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2021.08.30

メダリストに学ぶ「心を乱さない」生き方!アーチェリー古川高晴選手のメンタルコントロール法

Kindai Picks編集部

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東京五輪のアーチェリー日本代表として、男子団体と男子個人で銅メダルを獲得した古川高晴選手(近畿大学職員)。団体でのメダル、そして個人・団体双方でのメダル獲得は、日本のアーチェリー史上初の快挙でした。アーチェリーは呼吸を整え、精神を集中させて矢を射るメンタル主導のスポーツ。「実力の80%を出すこと」を念頭に極限まで集中力を高め、正確無比のフォームで的を射抜く古川流メンタルコントロール術とは?

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5大会連続出場となった東京五輪で2つの銅メダルを獲得し、日本中を沸かせたアーチェリー・古川高晴選手。これまでの輝かしい実績の裏側には「実力の80%を出す」という、一見控えめなポリシーが秘められています。選手のメンタル面を調べる心理テストでは「勝利意欲がない」という結果が出ており、これには高校時代に出会った自律訓練法と呼ばれるトレーニングの影響があるとのこと。近大出身のオリンピアンの心のうちをのぞいてみれば、メンタルが大きくものをいうスポーツを突き詰めるなかで編み出した、独自のメンタルコントロール術が明らかになりました。



古川高晴(ふるかわ・たかはる)
1984年8月9日、青森県出まれ。近畿大学経営学部を卒業後、現在は近畿大学職員。高校3年時の世界ジュニア選手権で頭角を現し、同年の国体で個人優勝。ロンドン五輪個人銀メダル(2012年)、世界選手権銅メダル(2015年)、アジア大会混合金メダル(2018年)。オリンピックには5大会連続で出場する、日本アーチェリー界のトップランナー。「実力の80%を出すこと」を念頭に自らの感情をコントロールし、確かな実績を積み重ねている。


これが古川流メンタルコントロール術の全貌だ!



2つのメダルを胸に、終始軽快なトークを聞かせてくれた

――今日は古川選手の不動のメンタルについて聞きに来ました。緊張感とは無縁で、睡眠や心拍数さえ操るといううわさも耳にしています。にわかに信じがたいのですが……。

アーチェリーは、一瞬の集中力が試される競技です。もちろん、トレーニングで身体や技術を磨くのも大切ですが、勝敗を分ける大きな要因は「メンタルの強さ」。競技の95%をメンタルが左右すると言っても過言ではないと思っています。だから、常に平常心を保てるよう、日常生活から、なるべく感情を高めないように生活しています。

――怒ったり、泣いたりしないんですか?

いまは滅多にないですね。元々はビビリだったんですけど、自律訓練法を取り入れてからどんなことにも動じなくなりました。

――自律訓練法とは……!?

自律訓練法※1はドイツのシュルツという精神科医が提唱したメンタルコントロール手法で、心身をリラックスさせることを目的にしています。高校時代の合宿で開かれたセミナーでその存在を知ったのですが、「こんな方法があるんだ」というのが頭に残って。それ以降は大会の前に眠れなかったり、緊張したりするたびに実践するようになりました。

――ということは、キャリア約20年! 具体的にはどんな方法ですか?

自律訓練法のやり方


気軽に実践できるのが自律訓練法のメリット。緊張や不安の軽減、集中力の向上、衝動的な行動の抑制などにも効果があるとされている

椅子に座ってやっても※2、横になってやってもいいんですけど、まずはリラックスして「いま、心が落ち着いている」と自分に言い聞かせます。今度は体が重いと意識して、右手、左手、右足、左足……と、順番に重さを感じていきます(重感練習)。次は同じ順序で体が温かいと意識するようにし(温感練習)、その次は心臓がゆっくり脈打つのを感じます(心臓調整練習)。あと3つのステップと、もとの精神状態に戻るための消去動作※3があるんですけど、僕はだいたいこのへんで眠ってしまいます。眠ってしまった場合は、消去動作はやらなくても大丈夫。頭で意識したことを実感できるように持っていくのがポイントですね。

※1 うつ病や統合失調症、糖尿病のある人、消化器などに病気のある人は医師に相談した上で行う。
※2 椅子は安定しているものを、平坦で滑らない場所に置いて使う。
※3 脱力感や不快感が体に残ってしまう可能性があるため、眠っていない場合は消去動作を必ず行う。

――自分に暗示をかけるイメージですね。

そうですね。自律訓練法のメニューの途中で眠ってしまうことからも分かるように、まず大会前の寝つきがよくなりました。不眠で悩んでいる人は一度試してみるのもいいかもしれません。

――どうも睡眠の質がよくない気がするので、さっそく今夜からやってみます!

