Kindai Picks

近大人

2026.06.22

私財1億円で「米ぬか靴下」を開発。鈴木靴下社長が語る、夢より大切な“関心”【突撃!近大人社長】

Kindai Picks編集部

559 View

tag
オリジナル記事
OB・OG
鈴木靴下
鈴木和夫
社長訪問
突撃近大人社長
近大人

奈良県三宅町の「株式会社鈴木靴下」は、大手メーカー向けのOEM生産を手掛けながら、米ぬか成分を練り込んだ独自素材で注目されている企業です。1億円の私財を注ぎ込み、試行錯誤の末生み出した米ぬか靴下は、楽天市場で約2億点の全商品の中でランキング1位を獲得したこともあります。「突撃!近大人社長」第23回は、同社の鈴木和夫社長に経営学部の学生がインタビューしました。

この記事をシェア

  • facebook
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • x
全国で2番目に面積の小さい町、奈良県三宅町。人口およそ6,300人のコンパクトなまちの一角に「米ぬか靴下」を生み出した工場があります。1958年創業の「株式会社鈴木靴下」は、サッカー日本代表のストッキングをはじめ、大手スポーツメーカーのOEM生産で技術力を培いました。近年は米ぬか成分を糸に練り込んだ独自素材「䋛 -mai-」を筆頭に、自社ブランドの展開にも力を注いでいます。



そもそも奈良県は、日本一の靴下産地。そのルーツは「大和木綿」の栽培が盛んだった江戸時代にさかのぼるといわれています。明治43年に海外から手回し型の編立機が伝わってきて、三宅町を含む南西部を中心に、長年にわたり日本の足元を支えてきました。現在、県内の靴下生産量は、全国シェアの6割以上ともいわれています。



鈴木靴下2代目社長の鈴木和夫さんは、靴下づくりと米づくりを両立する兼業農家でもあります。米ぬか靴下は、そんな農家ならではのアイデアから出発し、商品化されました。今回は、「商品企画や経営者の考え方に関心がある」という、経営学部 会計学科3年の吉田 麗奈(よしだ れな)さんが同社を訪問。取材は製造現場の見学から始まりました。


大手スポーツブランドも舌を巻く、老舗工場の揺るぎない技術



鈴木 和夫(すずき かずお)
株式会社鈴木靴下 代表取締役
1958年生まれ。近畿大学法学部を卒業後、家業の鈴木靴下に入社。2008年に代表取締役に就任した。海外製品の台頭による国内靴下産業の衰退を受け、米ぬか成分を練り込んだ靴下の開発に着手。開発にこれまで私財1億円を投じた。その後も生活者視点で素材や製品を開発し、日本靴下工業組合連合会理事長賞、グッドデザイン賞などを受賞している。

吉田麗奈
吉田麗奈
本日はよろしくお願いします! 実は私、最近ファッションアイテムとしての靴下の魅力に気付いて、コレクションが増えているところなんです。工場の中まで見せていただけると聞き、楽しみにしていました。

鈴木社長
鈴木社長
若い方に注目していただけるのは、うれしいですね。当社では今まで何百万足と、ストッキングや靴下、チーム対応の別注ストッキングをつくってきましたが、納期遅れはゼロ。あるスポーツ用品メーカーさんの監査では、99点以上を獲得しています。その会社の以前の社長さんは「鈴木さんもうちから逃げられへんけど、うちも鈴木さんから逃げられへん」って言っていただくくらい、持ちつ持たれつの関係です。ちなみに現在、そのメーカーのストッキングの国内生産を担っている企業はうちだけなんですよ。


扉を開けて、いよいよ工場内へ!

吉田麗奈
吉田麗奈
日本のサッカーの歴史とも切り離せないと聞きました。

鈴木社長
鈴木社長
Jリーグが発足した時は、大手スポーツメーカーさんからの依頼でうちのストッキングが使用されましたし、日本代表にも納めさせてもらいました。


鈴木靴下の資料室には、サッカー日本代表向けに手掛けたストッキングが展示されています。

鈴木社長
鈴木社長
最近では、国立競技場のこけら落とし試合でも使われたんです。今季もJリーグ5チームのストッキングを手掛けていて、サッカーファンなら一度はうちの製品を目にしたことがあるんじゃないかな。


工場内には、なんと半世紀以上使われている機械も! 鈴木社長は「案外古いマシンの方が長持ちするんです」と語ります。

吉田麗奈
吉田麗奈
すごい……。長年にわたって、多く受注できるのは、なぜだと思われますか?

