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産学連携

2016.11.18

「近大マグロ」で話題を呼んだ近畿大学発のベンチャー企業~〝海を耕す〟精神で食卓に鮮魚を届ける

活力経営の原点を探る 3 伝承と変革と挑戦

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オリジナル記事
アーマリン近大
近大マグロ
産学連携

※特典映像:マグロのいけすをドローンで撮影した映像付きです!

近大発のベンチャーで、近大マグロなどの養殖魚やその稚魚の販売、養殖魚専門料理店「近畿大学水産研究所」の経営をおこなっている㈱アーマリン近大。
研究成果を社会に還元する。その経営の原点と新たな挑戦について、逵浩康代表取締役社長に聞いた。

*本記事は活力経営の原点を探る 3 伝承と変革と挑戦(フジサンケイビジネスアイ・編著)に掲載された記事です。

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水産研究所の成果を消費者に

寿司に刺し身、焼き魚…。日本は一人あたりの魚の年間消費量が世界でも有数の国だが、乱獲が招く水産資源が枯渇することを予見するかのように、近畿大学の初代総長、世耕弘一氏(故人)が「海を耕し、海産物を生産しなければ日本の未来はない」と提唱したのは戦後間もないころ。その理念のもと、1948年に近畿大学臨海研究所(現・水産研究所)が和歌山県白浜町に設立され、以来、魚の養殖技術について研究を続けてきた。

後に二代目所長となる原田輝雄氏(故人)は、網いけすの中で飼育する「小割(網いけす)式養殖」という技術を世界で初めて開発。
小割式養殖は小規模に飼うことで効率的な養殖を可能にする手法で、1965年には世界で初めてヒラメの人工孵化による種苗生産を実現した。「種苗」は植物のタネや苗を指す用語として一般的だが、実は魚の養殖では稚魚のことをいう。

一方、刺し身好きの日本人にとって垂涎(すいぜん)の的といえばマグロのトロ。その味覚を満足させてくれるクロマグロの完全養殖に挑戦したのが、原田氏を中心とし、三代目の所長を務めた熊井英水氏らのチームだった。
クロマグロは皮膚が弱く、手で触るだけでも傷になって死に至るため、人工飼育することは不可能とされたが、地元漁師らの協力でマグロの幼魚であるヨコワを集め、実験場に放流しながら生存率が高まるようにいけすの大きさを変えるなどさまざまな工夫を続けた。



その結果、1979年に世界で初めていけすの中で産卵、孵化し、2002年には体長が百センチ以上になった人工飼育の親魚が産んだ卵が再び孵化。世界初のクロマグロの完全養殖を達成したのだった。

「せっかく開発した魚の養殖技術を世の中に広く提供しよう」「安全、安心の美味しい魚を食卓に」…と、近大水産研究所と水産養殖種苗センターを母体として2003年に設立されたのがアーマリン近大であった。
この大学発ベンチャーの初代社長には熊井氏が就任し、翌年には完全養殖のクロマグロを初出荷した。



水産研究所は本部のある白浜実験場(和歌山県白浜町)のほか、飼育用卵の供給基地であるすさみ分室(同県すさみ町)、大島実験場(同県串本町)、富山実験場(富山県射水市)、奄美実験場(鹿児島県瀬戸内町)などに拠点がある。

このうち富山実験場では水深百メートルの深層水を利用した養殖研究に取り組む。日本海側に位置するため、太平洋側にある和歌山県内の実験場と異なり概して水温が低い。
アナゴは夏場の高水温に弱いため、富山実験場では元気に泳ぎ回るという。実験場の立地によって養殖に適した魚種も異なるが、一カ所で養殖することによるリスクを分散するため、一魚種を複数の実験場で養殖している。

研究所では水産業界の発展に向け、違った品種の魚同士をかけあわせる〝交雑〟にも注力している。例えば、マダイの天然魚は鮮やかな赤みを帯びているが、養殖魚になると紫外線による日焼けの影響で体表面が黒みを帯び、商品価値が見劣りする。
一方、チダイは成長こそ遅いものの養殖魚でも赤色がほとんど失われない特徴を有していた。
研究所ではこの二魚種に注目。人工的に交配させることにより、天然魚のような赤みを帯び、チダイよりも成長の早い新たな品種を誕生させた。新品種はマチダイと名付けられた。



水産研究所の技術的な支えによって、事業領域を拡大するア―マリン近大。その会社名は、アルファベットの最初の文字であるA(アー)に常に水産分野の開拓者であるという決意を込め、海を意味する「マリン」と「近大」を組み合わせたものだ。
実は、研究成果を社会に生かし、その収益を研究に再投資するという好循環こそが、近大のめざす実学教育なのだ。


大阪、東京に養殖魚の料理店を初出店


「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 大阪店」

今ではクロマグロに限らず、マダイ、カンパチ、シマアジなど主な養殖対象魚種の種苗を生産。年間約2700万尾の稚魚を養殖業者に販売しており、このビジネスが売上高の六割を占める主力事業に育っている。このほか百貨店やスーパー、鮮魚店などにマダイやシマアジ、ブリ、ヒラメなどの成魚を販売。その際に、商品には近大が卵から成魚まで責任を持って一貫生産していることを示すロゴシールを貼り、差別化を図っている。

