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2018.03.28

「バッドエンドはない」ピース・又吉直樹さんが卒業生に贈ったスピーチ全文を公開

Kindai Picks編集部

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3月17日に行われた平成29年度近畿大学卒業式にゲストスピーカーとして芥川賞作家でお笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんが登場!晴れの日を彩る豪華サプライズに、会場中が歓声に包まれました。養成所時代の思い出、昨年アメリカに旅立った相方・綾部さんのお話など、又吉さんらしい笑いと優しさの詰まった、約20分にわたるスピーチを全文お届けします。

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大人になっても、恥をかきます


近畿大学卒業生のみなさま、本日はご卒業おめでとうございます。

近畿大学(卒業式)のゲストスピーカーは恒例になってますから、みなさん「誰が来るんだろう……」といろいろ期待されてたと思うんですけど……。

又吉かー!」みたいな方もいてるとは思いますけど(笑)。

人生はなかなか思い通りにいかないというか、予想してなかったことが起こるんだぞということを今日はお伝えしたいなと思いまして。



みなさんにですね、どういう話をしようかな……と、いろいろ考えて来たんですけど、社会に出た時の処世術であったりだとか、友達の作り方……みたいな話は、多分僕よりみなさんの方が詳しいと思うので、僕は、自分が社会に出てから、日々の生活の中で実感として感じたことをお伝えできたらなと思っております。

みなさんもちろん若いですけど、大人なのでいろいろ経験なさってるとは思うんですけど、今本当に予想していなかったことが、日々起こるんですよね。

僕は去年の6月で37歳になったんですけど、その37歳の誕生日を東京を離れて、たまたま仕事先で一人で迎えたんです。

で、24時になりまして、まあ……そのまま寝てもよかったんですけど、せっかくの誕生日やから、一人でちょっと本を持って近くのバーにでも行ってお酒でも飲もかなと思いまして。



で、いい雰囲気のバーを見つけまして。そこでですね、お酒を飲みながら本を読んで、自分なりに自分の誕生日をお祝いしてたんですね。

で、たまたまそこにいたお客さんとかが「あ、又吉さん」って声をかけてくれて。何となく店員さんも「お仕事でいらっしゃってるんですか?」みたいなコミュニケーションを取りながらですね、誰も僕の誕生日とは知らないんですけど、お祝いしてもらってるような感覚になって。2杯のつもりが3杯、4杯とお酒を飲んでたんですよ。みなさんとちょっと喋ったりもして。

で、いい感じでそろそろ帰ろうかなとお会計を済ませてですね「いいお店やったな」と思いながら外に出たら、店の前にタクシーが停まってまして、運転手さんが僕を見るなりドアを開けてくれたんですよ。

ここまで行き届いた店って本当素敵だなあ……って、僕はそのタクシーに乗り込んでですね、出ようと思ったら店員さんが走ってきまして、ドアをノックするんですよ。

お土産か何かもらえんのかと思って窓を開けたら「すいません。あの、これ、ほかのお客さんのタクシーです」って言われて、大恥をかいたんですけど(笑)

慌てて降りてね「すいませんでした!」って、角までちょっと走ったんですけど……。

そういう恥ずかしいことが大人になっても多々あるんですね。

で、僕はそういう経験を何度もしてきたので「ああ、またか」と。それぐらいで乗り越えることができるんですけど。なかなか、自分が思い描いていたような結果にならなかったりすることが、社会に出ると本当に多いんですよね(笑)。



期待との落差を受け入れる


僕は18歳で高校を卒業しまして、まあ地元は大阪なんですけど、大阪を出て中学の同級生と一緒に上京しまして。

東京でお笑いの養成所に入ったんですよ。そこは全国から芸人を目指す若者が集まりますから、個性的な、変わった人がいっぱい来るだろうと想定して。

で、僕と同級生は「僕たちにはこれといった個性がないから、よっぽどネタで頑張らないといけないなあ……」と、2人で話し合って。そんなに、もちろん甘くは考えてなかったんですけど。

入学式に数百人が集まってるんですけど、たとえばモヒカンの人がいたり、アフロの人がいたり、郵便局員の格好で来てる人がいたり、本当にいろんな変わった人がいてたんですが、その養成所のスタッフの人たち4〜5人が何か集まってずっと僕の方を見てるんですよ。

