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2026.07.30

なぜ解剖が必要なのか?見落とされる児童虐待、医療ネグレクト…4500体と向き合った法医学者が語る、未来の命を救うための死因究明

Kindai Picks編集部

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オリジナル記事
医学部
近畿大学病院
池田典昭

物言わぬご遺体と向き合い、正確な死因を究明する「法医学」。異状死の9割が解剖されない日本の制度的課題に警鐘を鳴らす近畿大学病院特任教授・池田典昭は、約40年にわたり4500体以上のご遺体と向き合ってきました。相次ぐ児童虐待の隠された真実、東日本大震災の過酷な検案現場、そして冤罪を防ぐ法医学の最前線に迫ります。

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親や同居の大人による虐待で、こどもが命を落とす――胸の痛む事件が後を絶ちません。

こども家庭庁が公表する全国の児童相談所での虐待相談対応件数は、令和6年度に年間22万件を突破し、極めて深刻な社会課題となっています。


全国236か所(調査当時)の児童相談所における令和6年度の児童虐待相談対応件数は 223,691件
出典:こども家庭庁「令和6年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数


しかし、ニュースで報じられ、事件として立件されるケースは「氷山の一角」に過ぎないとしたらどうでしょうか?

以前、Kindai Picksで公開した記事では、病院外で亡くなる「異状死」の約9割が解剖されず、死因が不明のまま処理されている日本の「死因究明制度の課題」に迫りました。

死亡者数約160万人!異状死の9割が解剖されない日本。近畿大学病院死因究明センターが挑む「最後の医療」の最前線

「解剖時に感情は入れない」と語る法医学界の第一人者・池田典昭先生。約40年間で4500体以上もの解剖を手がけてきた壮絶な歩みや、東日本大震災における身元確認の苦闘、そして法医学のメスが暴く「見落とされてきた児童虐待」の真実。法医学が社会に果たすべき本当の役割とは……?



池田 典昭(いけだ・のりあき)

近畿大学病院特任教授(法医学)/死因究明センター センター長
専門:法医学
山形大学医学部医学科卒業。同大医学部法医学講座助手、東海大学医学部 助教授、弘前大学医学部 教授を経て、1996年より九州大学医学部 教授に就任。2025年4月より現職。日本法医学会理事長、日本医療安全調査機構理事、日本犯罪学会理事、日本医事法学会理事などを歴任。専門は死因究明・損傷鑑定・個人識別など法医学全般。約4500体の検案・解剖を行った経験をもとに、地域医療・安全への貢献に取り組む。

教員情報詳細


ミステリー好きの医学生が、4500体を解剖する法医学者になるまで

――医学といえば「生きている人を治す」イメージが強いですが、先生が法医学の道を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか?

医学部に入学した当初は、生化学などの基礎医学に関心があり、生化学者を志していました。ただ、偶然にもよく通っていた生化学教室の隣が「法医学教室」で、司法解剖を見学するうちに、惹かれていったのです。

じつは私、昔から大の推理小説好きでした。大学時代には「全日本大学ミステリー連合」の創設に携わり、早稲田や慶應のミステリークラブと一緒に活動していたほどです。

――ミステリーへの探究心が、死因を究明する法医学と結びついたのですね。

それも理由の一つですが、何より解剖を通じて人の死因を究明することで、その成果が社会に貢献できることに、大きな意義を感じました。基礎医学の研究者を目指す道と迷いましたが、医学部の6年間を経て医師免許を取得するときに、「完全な基礎研究に従事するより、人間に関わる実践的な仕事をしよう」と思うようになって、法医学教室への配属を希望したんです。本格的に法医学者として、職務で解剖をするようになったのは、昭和60年以降です。以来、約40年間で4500体以上のご遺体に向き合ってきました。



――ご遺体と向き合う際、感情移入してしまうことはないのでしょうか。

大原則として、事件の種類やご遺体によって考え方を一切変えないようにしています。感情を入れると、集中力に影響が出ますから。
特段の儀式なども行わず、いつも通り、どのご遺体にも同じように接します。外科医の手術と同じで、「動じない」ということがプロとして最も大事なのです。


見落とされる児童虐待。法医学者と臨床医の「視点の違い」

――近年、こどもが犠牲になる痛ましい虐待死のニュースが絶えません。先生はどのようにこの問題と向き合ってこられたのでしょうか。

私は20年来、法医学者として児童虐待の問題に関わってきました。九州大学にいた頃は、福岡市、福岡県の児童相談所と連携して、一時保護された児童の傷を観察し、その原因を判定する仕事を続けていました。現在も月に1回程度、福岡の児童相談所の嘱託医として、保護された乳幼児の傷を見て、「どうしてこの傷ができたのか(成傷機序)」を的確に判断する仕事をしています。
また、残念ながら虐待による死亡事例に解剖で遭遇することも多くあります。


令和5年4月1日から令和6年3月31日までの間に発生、又は表面化した児童虐待による死亡事例56例(65人)を対象にした調査によると、心中以外の虐待死(44例48人)において、主たる加害者は、実母 19人(39.6%)、実母と実父 7人(14.6%)、実母と実母の交際相手 2人(4.2%)、主たる虐待の類型は、ネグレクト 25人(52.1%) 身体的虐待 21人(43.8%)となっている。
出典:こども家庭審議会児童虐待防止対策部会「こども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第21次報告)


――最近の虐待ケースには、どのような特徴や課題があるのでしょうか?

