2024.01.03
バズる寿司職人・渡邉貴義がギロリ!2024年の新聞広告は「あんたも知らん間に、近大を食べてんねんで。」
- Kindai Picks編集部
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斜め上の広告戦略で大学界を「リード」する近畿大学。お正月の新聞各紙に躍る広告は、もはや年中行事の域に達した感すらあります。2024年は長年の養殖魚研究をより広く知ってもらおうと、グラミー賞のレッドカーペットを歩いた経歴を持つ北九州の人気店「照寿司」の3代目・渡邉貴義さんを起用。確かな腕前と独自のパフォーマンスで寿司業界に新風を吹き込む革命児に迫りました。
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「551HORAI」とコラボした2023年度近畿大学オープンキャンパスの広告
なかでも例年、大学がいつも以上に気合を入れて臨むのがお正月の新聞を飾る一面広告。2023年の新聞広告は「上品な大学、ランク外。」という型破りなキャッチコピーもさることながら、情報学部1年生(当時)がAIを駆使して「いそうでいない近大生」を生成したビジュアルも話題になりました。
エネルギッシュで挑戦的な学風を逆説的に伝えつつ、先端技術研究の場であるとのアピールにも成功したこの広告は、同年9月発表の第43回「新聞広告賞」(主催・日本新聞協会)で大賞を受賞。
【新聞広告賞 大賞を受賞!】今年の近大新聞広告はAIが制作!?情報学部1年生が、話題の「Stable Diffusion」で近大生を生成してみた | Kindai Picks
これまでの蓄積が高く評価された勢いそのままに、今年の年明けの新聞各紙に掲載された一面広告がこちらです。
「あんたも知らん間に、近大を食べてんねんで。」
たっぷりと脂の乗った近大生まれの真鯛に、特徴的な赤酢のシャリ。思わずよだれの出そうなマリアージュの向こう側には「どやっ」とばかり鋭い視線を投げかける、蝶ネクタイ姿の寿司職人――実はこの人、世界的にも注目されている日本人の一人です。
その名は、渡邉貴義さん。北九州の寿司店「照寿司」に生を受け、若くして3代目を引き継いだ彼は、ごく一般的な「街の寿司屋」だった店を数々の「奇策」で国内外に根強いファンを持つ有名店に変えてみせました。歌舞伎の見得さながらのこのポージングも、ライブエンターテインメントとしての寿司体験を模索するなかで生まれた奇策のひとつ。そのインパクトから、SNSを通して店の名が拡散される大きなきっかけとなりました。
『自己流は武器だ。 私は、なぜ世界レベルの寿司屋になれたのか』(ポプラ社・2021年)
近大の広告戦略にも通ずるものを感じさせる渡邉さんがこのほど、近大の養殖技術研究、ひいては実学志向のPR役を買って出た理由とは? そして、業界に独自の地位を築き上げた自らの目指す先とは……? 異端の寿司職人に話を聞きました。
渡邉 貴義(わたなべ たかよし)
1977年、福岡県生まれ。北九州・戸畑の寿司店「照寿司」の3代目。大学卒業後、地元ホテルの和食部門で料理人としてのキャリアをスタートさせ、27歳にして家業に入る。営業、配達などさまざまな業務をこなしてカウンターに立つようになると、地場産品へのこだわりに独自のエンターテインメント性を融合させたスタイルを確立。SNSで人気に火がつき、照寿司を国内はもとより海外からも客を呼ぶ人気店に育て上げた。著書に『自己流は武器だ。 私は、なぜ世界レベルの寿司屋になれたのか』(ポプラ社・2021年)がある。
「俺を見てくれ!」という思いが「バズるポーズ」の原点に
――今回の広告起用について、率直な感想を聞かせてください。
個人的には2019年にニューヨーク・タイムズ紙に一面広告が掲載されたとき以来の名誉だなと。撮影当日は20人くらいのスタッフが来てくれたのかな。カウンター8席だけの店に大勢のプロフェッショナルが集まって、何千枚と撮った写真のなかからたった1枚を選ぶ。こんな体験は初めてで、お声がけしてくれた近畿大学さんには感謝しかありません。
――大学の広告になるということに戸惑いはなかったのでしょうか?