鈴木社長
鈴木社長
お客さんのリクエストに、その都度応えてきたからですかね。例えば「レガースを入れるポケットをつけてくれ」って言われたら、普通は断る。それに昔は、筒編み素材にロゴをプリントするのも難しかった。でもうちは「やりましょう」って引き受けるし、納期も守ります。


「こうやって、1本の筒状に編まれるんです」と、靴下の原型を示す鈴木社長。

吉田麗奈
吉田麗奈
工場内も、とてもきれいですね。

鈴木社長
鈴木社長
そう、空気もきれいなんですよ。隣の部屋で人工的に雨を降らせて、一定の湿度に保った空気をつくって、それを取り入れて換気しています。


水を噴射して擬似的な「雨」を降らせ、空気に湿度を含ませる装置。

吉田麗奈
吉田麗奈
これが、その装置ですね。

鈴木社長
鈴木社長
うちのものづくりの要ですね。靴下に使う糸はとてもデリケートで、周りの条件によって伸び具合が変わるんです。一定の仕上がり、サイズでお客様に届けるには、環境の管理がとても大事なんですよ。技術ももちろん大事やけど、機械は買おうと思えば買える。でも、ものをつくる環境が違ったら、同じ品質の安定した商品にはなりません。


送風装置に手を入れた吉田さんは「濡れないのに、空気がしっとりしています!」と驚いていました。


家業の手伝いに追われた学生時代と、ボクシングから学んだビジネス哲学


工場の目の前にある直営ショップに移動してお話を聞くことに。

吉田麗奈
吉田麗奈
あらためて、近大の先輩としても、お話を聞かせてください。鈴木社長は法学部のご出身と聞きました。

鈴木社長
鈴木社長
そうです。1977年に入学しました。当時の近大は建物もきれいで新しくて、自由な校風でした。


卒業アルバムをめくり、在学時のキャンパスの姿を思い出します。

鈴木社長
鈴木社長
近大に着いたらどこに行くかというと……長瀬駅前。パチンコ店があって、立ち食いそば店があって、パーラーがあって。私はこの「三角ルート」をぐるぐる回っていました。


当時の卒業アルバムには、パチンコに興じる学生たちの姿も。

吉田麗奈
吉田麗奈
大学内での思い出はありますか?

鈴木社長
鈴木社長
私のゼミはちょっと変わっていて、卒論が「3枚以内」でした。普通は何十枚も書くのに「ここなら私でも卒業できる」と思った(笑)。でも、大学から帰ってからの家の手伝いは大変でした。

吉田麗奈
吉田麗奈
学生時代から、家業のお手伝いを?

鈴木社長
鈴木社長
そうなんです。毎晩7時には家に帰らなあかんかった。当時の工場は家族中心でやっていました。夜7時から深夜2時まで夜勤、土曜日でも夜中の12時までは仕事。だから、学生のころの思い出というと「仕事してたなぁ」という記憶が強く残っています。春と秋は農繁期で特に忙しいから、休日も農作業。クラブに入っていたり、飲み歩いたりしている同級生を見ると、いつも「ええなぁ」と思っていました。


学生時代の思い出の写真は「悪友」たちとグアムに旅行した時の一枚。

吉田麗奈
吉田麗奈
ハードな学生生活だったんですね……。鈴木社長はなぜそこまで頑張れるのですか?

鈴木社長
鈴木社長
私は高校受験から失敗続きで、その時に思ったんですよ。「自分は人より頭の切れがあるわけやない。やったら、人より時間をかけて努力するしかないやないか」と。4時50分出社を毎日続けられるのも、若い時の経験が原点になっています。



吉田麗奈
吉田麗奈
何かを成し遂げるには、強い気持ちと努力はやっぱり必要なんだと感じさせられます。私も資格取得を目指しているので、ちゃんと諦めずに勉強を頑張りたいです。ところで、もし学生時代に部活やサークルに入れたら、どのようなことをしてみたかったですか?

鈴木社長
鈴木社長
ボクシング部に入りたかったです。でも近大のスポーツは当時からレベルが高すぎて。やりたかったボクシングも、全国でトップを争うようなレベルでした。実は高校時代、赤井英和さんと同じ学校だったんですよね。そのころからボクシングへの憧れはありましたが、家業を手伝いながら、というのは、とてもじゃないけど無理でした。だからこそ「自分は違う形で携わろう」という思いが芽生えたのも、あのころでしたね。

吉田麗奈
吉田麗奈
違う形というのは、どういうことですか?

