2019.09.12
「はやぶさ2」が持ち帰る小惑星地下物質とは!?NASAの先行く快挙の舞台裏に迫る
- Kindai Picks編集部
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2019年7月、JAXAの打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ2」が、地球から約3億4000万kmの距離にある小惑星リュウグウに2回目の着陸を成功させました。「NASAの何歩も先行く快挙」と世界中で称賛されたこのプロジェクトにおいて、着陸地点を含む小惑星リュウグウの岩の分布を詳細に測定されたのが近畿大学工学部の道上達広教授です。プロジェクト全体と教授が担当された業務、そして「はやぶさ2」によって解明が期待される宇宙の謎についてお話を伺いました。
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近畿大学 工学部 機械工学科 教授
学位:博士(理学)/専門:惑星科学
2019年7月11日に「はやぶさ2」が成功した、2回目の小惑星リュウグウへの着地(タッチダウン)の映像。
小惑星を形作る岩石を試料として手に入れ、地球に持ち帰るのが「はやぶさ2」のミッションです。着地の際に、金属製の弾丸を地表に打ち込み、衝撃で噴出した岩石の試料を「サンプラーホーン」と呼ばれる装置に回収。2019年2月22日に行なった1回目のタッチダウンでは地表に露出した岩石を採取し、7月11日に行なわれた2回目では、あらかじめクレーターを作り、世界で初めて「小惑星の地中深くの岩石採取」に成功しました。
光の速さで16分かかる、約3億4000万km離れた小惑星にピンポイントで着地成功!
「『はやぶさ2』の2度の小惑星着陸は、NASAの何歩も先を行く成功です」と語る道上教授。着陸成功のニュースは全国紙の一面やテレビでも大々的に報じられた。
ーー「はやぶさ2」が成し遂げた、小惑星リュウグウへの2回のタッチダウン成功、まことにおめでとうございます! そもそも地球とリュウグウは、どれぐらい離れているんでしょうか?
お互いに太陽の周りを公転しているので、距離は刻々と変化していますが、昨年到着したときは約3億4000万km離れていました。いまはそれよりだいぶ近づいて、約2億4000万kmですね。
ーー日常的な感覚とかけ離れているので、3億4000万kmがいったいどれぐらいの距離なのか、想像がつきません。
「はやぶさ2」が塩粒くらいの大きさだとしたら、その塩粒を日本から地球の反対側のチリに置いてある目玉焼きの黄身に到着させる感じです。実際のリュウグウは直径1kmほどの大きさですが、2014年に地球から打ち上げられた「はやぶさ2」が到達するまでに、3年半※かかっています。
※打ち上げ後最初の1年は地球と同様の軌道で太陽を公転しながら機器類をチェック、地球の重力を使って速度を上げ(スイングバイ)、その後2年半かけてリュウグウに到着した。ただし、「はやぶさ2」の帰還にかかる時間は地球との位置関係が変わるため約1年と大幅に短縮される。
ーーそのご説明で「めちゃくちゃ遠い」ということがよくわかりました(笑)
3億4000万kmという距離は、地球と太陽の距離間の約2倍になります。太陽の光は地球に8分かけて届きますので、「はやぶさ2」に光と同じ速度である電波で何か指令を送っても、向こうに届くのは約16分後です。「はやぶさ2」から結果が帰ってくるのにも同じだけ時間がかかります。はやぶさ2は爆薬を爆発させることで銅の塊をリュウグウの表面に衝突させ、人工クレーターを作ったのですが、その実験の実施の様子はインターネットで生中継されました。で、爆破指令を出して結果がわかるまで40分近くかかったので、担当の先生がイライラして「光は遅えからなあ」と思わずつぶやいたら、そのまま放送されて視聴者からウケてました(笑)
ーー光より速いものはこの世にないですからね。それにしても、そんなに遠く離れた小惑星まで探査機を飛ばして、何を探ろうとしているのでしょうか?
