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2022.03.31

【近畿大学卒業式】元内閣総理大臣 安倍晋三氏によるスピーチ全文

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卒業式
スピーチ
安倍晋三元首相
オリジナル記事

自民党の安倍晋三元首相が、近畿大学東大阪キャンパスで開催された令和3年度卒業式に、ゲストスピーカーとしてサプライズ登場。約6,000人の卒業生にエールを贈りました。以下はスピーチ全文です。



皆さん、安倍晋三です。

卒業生の皆さんおめでとうございます。
そして、どうぞお掛けになってください。
失礼しました。

オンラインでご覧のご両親、ご家族の皆様また関係者の皆様、
本日はおめでとうございます。

今日まで色々なことがあったと思います。
幼稚園や保育園への送り迎え、お弁当を作ったり
叱ったり、褒めたり、ぶつかったり大変な日々もあったでしょう。

でもそうした皆さんの努力が報われて、今日の晴れの卒業式
皆さんのお子さんたちは立派に社会人として巣立っていきます。
本当におめでとうございます。


さて、先ほど流れた私のつたないピアノ演奏ですが
何だよこれ、かくし芸かよと思った方もおられるかもしれません。

そんなようなものなんですが、本当はもうちょっと長いんですが
だいぶ短くカットされてしまいました。

昨年、東日本大震災から10年。
慰霊の思いを込めたコンサートが10月に開催されました。

この 『花は咲く』 という曲は家族を失い、悲しみに暮れる人たちを励まそうと
歌い継がれてきた曲でもあります。

被災者の私の友人はこの曲はド素人が一生懸命弾いた方がいい。
そう考えて私に白羽の矢を立てました。

私は頼まれたら断らない
これが基本ですから引き受けました。

確かに私はド素人で、小学校に入った時に
母親から勧められてピアノの練習を始めた。

ピアノの入門のスタンダードであるバイエルをちょうど終わった頃、親父が
「どうやら晋三は才能がないようだから、もういいんじゃないか」
こう一言言って、私のピアノは卒業になりました。

それ以来ですから約60年ぶりにピアノに挑戦しました。

結構忙しかったんですが、仕事が終わった後
夜、毎日毎日遅くまで一生懸命練習したんですよ。
皆さん成果はどうだったでしょうか。ありがとうございます。
若干拍手を強要したところはありますが

しかし、ちょうどコンサートの日は総選挙と重なり
出演できなくなってしまい、ビデオでの参加となりました。
ビデオ撮影の日、この曲を弾いていると
あの日の光景が思い起こされました。


津波で家族を失い、愛する人を失い
絶望的な状況の中でたくさんの人達が苦しんでいた。
そんな時に私たちは人としてまた政治家として何ができるか
世耕理事長とそう語り合って、私たちの手で物資を集めて
そして私たちの手で被災地に届けよう、そう考えました。

11年前の3月26日
被災地、避難所から要望のあった物資を
ありったけの物資を2台のトラックに積んで
そしてちょうど東北自動車道が
一般車両に開通された日、福島に向かいました。

トラックを出してくれたのは
運送会社を経営している、須磨德裕さん。

皆さんの先輩、近大OBです。
さすがですね。

朝の6時から次の日の早朝2時過ぎまで、
社長さん自らがハンドルを握って運転し続けてくれました。
須磨さん、ありがとうございました。

そして現地では自衛隊、消防、警察、役所の皆さん、
またボランティアの皆さんと一緒に
被災者の方々も悲しみをこらえながら
捜索活動、そして避難所の運営に黙々と汗を流しておられた。

