「株式会社東京商工リサーチ」(以下、TSR)は1892年創業、国内最古の企業信用調査会社です。国内約1,000万社・海外6億件超のデータベースを基盤に、企業の信用情報や財務状況を分析したレポートを提供しています。メディア向けには市場動向の調査報告も配信し、“情報収集と分析のプロ集団”として、官公庁や金融機関を含む幅広い顧客から高い信頼を得ています。今回は近畿大学を卒業後、調査員からキャリアをスタートし、2015年に社長に就任した河原光雄さんと、関西支社所属の近大OB社員に集まっていただきました。

河原 光雄(かわはら・みつお)さん
株式会社東京商工リサーチ 代表取締役社長。1954年奈良県生まれ。1976年に近畿大学商経学部経営学科卒業後、同年TSRに入社。2004年に常務取締役、2007年に専務取締役を経て、2015年6月より現職。

新田 善彦(にった・よしひこ)さん
1998年に近畿大学商経学部経済学科卒業後、故郷である奈良県内の金融機関に就職。企業訪問時にTSRのデータを活用し、一次情報の価値を実感。2005年にTSRに中途入社。調査員を経て、現在は関西支社情報部のリーダーを務め、新聞やテレビなどにも多数出演。

川崎 翔太(かわさき・しょうた)さん
2019年に近畿大学経営学部経営学科卒業後、同年TSRに入社。関西支社調査部に所属。これまでに数千社の企業を取材、社長の名刺の枚数が成長の証し。2024年度には数百名の調査員の中から上位数名が選出される全国優秀社員調査員特別表彰を受賞。

入江 滉(いりえ・ひろ)さん
2025年に近畿大学経営学部会計学科卒業後、同年TSRに入社。関西支社調査部に所属。持ち前のコミュニケーション能力と前向きな性格は学生時代に培われた自慢の武器。現在は先輩社員の指導を受けながら、日々奮闘中。
相撲部出身の力士、焼マンの「あまから丼」。時代がつなぐ近大の縁
——みなさんは同窓生ではありますが、世代は異なりますよね。それぞれ学生時代の思い出から振り返っていただけますか?
河原社長
大学といっても、私に関しては半世紀前の記憶ですからね。それでも最初に浮かんでくるのは当時は相撲部が強くて存在感があったな、ということです。近大相撲部出身の力士やプロレスラーが話題になっていました。当時は近大に限らず、大学に進学する女性が少なかった印象があります。中庭には応援団が集まっていたりして、今のキャンパスとは異なる雰囲気が漂っていました。
新田さん
私はアルバイトと遊びに明け暮れた学生生活でした。アルバイトで貯めたお金はほとんど海外旅行に使っていましたね。もちろん勉強もしていましたよ(笑)。
川崎さん
私はベトナムへのゼミ旅行が一番の思い出です。スプーン工場や靴のソールを製造する現場を見学させていただいたのですが、学生時代にものづくりのリアルに触れられたのは貴重な経験でした。あとは、よく食べていた「味店 焼マン」の「あまから丼」は思い出の味ですね。焼マンでは、入江さんのお姉さんも働いていたと聞いて驚きました!
入江さん
もしかしたら川崎さんは、知らずに私の姉と会っていたかもしれません(笑)。実家が近大のすぐ近くで、たくさんあるお店の中でも焼マンは特に思い入れがあります。私は経営学部会計学科でしたが、会計はあまり得意ではなくて……その分、人より長く学校にいて勉強していました。
経営やマーケティングなど他学科の授業も積極的に履修し、幅広い知識を吸収できただけでなく、いろいろな人と出会えたのも良い経験でした。
新田さん
人ともまじめですね(笑)。ちなみに焼マンは私の在学中にオープンしたみたいなのですが、当時は今ほど定番という感じではなかったかもしれません。こんなに盛り上がる話題だなんて!
河原社長
最近、ニュースなどで近大構内の様子を見ることが増えましたが、新しい施設やお店がどんどんできていますよね。昔ながらのエネルギッシュさは受け継がれながら、大学を中心に洗練された雰囲気になっているのはうれしいですね。
生え抜きトップと社員が明かす、近大卒業後のキャリアパス
——社員のみなさんはどんなきっかけで入社し、どのようなお仕事をしているのですか?
