2026.01.08
15年がかりの努力で完成した世界最大の「魔鏡」。光に浮かぶ裏面の模様の不思議を解き明かす

- Kindai Picks編集部
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近畿大理工学部の研究グループが、世界最大となる直径約1メートルの魔鏡「天人一(てんにんひとつ)」を完成させました。青銅製の鏡に光を当てると、壁に鏡の裏面の模様が浮かび上がる。古代から伝わる「魔鏡現象」の解明を目指し、15年以上かけて巨大魔鏡を作り上げた近畿大学理工学部機械工学科 元シニアサイエンティスト釘宮公一と近畿大学理工学部 機械工学科 教授 淺野和典に、プロジェクトの全貌を聞きました。
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直径約1メートルの巨大な魔鏡。反射した光から、像が浮かび上がる。
専門:材料科学、魔鏡研究
松下電器産業(現パナソニック)株式会社で半導体をはじめ材料の研究に従事後、2005年に近畿大学へ。シリコンウェハーの検査方法を探索する中で魔鏡に出合い、以来40数年にわたり研究を続ける。
専門:金属基複合材料、鋳造
金属をセラミックス粒子や繊維などで強化した耐熱・耐摩耗・高機能複合材料に関する研究、重要な機械材料の一つである鋳鉄の組織や機械的性質に関する研究などを行う。
教員情報詳細
魔鏡とは何かーー裏面の模様が表に現れる、通常は「あり得ない現象」
ーーまず最初に、「魔鏡」とはどういうものなのか、教えていただけますか。釘宮:魔鏡とは、青銅などの金属を磨いて作られる鏡です。魔鏡の起源は、2000年以上前の古代中国で、日本には弥生時代に伝わったとされています。それ以来、数々の魔鏡が作られ、キリスト教が禁制だった江戸時代には、「隠れキリシタン鏡」といって、マリア様の像が浮かび上がる鏡が密かに信者の間で拝まれたと伝わっています。
ーー非常に歴史あるものなんですね。それを今、なぜ先生たちは研究しているのでしょうか?

取材に応じる淺野先生。釘宮先生はオンラインで参加
淺野:魔鏡には、今も解明されていないサイエンス上の「謎」があるからです。魔鏡の裏面には仏像や動物、建物などさまざまな文様が凹凸で描かれています。不思議なことに、表面を綺麗に磨いて鏡にし、そこに光を当てると、反射して壁に映った光の中に、裏面の模様がぼんやりと映し出されるんです。普通に考えるとあり得ない、不思議な現象ですよね。

ーーえ??? 鏡の面は平らに磨かれているのに、なぜ裏面の模様が映し出されるのでしょうか。
淺野:いくつかの仮説があります。有力なのは、鏡を磨く際の力のかかり方の違いでわずかに鏡に凹凸が生まれ、光の反射に影響するという仮説です。裏面に凹凸があるということは、鏡の厚さは出っ張っている部分は厚く、そうでない部分は薄くなります。すると同じ力で鏡を磨いても、薄い部分は強度が弱くぼこっとへこんでしまうため、結果的にあまり削れません。一方、厚い部分は頑丈なためへこまず、そのまま削れてよく磨かれます。

淺野:その結果、裏面の凹凸に呼応するように鏡の表面にも、人間の目では見えないほどのわずかな凹凸が生まれるんです。そこに光が当たると、へこんでいる部分とそうでない部分で光の反射が微妙に変わり、それが壁に映し出されるというわけです。

ーーなるほど、それで魔鏡の原理は説明できるのでしょうか。
淺野:いえ、この説が有力ですが、それだけでは説明できないこともたくさんあります。「同じ形状でも文様がはっきり映る個体と薄い個体があるのはなぜか」「研磨条件(圧力、角度、方向、工具の硬さ)が、光にどんな影響を与えるか」といったことはブラックボックスのままです。鏡を作ったときの内部の歪みが関係しているという説もあり、まだまだ解明すべき点が残されています。今回の大魔鏡を作ったのは、その「魔鏡の謎」を解明することが目的なのです。

