2018.10.10
“完全養殖”をブランド化した 飲食店「近畿大学水産研究所」
- 地域人
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2013年4月から大阪・銀座にオープンした人気店。完全養殖の近大マグロの人気がひとり歩きするなか、マダイや交雑魚など研究・生産機関の強みを活かしたコンセプトで養殖をブランド化している。
*本記事は、株式会社緑書房から発行されている『月刊 養殖ビジネス(2018年5月号)』に掲載された記事です。
著者)
◉羽島 俊之[㈱アーマリン近大 店舗統括部長]
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店舗を経営する㈱アーマリン近大は、近畿大学水産研究所及び水産養殖種苗センターで研究開発・養殖された安全・安心なおいしい魚を食卓に届け、近畿大学の養殖技術の成果を世のなかに広く提供する目的で、03年に設立された近畿大学発のベンチャー企業です。翌04年には世界初となる完全養殖クロマグロ「近大マグロ」を出荷しました。
そのほか、全国の養殖業者へマダイ・カンパチ・シマアジなどの種苗販売、百貨店やスーパーへマダイ・ブリ・ヒラメなどの成魚販売を行っています。
また、キャビアの加工商材やクエ鍋セットなどといった商品も取り扱っています。そして、当社がさらなるBtoCビジネスとして挑戦し始めたのが、13年4月に開業した養殖魚専門料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」です(写真1〜3)。
以前から、「近大マグロはどこで食べられるの?」、「どこで売っているの?」という消費者の声が現場に届いていたことから、アンテナショップのニーズがあると感じ、飲食店経営について検討していました。そのような状況のなかで、サントリーホールディングス㈱の営業担当者から養殖魚をメインとした飲食店の企画提案があり、互いの思惑が一致し、出店まで話が進みました。
ただし、当社は近畿大学が出資する企業のため、飲食店を開業するにあたっては文部科学省への届出が必要でした。その際、専門料理店であれば認可を受けられるということで、考えた末に養殖魚専門料理店を出店することになりました。
さらに、近畿大学のさまざまな学部の学生たちにも加わってもらい、実学教育の場として活用したり、魚以外の食材については水産研究所の本部がある和歌山県の協力を得ながら、県産食材にこだわり、その魅力を伝えたりするなど、産官学の連携によりさまざまな付加価値があることを訴求しました。そして、前述の取り組みの甲斐もあり、ようやく文部科学省の認可が下り、出店に至ったのです。
近大はマグロだけじゃない!
出店が決まってから開業するまでの間にもさまざまな課題がありましたが、ここではそのうちのメニュー開発について紹介します。
当初、想定していた客単価は、ディナータイムで3500円程度、いわゆる“トロ箱系”の海鮮居酒屋としての位置付けを考えていました。料理内容も、サントリーが有する外食企業のノウハウを受けながら、イメージに合う料理を考案していました。
一方で、出来上がりつつあった銀座店の店舗図面やパース図、意匠などを見て、「個室があるので、もう少しアッパーな料理を提供すれば、接待や会食でも利用してもらえるのではないか」ということになり、個室予約客の客単価を5500円と見込んでコース料理を考案しました(写真4)。このようにして、全体の客単価を4000円強と想定し、料理提供をスタートさせました。
看板商品となる近大マグロは刺身やカツレツなどといった素材がストレートに伝わる形態に、マダイ・シマアジなどのマグロ以外の養殖魚はグラタンなどの創作系料理に調理し、女性客や家族層が注文しやすいようにしました(写真5〜7)。しかし、いざオープンしてみると、われわれの予想とは大きく異なり、お客さんのほぼ全員がマグロ料理を注文する結果となりました。
また、予想をはるかに超える多くのお客さんが来店し、店前には大行列ができました。ランチタイムは開店と同時に行列を制限し、ディナータイムも開店後、2時間でオーダーストップしなくてはならなくなり、多くのお客さんに来店してもらったにもかかわらず、近大卒の魚を食べられないまま帰ってもらわなければならない事態となってしまいました。
