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2020.03.08

【近畿大学相撲部監督】伊東勝人さんが死去。駆け抜けた、大好きな相撲人生

Kindai Picks編集部

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2020年1月18日、55歳の若さで急逝した近畿大学相撲部監督・伊東勝人(いとうかつひと)氏。そのお別れの会が、同年2月22日に大阪市内のホテルで行われました。大学関係者や角界関係者など約400人が参加し、近大相撲部の立役者として歴史を築いた名監督との別れを惜しみました。伊東勝人さんは、近大相撲部を経て1991年に全日本相撲選手権大会でアマチュア横綱に、2001年から近大相撲部の監督に就任。多くの素晴らしい選手を世に送り出してきました。




「父が亡くなり、早1カ月が経ちました。突然の別れに、私たち家族は気持ちの整理がつかず、現実なのかどうか、ふと疑ってしまう日々を送っています。

そのような中でたくさんの方からお言葉をいただき、父の選手時代の写真や映像もちょうだいし、近大相撲部監督・伊東勝人という人物を、改めて知ることとなりました。

父の人生は55年とあまりにも短く、あまりにも突然の終止符を打ちました。しかし選手として、そして指導者として、人生のほとんどを大好きな相撲に費やし、55年を駆け抜け、大きく花開き、そして散っていった気がします。

父は器用な人間ではありませんでしたが、短いながらも濃度の濃い人生を送れたのは、みなさま方の多大な支えがあったからだと思います」

伊東監督の御子息の言葉だ。多くの教え子たち・相撲関係者・大学関係者・保護者、そしてご家族に愛されてきた伊東監督。

伊東勝人監督(以下、伊東監督)は小学校5年生で相撲の道を歩み始め、五所川原商業高等学校卒業後に近畿大学相撲部に入部。小柄ながら型破りな相撲を持ち味に、1991年にアマチュア横綱を決める第40回全日本相撲選手権大会で優勝。その際の決まり手「居反り」は、大きな注目を集めた。



異名は「居反りの伊東」。
低い姿勢から相手を後方に持ち上げる居反りは、多くの観客の度肝を抜いた。(音声無し)



伊東監督の居反りは抜群の切れ味を誇り、1992年公開の映画「シコふんじゃった。」の登場人物のモデルともなった。選手として優秀だった伊東監督であったが、その生涯は選手ではなく、母校・近畿大学相撲部での「指導者」に捧げた。

【伊東監督が近畿大学で指導した歴代大相撲力士】
現役力士:
宝富士 大輔(伊勢ヶ濱部屋)
徳勝龍 誠(木瀬部屋)
志摩ノ海 航洋(木瀬部屋)
朝乃山 英樹(高砂部屋)
朝玉勢 一嗣磨(高砂部屋)
北勝陽 勇気(八角部屋)
欧勝竜 健汰(鳴戸部屋)

元力士:
朝陽丸(高砂部屋)
大岩戸(八角部屋)
杉田(北の湖部屋)
吐合(北の湖部屋)
誉富士(伊勢ヶ濱部屋)



可能性を見出し、個性に寄り添う━━監督としての伊東勝人

指導者としての伊東監督はどのような人物だったのだろうか。
伊東監督の教え子たちに聞くと、共通して浮かんでくるのはこんな言葉だ。

・未完成の力士を発掘して伸ばす監督
・技術の癖・性格の癖、両方を考えた個別指導をしてくれる
・父親のような存在



伊東監督は、”指導次第で強くなる可能性を秘めた”生徒を見つけて、自分自身で育てることに喜びを感じている監督だった。その才能を見出された力士の一人が、2019年大相撲夏場所で優勝した高砂部屋の朝乃山関だ。




『エリート選手を集めるんじゃない。育てがいのある子を誘って、監督自らの指導で育てていきたい』、そう考えている監督にとって『僕もそのうちの一人なのかな』と思っていました」

「僕は高校時代に得意としていた右四つ相撲を、近畿大学で監督にさらに細かいところまで技術指導をしていただきました。また当時、体が小さかった自分を大きくするために、監督がよく食事に連れて行ってくれたことを覚えています




続けて、朝乃山関は伊東監督への感謝を語った。

「監督から近畿大学の相撲部に誘っていただき、4年間みっちり指導していただいたからこそ、今の自分があります。『さらに上の番付・大関・横綱を目指す』、監督が亡くなったときに心の中で誓いました。それが僕にできる監督への恩返しだと思っています」




2020年1月26日、大相撲初場所の優勝インタビューで声を震わせながら「監督が見ていてくれたのではなく、一緒に戦ってくれた気がする」と語り、師弟の絆の強さを見せた木瀬部屋の德勝龍関。あれから約一ヶ月が経った今、德勝龍関は監督への思いを改めてこう話した。




「僕にとって伊東監督は、本当のお父さんのような存在でした。学生時代、試合中は花道の一番前に立って声をかけてくれていたのが、本当に心強かったです。『勝たないといけない』というプレッシャーに負けそうなときも、いつも寄り添ってくださいました」

「先場所は優勝させてもらいましたが、これで勘違いせずに、常に謙虚に『ありがとうございます』と頭を下げられるような人間でありたいと思います。監督が生きていたら『調子に乗るなよ』と絶対に言われると思うんです(笑)その姿が目に浮かびます」




また2019年に現役引退、現在は伊勢ケ浜部屋付き親方として活躍する楯山親方は、恩師と思い出を楽しそうに、一方でどこか寂しそうに振り返った。


「指導する時はしっかり指導者として、でも普段は優しく家族のように接してくれる監督でした。合宿や地方に行けば一緒に食事をしたりお酒を飲んだり、壁を作らず同じ立場で接してくれました。