世界最大の魔鏡への挑戦、「1メートル」という壁
ーー今回完成した魔鏡は、直径1メートル5センチにもなります。釘宮:2005年に研究計画を立てた時、「魔鏡のメカニズムを詳しく調べるには、なるべく大きい方が都合がいい」という話になりました。そこで、きりのいい大きさで1メートルを目指すことにしたんです。つい最近まで世界最大の魔鏡は、京都の鏡職人の方が作られた30数センチのものでしたので、面積にすると約10倍ほどの大きさになります。
淺野:それだけ大きな魔鏡を作るのは、本当にチャレンジングでした。まず鏡の本体を作るため、私の恩師で理工学部元教授の米田博幸先生が懇意にされていた、東大阪の都金属工業株式会社という会社に鋳造を依頼しました。薄くて大きな金属鏡を作るには、まず砂で「型」を作って、そこに溶融した金属を流し込む必要があります。溶融金属を型のどの場所から入れて、どういう順番に流していくかが重要で、それが適切でないと、型の隅々までいきわたる前に、金属が固まってしまう危険があります。鏡を欠陥なく作るために、型の設計には非常に苦労しました。

鋳型を作るための模型。これに粘結剤をまぜた砂を入れ、固めて鋳型を作る。


模型を引き抜いてできた鋳型の空隙に溶かした金属を流し込む(鋳造)
ーー型に流し込んだら、それで終わりではないわけですね。
淺野:はい。金属が型の中で時間をかけて固まっていくと、だんだん縮んで体積が減り、場所によってはくぼみが残ります。そのくぼみが鏡側の面だったら、もう鏡として機能しなくなってしまいます。また内部に空洞ができたら、磨いているうちに凹みや穴が出てくる可能性もあります。そうならないように鋳造できたのは、都金属工業株式会社の経験が大きかったですね。

旋盤を使って薄くなるまで加工する。
釘宮:都金属工業株式会社は、もともと船のスクリューなどを作られている会社で、今回の鏡のような薄い鋳物の鋳造は初めてでしたが、非常にがんばってくれました。
ーー最初から1メートルの魔鏡の製作にチャレンジしたのでしょうか?
淺野:いえ、まず直径60センチの鏡をテスト的に複数製作し、なんとかいけそうだと判断してから、1メートルの鏡にチャレンジしました。そこに至るまでに数年かかりました。

完成した魔鏡の裏面。

表面は水平に磨かれている。
15年以上も製作にかかった理由とは
ーー今回の世界最大の魔鏡の完成までには、15年以上もかかったと伺いましたが、いったいなぜそんなに時間がかかったのでしょうか?釘宮:それはもう単純な話で、「鏡が大きすぎたから」です。鋳造した鏡を、機械でできるところまで薄くして、「これ以上は機械では無理」という段階から、手作業による研磨に移りました。その仕上げ磨きに、15年以上かかりましたね。
ーー手で磨く? そんな大変な磨き作業を、よく受けてくれる工場がありましたね。
釘宮:いえいえ、磨いたのは全部、私です。一人ですべてを磨いたので、それで15年かかったんです。
ーー先生がお一人で! それはビックリです。どのように磨かれたのでしょうか。
釘宮:まずは市販の粗いやすりで粗磨きをして、次に目の細かいやすりに変え、その後はサンドペーパー、これも粗いものから細かいものへと順番に変えていきました。普通のやすりは長さが30センチぐらいしかないので、1メートルの鏡には使えません。そこで、やすりを取り付ける「かんな」のような道具を作って、かんながけのような要領で磨いていきました。平坦度を測る定規も、市販のものは微妙に歪んでいて使えなかったので、自分で精密な定規を制作しました。
ーー工場の大型機械で磨くことはできなかったのですか。
釘宮:機械でも磨けますが、それでは魔鏡にならないんです。機械加工は人の手より圧倒的に早く磨けますが、早くできるということは、無理な力をかけるわけです。そうすると材料が変に歪んでしまう。魔鏡を作るには、非常にゆっくり磨かないとダメなんです。機械ならば5秒で終わる作業を、1時間以上かけてやりました。ゆっくりやるというのが、魔鏡作りの一つのキモなんです。
ーーつまり、古代の魔鏡作りと同じ手法ということですか?
釘宮:そうです。それが魔鏡作りの理想的なやり方なんです。すべて手探り状態で、しかも暑い夏は大変なので休んで、秋冬が磨き作業の本番でした。1日2、3時間、休み休みやっていたとはいえ、これだけの大きさの鏡を磨き上げるのは本当に大変で、それで結局15年かかったわけです。
ーー魔鏡として完成したとわかったのはいつ頃ですか。
釘宮:磨いているときに、相手(鏡)がへこむのがわかるんです。小さい鏡ではそういう感覚はないんですが、この大きさになってくると、手のひらより面の方が遥かに大きいので、相手がへこんでいるか、出っ張っているかがわかるんです。鏡の厚さが4ミリぐらいに削れてくると、表面のへこみ具合を感じ取れてきます。事前の計算でも薄い部分が4ミリに到達した時点で魔鏡になるとわかっており、手応えが変わった段階で「この部分はもう魔鏡になっているな」と感じました。
ーーそれは15年かけて磨いてみないと、わからない世界ですね……。