例えば最近、乳幼児が強く揺さぶられることで脳に障害を負う「揺さぶられっ子症候群(SBS/AHT)」の裁判で、無罪判決が続くケースがあります。これは小児科医、脳神経外科医、そして我々法医学者の三者で鑑定を行うのですが、難しい問題が潜んでいます。

――どのような問題でしょうか。

生きているお子さんを診る臨床医と、亡くなったお子さんを診る我々法医学者とでは、同じ事例でも見え方が異なることがあります。どちらの立場も医学的には正しいのですが、そのぶん見解が分かれ、虐待が原因だと医学的に断定しきれないこともあります。そうした難しさから、無罪判決につながることがあるのです。


医療ネグレクトや炎天下の車内放置、室内犬に噛まれて死亡する事例も…



――直接的な暴力だけでなく、見落とされがちな「虐待」もあるとお聞きしました。

私は、虐待はもっと広く捉える必要があると考えています。例えば、適切な治療を受けさせない「医療ネグレクト」や毎年のように起きる「炎天下の車内放置」。マンションのベランダからの転落などでも、過失では済まされない事例もあります。もう一つ、私が何度か鑑定を経験しているのが「室内犬による事故」です。

――小型犬などの室内犬が、こどもの脅威になるのですか?

そうです。私も何度か経験していますが、親が目を離した隙に、乳幼児が室内犬に噛まれて死亡したり重症を負った例があります。

あまり知られていない事実ですが、室内犬の中でも狩猟犬にルーツを持つ犬種は極めて危険で、ミルクを与えた後の嘔吐物のにおいや、排泄物のにおいに犬が興奮し、赤ちゃんを「獲物」と認識して噛んでしまうことがあるのです。



インターネットでは、赤ちゃんとペットが触れ合っているコンテンツが人気を集めていますが、その影響で最悪の事態が起きてしまうことを懸念しています。

家庭の中でのこどもの危険は、それだけではありません。カーテンをまとめるタッセル(ひも)や、ブラインドの操作コードのループに赤ちゃんの首や手足が引っかかる事故も過去にありました。コンビニの袋を被って窒息する事故も、相当な件数起きています。


こどもの命を救う「CDR」が日本で進まない理由

――そうした事故を防ぐために、どのような対策が必要なのでしょうか。

「CDR(チャイルド・デス・レビュー:こどもの死因検証)」が極めて重要です。死因だけでなく、「なぜ亡くなったのか」という背景を検証する制度です。しかし、現在の日本ではCDRがうまく機能していません。なぜなら、そもそも解剖が行われず、「死因が究明されていない事例」が多すぎるからです。

※CDRは、医療機関や行政、警察など複数の機関が連携して、こどもが亡くなった事例を系統的に検証し、予防可能な要因を特定して今後の対策に生かす取り組み。日本では2020年度から一部の自治体でモデル事業が実施されています。こどもが亡くなったのは、家屋や家具などの構造の問題なのか、それとも人為的な問題のせいなのか。原因を明らかにすることで、対策をとることができます。

――なぜ解剖が行われないのでしょうか?

日本の死因究明制度は「犯罪を見逃さないため(警察のため)」に設計されています。犯罪性が疑われない限り、ほとんど解剖が行われてません。司法解剖だけではなく、調査法解剖や承諾解剖などの枠組みもありますが、十分に活用されてないのが現状です。

本来、死因究明の真の目的は「再発防止」と「亡くなった方の権利を守る」ことです。制度の根幹を見直さない限り、救えたはずの命が失われ続けるでしょう。



――こどもを亡くした親の多くが、解剖を望まないわけですね。

その通りです。例えば寝ているこどもが原因不明で亡くなる「乳幼児突然死症候群(SIDS)」のケースでは、保育園などで亡くなった場合、保育者の業務上過失致死の可能性があるため、たいていは迅速に解剖が実施されます。

ところが自宅で死亡した場合、遺族の多くが解剖を拒否する傾向があり、原因が判明できないことが多いのです。こどもを亡くした深い悲しみの中で、さらに我が子の身体を傷つけたくない、という親の気持ちは理解できます。しかしその結果、虐待死や親の過失、ネグレクトによるこどもの死が、相当な数、見過ごされているのではないか、という懸念を抱いています。


