2016.01.26
一ノ瀬メイは語る。「社会が障害を作り出すなら、その社会が障害者をなくすこともできるはず」
- Woman's SHAPE&Sports リオオリンピック
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近大が世界に誇るトップアスリートの一人である一ノ瀬メイ選手(経営学部)。
雑誌「Woman's SHAPE&Sports」2015年12月号掲載の、一ノ瀬選手のインタビュー記事をご紹介します。
【追記】トヨタ自動車株式会社の新プロジェクト「WHAT WOWS YOU.」のメンバーに起用
【追記】リオデジャネイロパラリンピックで、8種目に出場。100メートル自由形では3年ぶりに自己ベストを更新。
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納得しないと、人の意見を取り入れることはできない
「大学に入るまで世界は遠くに感じていたけど、世界選手権に出てから自分でもやれば届きそうと思いました。目標も明確になったし、ちょっと気持ちも変わりましたね」
7月に出場した『IPC水泳世界選手権』(イギリス・グラスゴー)を振り返ってと頼んだ時のことだ。一ノ瀬メイはハッキリとした口調で開かれた未来について語り始めた。
「世界選手権は初めてだったんですけど、とにかく自己ベストを出し、決勝に残ることを目標に出場しました。だいたい目標は達成することができたけど、ただ決勝に残っただけで終わってしまった。出るまではリオも出場と決勝進出を目標にしていたけど、それだけでは面白くないと強く思いました。リオではメダル争いに食い込みたい」
IPCとは国際パラリンピック委員会を指す。一ノ瀬は2016年夏にリオデジャネイロで開催されるパラリンピックへの出場が期待されるホープ。生まれつき右ヒジから先はないが、そのハンディは微塵も感じさせない。過去メディアに何度も取り上げられた「何でも自分でできます。障害ではなく、特徴です」という発言を耳にした方もいるだろう。
初めてプールの水と戯れたのは1歳半の時だった。もちろん最初は単なる遊びながら、水を怖いと思ったことは一度もない。気づいたらやっていたという感じだった。
母によれば9歳の時に転機が訪れる。通っていたプールの職員に当時の日本代表の監督がおり、パラリンピックを目指さないかと薦められたのだ。一ノ瀬は競泳を始めた。それから10年、彼女に水泳の好きなところを聞くと、自分の泳ぐところが確保されているからと切り出した。
「自分のコースがあって、誰にも邪魔されず最初から最後までできる。しかも、自分がやってきたことが数字(タイム)という形で素直に出る。それが自分にはすごく合っているのかなって思いますね。対照的に対戦競技だとわからないじゃないですか。対戦相手によって調子も変わるし、水泳のように明らかな数字としては出てこない」
性格を自己分析してもらうと、即座に何でも納得しないとやらないタイプという答えが戻ってきた。
「だから何であれ理由がないとイヤ。コーチにアドバイスをもらう時も私は何でですか?と聞く。自分が納得しないと、絶対に人の意見を取り入れることはできないんですよ」
物事は何事も冷静に見極める。その度合いが強いせいだろうか、趣味にしろディープにハマることをよしとしない。ハマりそうになったら、逆に辞めるという。
ーー水泳に集中できなくなるから?
「それはたぶんありますね。邪魔されたくないというか、自分のペースを乱されるのがイヤ。お母さんは逆のタイプなので、自分には好奇心がないのかなと思う時もあります。ライブとかに行っても、我を忘れてはしゃげない。輪の中に入ってウワーッとやるのは苦手なんですよ」
ーーだから個人競技向き?
「ハイ。団体競技は人のせいにするから絶対ダメ。ただし、リレーは好きですけどね。パラの仲間(パラリンピックを目指す同志)は中学、ヘタをしたら小学校の時から知っている子が上がってきているので、結束力も強いし、楽しい。目指しているところが一緒というのもデカい」
筆者は視覚障害者柔道の取材をした経験があるが、彼らもまた大会になれば闘う者同士にもかかわらず、同じ志を持ち、合宿では同じ釜の飯を食べる仲間であるため、結束力は強かった。そうなることはしごく当然だろう。何かしらハンディのある者がスポーツをやることに対して、世間には見えない壁があると言わざるをえない。
一ノ瀬とて例外ではない。10歳の時、著名な水泳クラブへの入会を申し込むと実際の泳ぎを見ることもなく、腕がないからという理由だけで断られた。一ノ瀬を紹介するメディアは必ずこのエピソードを盛り込む。しかし、彼女はメディア的においしいだけの話と口を尖らせた。
「友達にもあの話はそろそろしつっこくなってきていると言われます(笑)。それまで自分が何かするのに断られたとか、できないと思ったことはなかった。学年でも水泳は早い方だったので、みんなに教える側だった。なのにそういうことをされたので、自分のやりたいことができなかったというのは大きかった。すごく悔しかったことは覚えている」
スピーチ大会で言われた「君はマララだ」
一ノ瀬はイギリス人の父と日本人の母を持つハーフ。小4の時には母とともにイギリスの実家で1年間過ごした。その時現地の水泳の練習に参加して、日本との違いを痛感した。
「イギリスではそういうことは全然なくて、みんなと一緒に練習もウェルカムだった。そういう精神がロンドンでのパラリンピックの成功につながったんじゃないですかね」
進学先に近畿大学を選択したのも、パラ水泳に対する偏見がないところがポイントだった。
「いろいろな大学の水泳部を見学させていただいたけど『インカレ(大学対抗)じゃないと厳しい」と同じように見てもらえない。パラリンピックをリハビリの延長と思っていたり、アスリートとして扱ってもらえないことがすごく多いと感じました。友達ともパラはなめられているねとよく話します」