鈴木社長
鈴木社長
ボクシングの審判です。大学卒業後、奈良国体に合わせて地元でもボクシング教室が立ち上がったのですが、「審判をやってくれないか」と声をかけられ、引き受けることにしました。後に村田諒太選手も練習に参加した教室で、私にいろいろ教えてくださったのが近大OBの樋山茂先生です。ロンドンオリンピックで日本チームのコーチを務めた方で、指導されるファイトスタイルが独特なんですよ。

吉田麗奈
吉田麗奈
どんな戦い方なんですか?

鈴木社長
鈴木社長
普通、相手が攻めてきたら、横にかわしたり、後ろに下がったりするでしょう。でも樋山先生は「前に交わす」と。攻めてきたら、こちらも前に出る。常に圧力をかけ続ける。

吉田麗奈
吉田麗奈
それは怖そう……! 恐怖心との戦いですね。

鈴木社長
鈴木社長
でもね、これが大事なんですよ。樋山先生がよく言ってはったんです。「テクニックより気持ちや。気持ちで来られたら、テクニックではかわしきれへん」って。今思えば、これが後々の私のビジネスにも、ものすごく影響したと思います。大学卒業後も10年間くらい、奈良の高校ボクシングの審判員を続けました。



吉田麗奈
吉田麗奈
ボクシングがビジネスに? 詳しく聞かせてください。

鈴木社長
鈴木社長
商品開発でも、営業でも、人から否定されたり笑われたりすることが山ほどあります。誰もやろうとしなかったことにチャレンジすると、特にそうです。でもそんなとき、ひるまずに前に出る。「これは絶対にいいものや!」と、気持ちで押していくんです。


鍋で靴下を煮たのが、開発の第一歩。農家出身の「素人」だから生まれたアイデア


自社ブランド「NUKATO」の靴下。米ぬか成分を活用した繊維と、締め付けない編みの技術が掛け合わされている。

吉田麗奈
吉田麗奈
ボクシングを通して身につけた強い気持ちで開発されたのが、米ぬか靴下だったんですね。今までに締め付けない靴下は約13万足を売り上げたと聞いたのですが、ユニークなアイデアはどこからきたのですか?

鈴木社長
鈴木社長
きっかけは子どものころの記憶。ぬか袋が身近にあって、そのぬか袋で廊下を拭くと、ピカピカに光るんですよ。それから、お風呂で体を洗うのに使うと、肌がすべすべになる。「これは何か使えるんちゃうか」とずっと頭の片隅にあったんです。


ショップには、米ぬか靴下開発の歴史も展示されている。

鈴木社長
鈴木社長
最初のころは知識もなかったので、ただ米ぬかと靴下を一緒に煮込んだりして失敗していました。開発が本格化したのは2004年です。元・和歌山県工業技術センターの谷口久次先生に、米ぬかを糸に定着させる技術を教わりました。

吉田麗奈
吉田麗奈
専門家との出会いが転機になったんですね。先生からは、どのような指導を受けられたのですか?

鈴木社長
鈴木社長
技術的なアドバイスもたくさんいただきましたが、最初に言われた言葉が忘れられなくて。「鈴木さん、これは絶対に一人でやりなさい。会社で会議にかけたら、否定する人が多数派になり、前に進めなくなる」と。実際そうしました。単独行動で、アンケートも取ったんですよ。これがその用紙。2004年のものです。


手づくりのアンケートをめくると、開発当時の苦労がよみがえります。

吉田麗奈
吉田麗奈
すごい! 当時の現物が残っているんですね。

鈴木社長
鈴木社長
77人に配って、69人から回答が返ってきました。「足がすべすべになった」「艶が良くなった」など、いい反応をもらうことができました。手づくり段階でも、こんなにたくさん感想をもらえるんやと、うれしかったですね。製品として完成したのが2006年。形になるまでは3年かかったことになりますね。でも、本当に大変だったのはそこからでした。

吉田麗奈
吉田麗奈
商品ができたということは、今度は売っていく苦労が?

鈴木社長
鈴木社長
そうです。取り扱ってもらえるように提案に行っても「魅力をワンフレーズで言ってください」とあしらわれ、説明する前に終わってしまう。門前払いも何回されたことか。東京での商談が上手くいかず、新幹線で帰ってきて、京都駅に着いた途端、嘔吐してしまったこともあります。それぐらいしんどかった。


鈴木靴下提供

吉田麗奈
吉田麗奈
本当につらい日々だったんですね。それでも諦めなかった理由は何ですか?

