2026.03.16
この春、自分をアップデートするー近畿大学体育会指導者の“人生本”

- Kindai Picks編集部
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入学して新たな学びを始める人、逆に学校を卒業して社会へと羽ばたく人、さらに現役を終えて指導者になるアスリートなど、春は多くの人が「新たな一歩」を踏み出すタイミングです。今回は、近畿大学体育会クラブの指導者たちに、自身の人生に影響を与えた「おすすめの一冊」を選書してもらいました。 先行きが不透明な現代において、迷ったときの指針となる名著の数々。春休みや新生活の合間に、ページをめくって自分自身をアップデートしてみませんか。
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団体スポーツ指導者たちが、多種多様な本をおすすめする理由

日々学生と向き合う指導者たちが教えているのは、競技の技術だけではありません。巨大な組織をまとめ上げるマネジメント力、個人の能力を最大限に引き出すコーチング、そして逆境に立ち向かうメンタリティなど、それぞれの指導哲学には、スポーツの枠を超え、人生を生き抜くための知恵が凝縮されています。
今回は、ラグビー部、硬式野球部、アメリカンフットボール部という、多くの部員を抱える「団体競技」の指導者3人に、それぞれの人生に影響を与えた本を紹介していただきました。
教育論から組織論、歴史書まで多種多様。これからリーダーを目指す人はもちろん、自分の生き方に迷いを感じている学生やビジネスパーソンにも、きっと響く言葉が見つかるはずです。 強豪チームを率いる監督たちの熱いメッセージとともにお届けします。
目から鱗が落ちる“学びの本質“

1978年生まれ。大阪工業大高校、近畿大学卒。2000年より神戸製鋼コベルコスティーラーズにてプレー。ポジションはCTB(センター・スリークォーターバック)。現役引退後、2006年より近畿大学ラグビー部コーチを務め、2021年、監督に就任。同年、関西大学ラグビーリーグで2位に輝き、9シーズンぶりとなる大学選手権出場へ導く。「個が持つ能力を最大限に高めながらチームとして強くなる」ことを理想に掲げ指導にあたる。
未知なる世界でつまずかないための“妄想的学び”とは?