厚さ4ミリの魔鏡。光を透かすと表からも裏面の文様がうっすら見える
半導体研究から魔鏡へーー意外なきっかけ
ーー釘宮先生は1991年に『驚異の魔鏡技術』という論文を発表されています。今から30年以上も前に、魔鏡の研究をされるようになったきっかけは何だったのでしょうか。釘宮:私は当時、松下電器産業(現パナソニック)で半導体ウェハーの研究をする技術者でした。ウェハーは、鏡のようにピカピカに磨かれた円盤状の板で、非常に厳密なレベルで平坦でなければいけません。その表面検査のいい方法を調べているうちに、魔鏡にたどり着いたんです。
ーー半導体から魔鏡ですか! かなり飛躍があるように感じますが……。
釘宮:そうでしょうね(笑)。当時の半導体ウェハーの表面検査は、現在に比べるとはるかに原始的で、蛍光灯を斜めに透かして見るという方法で行われていました。ウェハーにわずかな歪みがあると、蛍光灯の直線が歪んで見えるのでそれで不良品がわかるのですが、あまりに非効率でした。そこで何かいい検査方法はないかと試行錯誤するうちに、「そういえば、子どもの頃に雑誌で読んだ『世界の七不思議』の中に、『魔鏡』という不思議な鏡があったな」と思い出したんです。
ーーふむふむ、そこで魔鏡が登場するわけですね。
釘宮:淺野先生のお話にあったように、魔鏡は裏面の凹凸が、鏡に投影された壁に映し出されます。その原理を応用して、半導体ウェハーのわずかなでこぼこを、魔鏡のように壁に投影できないかと思ったんです。後になって調べてみると、当時国内にもう一人、魔鏡の原理を応用して、シリコンウェハーの検査方法を研究している方がいました。その方の研究はあまり進んでおらず、結局、私一人が手探りで進めていました。
ーー釘宮先生が魔鏡にこれほどのめり込んだ理由は何だったのでしょうか。
釘宮:隠れキリシタンの魔鏡です。ある時、新聞を読んでいたら、京都の和鏡の職人の方が「隠れキリシタンの魔鏡を再現した」と新聞記事に出ていたんです。山本凰龍さん(故人)という、ローマ法王にも魔鏡を献上した方で、その磨きの素晴らしさ、数千年前から伝わる技術に、感銘を受けました。魔鏡研究にのめり込んだのはそれからです。私にとって魔鏡は、登山家が「目の前に山があるから登る」というのと同じです。磨けば磨いただけ、新しい世界が見えてくるんです。
ーーなるほど、そういう流れだったんですね。腑に落ちました。淺野先生は、どのようにして魔鏡と出合われたのですか。
淺野:30年以上前、大学院生のときに、オープンキャンパスで何か高校生にインパクトのある出し物がないか考えていた時、先輩から「うちの研究室のどこかに、『魔鏡』という珍しいものがあるはずだよ」と教えてもらったんです。研究室のロッカーを探すと、本当に魔鏡が出てきました。私の恩師で理工学部元教授の米田博幸先生が、80年代に魔鏡に関連する論文を出されていたんですね。光を当てると、観音様の像から後光が差すような文様が、壁にきれいに映し出され、驚くとともに「これが本物の魔鏡か」と感動を覚えました。
ーーロッカーの奥から出てきた鏡が、魔鏡研究のきっかけに。
淺野:その後、2005年に学内で産学連携研究推進事業が立ち上がり、そのメンバーとして釘宮先生が参画されました。釘宮先生がパナソニックを定年退職されて、近畿大学にシニアサイエンティストとして赴任された時ですね。そこから、釘宮先生、米田先生のお二人で本格的な魔鏡研究が始まり、米田先生がご退任後は、私がその後を引き継ぐことになったという次第です。