睡眠に関しては気負いすぎるのもよくないですよ。眠れないことはストレスにもなりますけど、体を横にしているだけでも疲労は回復します。そう考えるだけでも気は楽になりますね。僕は、自律訓練法が習慣づいたことで、余計な心理的負担を自然と避けるようになりました。例えば、時間ギリギリで電車に乗らないといったように、自律訓練法そのものに加えて、その応用のような形で試合に備える行動パターンができています。

――まさに「傾向と対策」ですね。

もうひとつ大きいのが、インタビューの経験です。こうやって話を聞かれれば、自分のことを自分の言葉で説明するじゃないですか。「緊張にどう対処しますか」って聞かれたら、それまで意識したことがないことも考えて言葉にしますよね。すると、自己理解が深まるんです。だから、インタビューを受けるとそのときの調子が分かる。調子が悪いときって、どうしてもネガティブな言葉が出て、回答が不明確になるんです。スポーツでも勉強でも、対策を練るためには自分自身の傾向を知らなければならない。トレーニングの一環として、身近な人とインタビューし合うのもおすすめですよ。


唐突なカップ麺の登場にメダリストの心は乱れるか



唐突に現れたカップ麺を前にしても無の境地を貫く古川選手

――ちなみに今日の調子はいかがですか?

今日は調子いいです! 努力が報われたところなので。自分がやってきたことは正しかったと思えるから、質問にぱっと答えが出せるんでしょうね。

――メダリストの言葉は説得力が違う! とはいえ、まだまだ半信半疑です。お昼どきのいま、カップ麺の匂いが漂ってきたら心が乱れたりするのでは?

乱れませんね(断言)。いままでにもテレビの企画で弓を引く真横で電話をされるという実験もしましたけど、まったく気になりませんでした。

――とはいえ、せっかく用意してきたのでちょっと失礼しまして、 ジョボボボ……。どうでしょう?

気になりませんね(断言)。

――いったいどうすれば動じるんだ……。そもそも緊張する場面ってあるんですか?

自分の結婚式の最初のスピーチは緊張しましたよ。事前に考えていたコメントも飛んじゃって。やっぱりアーチェリーで経験する重圧とはまったく種類が違うので(笑)。


自己ベストは出すのではなく「出てしまうもの」



弓を引く右腕にかかる負荷は20キロ以上。激しい心理戦の裏には地道なフィジカルの鍛錬がある

――試合中はどんなことを考えているんですか?

プレー中は理想のフォームを再現することだけに集中します。「ミスしたらどうしよう」ではなく、かといって「絶対に10点に入れてやる」でもない。「こうやって射てば10点に入る」という感じで、心を落ち着けつつもポジティブに構えます。10点に入れるという目的が先に立つと、フォームが崩れるんですよ。高得点はあくまできれいに射った結果。アーチェリー歴の浅い人は毎回自己ベストを追い求めがちですけど、自己ベストは出すのではなく「出てしまうもの」だという話をよくします。

――自己ベストは出てしまうもの! 一度言ってみたいセリフです……。

闘争心を燃やすのではなく、自分を落ち着かせて普段通りにやる。これが僕のスタイルです。自己ベスト、つまり最高の状態を基準にすると、少しでも調子が悪いとすぐに「ダメだ」となってしまう。でも、実際は最高の状態よりは劣るときの方が多いじゃないですか。そこで悪循環に陥らないためにも、自分の7、8割の力を出せればオッケーと思っておく。するとちょっとした好プレーのたびに調子が上がる。矢が的の中心に集まっていく。もちろんそのぶん、練習での実力の底上げは欠かせませんけどね。


的は直径122センチで、1点から10点まで10の得点帯に分かれる。10点の直径は12.2センチで、CDやDVDとほぼ同じ大きさ。矢は時速200キロ以上で飛び、70メートル先の的を射抜く

――心理テストでは「勝利意欲がない」との結果も出たそうですが、こう聞くと納得です。

五輪では予選で順位を決め、1位と64位、2位と63位といった具合にトーナメントを組みます。予選敗退はなく、あくまで組み合わせを決めるのが目的です。トーナメントは1セット3射の30点満点で、得点の高い方に2セットポイント、同点なら双方に1セットポイントが入ります。そして、6セットポイントを先取した方が勝ち。試合で1セット3本射つなかで、10点、10点と来たら次も10点入れたくなります。でも、僕の場合はそうやって意気込むと力んで外す。それが分かっているので「9点でもいいから、理想のフォームで射とう」と考えるんです。個人での銅メダルを決めた10点もそうでした。心理テストの結果も、矢を射るときの意識の表れだと思います。