『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)
著者:内田 樹
出版社:筑摩書房
◆おすすめしたい人
この春、学校を卒業し、社会人としての第一歩を踏み出す人
◆オススメポイント
私は近畿大学を卒業後、神戸製鋼のラグビー部でプレーしました。3年目に大怪我をして1年間プレーできなかった際、母校である近大ラグビー部へ指導に来るようになったことが、指導者を志すきっかけになりました。その怪我の影響もあり、6年間で現役を引退することになったのですが、その時期にチームメイトの先輩から「この本おもろいで」と勧められたのが、内田樹さんの本です。数ある著書の中から、特に感銘を受けたのが今回紹介する『先生はえらい』です。
この本は中高生や学生向けに書かれたものですが、大人が読んでも勉強になります。この本の中で内田さんは、「学ぶ側が主体的に人と関わる中で生まれる誤解や勘違いの中から、勝手に意味を見出すことが学びの本質である」と説いています。相手の言動を受け、「なぜこんなことをさせられるのか?」「何が言いたいのだろう?」と、自分なりに考え意味を見出そうとするプロセス。それが相手の意図とは違っていたとしても、受け手が主体的に考え、解釈しようとすることの中から学びは生まれるというのです。
それを象徴するのが、中国の武将・張良(ちょうりょう)と黄石公(こうせきこう)という老人のエピソードです。太公望秘伝の兵法の奥義を極めたという老人に弟子入りした張良ですが、何日経っても何も教えてもらえない。そんなある日、馬に乗った老人がやってきて、右足の履き物をわざと落として「取って履かせろ」と命じる。張良は訝しがりながら従いますが、老人は何も言わずに去っていきます。そして別の日、今度は左足の履き物を落として「取って履かせろ」と言い、張良も従います。張良はこの時、その老人の行為を勝手に「謎かけ」と捉え、さらにそれが「兵法奥義の伝授に関わるメッセージ」であると深読みして、謎解きに夢中になり、結果的に兵法の極意を会得して免許皆伝となったという話です。
ここで肝心なことは、老人が深い意図を持って履き物を落としたのかどうかは誰にも分からないという点です。もしかしたら、ただの気まぐれだったかもしれません。しかし張良が勝手に「この人は偉い先生だ」「これには意味がある」と深読みしたことで、結果的に正解にたどり着き、成長につながったのです。つまり、受け手の考え方次第で、どんな人でも先生になり得るし、どんな理不尽な状況も学ぶきっかけになるということです。
最近はスマホやAIが普及し、何でも瞬時に“正解”にたどりつける時代です。しかし、「こうすれば成功する」という情報に慣れてしまうと自分で考える力が失われます。また、中学・高校のクラブでは、「必勝の型」のようなものを教えることも増えましたが、大学で環境が変わると「型」とは違うことが求められるため、選手はとまどい、伸び悩むことがあります。私は、学生自身の“考える力”を養い、プレーする本人も、見る側も、ワクワクするような試合ができるチームを作りたいと思っていますので、日々、試行錯誤を繰り返しています。
これから新社会人になる皆さんに、この『先生はえらい』はおすすめです。若い読者向けに書かれた新書ですから、読書の習慣がない人にも読みやすいはずです。社会に出れば、理不尽なことや思い通りにいかないことの連続です。傷ついたり、落ち込んだりすることもありますが、「なぜこんなことを言うのだろう?」「その行動にはどんな意味があるのだろう」と、立ち止まって考えられれば、気持ちが楽になり、前に進んで行けるのではないかと思います。
教えることが困難な時代の羅針盤

1974年生まれ。広島商業高等学校硬式野球部で主将を務め春の甲子園でベスト16に進出。近畿大学では関西学生野球連盟リーグ戦で優勝4回、全日本大学野球選手権大会準優勝を経験。主将を務めた3回生の年は明治神宮野球大会ベスト4に輝く。卒業後は松下電器(現 パナソニック)野球部でプレー。第27回社会人野球日本選手権大会で優勝を果たす。現役引退後もコーチとしてチームを全国優勝へ導く。2014年4月近畿大学硬式野球部コーチ就任。2023年11月、監督就任。
常識を疑い、自分の信念を貫く。競争を知らない世代の指導法