東日本大震災の検視現場。法律の壁を突破した「直談判」



――先生は2011年の東日本大震災で、過酷な検案活動に従事されました。当時の現場の様子を教えてください。

震災発生から3日後の3月14日、警察庁、日本法医学会からの依頼があり宮城県に入りました。到着して何より驚愕したのは、ご遺体の数の多さです。私たちが検死を行う体育館には、約700体ものご遺体が保管されていましたが、翌日には900体近くに増えていました。

約1週間で完了するはずでしたが、現実は厳しいものがありました。3月の東北は極めて寒く、停電のため投光器の光を頼りに、1日4〜5時間しか検視ができませんでした。

――ご遺体の身元確認は、どのように進められたのでしょうか。

最初は通帳や免許証などの遺留品を頼りにしましたが、すぐに誤認が頻出しました。逃げる際に、自分の分だけでなく家族全員分の貴重品を持ち出す方が多かったからです。

そこで、歯科医による歯形確認とDNA資料の採取に切り替えました。しかし歯科医による調査も、地元の歯科医の建物が津波に流されてカルテが存在しないといった問題もあり、なかなか進みませんでした。ご遺体が増え続けて置き場所がなくなり、外にテントを張って並べるような過酷な状況が続きました。

身元が判明してからも、次には「棺が足りない」という問題が発生し、火葬するまでに何週間もかかったのが現実でした。



――約2万人もの方が一度に亡くなられるという未曾有の事態では、想定外のことが多数起こったことと思います。

そうですね。4月中旬になって、今度は福島に検死に行くことになりました。それまで福島第一原発の爆発事故のために、原発から20キロ圏内は捜索活動が行われておらず、ようやく開始されてご遺体が見つかり始めていたのです。放射線被曝の懸念から、多くの法医学者が参加を躊躇する中で私に声がかかり、行くことを決断しました。

福島第一原発事故の影響で捜索が遅れ、発見されたご遺体は腐敗がかなり進行していました。DNA鑑定のための血液採取すら不可能な状態だったのです。

身元確認には「指の骨」などを採取するしかなかったのですが、警察から「骨の採取は死体損壊罪にあたるため不可」と指摘されました。

――法律の壁に直面した際、どう動かれたのですか?

このままでは身元が一生わからないと危機感を抱き、厚生労働省と警察庁に直接電話でかけ合いました。

結果として、「震災における身元確認のための組織採取は死体損壊に該当しない」という特例文書を出してもらうことができました。これが、後の死因身元調査法の整備にもつながっています。


「死体は語らない」――法医学が導く真実と、次世代へのバトン



――近年、冤罪事件が話題になることもあります。法医学の果たす役割はますます大きくなっていますね。

例えば袴田事件のような冤罪事件も、当時しっかりとした法医学教室の解剖が行われていれば、結果は違っていたかもしれません。「4人を刺して火をつけ、単独犯でなおかつ犯人が大きな怪我をしていない」というのは、法医学的にも不自然な点が多いからです。
法医学者がしっかりとした死因究明を行うことは、冤罪を防ぐ最後の砦でもあります。

※袴田事件(はかまだじけん):1966年に静岡県で一家4人が殺害・放火された事件。元従業員の袴田巖さんが逮捕され、一度は死刑が確定した。しかし、長年の再審(やり直しの裁判)請求の末、捜査機関による自白の強要や証拠のねつ造が認められ、2024年10月に無罪が確定。事件発生から58年を経て冤罪が晴らされた。

――ご遺体からのメッセージをどう受け取っていますか。

よく「死体に語らせる」と言いますが、私はそうは思いません。死体は語るのではなく、我々法医学者が「正確に判断する」のです。その人はなぜ死んだのか。どういう状況だったのか。死因だけでなく、背景を含めて確実に推定することが、法医学の真の目的です。

――最後に、これから法医学や医療の世界を志す若者たちへメッセージをお願いします。

ミステリーなどの影響で法医学に興味を持つ医学生は多いです。ただ、中には「コミュニケーションが苦手だから」という理由で目指す人もいますが、そういう考えでこの世界に来ると、必ず後悔します。

法医学とは、ご遺体と向き合うだけでなく、警察やご遺族と深く対話する「究極の臨床医学」です。普通の臨床医以上の医学知識とコミュニケーション能力が求められます。
そして何より必要なのは、「ダメなものはダメ」「おかしいものはおかしい」と言える強い正義感です。社会の安心と安全を守るという強い信念を持った若者に、ぜひこの道を歩んでほしいと願っています。


取材・文:大越裕
写真:トミモトリエ
企画・編集:人間編集舎

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