なかったですね(笑)。二つ返事でOKしました……。きっかけは、堀江貴文さんと浜田寿人さんがプロデュースする会員制和牛専門店「WAGYUMAFIA」とコラボした東京の店舗「TERUZUSHI TOKYO BY WAGYUMAFIA」で、昨年3月にクエタマなど近大の養殖魚を僕が握るイベントを開催したこと。堀江さんが近畿大学とのつながりを作ってくれて、その延長線上で広告起用の話が進んだ感じです。
2021年6月にオープンした「TERUZUSHI TOKYO BY WAGYUMAFIA」。和牛商としても有名なシェフ・浜田寿人さんと、食通としても知られる実業家の堀江貴文さんによる和牛ユニット「WAGYUMAFIA」とタッグを組み、大きな話題を呼んだ「照寿司」の東京進出
――SNSでおなじみの「照寿司ポーズ」を決めてもらいましたが、その誕生の背景を聞かせてください。
照寿司のカウンターに立つようになって気づいたのが、お客さんがお酒と会話に夢中で肝心の寿司になかなか手が伸びないということ。でも、職人としては握りたてのもっともおいしい状態で食べてほしいじゃないですか。だから、常に僕の一挙手一投足に注目してもらえるよう考案したのがあのポーズ。もう10年は経つと思いますが、これがスマホやSNSの普及と重なった。ちょっとしたバズや「私も撮りたい」という欲求が連鎖してのいまだと感じています。
「撮りたい」と思わせる顔の圧。長さ70cmの先丸たこ引包丁を使う武士さながらの姿も演出に
父との対立、馬鹿の「場数」を踏んで到達したスターダム
――渡邉さんのこれまでの経歴について聞かせてください。中学校から大学までは柔道に明け暮れる日々でした。大学を卒業すると地元のホテルで3年半ほど修行して、たまたま人が辞めたというので照寿司で働くことになりました。そこから2年は営業と配達が中心で、包丁はほとんど握りませんでしたね。当時は仕出し、法事を主体とした町寿司といった形態で、980円の並にぎりを雀荘などに配達していました。親父とは経営方針をめぐって何度もけんかしました。とにかく逃げ出したい毎日で、母親にはよくたしなめられていました。
――照寿司の板前として本格的に歩み始めたのはいつごろからですか?
3代目として、正式にカウンターに立つようになったのは30歳目前からです。いざお客さんを前にすると「どこどこの寿司屋に行った」みたいな話が耳について、手が震えましたね。客の前で包丁を落とすこともあったし、わさびを入れすぎることもあった。でも、そうやって馬鹿を重ねる「場数」が戒めになって、徐々に自分のやり方を考える余裕も出てきました。その日の売上を親父に見せて「これだけ売った」と自慢できるようにもなったし、結果として店を継ぐ際の約束だった白木一枚モノのカウンターを入れることもできた。
――ようやく渡邉さんらしさが発揮されてくるわけですね。
親父と対立していたころは自分を出しきれずにいましたが、もともと野心のかたまりなんでね。2015年にはそれまで80名規模だった店をカウンターのみに縮小し、その代わりに近海で獲れる極上の魚だけを使うようにして、同じ売上を稼ごうと。シャリに使うお酢も、江戸時代に一般的だった赤酢に切り替えました。こちらも地元で15代続く老舗の醸造所に頼んで専用のものを仕入れていますが、酒粕由来なので旨みがまったく違う。SNSでの発信は大事にしつつ、実は江戸時代に思いを馳せながら握っているんです。
980円の並にぎりから、大統領に握るまで