鈴木社長
鈴木社長
やっぱり、谷口先生の「最後は必ずいいものができる」という言葉があったから。信頼する先生がそう言ってくれるなら続けようと。谷口先生は数年前に亡くなられましたが、私は今でも、奥様に新しい試験の結果を報告し続けています。

吉田麗奈
吉田麗奈
開発資金もたくさん必要でしたか?

鈴木社長
鈴木社長
最終的に1億円ほど使いました。でも、借金はしていません。やりくりしてくれた妻には本当に感謝しています。


元CAの娘・みどりさんによるリブランディングと、画期的な試験結果が成長を後押し


取締役で3代目跡取りの鈴木みどりさん。「歩くぬか袋」からリブランディングを手掛けた「NUKATO」について、解説していただきました。

吉田麗奈
吉田麗奈
売り込みでも苦労が続いたとのことですが、鈴木靴下さんの商品は現在、大人気ですよね。大きな変化をもたらした出来事があったのでしょうか?

鈴木社長
鈴木社長
一番大きかったのは、娘・みどりが家業に戻ってきてくれたことですね。娘は国際線のCAとして、外の世界を見てきたのですが、ある目標を達成したタイミングで奈良に戻ってきてくれました。そこからは本当にいろんなことが変わりましたね。

吉田麗奈
吉田麗奈
みどりさんの参画は相当なインパクトがあったんですね。どのように貢献してくれたんですか?

鈴木社長
鈴木社長
それまでは私一人で開発から営業まで全部やっていて、企画書も手書きで手づくり。でも娘が帰ってきてからは、ブランディングを含め、かなりの仕事を任せました。会社のロゴから、パッケージ、ウェブサイトまで全部整えてくれた。子どものころから父の姿を見てきて、何か思うところがあったのかもしれません。

吉田麗奈
吉田麗奈
素敵なお話ですね。営業にも一緒に行かれたんですか?

鈴木社長
鈴木社長
大手企業との商談にも同席してもらいました。環境に慣れてもらうことが大事だと思って。最初はプレッシャーがかなり大きかったようですが、今では頼もしいくらいです。それから、CA時代の悩みから生まれた商品もあるんですよ。「Flight Stockings®」といって、長時間のフライトでの足のむくみ、臭いを解消する商品です。米ぬかシリーズに続く、当社の目玉商品の一つになっています。

吉田麗奈
吉田麗奈
当事者の声から生まれた、というのは説得力のある商品ですね。今後の展望も教えていただけますか?

鈴木社長
鈴木社長
実は最近、肌の保湿試験を実施したところ、画期的な結果を得ることができたんです。ひょんなことから経皮吸収を研究されている有名な先生と出会い、米ぬか繊維に興味を持ってくださって話が進みました。この試験にも資金を使いましたが、思い切ってよかったです。



吉田麗奈
吉田麗奈
どんな結果が得られたのですか?

鈴木社長
鈴木社長
これから発表を予定しているので、詳しい数字は控えますが……これまで繊維業界では「保湿する素材はない」と言われてきましたが、一石を投じるデータが得られた。試験を担当した先生方も驚くような結果でした。正直に言うと、通販サイトで販売数1位を取った時よりもうれしかった。1位というのは時の運もあるけれど、データは消えませんから。

吉田麗奈
吉田麗奈
そんなにすごいデータだったんですね。となると、これからの展開も楽しみですね。

鈴木社長
鈴木社長
大手企業さんとの連携の話も、少しずつ動き始めています。靴下だけでなく、さまざまな形で米ぬか繊維を世の中に届けていきたい。それが、これからの私の仕事やと思っています。うまくいけば、米づくりの広がりや可能性にもつながるかもしれません。

吉田麗奈
吉田麗奈
ちなみにそちらは……?



鈴木社長
鈴木社長
2020年9月、当時総務大臣だった高市早苗さんからいただいた直筆のお手紙です。当時の商工会長と町長が陳情に行った際、お土産として私の靴下を持っていってくれて。後日、お礼のお手紙が届きました。うちの靴下のどこがどうよかったか、丁寧に書いてある。

吉田麗奈
吉田麗奈
実際に履いた感想が、書き込まれていますね。

鈴木社長
鈴木社長
一番うれしかったのは「地元にこんな企業があることを、誇りに思います」という言葉。小さな町でやっているので、地元のことを思ってくれている言葉がうれしかった。高市さんは、かつて近大で教鞭を執っていらしたそうですね。ここにも不思議な縁を感じます。


夢や目標よりも大切なものとは? 近大の後輩たちへメッセージ



吉田麗奈
吉田麗奈
鈴木社長のお話には「気持ち」や「努力」というキーワードが出てきました。最後に、近大の後輩である私たちに、何かメッセージをいただけますか?