河原社長
入江さんは今年入社の新人ですが、今どんなことを感じているのか、私も気になります。
入江さん
就職活動をする中で「あらゆる業種、企業に触れられる環境で働きたい」という思いが芽生え、TSRを志望しました。
入社してからは日々、企業のヒアリングと信用調査に取り組んでいますが、想像以上に業種が多くて勉強することがたくさんあります。やりたかったことができている実感があり、先輩に相談しやすい環境なのもあって充実しています。川崎さんは学生時代、「社会人になった自分」にどんなイメージを持っていましたか?
川崎さん
正直に言うと、もっとカッコよく働いている姿を想像していました(笑)。まだまだ目の前のことで精一杯で……ただこれはいい意味で、学生のころのがむしゃらな自分と同じなのかも。私自身は経営者と直接会って、信用という切り口から企業を深く知ることができる点に魅力を感じて、TSRに入社しました。今年で7年目になりましたが、入江さんと同じで、これから先も調査業務を学び続けていきたい、という思いが強くなっていますね。
河原社長
自分が現場に出ていたころの熱量や勢いを思い出しますね。新田さんは、このメンバーでは唯一の中途入社です。どんな経緯でTSRに魅力を感じてくれたのか、改めて聞かせてください。
新田さん
新卒採用で就職したのは故郷・奈良の金融機関でした。実は働くようになって初めてTSRを知ったんです。金融機関に勤務していたときも多数の企業を訪れるのですが、その際、事前に訪問先のデータを持っているかどうかで、その後の成果に大きな違いが出てくるんです。TSRが提供している情報を活用する機会は多かったですね。
そして調査会社への興味が高まっていたころ、TSR奈良支店の求人が出ているのを知り、門をたたいたのが始まりでした。現在は関西支社情報部で、データ分析と並行してメディア対応も担当しています。執筆した調査記事が翌日の新聞やテレビで取り上げられることもあり、世の中に必要とされている実感は大きいです。
——河原社長は就任から10年が経過しましたが、若手時代はどのようなキャリアを歩んで来られたのですか?
河原社長
関西支社に入社し、私も調査員としてスタートしました。調査員の期間が長かったので、現場主義の考え方が自然と身についたと思います。会社の西日本側の組合委員長を務め、その後、関西支社次長に昇進。内勤に移りました。
川崎さん
調査員からのたたき上げですね……僕たちも頑張らないと。
河原社長
その後は予想外の転勤もありましたが、今でも大切にしている「上司は、自分のチームに来た人を大歓迎すべき」という考えのもとになる期間でしたね。会社員というのは時に、自分の意思と関係ない配置転換もありますからね。就職したときは「家業を継ぐか、サラリーマンになるか」という時代。若いころは社長になろうという思いは特にありませんでしたが、さまざまな巡り合わせがあって今に至ります。
近大での実践型の学びが、仕事にも生かされている
——学生時代の経験が生きていると感じる瞬間はありますか?
川崎さん
ゼミでの研究活動を通じて、中小企業やスタートアップ、ベンチャー企業の基礎的な知識を身に付けた状態で社会に出られたのは良かったと思います。また在学中に中小企業診断士の資格勉強にも取り組んだとき、TSRが手がけた資料を使うことが多かったです。図らずもデータを“使う側”を先に経験したことで、いま自分が行っている調査の“その先”を想像しながら取り組めていると感じています。
入江さん
在学中はとにかく真面目に授業を受けて、遅くまで残る、という生活でした。苦手意識のある会計に食らい付いて地道な努力を重ねた経験は、新しい知識や手続きを粘り強く身に付ける姿勢に通じていると思います。
新田さん
さっきも話した通り、アルバイトと旅行に明け暮れた大学生活でしたが、計画的に資金を貯めては海外へ行き、異文化に触れて広い視野を得た経験は、今の情報収集や人とのやり取りに生かされていますね。
新田さん
学業で得られた経験も大きいです。統計学のゼミに所属していましたが、課題が難しく、特に卒業論文には苦労しました。「囚人のジレンマ」のビジネスへの応用、といったテーマだったと記憶しています。このとき必死に打ち込んだことで、数字と向き合う姿勢が鍛えられましたね。
近頃の近大は特に「実学」を色濃く打ち出している印象がありますが、どの時代もそうかもしれませんね。河原社長のころはいかがでしたか?
