2017.09.22
読み手の存在を根底から揺さぶる“何か”がある~「三島由紀夫文学館」新館長が語る、三島文学の魅力
- Kindai Picks編集部
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昭和を代表し、戦後社会に絶大な影響を与えた作家・三島由紀夫。その直筆原稿や創作・取材ノート、書簡などを数多く所蔵する「山中湖文学の森・三島由紀夫文学館」の館長に、2017年4月、文学部・佐藤秀明教授が就任した。佐藤教授は、1999年の文学館の立ち上げ当初より、研究員としてその運営に参画。館長就任を機に、三島文学のすばらしさやその人間像などについて、あらためて話を伺った。
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佐藤 秀明(近畿大学文学部教授)
1955年神奈川県生まれ。2003年より現職。三島由紀夫の研究を続け、『決定版三島由紀夫全集』(新潮社)の編集や、雑誌『三島由紀夫研究』の発刊などに携わる。三島由紀夫文学館のオープン時には、三島家から山梨県山中湖に譲渡された膨大な資料の整理や内容の取りまとめに尽力。著書に『三島由紀夫――人と文学』(勉誠出版、2006年)、『三島由紀夫の文学』(試論社、2009年)、『三島由紀夫の言葉 人間の性』(新潮新書、2015年)など。
どこまでも精緻につくられた作品世界に引き込まれた
――ご自身の、三島由紀夫作品との出会いを教えてください。
最初は、中学生のときに読んだ『潮騒』でした。と言っても、もともと読書好きの少年というわけでは全然なかったですね。むしろ年中サッカーボールばかりを追いかけていたのですが、ある時期から「スポーツと学校の勉強だけをしていてもダメで、自分に欠けているもっと重要な何かがあるんじゃないか」と思うようになり、中学生でも読める大人の文学に手をつけるようになりました。『潮騒』もその一つです。
ただ、三島作品の魅力に本当に引き込まれたのは、高校生のとき読んだ『金閣寺』でした。中身は難しくて何だかよく分からなかったものの、分からないなりにとにかくおもしろくてすごい作品だと。主人公の僧侶は自分にとって最上の美である金閣寺に放火するのですが、その理由が普通の理屈では到底説明がつかないのです。日常性とは関わりがないある観念に突き動かされて、人はとてつもない決断をすることがあるのだと実感しました。
――その後、本格的に三島由紀夫研究に取り組むようになるまでの経緯とは?
大学受験まで文学部に行こうかどうか迷っていました。ですから、まだ全然三島由紀夫を研究したいと絞り込んでいたわけではありませんでした。大学3年生になって卒論をどうするかと考える段階になって、いろんな作家の作品を激しく乱読した時期がありました。その中でも一番ピンと来るのがやはり三島由紀夫だったのです。結局、卒論では『金閣寺』を論じました。とにかく精緻につくり込まれ、いろいろな事柄が見事に照応し合っていて、そこに自分が気付けば気付くほどおもしろみを増す作品です。
鋭い目で問題を切り出し、社会に示すのが三島由紀夫
――三島由紀夫が、当時の社会に与えた影響をどのようにお考えですか?
文学界でも、それを超えても、本当に強大な存在だったと思いますが、社会に与えた影響の大きさを言うなら、やはりその「死」でしょう。三島は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室に立てこもり、憲法改正のために自衛隊の決起を呼びかけた後に割腹自殺を図るわけですが、自分の発言に責任を持つために生命を燃焼させてしまうのです。私も当時中学3年生だったのでよく覚えていますが、その社会的な衝撃は途方もなく、テレビもラジオも新聞も、三島の事件一色になりました。
――戦後文学を牽引した三島由紀夫ですが、当時、なぜそこまで三島作品は人々を熱狂させたのでしょうか?
問題を先取りする目が鋭かったのだと思います。人や社会が無意識に感じていることを非常に鋭く見抜いて、作品の中で表現していく。思いもかけない展開に、多くの人が「そこに問題があったのか」「そういうふうに考えるのか」と気付き、驚くわけです。これは紋切り型の思考ではできません。多くの人はある事柄が紋切り型かどうかは分かっても、ではそれをどうすれば超えていけるかは見当がつかないものです。三島は、その作品にせよ発言にせよ、物事を新しい視点から切り拓いていく力が大変強かった。それは題材の選び方にも表れていて、宇宙人やUFOを扱った『美しい星』も、同性愛というテーマを綴った『仮面の告白』も、当時は画期的なものでした。
――三島由紀夫の人間像に感じる魅力とは?