鈴木社長
鈴木社長
そうですね……ひと言で言うと「夢よりも『関心』。目標よりも『関心』」ということですかね。

吉田麗奈
吉田麗奈
えっ、意外です!

鈴木社長
鈴木社長
びっくりしたでしょう(笑)。もちろん夢が悪いということじゃない。ただね、夢って「いつかこうなりたい」という感じで、少し漠然としているんです。それやと、なかなか前に進まへん。では目標か? というと、それも少し違うんですよ。目標って、疲れたら一旦脇に置いてしまうものだから。私が大事だと思うのは「関心」です。

吉田麗奈
吉田麗奈
関心……!

鈴木社長
鈴木社長
関心のあることって、誰に言われなくても自分でインターネットとかで調べてしまいませんか? 気になって、知りたくなって、いつの間にか詳しくなっている。そういう原動力だと思うんです。例えば、目の前にコーヒーカップがあるとしますよね。関心のない人は「あぁ、カップやな」で終わる。でも関心のある人は「取っ手をもう一つ増やしたら」「形を変えたら」「素材を変えたらどうやろう」と、いろいろな発想が湧いてくる。

吉田麗奈
吉田麗奈
同じものを見ても、見え方がまったく違う、ということですか。



鈴木社長
鈴木社長
そうです。私は靴下、そして米ぬかに関心があった。だから、人が見過ごすようなところについても、ずっと考えることができた。つらいこともたくさんあったけれど、関心があったから続けられた。もう一つアドバイスするとしたら、自分が深く考え続けられるものに、早く関心を持つことが大事やと思います。そうすると、どんどん前に進んでいける。学生には「自分は何に関心があるんやろう」って、早めに問いかけてほしいと思います。

吉田麗奈
吉田麗奈
今のお話、すごく刺さりました。公認会計士を目指して勉強しているのですが、正直「夢」とか「目標」みたいな言葉でしか考えてこなかったので。

鈴木社長
鈴木社長
それでええんですよ。「会計士の勉強の、ここに特に関心があるな」って気付けたら前に進める。会計の世界も奥が深いはずやから、関心を掘り下げていけば、必ず自分にしかできないことが見つかります。

吉田麗奈
吉田麗奈
ありがとうございます! 社長はこれからも、米ぬかに関心を持ち続けていかれるんですか?


周りの人への思いやりが世界の平和にもつながる、というメッセージを込めた「平和への靴下」。

鈴木社長
鈴木社長
もちろんです。私の人生で一番大切にしていることは「家族に信頼、家族に笑顔」。仕事も会社も、突き詰めたら家族のためにあるんですよ。ここで一緒に働いてくれている社員のみんなが、家族みたいな存在です。社員のみんなに信頼してもらえる仕事をして、笑顔にすることが、私が働き続ける理由です。

吉田麗奈
吉田麗奈
本日は貴重なお話、本当にありがとうございました!




対談を終えた吉田さんの感想は?



取材中、鈴木社長がショップづくりについて「目の前のお客様一人ひとりに満足してもらえるよう、万全の用意をして迎えて、少しずつファンを増やしている。うちは小さいことを積み上げて成長してきた」と話されていたのが印象に残っています。

これまでの私は、やりたいことを「夢」や「目標」という言葉でなんとなく片付けてしまい、遠い存在のように捉えていました。そのため、「叶わないかもしれない」と諦めてしまうことも少なくありませんでした。しかし今回のお話を聞いて、「関心を持つこと」や「少しずつ積み上げること」の大切さを学び、これから自分の道を切り開いていくためのヒントを得ることができました。

迷ったり投げ出したくなったりしたときは、「自分は何に関心があるんだろう?」と問い直して、一つひとつの課題に粘り強く取り組んでいきたいです。


取材・執筆:山瀬龍一
撮影:北川暁
企画・編集:人間編集舎/南野義哉(プレスラボ

この記事をシェア

  • facebook
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • x

ランキング

新着記事

ランキング

全部見る

新着記事

全部見る

MENU

FOLLOW US

  • facebook
  • x
  • instagram
  • youtube
  • tiktok
  • line