加工食品ではチョウザメの卵であるキャビアやクエ鍋セットなどを取り扱う。チョウザメの腹から取れるキャビアを30グラムずつ瓶詰めにして限定販売している。「キャビアを採取した後のチョウザメを生かせないかと考え、技術員が腹を縫合し放流したが、残念ながら2、3日しか生存しなかった」(逵浩康社長)そうだ。

さらなるBtoC(消費者対象)ビジネスに踏み込んだのが2013年4月。商業施設、グランフロント大阪(大阪市北区)に「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」と称する養殖魚の専門料理店を初出店したところ、「〝近大マグロ〟が食べられる店」として話題を呼び、予約が取れないほどの人気店となった。同年末には東京・銀座にも二号店を出店し、こちらも好評を得ている。


人気メニュー「近大マグロと選抜鮮魚のお造り盛り」

日本人のグルメ客だけでなく日本を訪れる外国人観光客も来店するようになり、店では英語、中国語、韓国語のメニューを用意。メニューはランチの「近大マグロと選抜鮮魚の海鮮丼」(1,850円)などのほか、宴会コース(4,500円から)なども取り揃える。水産研究所の所在地にちなみ、和歌山県の特産品である南高梅や温州ミカンを利用した果実酒なども品揃えし、店名が示す「紀州の恵み」を意識した店づくりを心がけている。

提供される魚はほぼ全て近大産の養殖魚であるために、魚の誕生日や与えられた飼料、いつ消毒が行われたか、などの履歴(トレーサビリティ)が即座に分かり、消費者の安心にもつながっている。

また、刺し身には、近畿大学で一貫して生育されたことを示すため「卒業証書」が添えられる。証書には「あなたは近畿大学の水産養殖課程を優秀な成績で卒業され、お客様にご満足いただけるよう立派に成長したことをここに証します」という文章が記され、ちょっとした〝遊び心〟が垣間見える。

逵氏は「店にはリピーター客も多く刺し身などの味覚が受けている。養殖魚は天然魚に比べて味が劣ると言われてきた消費者の〝常識〟が変わり、養殖でも天然に負けないくらい美味しいと思ってもらえたことは大きな成果だ」と話す。

また、2011年から研究所において取り組んでいる、植物性のタンパク質を配合した飼料を使って育てたクロマグロを試験的に店舗で提供し、顧客からアンケートを取得するなど、店舗を活用した新たな研究開発にも取り組んでいる。


大学学部との連携で意外な展開も



稚魚や成魚の国内での販売実績を積み重ねた結果、「近大マグロ」をはじめ近大の魚の養殖技術は高く評価されるようになった。その近大マグロに目を付けたのが、トヨタ自動車系の総合商社、豊田通商であった。2014年、豊田通商とア―マリン近大は覚書を締結。
長崎県五島列島と沖縄県の国内2カ所の海に豊田通商の子会社が漁業権を取得し、近大マグロの養殖に乗り出した。今後、両者の協力体制により近大マグロの生産量を一気に三倍にまで伸ばす計画だという。

一方、海外展開も視野に入れる。2016年2月、近大はマレーシア・コタキナバルにあるサバ大学と共同で養殖開発センターを設立。ハタ類やナポレオンフィッシュ、ナマズなど現地で好まれる魚種の量産化に向け養殖をスタートさせたが、今後、その流通を担うのがアーマリン近大だ。マレーシアに研究拠点を得たことで絶滅が危惧されるニホンウナギの生態などを調査し、養殖技術の確立を目指したい考え。

また、麺類製造のエースコック(大阪市)とも提携し、近大マグロのだしを使ったカップラーメンを数量限定で販売するなど、異業種とのコラボレーション(協業)にも積極的。

肌にいい、美容にいいといわれるタンパク質成分の「コラーゲン」だが、実はマグロにも含まれ、同社は近畿大薬学部の教員とともにマグロ・コラーゲンを研究。これを生かした「リップスクラブ」という唇用の化粧品を開発するなど、副産物の有効活用にも乗り出している。

さらに、出店した料理店ではメニューの開発に農学部食品栄養学科の学生が協力。料理を盛り付ける器に文芸学部芸術学科の学生が制作したものを使用するなど、総合大学の強みをフルに発揮したユニークな取り組みを行い、学生の実学教育の場として役立てている。もしかすると近い将来、アーマリン近大の経営陣に経営学部の学生が起用される日が来るかもしれない。


《会社概要》
会社名    株式会社 アーマリン近大
URL http://www.a-marine.co.jp/
設立     2003年2月
事業内容   クロマグロ、マダイ、シマアジ、トラフグなどの養殖用種苗、および20種以上の成魚、加工品の販売。養殖魚専門料理店の経営。

《会社プロフィール》
 近畿大学水産研究所及び水産養殖種苗センターを母体として設立された大学発のベンチャー企業。クロマグロの養殖に成功、「近大マグロ」として販売し注目を浴びた。研究開発の成果をビジネス化し、その収益を再び研究に投資する実学教育の一端を担う。養殖用種苗(稚魚)販売が主要事業で、マダイは2割以上、シマアジでは7割以上のシェアを有する。養殖業界の活性化と水産資源の安定供給をめざし、直営レストランの運営、海外進出にも積極的に取り組む。


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