2016.02.18
地球の裏側でも他人事じゃない。「ジカ熱」からの身の守り方
- Kindai Picks編集部
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厚生労働省は6月10日、中南米から帰国した大阪府の30代男性がジカ熱に感染したことを確認したと発表した。蚊が発生する季節に入っていく中、地球の裏側に位置する日本でも注意すべきことはあるのか。ウイルス感染免疫学のプロフェッショナル、近畿大学医学部 宮澤正顯教授に詳しく聞いた。
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――まず、「ジカ熱」とはどのような病気ですか?
正式にはジカウイルス感染症といい、昨年話題になったデングウイルス感染症や日本脳炎と同じく、蚊によって媒介されるウイルス感染症です。感染しても大多数(恐らく8割以上)は無症状で、発症した場合でも、通常は軽い発熱、発疹、筋肉痛・関節痛、結膜の充血、頭痛や目の奥の痛みなどが主要な症状です。治療薬はありませんが、通常は解熱・鎮痛薬など対症療法だけで、一週間以内に症状が消えます。
ただし、近年のブラジルやポリネシアでの流行では、発熱や発疹、結膜の充血などが治まった後に、脱力や手足の麻痺、重症の場合には呼吸筋の麻痺を生じる、ギラン・バレー症候群が増加したと報告されており、ブラジルでは2015年のジカウイルス感染症流行を機に、小頭症の疑い例が前年までの20倍以上にも増加したと言われています。ジカウイルス感染症と小頭症の関連は、過去のフランス領ポリネシアでの流行でも疑われたということです。さらに、ブラジル在住中、妊娠初期にジカウイルスに感染したヨーロッパの女性で、胎児に小頭症が見られ、その脳組織にジカウイルスが確認されたことから、まだ例数が少なく確定的では無いものの、妊娠中のジカウイルス感染症と小頭症との間に何らかの因果関係があるのではないかと疑われています。また、何らかの基礎疾患があり、免疫応答能が低下している状況で感染した場合には、重症の下痢や神経症状を発症して死に到る場合もあります。
――どのようにして感染するのですか?
ジカウイルスは、元々サル→蚊→サルのサイクルで感染が繰り返されていると考えられ、蚊を媒介して感染します。ウイルスに感染し、血液中にたくさんのウイルスが流れている状態の動物から吸血した蚊が、他の動物やヒトを刺咬することで、感染が拡がります。ヒトからヒトへの直接感染は、基本的に無いと考えられますが、症状が出ている時期の感染者の血液中にはウイルスが流れているので、感染者から吸血した蚊が、別のヒトへとウイルスを運ぶ可能性はあります。また、輸血による感染も否定はできませんし、性行為感染や、上記の通り妊娠中の女性から胎児への感染があるのではないかと疑われています。
――どこで今流行しているのですか?
ジカウイルス感染症は、元々アフリカや東南アジアに発生していたものですが、2007年以降、本来の流行地とは異なる、ポリネシアなど太平洋地域、そして中南米へと拡がりを見せています。2016年2月現在の流行地は、中南米及びその周辺地域、サモア、トンガなど太平洋諸島、アフリカの一部です。状況は刻々と変化しますので、厚生労働省の「感染症情報」などを確認してください。
――日本国内で発生する可能性はありますか?
今のところ日本国内で感染した症例はありませんが、ポリネシアやタイに渡航し、帰国後にジカウイルス感染症と診断された日本人例が、少なくとも3例報告されています。今後も、流行地に渡航し、帰国後に発症する例が出る可能性はあります。
ジカウイルスを媒介する可能性があるのは、ヤブカ属のネッタイシマカやヒトスジシマカですが、そのうちヒトスジシマカは、秋田県・岩手県以南の日本のほとんどの地域に生息しています。また、我が国に生息するヒトスジシマカがジカウイルスを媒介しうることも、実験的に確かめられています。そのため、ウイルスに感染した発症期の人が国内で蚊にさされた場合に、その蚊を媒介として周囲の人に感染する可能性はゼロではありません。
――日本国内で大流行する可能性もあるということですね?
我が国では、デング熱の国内感染例がおよそ70年ぶりに発生したのを契機に、2015年に「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」が定められ、平常時から媒介蚊の対策が進められています。また、蚊は越冬できないため、サル→蚊→サルの感染サイクルが成立し得ないと考えられる日本国内で、大流行が発生するとは考えられません。但し、上記のように流行地への渡航によって感染し、帰国後に発症する例が実際ありますので、ヒトスジシマカの活動期である5月から10月下旬に一致すれば、そこから小規模な感染が拡がる可能性は否定できません。
症状の出ていない感染者からの吸血で、蚊がジカウイルスを媒介できるかは不明ですが、流行地への渡航者は、症状の有無に関わらず、帰国後10日間程度は虫除けなどを使用し、日中ヤブ蚊に刺されないよう対策することが必要と思います。
――治療薬はありますか?
ジカウイルスに直接効く薬は見つかっていないため、対症療法となります。
――予防接種はありますか?
ジカウイルスに有効なワクチンは、まだありません。
――どのように予防すればよいですか?
ヒトスジシマカは攻撃性で、日中活動し、飛翔範囲は100m程度と言われます。海外の流行地に渡航する際には、長袖服・長ズボンを着用し、虫よけスプレーを使用して、蚊に刺されないように対策することが一番です。妊娠の可能性がある方は、可能な限り流行地への渡航を控えましょう。なお、流行地には、ボラボラ島など人気の高い観光地も含まれています。高級ホテルに滞在するから大丈夫などと考えず、情報収集をしてから出掛けて下さい。
――他に注意すべきことはありますか?
ジカウイルス感染症の大半は無症状または軽症なので、妊娠中で無い限り、むやみに怖がる必要はありません。ただし、必要がなければ海外の流行地に行くことは避ける、やむを得ず渡航した場合は、帰国後ヤブ蚊に刺されないよう心掛けるなど、万が一にも自分が感染源とならない心構えが大切です。また、輸血による感染の可能性が指摘されていますから、流行地からの帰国後は、ひと月程度献血を控えましょう。
ジカウイルス感染症は、感染症法の4類感染症に指定されていますので、診断した医師は直ちに都道府県知事または保健所設置市長等に届け出を行う必要があります。流行地からの帰国後、何らかの体調変化がある場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
PROFILE
宮澤正顯(みやざわまさあき)
近畿大学医学部免疫学教室 教授
1982年東北大学医学部を卒業。東北大学助手、アメリカ合衆国国立保健研究所(NIH)客員共同研究員、三重大学医学部助教授(生体防御医学講座)を経て、1996年より近畿大学医学部教授。
現在、近畿大学遺伝子組換え実験安全主任者、バイオセーフティー委員長、医学部共同研究施設長、大学院医学研究科運営委員長などを兼務。死体解剖資格(厚生労働省)を持つ、元・病理医で、厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業の研究代表者などを歴任し、2002年にはノバルティス・リウマチ医学賞受賞している。
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