――プロモーションと伝統へのリスペクトの両輪が、東京やサウジアラビアにまで店舗を構えるいまを形づくっていると。2020年にはグラミー賞の授賞式に招待され、レッドカーペットを歩いたそうですね。2019年から2020年にかけてニューヨークでポップアップイベントを開いたことを機に、スポンサーのマスターカードからお呼びがかかりました。すると「北九州の田舎の平凡な寿司職人だったのに、SNSで話題になった結果、ついにグラミー賞のレッドカーペットを歩いた人」としてテレビ朝日系列の番組『激レアさんを連れてきた。』にも取り上げられて。コロナ禍が明けた昨年はウズベキスタンの大統領公邸に招かれて寿司を握ったり、スペインの料理学会に登壇したりといった経験もしたんですが、それらがあまり話題にならないのは難しいところだなと思います(笑)
――とはいえ、照寿司の魅力は国境を越えて伝わっています。
戸畑のような地方が情報の発信源になるのは簡単ではない。しぶとい発信に拡散が伴ってきたからこそ、海外にも認知されていると感じます。常に見られている状況を作らないと、リーダーにはなれない。そう考えると、ある種のネットミームと化している堀江さんは憧れの存在、僕にとってのリーダーですね。
魚食文化の次代を担うのは養殖技術だ!
2023年3月に行われたイベントの様子。近大マグロをはじめ、近畿大学が養殖した魚だけを使用したフルコース。
――TERUZUSHI TOKYO BY WAGYUMAFIAでの養殖魚イベントはいかがでしたか?
この商売を長くやっていても、80キロ級のマグロをゲストの目の前で下ろす機会はそうそうない。ライブパフォーマンスの場として、とてもやりがいがありました。ああした高揚感があって初めて成立するおいしさは確実にあるし、今後の飲食業を考えるうえでも重要な付加価値だと思います。
――近大の養殖魚を調理し、食べてみた感想を聞かせてください。
うちはあくまで近海の天然物が売りですが、近大の養殖魚はどれも本当においしい。寿司はネタ、シャリ、醤油を三位一体で味わう口中調味の文化ですが、養殖のマグロ特有の脂の甘みに酢と塩味が加わると、口のなかでいわば「マヨネーズ化」が起きるわけです。世界的な寿司ブームの源泉はそのあたりにも見出せるでしょうし、近大が寄与している部分は大きいと思いますね。
照寿司の看板メニュー「鰻バーガー」
――今後のビジネスを考えるうえで養殖魚をどうとらえていますか?
うちは五島列島の天然クエを名物にしていますが、希少性が高い高級食材です。仮に漁獲がなくなる日が来るとすれば、近大が開発したハイブリッド種のクエタマに頼るでしょうね。脂乗りのよさは遜色ないので。鰻バーガーも提供しているので、近大ウナギにも期待しています。いずれにせよ気候変動や冷凍技術の発展を考えても、養殖技術は今後の魚食文化の持続可能性を担保するキーを握っていると思います。
寿司業界の顔、そしてファッションリーダーの新次元へ
――では最後に、今後の夢や野望について教えてください。
カウンターのみの商売には「出口」がない。つまりは大将が倒れてしまえば続かないビジネスです。それだけに海外に旗艦店を構えてブランド価値を高めることで、出口を作っておきたいなと。業界のリーダーとして僕の寿司で世界を侵略する、極論ですがそんなふうにも考えています。とすれば養殖魚専門の業態も視野に入れ、門戸を広げるべきかもしれませんね。
また、最近は料理人のための包丁専門店「TERU KNIVES」も立ち上げました。600年の歴史を誇る大阪・堺の「堺打刃物」の伝統を引き継いだ、職人による手作り包丁を販売していて、こちらのラインナップもさらに充実させたいです。
あとはモデル業もやってみたいなと。多様化の時代ですから、僕のように太った人でもファッションリーダーになれる、そんなロールモデルを示したいと思っています。
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取材:トミモトリエ
文:関根デッカオ
編集:人間編集部
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