一言で言えば「太陽系や地球の起源」を探るためです。前回、小惑星「イトカワ」を目指した「はやぶさ」は、遠く離れた小惑星まで探査機を飛ばして帰ってくる技術を確立するための「実験機」でした。今回の「はやぶさ2」は、その技術を使って、実際に小惑星から岩石などの試料を持ち帰ってくるのが主目的です。リュウグウは「C型小惑星」と呼ばれるタイプの小惑星で、光のスペクトルの分析から、構成する岩石に炭素などの有機物が多く含まれていると予測されています。また今回の直接観測で水の痕跡の存在も確認されて、試料を持ち帰れば、生命を作った物質の手掛かりが得られるかもしれません。
ーー遠く離れた小惑星の岩石が、地球の生命につながっている可能性があるんですね。
はい、地球は「青い星」と呼ばれ、表面の約70%が水に覆われていますが、じつはすべての水の質量は、地球の全質量のわずか0.023%ぐらいに過ぎません。その水がどこからやってきたのかは、現在も解明されていません。以前は主に氷でできている彗星※に由来するのではないかと言われていたのですが、2014年にヨーロッパの探査機が彗星に着陸して氷の分析を行ったところ、地球の水とは成分が違うことがわかりました。そこで今は、「地球の水は小惑星に由来する」という説が有力になってきています。つまり、リュウグウのような小惑星が地球に衝突して、水や有機物をもたらした可能性があります。
※岩石が主成分の小惑星と異なり、彗星は主に氷でできており、太陽に近づくと熱で揮発して尾をひく軌跡が見られることから「ほうき星」とも呼ばれる。
小惑星リュウグウの詳細な立体地図を作成
岩石に覆われた小惑星のどこに「はやぶさ2」を着陸させれば良いか、二度とないチャンスを確実なものにするため、詳細な分析を行った。
ーーなるほど。2回目の着陸では、わざわざ事前にクレーターを作って、そこから噴出した岩石の試料を採取しました。その理由は何なのでしょうか?
太陽光による光や熱の変性の影響を受けていない、地下の岩石を取るためです。今回、「NASAの何歩も先を行った」と評価されたのは、2度の着陸に成功し、しかもクレーターを作って2箇所の試料を採取できたからなんです。もしも宇宙人が地球にやってきたとして、日本人だけを見たら「地球人の目と髪は黒い」と思うでしょうが、実際には目が青い人も金髪の人もいます。そんなふうに研究では、比較できる2箇所以上の試料を手に入れることが大切なんです。
ーーその2度にわたる「はやぶさ2」の着陸地点選定のために、道上先生はリュウグウ表面の岩の分布を詳細に測定されたと聞きました。
はじめ、小惑星はあまりにも遠すぎるため、地上の望遠鏡ではどんな形をしているかも、表面の状態もまったくわかりませんでした。探査機が小惑星付近に到着して、カメラで撮影することで初めて形状や地表の状況が見られるのです。「はやぶさ2」がリュウグウを周回して撮影した画像から、私はNASAが開発したソフトを使って表面の岩を解析しました。その結果、表面にある大小1万個以上の岩を確認し、直径5m以上のものだけでも4400個以上あることがわかりました。これはこれまで探査されたどの小惑星よりも面積当たりの岩の数が多いことを意味しています。ちなみにどのぐらい岩が多いかは、この模型を見てもらえれば分かると思います。
近畿大学の保有する金属3Dプリンタで作成した小惑星リュウグウのリアルな模型。次世代基盤技術研究所の京極秀樹教授、米原牧子研究員と共同で製作。赤いシールが貼ってある場所に「はやぶさ2」が着地した。
ーーおお! これはリアルですね。
形状や大きな岩石の位置なども正確に再現されています。「はやぶさ2」が撮像した画像から、会津大学、神戸大学がコンピューター上で小惑星リュウグウの3D形状を精密に作成しました。これは、その3Dデータを基に、近畿大学の次世代基盤研究所が保有する金属3Dプリンタで作った、チタン製の模型になります。2つ作って出来の良いほうはJAXAに寄贈しました。模型を見ると、表面が大きな岩で凸凹している様子が分かってもらえると思います。無事に探査機が着陸するためには、そうした岩にぶつからない場所を探す必要があったわけです。
ーーそんなハンディを乗り越えて、今回の2回の着陸が成功したわけですね。
はい、着陸チームから「安全に着陸できる場所を探してくれ」と頼まれて岩の分布を測定し始めたのですが、「着陸の場所の精度はどれぐらいですか」と聞いたら、「半径50mぐらいはずれるから、直径100メートルぐらいの範囲で安全な場所を教えて」と言われました。でも、岩だらけでそんな場所どこにもないんですよ。仕方がないのでなるべく岩の少ない平坦な場所を探して、岩との接触確率も計算してできるだけ少ない場所を示し、データをJAXA側に提出しました。JAXA側では、私のデータを正式なデータとして採用し、探査機の誘導精度を一から見直して、比較的、岩の少ない場所を着陸地点に選定しました。
ーー着陸地点選定後も、さらに着陸付近を詳細に調べられたと聞きました。
はい。画像から着陸地点付近の岩の高さを、岩の影の長さから詳細に測定しました。探査機が岩に少しでも接触しないようにするためです。さらに着陸地点に関しては、実際の玄武岩を使ってこちらのジオラマも作成しています。私は定期的に、隕石の衝突を模した衝突実験をJAXAで行っているのですが、その実験で出た玄武岩のかけらを用いて作ったのがこれです。岩の形状なども、実際のリュウグウのものと似せています。