『常勝集団のプリンシプル』
著者:岩出 雅之
出版社:日経BP社
◆おすすめしたい人
これから学生スポーツチームの指導者になる人
◆オススメポイント
『常勝集団のプリンシプル』は帝京大学ラグビー部を監督として9連覇に導いた岩出雅之さんが書いた本です。自律的な人材育成と組織マネジメントの哲学をまとめた本で、選手が内発的動機づけによって自ら学び、考え、行動するチームの作り方を解説しています。
私が、チームづくりの課題に直面した時、とても参考になりました。
指導者として私が最も大切にしてきたことは、「目標に向かって努力できる人間を育てる」ことです。リーグ優勝や日本一、あるいは将来の就職など、「なりたい自分」という目標に向け、自分で考え、一生懸命努力できる人に育ってほしいと願っています。そのために大切なことは、「一生懸命やることを恥ずかしがらないこと」です。一生懸命やることを恥ずかしがらない個の集まりになれば、チームで決めた方針に向かう力が生まれます。そういう組織は戦力が上の相手にも勝てる。そこが団体スポーツの面白さです。
一方で、現代の学生を指導する難しさを感じることも少なくありません。彼らは小学生の頃から徒競走で順位を決めないなど、競争を避ける環境で育てられてきたためか、努力の仕方や、競争に直面した時の「もがき方」を知る機会がありませんでした。もともと持っていたポテンシャルで勝ち残ってきた選手が多いため、競争心をあおるだけでは響かないのです。
こうした問題と向き合う上で、この本の内容がためになりました。現役引退後、私はパナソニックの企業スポーツ部の職員となり、野球以外の様々な競技チームをサポートしていました。その中で、ラグビー選手やアメフト選手に備わるコミュニケーション能力の高さに触れ、そこに学ぶべきものがあるのではないかと思っていた時に、大学ラグビーの名将が書いたこの本と出会いました。
特に感銘を受けたのは、「上級生が雑務を担う」というこれまでの常識を覆すシステムを導入して、結果を残していることです。何事にも余裕がない新入生に雑務を押し付けるのではなく、精神的余裕のある上級生が下級生のために動くことで、下級生が部活にも勉強にも打ち込める環境を用意する。それが結果的にチームの活性化、モチベーション向上などのプラス効果をもたらします。口で言うのは簡単ですが、実際にやろうと思ってもそうそうできるものではありません。しかし岩出監督は、その実行困難な改革を実際に成し遂げ、9連覇という結果を残したのです。その事実に衝撃を受けました。
この本をきっかけに、指導の現場でも常識にとらわれず、自分で考えることの大切さを再認識しました。もちろん、本に書いてあることをそのまま真似できるわけではありません。競技の性質も違いますし、チームの置かれた状況も異なります。何より突然「上級生が雑務をこなせ」と言っても学生の反発を生んでしまいます。チームの現状に合わせて、少しずつ今の時代に合ったシステムへチェンジしています。
この本には、指導や教育が難しくなった現代における指導法のヒントが多く詰まっています。旧来型のトップダウン方式の指導観を持つ世代のスポーツ選手が指導者になるにあたって、読んで損はありません。
これから指導者になる方には、歴史や伝統は継承しつつも、常識にとらわれず、新しいことにどんどんチャレンジしてほしいです。OBや学校への気遣いも大切ですが、指導者に選ばれた以上、認められた存在であることに間違いはありません。任期中は自分の信念を持ってやり抜いてほしいし、そうでなければやりがいも見いだせないでしょう。高校・大学の指導は「教育の一環」であることも忘れず、学生には10年後、20年後の人生のヒントになるようなものを残す覚悟で指導にあたっていただきたいと思います。
人生を変えうる「人と本」との出会い

1965年生まれ。1989年、立命館大学文学部卒業。アメリカンフットボール部のディフェンスラインの主力として活躍し4年時には主将を務める。卒業後、立命館大学体育会アメリカンフットボール部コーチ、監督を歴任。監督として、5度の関西学生リーグ制覇、4度の甲子園ボウル優勝、3度のライスボウル優勝を成し遂げる。2024年、近畿大学体育会アメリカンフットボール部ヘッドコーチ就任。
独自の指導哲学が生まれたきっかけ。自分の軸を作る読書術