そしてその日、遅い時間にやっと着いたある町の漁協の組合長さんは
安倍さん、よく来てくれたね、ありがとう。
こう言って明るく迎えてくれました。

でもその後、こう続けられた。

今朝やっと女房の葬儀を終えたんだよ。
でも俺は負けないよ。
絶対に街を復活させるからね。
安倍さんも頑張れよ。

この力強さと、雄々しさに私たちは圧倒される思いでした。


その時から遡ること4年前
第一次安倍政権はたった1年で幕を閉じました。

ご承知のように、私は潰瘍性大腸炎という
腸の難病と共に人生を歩んできたのですが

私の経験不足、そして政権運営の拙さから
選挙で大敗しそして政権は行き詰まり
この持病が悪化し、内閣改造直後に辞任を余儀なくされました。

政権を投げ出した、日本中から厳しく批判されました。
私の責任です。

私の政治家としての自信や
誇りは砕け散ってしまった、もう安倍晋三は終わった。
みんなそう思ったんです。

その後、新しい薬が幸い開発をされて
体調の方は元に戻った。

でも政治家として先頭に立って
リーダーシップをとる自信はまだなかった。

そんな時、懸命に頑張る被災者の皆さんの姿に接し
被災地の復興は、そしてそのために
強い経済を取り戻すことが私の使命である。
こう決意しました。

その後、自民党総裁選挙で何とか勝利し、総裁に復帰し
私たちは政権を取り戻しました。

なぜ不可能と言われた
総理への再登板が可能となったか。

それは決して私が特別
優れた人間だったからではありません。
残念ながら特別強かったからでもない。

ただ一点
決して諦めなかったからであります。
そして、諦めない勇気をもらったからなんです。

「 無理かもって思ったら もうそれより先になんて進めない 」
「 方法は無限大 可能性は永遠の海 」
「 やれそうって思ったら もう ほとんどは乗り越えたようなもの 」
By つんく♂

つんくさんが 近大のために作った曲の中の一つ。
私の大好きな一節です。

諦めないことが大事です。
そして出来ると思う自信がとても大切だと思います。

第一次政権は一年で終わり、短すぎる
こう批判されました。

でも第二次政権以降
長く続いて憲政史上最長になりました。

それはさっきも言ったように
私が特別優れていたわけではありません。
私よりも優れた仲間たちがいたからであります。
世耕理事長もそうです。

そういう仲間たちと一緒にチームで同じ方向に
向かって進むことができたからなんです。

そして、その仲間の多くは
第一次政権で同じように失敗をし、挫折をし
悔しい思いをし、唇を噛んだ。

それが生かされたんだと思います。

皆さんもこれからの長い人生、失敗は付き物です。
人によっては何回も、何回も何回も失敗するかもしれない。

でも大切なことは、そこから立ち上がることです。
そして失敗から学べればもっと素晴らしい。


アメリカのウォルトディズニーは会社をクビになって
そして創業したけど倒産した。

倒産を繰り返したんですが、その経験を糧に
彼は大成功を収めました。
それがアメリカ社会のすごいところです。

日本もそういう社会に変えていこうと一生懸命改革を進めてきた。
まだ不十分かもしれない。

でも挑戦する人がいて
初めて何回も挑戦できる社会に
日本は変わっていきます。


ですから私は皆さんに期待しているんです。

皆さんはこの大切な大学時代4年間
半分はコロナ禍
なかなか学校にも行けない
故郷に、実家にも帰れない

友達と過ごす時間もなかなか作れない
友達を作る時間も少なかった。
本当に辛く困難な日々が続いたと思います。

でもそういう困難を乗り越えて、皆さん今日の日を迎えた。
この特別な経験は必ず役に立ちます。

必ず糧になる。
そして、この困難な時を
同じ場所で、同じ大学で過ごした仲間たちの絆は
私は特別な絆だと思います。

それは皆さんの人生にとって、大切な財産になっていく。


11年前、私と世耕理事長が目にした光景は
津波で橋や道路や建物や家や車や人が押し流され
穏やかな日常が失われた想像を絶するような世界でした。

でもその中で人々は前を向いて
助け合い、そして整然と行動しました。
その姿に世界は驚嘆したのです。

私が行った首脳会談の中で
沢山の首脳たちから、この日本人の姿、称賛されました。

どうか皆さんもこのことを誇りに思ってもらいたいし
自信を持ってもらいたいと思います。


11年前の3月11日
一人でも多くの住民を避難させようと
最後までマイクを握ったり、あるいは声を枯らして
避難を呼びかけた人たちがいました。

危険を顧みず職務を遂行した人たち
そして発災後、黙々と瓦礫を運び続けたボランティアたち

こういう人たちがいて、初めて
私たちの社会は守られているんです。

私は皆さんたち、若い世代の皆さんと話をすると
世の中のために地域や日本や世界のために
何か役に立ちたいと、こう思う、こう考える人が
本当に多いので驚かされています。

ですから私は皆さんに期待しています。
どうかチャレンジして
そして失敗しても立ち上がってください。

そして、皆さんの溢れる若い力で
よりよい世界を創ってください。


卒業おめでとう。ご清聴ありがとうございました。
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