この営業の課題については、入店客数の制限を設けることである程度は解消できましたが、テレビや新聞などのメディアからの取材が多く話題性の高い「近大マグロ」に集中するオーダーはどうすることもできず、さらにお客さんの心理をあおる結果となりました。そのため、「このままでは水産研究所のマグロの生簀は空になってしまうのではないか」という心配まで生まれてきました。
何よりもわれわれ関係者が悩んだのは、当社の理念である「安全・安心なおいしい魚を食卓に」と「近畿大学の養殖技術を世の中に広く提供しよう」という2点が成就されないまま、「近大マグロのお店」で終わってしまうのではないかという危機感があったことです。
そこで思い切って、マグロオンリーのメニューを、ランチは1カ月後の5月に、ディナーは3カ月後の7月に全て外すことにしました。ランチで人気だった「近大マグロ三色丼」は「近大マグロと選抜鮮魚の海鮮丼」(写真8)、ディナーでは「近大マグロ三昧お造り盛り」を「近大マグロと選抜鮮魚のお造り盛り合わせ」(写真9)とし、近大マグロにはもれなく「マグロ以外の近大卒の魚」がついてくるようにしたのです。
お客さんからの苦情があることを覚悟していましたが、意外にもスムーズに受け入れてくれる方が多く安心するとともに、この思い切った策によって、「マグロだけじゃない近大の養殖研究の認知度向上」、すなわち「養殖魚の価値向上」にもつながるという思わぬ効果を得ることができました。まさに、当社の理念と出店時のコンセプトが実を結んだ結果と言えます。
お客さんからは、「近大ではマグロ以外も養殖していたんだね」、「シマアジは食感がしっかりしていておいしい」、「ブリは脂が乗っている割にはしつこくなくて良い」などといった好評を得ています。水産研究所は今年4月で開店から5年が経過しましたが、今ではさまざまな養殖魚の専門料理店として認知されつつあると感じています。
近大ならではの取り組み
●店頭モニターやiPadの設置
店内では近大ならではの取り組みを多く仕掛けています。まずあげられるのが、店前に設置した大型モニターとカウンターに並んだiPadです(写真10、11)。この大型モニターでは、水産研究所の研究施設や海上生簀の風景が常に放映されており、見ているだけで興味が湧いてきます。
iPadでは、当日提供される養殖魚のトレーサビリティが検索でき、いつ、どこで生まれ、どのくらいの期間、どのようなエサを食べて成長し、出荷されたのかが全て分かるようになっています。この仕掛けはまさに「安全・安心なおいしい魚を食卓に」を具現化するための仕組みです。
●大学との連携
また、お造りの盛り合わせには、「近大卒の魚」に遊び心から生まれた卒業証書を添えて、お客さんが記念に持ち帰れるようにしています(写真12)。スタッフには現役の近畿大学の学生が多く働いており、名前、在籍学部、学年を明記した名札を付け、お客さんとの会話のきっかけとなり非常に喜ばれています。
そのほか、14学部で構成される近畿大学の総合大学ならではの試みも、この5年間で数多く発信してきました。例えば、文芸学部芸術学科の学生が店舗用に器を製作し、農学部食品栄養学科の生徒が考案したメニューを期間限定で販売したり、農学部の農場で生産された鴨肉やマンゴーなどをメニューとして販売したりするといった取り組みを実施しています。
さらに、近畿大学水産研究所では交雑魚の開発にも注力しています。既に店舗では、「キンダイ」や「クエタマ」などの交雑種を試験的にメニュー化し、お客さんからの感想を現場にフィードバックして、さらなる研究につなげています(表1)。そのほか、今年はグランフロント大阪店が5周年を迎えるため、それを記念したメニュー開発も行っています(写真13)。
今後もこのような多様な取り組みを継続していくことで、長年日本の消費者の固定概念となってしまっている「天然魚は養殖魚よりも安全でおいしい」という考えに一石を投じ、養殖魚に対するイメージと養殖魚の価値の向上に貢献していきたいと考えています。
著者プロフィール)
羽島 俊之
㈱アーマリン近大 店舗統括部長
大手外食グループで勤務し、平成25年の開業時は店長として陣頭指揮を取り店舗運営の基盤を築いた。29年2月より現職。
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