『西郷南洲遺訓』(岩波文庫)
西郷 隆盛 著 /山田 済斎 編
出版社:岩波書店

『心を燃やせ 立命館の改革に命をかけた男が熱く語る「問題があるから人は逞しくなる」』
著者:川本 八郎
出版社:財界研究所

『覇者の条件: 組織を成功に導く12のグラウンド・ルール』
ジョー・トーリ、ヘンリー・ドレイアー 著 /北代 晋一 訳
出版社:実業之日本社
◆おすすめしたい人
激動の時代にあって、人生の岐路に立つ全ての人々
◆オススメポイント
私の祖父は、薩摩武士の家系で、幼い頃から祖母に「西郷さん、西郷さん」と聞かされて育ちました。物心ついた時にはもう、西郷隆盛は私にとってヒーロー的な存在で、これまでの人生にも大きく影響を与えてきました。今回紹介する『西郷南洲遺訓』は、西郷隆盛の教えを旧庄内藩士がまとめた語録です。「敬天愛人」を核心に、リーダーの心得や人の道が説かれています。高校時代に読んで、「最後は自分で決断して、自分で責任を取る」という考え方を学びました。
西郷さん以外でも、司馬遼太郎や藤沢周平、吉川英治などの歴史小説に親しんできました。歴史小説の面白さは、記録されていない「余白」が多い点です。その「余白」を想像して楽しむことが歴史小説を読む醍醐味です。その経験は、後の読書や、指導者としての仕事にも生かされていると感じます。
指導者としての大きな転機は、立命館大学の理事として数々の改革を行った川本八郎さんとの出会いでした。今回、二冊目に挙げた『心を燃やせ 立命館の改革に命をかけた男が熱く語る「問題があるから人は逞しくなる」』 は、立命館大学を大きく飛躍させた川本さんが、教育・経営・人生哲学を熱く綴った書で、「問題こそ宝」という信念のもと、困難を乗り越える逞しさや情熱の重要性が説かれています。
川本さんは、まさに「気概」と「信念」の方であり、私も厳しく指導されました。ライスボウルで初めて日本一になった直後にお会いした際、名人棋士の言葉を引用し、「現状に満足するな」と戒められたことは、強烈な印象として残っています。
自分が好きなジャンルだけではなく、幅広い分野の本を読むようになったのも川本さんの影響です。「スポーツの勉強をするのは当たり前。リーダーシップや経営学の勉強をしなさい」と諭されたのを機に、毎朝1時間を読書の時間に当てて、スポーツ界のリーダーによる著書を始め、ビジネス書、脳科学、中国古典など、さまざまなジャンルの本を読むようになりました。
ただ、そうやって学んだことを自分のものにするまでには時間がかかりました。勉強を始めた頃は、本に書いてあることをそのまま真似してみましたが、当然ながらうまくいきませんでした。自分なりの考えがまとまったのは、数年間の試行錯誤を経た後です。きっかけは2003年に出版された『覇者の条件』を読んだことでした。
この本には、「期待値を明確にする」「信頼を築く」など、スポーツ界のみならず企業マネジメントにも応用可能な、実践的リーダーシップ論が書かれています。それまでさまざまな本を読んで得た知識は、私の頭の中で点として蓄積されている状態でした。そのバラバラだったものが、本書を読んだことで体系的にまとまり、自分の言葉で表現できるようになったのです。そして、そこで言語化されたことが、そのまま私の指導方針となりました。
ポイントは4つ。「選手を知ること」、「指導者自身が勉強し続けること」、「自分のやり方を見出すこと」、選手やスタッフを含めた「チームの公平性」です。
読書は自分の考えを整理するきっかけになります。ただ読むだけではなく、感銘を受けた箇所を紙に書き出すこともおすすめです。書くことで記憶が定着し、思考が整理できるのです。それも川本さんの教えに基づく実践です。
どんな職業でも同じだと思いますが、自分の仕事だけでなく、社会状況や自分が置かれている環境を把握することはとても重要です。本や新聞を読み、自分の頭で考え、整理する。その繰り返しが揺るがない自分の軸を作ってくれます。私自身、今も学び続けています。現在は「叱らない時代の指導方法」をテーマにした本を読んでいます。この数十年でスポーツの分野は大きく変化しました。その変化についていかなければならないと思っています。
まとめ
3人の指導者たちのメッセージ、みなさんはどのように受け取りましたか?取り上げられた本やターゲットはそれぞれ異なりますが、主体的に学ぼうとする姿勢や自分で考えることの大切さなど、いずれにも共通する要素もありました。忙しい毎日の中で、本を読む時間を取るのも難しいかもしれません。しかしふと立ち止まりたくなったとき、あるいは思いもよらぬ出来事で心が折れそうになったときに、名将たちの言葉にふれてください。今回、紹介された本を開くもよし、手当たり次第に乱読するもよし。心の琴線に触れる言葉と出会った時、本当のスタートラインが現れるかもしれません。取材・執筆 猪狩 協弘
編集 アール・プランニング
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