道上教授が着地場所検討のために作成した小惑星リュウグウ表面のジオラマ。JAXAの記者会見、NHKニュース、NHKクローズアップ現代+でも使用された。相対的に岩の数が少ない着陸場所付近にも人の背丈ほどある岩が多く転がっていることがわかる。
ーーすごい、このジオラマを見ると一目で人に比べた岩の大きさや、「はやぶさ2」の大きさがわかりますね。こんな大きな岩がごろごろ転がってるんだな……。
はい、「はやぶさ2」はだいたい、軽自動車ぐらいの重さですね。「はやぶさ2」には5m以上の岩が近づくと、自動的に逃げる仕組みが備わっているのですが、結果的には工学担当チームがピタリと狙った場所に着陸させることに成功させました。こんなに岩が多い中、今回「はやぶさ2」がクレーターを作り、地下の岩石試料を採取できたことは、本当にすごいと思いますね。
ーー現在、NASAもリュウグウと同じような小惑星に行っていると聞きました。
そうなんです。NASAも今、別のリュウグウとよく似たベンヌという小惑星に探査機を到着させていますが、あっちは日本に比べて人も10倍、予算も10倍です。ロケットも探査機もずっと大きいし、積んでるカメラの性能も段違いに良いんです。
「はやぶさ2」は現在、「ホームポジション」と呼ばれるリュウグウと太陽の引力が釣り合った、リュウグウから20kmぐらいのところに静止しています。カメラの性能がそんなに高くないので、地表を撮影するためには、何度も近づいたり離れたりしなきゃなりませんでした。NASAの探査機には大型の超望遠の高性能カメラがついているので、静止したままで詳細な画像が撮れるんです。
「はやぶさ2」プロジェクトは、惑星科学、天文学、ロケット工学など宇宙探査に関わる多くの研究者のチームワークで動いている。「探査機が着陸に成功したとき、私も管制室にいましたが、思わず大声で喜びの叫びを上げました」と道上教授。
ーー宇宙探査は国際的な競争なんですね。
競争をしているとともに、サイエンス上の協力関係でもあります。NASAとはお互いに、持ち帰った試料の一部を相手に渡す、という約束をしています。
実は、今回「はやぶさ2」をリュウグウに向けて打ち上げ可能な日は、地球との位置関係から2週間ほどしかありませんでした。しかも地球の自転のために、日本の種子島宇宙センターからの打ち上げ可能な時間は、1日のうちわずか1分しかないんです。そのタイミングを逃したら、次にリュウグウに向けて探査機を飛ばせるのは7年後でしたので、そうなったらNASAが先にベンヌに到着して、大きく水を空けられていたでしょうね。
生命は火星で生まれたかも!? 小惑星探査がもたらす新しい宇宙観
ーー聞けば聞くほどこの度の「はやぶさ2」プロジェクトの奇跡的なすごさが理解できてきました。この部屋のホワイトボードを見ると、何やらリュウグウなどの文字と計算式が書いてありますが、先生の研究室の学生さんたちも「はやぶさ2」に関する研究を行っていたりするのでしょうか?
道上教授の研究室にあるホワイトボード。学生たちと道上教授が数式を書きながら分析手法を討議した跡。
学生には「はやぶさ2」から日々送られてくるデータを見せて、さまざまな解析作業を手伝ってもらっています。惑星科学の本当に世界の最先端のデータなので、ものすごく刺激を受けているようです。来年末に予定している「はやぶさ2」の帰還後は、多くの研究者による持ち帰った試料の解析が始まりますが、どんな解析結果がでるか楽しみですね。
惑星探査は、望遠鏡を覗いて研究する天文学と違って、実際に目的の天体に探査機を飛ばして調査します。そこが非常に面白くて、やりがいがあるところですね。いま私は、工学部の学生の授業もいくつか持っているのですが、そこでよく「私たちの先祖はもしかしたら、火星で生まれたのかもしれないぞ」と言っています。近年の研究で、40数億年前は地球よりも火星のほうが生命誕生に向いていた環境があったかもしれないことがわかってきたんですね。もしかすると、火星で生まれた生命が、隕石の衝突などで宇宙に飛び散って、地球にたどり着いた可能性もあるわけです。宇宙も生命も、人類はまだ本当にわずかな領域しか解明できていません。宇宙の研究に興味がある学生に、ぜひ研究室の門を叩いてほしいと願っています。
「今から500年前は、世界の誰も地球が丸いとも、太陽の周りを周っているとも考えていなかった。惑星科学の何よりの面白さは、将来の人間の宇宙観を先んじて知ることができることです」と語る道上教授。「はやぶさ2」プロジェクトが、人類に新たな宇宙観をもたらすかもしれない。
2020年末の「はやぶさ2」の帰還、本当に楽しみです! この太陽系や地球はどうやって誕生したのか……? そんな人類発祥以来の疑問解明にもつながる、道上先生たちの研究に大いに期待しています。
▶︎JAXA はやぶさ 2プロジェクト
(終わり)
取材・文:大越裕(チーム・パスカル)
写真:松岡栄弥
企画・編集:人間編集部
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