三島は、社会生活を極めてきちんと送る人でした。約束は守るし、時間には遅れない、もちろん原稿締切は厳守。考えられないようなすさまじいハードスケジュールを、秘書も置かずに全部自分で管理してこなしていました。人付き合いも悪くなく、若い相手にも丁寧に接し、他人への礼を尽くしています。そんなふうに社会性が高いのに、強い反社会的な思想の持ち主です。この非対称性が三島由紀夫という人物の“幅”であり、魅力をつくっているのだと思います。
――そうした社会性の高い人物が、なぜ反社会的な思想を持つことになったとお考えですか?
たぶん、逆なのでしょう。もともと三島は「この社会の中では自分は受け入れられない」という異端意識を持った人で、だからこそ社会生活はきちんと送らなければならないと自身を厳しく律していたのだと思います。ただ、それだけでは満足できず、自分の中にある世界への違和感を徹底して書きたいと思うようになり、それが創作の原動力になっていた。実際、三島は45歳で死去するまでに、全集にまとめて44巻にのぼる膨大な作品を書き残しており、これはもう普通では考えられない仕事量です。
ストーリーのおもしろさの奥にある、深淵さに触れてほしい
――三島由紀夫研究に注ぐ先生ご自身の情熱とは?
とにかく、三島に関わる全国の新聞記事、週刊誌の記事などをずっと集めています。2016年には、今まではっきりしなかった東京・四谷の三島の生誕地を4年間かけてようやく探し当てました(参照/「四谷四丁目」HP特別特集)。あの大ヒット映画「君の名は。」のラストシーンで登場する須賀神社のごく近くで、三島の作品の中に出てくるお祭りのシーンはこの神社の祭りです。
News for those in Japan too! The film with Eng. version songs and
— 映画『君の名は。』 (@kiminona_movie) 2017年1月18日
Eng. subtitles are in theaters from 1/28. Only for two weeks! #yourname. pic.twitter.com/z726237Ruy
三島文学の研究と普及が、文学館の創立以来の使命としてあり、それを継承していくのが私の役割だと思っています。最近では、「研究」分野がますます細密化していく一方、「普及」の対象となる一般の方では三島由紀夫を知らない世代も増えてきています。今まで文学館は、研究者向けと一般向けの中間あたりを狙っていたのですが、今後はこうした状況を鑑みた改変も求められるでしょう。徹底して細部にわたる研究者の手助けをする一方、三島由紀夫を知らずふらっと立ち寄った人向けには、例えば「20分で分かる三島由紀夫」のような展示の工夫をしていきたいと考えています。
――現代の若い世代に、三島文学にどのように親しんでほしいですか?
三島作品には、『命売ります』『愛の疾走』『お嬢さん』『音楽』『純白の夜』『肉体の学校』『三島由紀夫レター教室』『複雑な彼』のようなエンターテイメント性の強い作品もかなりあり、書店のポップなどで近年いきなり火がついたものもあります。「三島由紀夫は今まで読んだことがなかったけれど、読んでみたら意外におもしろかった」という声が挙がっているようです。これらの作品は、確かにおもしろいですし、安易なつくりはしていません。
なので、まずはこうした入りやすい作品から入ってから、三島が最も力を込めたメイン作品、いわゆる「純文学」の方に移るというのでも良いのではないでしょうか。三島作品の本当の魅力は、読んでおもしろいストーリーや設定のさらに奥にあります。読み手の存在を危うくするような、足元から揺さぶる“何か”があるので、そこまで読みとってもらえたら嬉しいですね。
――近大生に特に勧めたい三島作品を教えてください。
『豊穣の海』四部作(『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』)です。三島のライフワークといわれる、非常におもしろくて難解な作品です。かなり読み応えがありますが、私が普段接しているような近大生たちは本をよく読むので、こういう作品なら引き込まれていくでしょう。とにかく世界観が壮大で、おそらく三島自身も当初想定していなかっただろうラストへの展開は恐ろしい虚無感を覚えさせられるものでもあります。ぜひその作品世界を味わってください。
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