2026.08.21
脱・パスワード地獄!情報セキュリティのプロに聞く、パスワードとの上手な付き合い方

- Kindai Picks編集部
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SNS、アプリ、オンラインショップ、仕事で使ういくつものシステム……あらゆるところでログイン時に求められる「パスワード」。「あれ?これのパスワードって何だっけ?」 ログインに何度も失敗して「パスワードをお忘れの場合はこちら」の案内に頼った経験は、もう数えきれない。最近は、指紋や顔を利用する生体認証も普及してきて便利になったけれど、例えば、スマートフォンを生体認証でロック解除できないときには、やっぱりパスワード(パスコード)が必要です。増え続けるパスワードの記憶や管理に疲弊してしまう“パスワード地獄”から抜け出すには、どうすればいいのでしょうか? 人間と機械(情報システム)のより良い関係性を研究している近畿大学 情報学部 情報学科 准教授 柏崎礼生に聞きました。
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近畿大学 情報学部 情報学科 准教授
専門:情報セキュリティ
いま、僕たちが住む世界では機械 (情報システム) と人間の関係性が問われつつあります。人間と機械の相互関係を統一的に扱う「サイバネティクス」という学問領域で、この問題の解決を目指しています。
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パスワードを覚えるのを諦める、という逆転の発想
――まず、先生が考える“良いパスワード”“ダメなパスワード”を教えてください。
反対に“ダメなパスワード”は、複数のサービスで使い回しているものや、覚えやすくするために自分なりの法則を持たせたものですね。
例えば、共通の文字列の前後にサービス名の一部を付ける、アルファベットの「a」を「@」に置き換えるといった方法です。人間にとっては覚えやすいのですが、作り方に規則があると、情報学でいうエントロピー、つまり予測しにくさが下がります。攻撃する側も、よく使われる作り方を知っていますから、その規則に沿った候補をコンピューターで大量に生成して試すことができてしまうんですよ。
――“良いパスワード”は覚えることが難しいと思うのですが、先生はどう対応されていますか?
パスワードマネージャーとは、複数のID・パスワードを安全に保存し、必要なときに自動入力してくれる仕組みです。覚えにくいランダムなパスワードの生成もできるため、サービスごとに異なるパスワードを設定しやすくなり、使い回しによる被害の拡大を防げます。
“良いパスワード”とは、頑張れば覚えられるパスワードではありません。人間には覚えられないほどランダムで、サービスごとに異なり、信頼できる道具に管理を任せられるパスワードです。まずは「全部自分で覚えなければならない」という考えを諦めるところから始めるといいと思います。
――なるほど、自分の記憶力に頼らないと。
――それらは、長くて、複雑で、十分にランダムな文字列で設定して、記憶されているということですね。
――パスワードマネージャーを使っていても、パスワードを定期的に変更した方がいいですか?
※NIST SP 800-63B・・・米国国立標準技術研究所(NIST)が策定したデジタル認証・パスワード管理に関するガイドライン。世界中の企業や行政機関等で広く参考にされている。
自分で頑張って管理しても、漏れるときは漏れてしまうのが、パスワード
――“良いパスワード”にしていても、パスワード漏洩からは逃れきれないんですね。
僕自身も10年ほど前に経験があります。当時から、大文字・小文字、数字、記号を組み合わせた、かなり“良いパスワード”を使っているつもりでした。総当たり攻撃(想定されるあらゆるパスワードパターンを自動生成して不正アクセスを試みること)や辞書攻撃(パスワードとしてよく使われる単語や人物名などのリストを組み合わせて不正アクセスを試みること)では簡単に破られない自信もあったんです。それなのに、ある日、「あなたのパスワードが漏れています」と指摘されました。慌ててこれまでとはまったく違う文字列に変更したのですが、翌日にはその新しいパスワードもあっさり漏れていて、また「あなたのパスワードが漏れています」の通知が届くんです。
——なんと、そんなことがあったのですか。