世界から注目を集める魔鏡研究
ーー2025年8月に開催された第6回国際魔鏡同好会で、この魔鏡をお披露目されました。反応はいかがでしたか。淺野:海外5カ国から、半導体関係や光学関係を始めとする幅広い分野の研究者が8名来られました。皆さん、大いに魔鏡に関心を持たれていて、光の反射の光路を調べるなど非常に熱心に「天人一」をご覧になっていました。
ーー海外でも魔鏡を研究されている方がいるのですね。
釘宮:今は国内よりも海外の方が多い状況です。やはり光学の専門家が、半導体技術などへの応用を視野に入れて研究を進めているケースが多いですね。他にも博物館に勤務する考古学の研究者や、歴史学者、科学史の先生など、いろんな分野の方が国際学会には参加されています。
第6回国際魔鏡同好会で発表する釘宮
第6回国際魔鏡同好会での集合写真。「o」と「0」の順番を間違ったのはご愛敬
ーーこの魔鏡は「天人一」と名付けられました。名前の由来を教えてください。
釘宮:近大の学園章をぼんやり眺めていたとき、梵字の「天」と「人」が浮かんできたんです。天というのは宇宙や、地球を意味します。中国の古典では、人格の優れた人のことを「大人(たいにん)」、欲望にまみれた人を「小人(しょうにん)」と呼びますが、この地球に住む人が「一つ」となり、全員が「大人」になってほしいという想いを込めました。近大の学園章自体にも「大」も「一」も、「天」という字を読み取ることができ、学生さんたちが卒業後、世界に飛び出て活躍してほしいという気持ちも込めています。
ーー最後に、今後の展望を教えてください。
釘宮:この世界最大の魔鏡をギネス世界記録に認定してもらおうと、近畿大学に動いてもらっているので、うまくいけばいいなと思っています。また、オンラインの「魔鏡コミュニティ」がありまして、そこで世界の研究者とディスカッションする中で、新しい魔鏡のアイディアも出てきています。新たな魔鏡を作っていくのも今後の楽しみです。
淺野:ギネスに認定されれば、鋳造という古くからの技術が、改めて大きく世の中に取り上げられると思います。魔鏡現象は釘宮先生がおっしゃったように、現在でも半導体技術などへ活用されています。私たちの研究室でも今、4年生が卒業研究で、魔鏡の光の動きをコンピューターで可視化・数値化する研究を始めています。そうした取り組みが魔鏡現象の解明の一助になれば、すごく嬉しいですね。
第6回国際魔鏡同好会でポスター発表をする学生※
※本学4年生の山崎亮太君(写真)が優秀発表賞を受賞しました。
15年という歳月と、研究者の執念が生み出した世界最大の魔鏡「天人一」は、古代から続く日本の技術の素晴らしさと、現代科学の探求心が融合した結晶といえるでしょう。裏面の模様が光の中に浮かび上がる瞬間、そこには不思議な現象以上の、研究にかける熱い思いを感じることができます。
世界中の研究者が注目する魔鏡研究。その最前線に立つ近畿大学から、これからも新たな発見が生まれることでしょう。

取材・執筆:大越裕
撮影:北川 暁
編集:高嶋まり子
ディレクション:人間編集舎
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