伊東監督は一人ひとりの性格や個性にあった育て方をする方だったんです。たまに怒られることもありましたが、なぜ怒られているのか理解できる怒り方をしてくれましたね

今は僕も相撲界で親方になって指導者の立場にいますが、伊東監督の教えは体に染み付いています。今後もし、近大相撲部出身の子たちがうちの部屋に入ってきてくれるなら、一生懸命かわいがって『近畿大学ここにあり』と胸を張って言えるよう、育てていければなと思っています


「とても寂しい…」出会いから40年、共に過ごした後輩への想い(伊勢ケ浜親方)



五所川原商業高等学校、そして近畿大学の先輩・後輩として、伊東監督と約40年の親交があった伊勢ケ浜親方(伊勢ケ浜親方が先輩に、伊東監督が後輩にあたる)。穏やかに、そして時折遠くを見つめながら、今の気持ちを語ってくれた。


「監督は高校・大学の後輩で、ずっと小さいときから知っています。私が関取になって、伊東監督が学生だった頃は、よく一緒に遊んでいました。伊東監督がプロのお相撲さんになるかならないかを私の部屋にきて話をしたり、私が近大に行けばいつも監督が案内してくれたり……しょっちゅう顔を合わせていたので、思い出がたくさんあります。出会ってもう40年くらい経っていますからね。やっぱり寂しいですよね」

また、指導者としての伊東監督についてはこう語った。

稽古場や学校に足を運んで良い選手を見つけてきて、その選手を自身の指導で強くするということをやって、ずっと頑張っていましたね。怠けているところを見たことがないです。今後も監督の想いを継いで、近大から学生さんをうちの部屋にいただいたら、しっかり育てて、学校の名声を高めていきたいと思います」


大相撲力士たちの決意



お別れの会の翌日。
近畿大学相撲部にて、近畿大学出身の大相撲力士から学生への稽古が行われた。

そこに伊東監督の姿はない。
しかし響き渡る猛々しい音、ぶつかる学生・受け止める大相撲力士の姿……
そこには確かに伊東監督の「相撲への情熱」が生きていた

大相撲力士たちは、時に涙ぐみながら伊東監督との思い出を語ってくれた。




いつも監督が居るはずのところに居ないというのがまだ慣れないです。『ちょっと休んでいるのかな』と思ってしまいます。監督は相撲のことに限らず、人生のことも教えていただいた、父親のような存在でした。プロに入ってからもよくアドバイスをいただきました。相撲のこと、人生のこと、今まで監督に教わったことを生かして歩んでいきたいです」(宝富士関)




「伊東監督は、学生の性格を見極めて指導される方でした。特に癖の強い自分は、本当に良くしていただきました。今でも9年前に監督からいただいた財布をずっと使っているんです。見るたびに監督のことを思い出して『頑張ろう』と思えるので……。これからは監督の偉大さを心に留めながら、指導していただいたことを受け継いでいきたいです」(志摩ノ海関)




「近大相撲部時代、インカレの大きな大会の団体決勝戦で2-2で負けたとき。大将だった自分に『お前のせいじゃない』と監督が言ってくれたのがずっと心に残っています。あの言葉があったから、『プロに行って頑張ろう』と思えました。ただ、今の自分は幕内力士として定着できていないので、しっかり目指していきます」(朝玉勢関)




「伊東監督は憧れの先生であり恩師です。厳しく怒られることもありましたが、試合に勝ったり良い相撲がとれるとすごく褒めてくれて。監督と1年半で関取を目指すことを約束したので、必ず果たしたいと思います」(欧勝竜さん)




「思い返すと、いつもずっとニコニコしている姿が浮かびます。指導者という垣根を越えてお父さんのような存在でした。力士になってからも食事に連れて行っていただいたり、いつも大きな心で受け止めてくれてくださいました。今は関取に上がることを目標にしています。監督が生きてるうちに報告したかったんですけど叶わなかったので、また今日から気持ちを入れて頑張っていきたいと思います」(北勝陽さん)


伊東監督が愛した相撲、その情熱を未来へ繋いで



公開稽古の日、近畿大学取材班は「今日の稽古を伊東監督が見ていたら、何と仰ると思いますか?」と、大相撲力士たちに聞いてみた。そこで、私たちは驚きに出会った。朝乃山関と志摩ノ海関の回答が、非常に似ていたからだ。

”学生には『遠慮せずにもっとぶつかれ』
卒業生には『もっと胸を出して受け止めなさい』
そう言うと思います”


まるで伊東監督が、大相撲力士の口を借りて喋っているかのようだった。伊東監督の教え・相撲への愛は、力士たちの魂に脈々と受け継がれている……取材を通して、伊東監督の大きな存在を感じた。

伊東監督が人生を捧げた大好きな相撲への想いは、近畿大学出身の大相撲力士、そしてこれから大きく花開くであろう現在の学生力士たちが、心に燃やし続けていくだろう。

相撲業界の発展の貢献者であり、学生たち・大相撲力士たちの”父”であった、伊東監督。

伊東監督には相撲部の指導だけでなく、広報面でも助けられた。通常の取材はもちろん、普通なら断りそうなバラエティの企画にもいつも快諾をしてくれた。この大学にとって広報が重要だということを深く理解してくれていた。

また、仕事の上でも周囲から全幅の信頼を寄せられていた。稽古中の厳しい顔からは考えられないほど、普段は柔和な人柄だった。
近大には「人に愛され、信頼され、尊敬される人を育成する」という教育の目的があるが、まさに伊東監督はそういう「近大魂」の人だった。

近畿大学として、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
どうか安らかにお眠りください。本当にありがとうございました。


取材・文:小嶋悠香
撮影:森裕人

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