進学先は関西というこだわりもあった。高校まで他の地で暮らしても進学は関東という主流の流れに逆らいたかったのだ。
「関東だったらパラのアスリートでも使える施設が整っているということで、JISS(国立スポーツ科学センター)とか立教大学が有名。でも、自分は関西に残って、ここでパラ水泳を広めたかった。近大には屋内の50mプールがあるし、推薦の話になった時に即座に対応してくれた。ほかの大学ではパラでアジア何位という日本記録を持っていてもダメだけど、それを(通常の記録と同等に)扱ってくれた」
父の母国の大学に留学するという選択肢もあったが、2020年を見据え日本に踏み止まった。「東京オリンピックとパラリンピックに向け、これからどんどん日本が変わっていくのに、そこに自分がいないのはもったいないと思ったんですよ。そのムーブメントの中で自分もちゃんとした(パラリンピアンとしての)一員になりたかった」
水泳だけではない。一ノ瀬は高校生の時にスピーチでも表舞台に出てスポットライトを浴びた。高3の時、「全国高校英語スピーチコンテスト」で優勝しているのだ。
高1の時、学内の全学年を対象にして行なわれる英語のスピーチコンテストで自らの障害をテーマに話をして優勝したのが全ての始まりだった。そもそも自宅での会話は英語なので、英会話は苦ではない。
担当の教師から「全国大会を目指さないか」と背中を後押しされ、地区のブロック大会を勝ち抜き、京都府大会に駒を進めた。その時審査員からの意外な一言が胸に響いた。
「内容が個人的すぎる」
その時、一ノ瀬は思った。
「自分としては社会の問題として訴えているつもりだったのに全然伝わっていない」
客観的な視点を打ち出すためにはどうしたらいいのか。高3の時、一ノ瀬は社会と個人という対照的なモデルを例にあげながらスピーチを披露。見事全国大会でも優勝した。
「社会を構成する私たち自身が障害者を作り出す張本人なのかもしれない。そういうことを届けるためにはどうしたらいいのか。そこで私は社会が障害を作り出すなら、その社会が障害者をなくすこともできるはずと訴えたわけです」
別に全国大会で優勝したいがために出場したわけではなかった。
「その前に自分が言いたいことがまずあって、それを伝えるためにはどうたらいいのかを考えた内容だった。全国大会で優勝くらいしないと、取り上げてもらえないし、伝わらないだろうと思ったんですよ」
全国大会への切符を手にした京都府大会では府内の英語教師と思われる外国人から英語で「君はマララだね」とほめられた。マララとは史上最年少(17歳)でノーベル平和賞を受賞したパスキタン人の人権活動家を指す。客席で頷きながら泣いている人を目の当たりにして、一ノ瀬は「以前よりちゃんと伝わる内容だったんだな」と喜んだ。
しっかりとタイムを出してリオの代表に選ばれたい
近畿大水泳部の一員としての朝は早い。5時45分にはプールに集合のため、5時前には起床し、おにぎりを作って自宅を出る。
「最初は4年間続けることができるか不安でした。でも、慣れって怖いもので結構いけますね」
専門は個人メドレーだが、その理由がふるっている。
「特別めっちゃ得意な種目もなければ、不得意な種目もない。なので、結果的には個人メドレーがいい」
体が重いか軽いか。水をちゃんと掴めているかどうか。調子の善し悪しは泳ぎと感覚ですぐわかる。
「ただ『今日はいけそう』、『今日はヤバい』というふうには考えないようにしています。練習で悪かったらどこが悪いかを考えて試合に持っていくけど、試合のアップの時点では考えないようにしています」
いま力を入れているのは高校の時にはしたことがなかった筋トレだ。
「まだまだ筋力もないし、持久力もない」
常に努力と工夫は怠らない。他の部員は練習を始める直前にコーチが考えたメニューを受け取るが、一ノ瀬は15分ほど前にそれをもらって、どうしたらいいかを自ら考える。
「他の部員がやっているメニューの内容を変えたり、止まったり、二本を一本してやったりしているけど、納得のいかない練習になることもある。『もっとこうしたい』という思いが募ることもあるけど、そうしたらみんなとぶつかることも考えないといけない。そういう意味では、いまだ試行錯誤中ですね」
練習を見た丸山カメラマンの証言。
「片腕だけで泳ぐため、普通に手を伸ばしていてはバランスを崩してしまうので、若干外側にかいているように見えました。筋トレのせいでしょうか、力強さも感じましたね」
近大水泳部では初のパラスイマーとなるが、同部の山本貴司監督は「他の部員の刺激にもなっているし、まだまだのびしろがあるので楽しみ」と期待を寄せる。来年3月6日にはリオに向けての最終予選が控える。
「ロンドンまではそれまでの戦績をずっと見て代表を決めるという感じだったけど、今回はオリンピックの代表選考も一発じゃないですか。それに則っているんじゃないですかね。代表に選ばれないと何も始まらない。3月6日はしっかりタイムを出して代表に選ばれたい」
試合前にはチャーリー・ブラウンの『オンマイウェイ』を聴く。イギリス遠征に行った時に会場でかかっていた曲だ。
「歌詞を聞いたらいいなと思って調べたらこの曲だった。目ざまし代わりにもしています」
その歌詞を一部翻訳してみよう。
「息を吸ってイヤなことは忘れてこう言えばいい。僕はまだ夢の途中だ。」
■雑誌紹介:「Woman's SHAPE&Sports」
「Woman's SHAPE&Sports」は、トップアスリートからインストラクター、そして一般の愛好家まで、アクティブにカラダを鍛える女性たちのための雑誌です。
(この記事は、vol.12 2015年12月号に掲載された一ノ瀬選手のインタビュー記事を、出版元許可の上、転載しております。)
http://www.w-shape.com/
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