調べてみると、システム同士で認証を連携させるプログラムが、処理の途中でパスワードの文字列を一時的にファイルに書き出し、そのファイルが第三者から見える状態にあったんです。つまり、僕がどれだけ慎重にパスワードを考えて設定しても、変更した瞬間に、悪意ある第三者に漏れる仕組みだった。“良いパスワード”は推測されにくくするために必要ですが、それだけですべての漏洩を防げるわけではないんですよ。
――いくら自分でパスワード管理を徹底していても、漏れるときは漏れてしまうんですね。
反対に、同じパスワードや似通ったパスワードをメールやSNS、ネット通販など複数のサービスで使っていると、漏れたIDとパスワードの組み合わせを別のサービスでも試す「パスワードリスト攻撃」を受けます。どれだけ“良いパスワード”でも、使い回していれば、ひとつの漏洩が複数の被害につながりかねません。「絶対に漏らさない」だけでなく、「漏れても被害を広げない」と考えることが重要です。 そして、万が一使いまわしているパスワードが漏れた場合は、即座にすべて変更する対応をとる必要があります。
パスワードマネージャーやパスキー。信頼できる仕組みに任せる方が安全
――もしかして、パスワードマネージャーのパスワード(マスターパスワード)が漏洩したら、ひとたまりもないのではないでしょうか。
――自分で管理していたものを仕組みに委ねるには勇気が必要ですが、今こそ、その勇気をもつときなんですね。
――パスワードマネージャーの選び方に、ポイントはありますか?
――最近は、生体認証などを利用する「パスキー」も頼れる存在として出てきました。
パスキーでは、サービスごとに公開鍵と秘密鍵のペアが作られ、秘密鍵は端末や認証情報を管理する仕組みに安全に保管されます。パスワードマネージャーとまったく同じものではありませんが、自分で秘密の文字列を覚えるのではなく、信頼できる仕組みに管理を任せるという点は共通しています。結局は、自分で全部覚えるのではなく、信頼できる仕組みに任せる。あとはサービス側の対応次第なので、本当にどんどん普及してほしいです。
パスワードとの付き合い方は、つまり、自分との、家族との、他人との付き合い方
――パスワード対策を「一人ひとりが気をつけよう」で済ませてはいけない気がしてきました。
組織なら、信頼できるパスワードマネージャーを使えるようにして、使い方を短く分かりやすいドキュメントにして、必要なときにすぐ見つけられるようにする。暗記が得意な人にも、道具に任せたい人にも、それぞれ選べる方法がある。できる人、できない人のどちらかに合わせるのではなく、どちらでもうまくいく仕組みにすることが大切です。
――もしパスワードが漏れてしまったら、つい“正しさの棍棒”を持ち出してしまいそうです。
僕自身、以前、自分で書いたプログラムをGitHub(世界中のエンジニアがプログラムのソースコードを保存・共有するプラットフォーム)に公開した際、ソースコードの中にあるシステムへのユーザー名とパスワードを残したままアップロードしてしまったことがあります。気づいてすぐに削除しましたが、GitHubには変更履歴が残るため、公開から30分後には不正利用が始まっており、後日、不正利用されたシステムから何百万円にものぼる利用料の請求を受けました。幸い、請求は取り下げられて事なきを得ましたが、トラブルが収束するまでの数カ月間、生きた心地がしませんでしたよ。
もちろん、直接の間違いはパスワードを公開したことです。でも、「次から気をつけよう」だけで終わらせてはいけないと思ったんです。僕は当時、自分が書いたプログラムを、なんでもかんでもGitHubにアップロードしていました。それは本当に必要だったのか。公開したくなる気持ちはどこから来ていたのか。この大トラブルは、操作ミスへの対策だけでなく、自分の考え方や行動のクセを見つめ直すきっかけにもなりました。
――パスワードは、自分に「もしも」があったときには家族にも関わってきます。
一方で、人間の生き死ににまで、情報リテラシー的な“正しさ”を持ち込みすぎなくてもいいとも思います。必要な情報を家族と共有したり、エンディングノートに残したりしてもいい。もちろん、見られたくないものを秘密にしておく自由もあります。デジタル遺品を整理することが、残された人にとって、その人が何を考え、どう生きていたのかを知る時間になることもあります。
――パスワードとの付き合い方って、なんだか人生にまで及びますね。
取材・執筆:大森ちはる
編集:アール・プランニング
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