジーなのかもしれません。
しかし、武蔵という人間はたしかに実在していて、吉岡一門や奥蔵院槍術や鎖鎌と戦った記録は残っています。では、彼は一体どんな人物だったのか?ということ。武蔵の全体像を改めてみたかったのです。
「師もなければ後ろ盾もない」自分が本当に見たい映画のために
武蔵役には細田善彦を抜擢。殺陣の基礎は監督自らが指導した。
ーーフィクションではなく本来の「新免武蔵」の姿を描きたかったというわけですね。
そうですね。ただ、もちろん映画ですから史実に基づいてのオリジナルストーリーです。真実の武蔵を追いかけてのドキュメンタリーや再現ドラマではないですから。
ーー剣道の世界で二刀流は弱いとされていますが、武蔵は二刀流なのにもかかわらず強かったというのは本当なのでしょうか?
はい、普通は2本の刀を上手く使いこなせませんが、彼は左利きだったから二刀流ができたわけです。当時は左利きの人を右利きへ矯正することが当たり前。
そんな時代に、彼は左利きを利用したんですよね。それゆえに、相手は武蔵と対峙するたびに面喰らいます。今まで戦ったことがないわけですから。型にはまらずに強さを追い求めた結果です。
こうした表現のためにも、リアリティにはこだわっています。例えば、人を斬り続けていたら血中に含まれる油分や血肉が付着するので血を拭う所作を入れたり、刃こぼれをして切れ味が落ちてしまうので、人の刀を拾う演出も加えました。
ーー型にはまらない武蔵の姿は、三上監督とも重なりますね。53歳のときに家業のミカミ工業をM&Aで譲渡したのちに現在の会社・三上康雄事務所を設立して映画業界に飛び込んだとのことですが。
元々、高校から大学にかけて8mmフィルムや16mmフィルムで自主製作映画を作っていましたから、次なることをするとしたらこの一択だったわけです。しかしながら、今度はプロの世界。徒手空拳で映画界、それも映画監督をすると決めて入ったのですから、どえらい決断でした。まさしく、映画「武蔵-むさし-」でぼく自身が書いたセリフの「俺には師もなければ後ろ盾もない。だから戦う」のとおりです。
社長業も映画監督も根っこは同じ?大事なことは“信義”
小次郎役を演じたのは、松平健。華麗なる燕返しは必見だ。
ーー6年かけて制作するのは大変ではありませんでしたか?
大変ということはありませんでした。武蔵だけはいつか対峙しなければいけない相手だろうと思っていました。なので、前作『蠢動 -しゅんどう-』の公開が終わった頃に決めました。
『蠢動-しゅんどう-』がホップで、ステップを飛ばして『武蔵-むさし-』がジャンプです。前作を撮り終えた時点で55歳。年齢も年齢なので、今作らないといけない。そして、今だから作れた作品が『武蔵-むさし-』です。
ーー『蠢動 -しゅんどう-』のどのような点が「ホップ」だったのでしょうか?
自主映画ではない初めての映画制作でした。あの作品を通して、中小企業のやり方が映画製作にも通用するし、制作現場でもフルに活かせると気づくことができました。
意思決定をどんどん自分でやっていく。そして、説明する。そこが、経営者と同じなんです。監督、脚本、編集、さまざまなことを自分が担いましたが、ひとりでやるからこそ手間が省けることがある。人の手を借りると指示が煩雑になります。そうではなくて「責任を取るからぼくがやります」と言ってしまえばスムーズです。こうしたトップダウンなやり方は、そのまま中小企業の経営と同じですね。
ーーなるほど。
もう一つ、私の映画づくりと中小企業の似ている点があります。中小企業の社長というのは、人間関係を大事にしています。お金じゃなくて人間関係で回っているんですよ。映画、芸能の世界も実は言ったことはやる、約束は守るという、信義で成立している世界です。
大ヒットの『カメラを止めるな!』だって低予算。その気があれば実行できる!
劇中の見せ場、武蔵対吉岡一門での一コマ。
ーー蓋を開けてみれば方法は一緒だったとはいえ、50代の頃に改めて映画の世界へ飛び込むのには勇気を要するかと思います。まったくの異業種から映画製作をはじめて、それも自主映画ではなく商業映画として公開するわけですから。何か背中を押すような出来事があったのでしょうか?
あまり歳や時代は関係ないです。昔に比べて映画を作りやすくはなったと思うけれど、どんな状況でもぼくは映画を作りたいと思っていました。
幸いにも映画市場が大手ばかりでなくなったり、フィルムからデジタルに移行したことで予算も昔に比べて随分低くなっています。映画の公開本数も増えていて、邦画だけを取っても※ 年間で600本近く公開されています。さらに、300万円で制作した映画『カメラを止めるな!』は2館のみの上映だった作品ですが、口コミで話題が広がり最終的には300館で上映されるほどのヒット作品になりましたよね。
その気があればするんですよ。できるとかできないとかではなくて、やる!
※一般社団法人日本映画制作者連盟の発表している統計によれば、2018年に公開された邦画は579本。5年前よりも50本も多く、10年前と比較すれば190本も増加している。
ーー大学生の頃から、思ったことを実行するタイプだったのでしょうか?
もう40年も前の話ですが、そうですね。
大学では、頑張って履修すれば、3年間で卒業単位を全て取得できると知って、本当に3年間で単位を取りきりました。で、残りの1年はひとりでアメリカのワシントン州へ留学しました。アメリカの大学は4月始まりではなく9月始まりなので、日本に帰ってきた時には同級生がみんな卒業してしまっていて、浦島太郎状態でした。
腹を立てなあかん!見返したらええ!
ーーさいごに、近大在学生へのメッセージやアドバイスをお願いします。
何事に対しても、もっと怒ってもいいと思います。憤怒しないと人間は前に進めないです。世の中が悪いとか、他人が悪いとか言っている人の多いこと。腹が立つのだったら、「見返したろう!」になるはずです。それで、やったら!いいんです。グダグダ言ってても負のスパイラルに陥るだけ。だから、憤怒してやれば!いいんです。
ーー三上さんはこれまでの武蔵のイメージに反旗を翻すべく、6年かけて映画を作ったということですね。
なんか、よくわからないまま、武蔵を置いておくわけにいかないでしょう(笑)。自分への憤怒かわかりませんが、やろう!と思ったら、やる!この精神があれば歳なんて関係ないですね。ぼくでもできるのだから、まだまだ若い人達はやりたいことをやり遂げられるはずだと信じています。
ーーありがとうございました。
高い志をもって、映画製作に挑み、模索しながら作品を残そうとする姿勢はスクリーンの中の新免武蔵に重なるものがありました。監督の考えに共感した方なら、きっと監督が映画の中で描いた新免武蔵も魅力的に感じることでしょう。映画『武蔵ーむさしー』は、5月25日(土)に全国ロードショー。史実に基づき「本物の武蔵」を、オールロケ、リアルな殺陣、12名の豪華俳優陣で描く本格正統時代劇映画。ぜひとも劇場でご覧ください。
▼公式サイト
映画『武蔵-むさし-』公式サイト
(終わり)
取材・文:川合裕之
写真:ロマン
企画・編集:人間編集部
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