――ものの見方ひとつで余計なプレッシャーから解放されると。

以前、予備校の講演でも似た話をしたのですが、反応はよかったですね。「みなさんと僕には共通点があります。どちらも点数との勝負です」と言って、物事を継続してやり続けるコツを説明しました。例えば1日8時間勉強するとして、体調を崩して1日休んでしまったとします。その穴を翌日に埋めようとしても、1日16時間は無理がある。でも1日1時間ずつ、8日間かけて取り戻すならできそうですよね。最初からハードな目標を掲げて過負荷になるよりは、無理なくできる範囲からペースを上げていくのが努力を続けるコツです。

――目標設定の時点で平常心を保てるようにする。受験生にとっては金言ですね。

ストレスをいかに減らすかですよね。人と比べないのもひとつのやり方。自分も周囲も努力は重ねているでしょうけど、誰かと比べたうえでの自信ではなく、自分がやってきたことに対する自信を持つようにする。比較対象が自分だけなので、自然と自信満々になるはずです。あとは気持ちの切り替えですね。僕自身、練習場では極力競技のことだけを考えるぶん、自宅では一切考えません。極端な話、プレー中も矢を射ると同時にリラックスしています。勉強にしても、オンとオフをはっきり分けることが集中力向上への近道だと思います。


見てる方がドキドキする、アーチェリーの魅力とは



表彰台で笑顔を浮かべる古川選手

――今回のオリンピックは開催自体が危ぶまれるなど、すべてが想定外の大会でした。古川選手自身、調整が難しかったのでは?

アスリートなので、中止前提の考え方はできませんでした。とはいえ、僕の場合はイレギュラーな事態を前向きにとらえられた気もします。大会の年って、本来なら開会までの日数をカウントダウンするじゃないですか。そこで調子が上がっていなければ、「あと100日しかない」というふうに焦りが出るんですけど、今年は「中止もありえる」と肩の力を抜けたので、冷静に本番を迎えられました。

――さすがの対応力。これまでのメンタルトレーニングのたまもののように思えます。

周囲のサポートも大きかったですよ。大会期間を通して強く感じていたのが、いろんな人に支えられてここまでこれたんだなという感謝の気持ちです。組織委員会やボランティア、医療従事者のみなさんのおかげで、この大会ができてるんだなと実感しました。予選はボロボロだったんですけど、近大の山田監督も「ここからの試合を楽しんで」と励ましてくれて。結婚してから迎える初めての五輪でもあったので、ずっとそばで一緒に戦ってくれた妻の存在も大きかったですね。

――結婚してから何か変化はありましたか?

妻は管理栄養士の資格を持ってるんですけど、アーチェリーの運動強度や基礎代謝をもとに、1日に必要なカロリーの計算をしてくれるんです。そのおかげで、必要以上に体重を落とすことなく、パフォーマンスを維持できる。本当に助けられてるなと思いますね。独身時代は自炊とは無縁だったんですけど、結婚してからは早く帰った方がごはんをつくる決まりで、妻から料理のレシピを聞いて自分でもつくるようになりました。

――向こう1年分ほっこりさせてもらいました。

ありがとうございます(笑)。一応メダルも持ってきたんですけど、メダルをかけた写真とか撮りますか?


自らメダルを差し出すも、思わぬ展開にこの表情

――あ、そういうのは大丈夫です。

え! そうですか……。

――では最後に、アーチェリーの魅力を語って締めくくってください!

何より、的の真ん中に矢が刺さったときの爽快感が一番です。1本ならまだしも、連続して射抜くのは至難の業。そこがまた魅力ですね。アーチェリーが簡単だったら、僕はとっくに飽きています。見る側の魅力としては、試合の緊迫感。一方の選手が10点、もう一方も10点、今度は9点、相手もまた9点――こういうふうに試合は展開しますが、「見てる方がドキドキする」という声をたくさんいただきました。まだまだ露出の少ない競技ですけど、しっかり成績を出し続けていきたい。そうして、アーチェリーの普及につなげるのが目標であり、僕の仕事だと思っています!

――これからも不動の心でがんばってください。ありがとうございました!



アーチェリーという競技と真摯に向き合うなかで、自分自身を制御する術を磨いていった古川選手。選手寿命が長いスポーツだけに、ますます円熟味の増すそのプレーに今後も要注目です。

今回はトップアスリートが実践するセルフコントロール術をうかがいましたが、細かく見ていけば勉強や仕事といった場面にも活かせるものばかり。いきなり古川選手の境地に立つことが困難なのは当然ですが、メンタルを強化したい方はぜひ参考にしてみてください。


取材・文・写真:関根デッカオ
企画・編集:人間編集部

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