河原社長
当時から、実業家など実社会での経験が豊富な先生方から教わる機会がありました。銀行出身の先生からは「河内永和法務局(大阪法務局 東大阪支局)に行って、会社の登記簿を見てきなさい」と言われましてね。学生ながら法務局に行ったのをよく覚えています。会社に入ってから「あれは社会に出てから生きる勉強だったな」と深く実感しましたよ。
あとは、やはり人との出会いですね。特にゼミ仲間とは長年親しく、人生の財産ともいえます。4年間大学に通わせてもらったことで、人間の見方や出会いが大きく広がりました。
——普段のお仕事の中で、社外でも近大出身者と出会うことはありますか?
新田さん
社内外問わず、たくさんありますね。実は、私がTSRに入社したときの奈良支店長も近大OBでした。社外の人とも、ふとしたときに出身大学の話題になり「近大です」「あなたもでしたか!」と話が広がる、なんてことも多々あります。
川崎さん
私が訪問したとある取引先の社長も近大卒で、話が盛り上がり、結果的に契約につながりました。
川崎さん
ありがとうございます(笑)。これは特殊なケースかもしれません。とはいえ経営者の方々とお会いする上で、近大卒という共通項が信頼関係構築の第一歩になる場面は少なくありませんね。さすが、社長の出身大学ランキングにおいて西日本1位といわれるだけあるなと実感させられます。
河原社長
同窓生の結び付きが強いのは喜ばしいことですが、実力を磨くことを怠ってはいけませんよ(笑)。近大卒の経営者が約6,000人。これは素晴らしい数字です。今となっては私もその1人ですが、大学はこの実績にもっと誇りを持って発信していいと思います。
このように、社内でも世代を超えて距離が縮まるのは面白いですね。
新田さん
大学周辺のお店や食堂の話題など、時代ごとに微妙にギャップはありますが、その情報交換も楽しいですよね。改めて「近大卒」は人と人をつなげるパスポートなのだと実感しました!
それぞれの現在地から見据える夢へ。協業への決意を新たに
——河原社長は会社という組織づくりにおいて、どのような考えをお持ちですか?
河原社長
私は「全員にフラットに接する」というのが信条です。取引先・部署・立場に傾き過ぎず、公平なリーダーシップを徹底する必要があると考えています。
新田さん
この場もそうですが、上層部とも日常的に直接コミュニケーションを取れるのは、TSRの魅力だと感じています。とはいえ、日頃たくさんの経営者をヒアリングしているのに、自社のトップと話すのが一番緊張しますね(笑)。
河原社長
堂々としていて、緊張しているようには見えませんよ(笑)。もちろん我が社にも課題はあります。現在は全国82拠点に社員が分散している状況です。ウェブ会議で顔を見るだけでは一方通行になりがち。これからは対面の機会をつくることも必要ですね。
お陰様で当社はこの10年、増収増益を記録しています。まずは調査を実施する社員たちが、その意義を深く理解した上で業務に従事してくれていることが大きな要因です。川崎さんも自身の経験と照らし合わせて語ってくれましたね。そして、顧客獲得という重要な要素とも噛み合っている。会社は社員の力の集積で成り立つものです。もちろん努力は大切ですが、人との巡り合わせや協働の精神にも気を配ってほしいと思っています。
——皆さんのそれぞれの目標や夢を教えてください。
新田さん
情報部のリーダーとして、当社の調査・分析が活用される場面を増やし、TSRの認知度を高めたいですね。「社名は聞いたことがあるけれど、どんな会社なの?」という認識の方がまだまだ多いと感じます。皆さんが「東京商工リサーチ調べでは……」というフレーズを見聞きする機会を増やすことが、当社の役割を知っていただくことにつながると考えています。
川崎さん
さまざまな企業を訪問する中で、「国内外問わず新たな市場に打って出たい」という社長さんによく出会います。当社が持つデータを活用していただくことで、それを後押しでき、さらに私たちの事業も拡大・成長できる——その好循環を生み出し続け、TSRの業界1位奪回につなげたいです。
入江さん
私は、まずは業務に関するスキルを1つずつ習得し、数字を追える調査員になりたいと思っています。今日のお話を聞いて「現場から経営陣へ」という線が浮かび上がってきたので、僕もトップを目指します。
河原社長
それは頼もしい! ここにいるメンバーをはじめ、若い社員から会社の将来を担う人物が出てきてほしいと常に願っています。
社会情勢や市場の変化に伴い、ときには需要が落ち込む業界も出てくるもの。会社が長きにわたり必要とされるためには、社会に貢献し続けることが不可欠です。そのためにも、正確で迅速な企業データを提供し続けることが重要。これからも、みんなと手を取り合って努力していきます。
取材:トミモトリエ
文:山瀬龍一
写真:牛久保賢二
編集:
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