いっぱい人がいるんですけど、みんなで僕の方を指さして「おい、人殺しがいるぞ」って言ってたんですよ。



僕、それまで自分の見た目とかをそんなに個性的だと思ったことがなくて。というのも、学生時代、一学期ってあんまり誰ともしゃべれなかったんですね。

だから「ああ、人から見ると自分はこういう存在なんだ……」と。自分が思ってたような反応が返ってくるとは限らないんだっていうことをそこで学びまして(笑)。

で、数週間して、初めて授業で講師の前でネタを披露するんですけど、お笑いって元気にやるっていう印象があったので、僕、わりと頑張って明るく元気にやったんです。そうしたら、講師の先生にすぐ「君、無理してるやろ」って見破られまして。

そこで自分のスタイルというか、普段の自分に近い感じでやり始めたんですよ。で、自分っぽいやり方でやると、今度は別の講師から「若手芸人に必要なのは、明るさと清潔感とわかりやすさだ」って、「その全てがお前にはない」って言われまして。おそらくそれは、僕が「暗くて不潔でややこしい」って言われたんだと思うんですけど。

そこで、心が折れる人がけっこう多いと思うんです。

実際にその養成所では数百人いたんですけど、夏前で半分くらい辞めていきました。面白い人もいっぱいいましたし、全員素人ですから、一部のとんでもない才能を持った人以外は、能力的にも大差はその段階ではないですし。

じゃあ、僕を含めて残った人たちが何か精神的に強かったのかと言われると、僕はそんなこともないんじゃないかなと思うんですね。

僕はなぜそこで辞めなかったのかって考えた時に、辞めた人は、もしかしたら自分に課してたものが大きかったんじゃないかなっていう……自分に対する期待が大きすぎたんじゃないかなっていう風に思ったんですよ。

「自分はこうでなければならない」とか。

学生の時にみんなから愛されて、日常的に、周りの友だちを笑わせて人気者だった人たちからすると、そういう人が集まってる中で自分が怒られたり、評価されないっていうことがすごく辛かったと思うんですね。

で、僕ももちろんそこは一緒なんですけど。もちろん期待はしてるし「面白くなりたい」とか「世に出たい」っていう気持ちはあったんですけど、現状「そうかもしれないな」っていう、ちょっと受け入れる態勢ができてたんですよね。

能力に関係なく、そういう心構えみたいなものがあるといいのかなと。
僕自身は、少なくともそうだったのかなという風にすごく思うんですね。



「排水口を見つめる夜」を乗り越えてください


で、みなさんに僕が提案したいのは、一度、自分が思い描いてるビジョンであったり、そういうものをいったん疑っておくと、何かあった時にすごく役に立つんじゃないかなと。

自分は人から見たらどういう存在なのか」とか「どれくらい人から愛されるタイプなのか」とか……。

自分を疑う……まあ、周りも疑ってもいいんですけど、そうやっておくと、自分の中での揺るぎないものがより強くなったり、そういう風に対応していけるのかなと思います。

あの、こんなことを言ってる僕の相方が「スターになる」と言ってアメリカに行ってしまいましたが(笑)、彼は、今言ったことと矛盾してるような考えではなくて、僕と同じように、母国語を使ったオーディションに連日落ち続けたという経験もあるので、そういうことを踏まえたうえでチャレンジをしていると。その強さが僕の相方にはあって、それを僕も「何かやってくれるんじゃないか」と期待したりもしてます。

本当に、世の中に出た時に思ってもないことがたくさん起こると思うんですね。本当にいろんなことに。

仕事に対してでも、人間関係に対してでも、真摯に向き合ってるにもかかわらず、意地悪なことを言ってくる人も確実にいて。何か、排水口を見つめてるだけの時間とか、そういうのも絶対みなさんにも来ると思うんですよ。なかったら本当に幸せだと思います。



でも、そういう時間は間違いなく来ますし、深夜番組が終わった後、何も流れてない場面を見つめ続けてる……みたいな夜も幾度となくあると思うんですけど、それをぜひとも乗り越えていっていただきたいなと思うんですね。



辛いことは、次にいいことが起こるための“フリ”なんです




僕はピースというコンビを結成しまして、そこから特に大きな変化もなく、たまにライブに出たり……という生活を続けていく中で、僕なりに真剣に考えて世に出るために工夫したんです。芸人として何か面白いことができないかなと。

そういう時に、あまりにも人気がなかったので、一回「芸名を変えよう」と思ったことがありまして。

ちょっとでも人が集まるように『又吉万国博覧会』っていう名前に変えようと思ったんですよ。「万博やったらさすがに人が来るやろ」と思いまして。

そうなると駐車場が必要なので、相方に『綾部モータープール』に改名してくれっていう風にお願いして……。もちろん却下されたんですけど(笑)。

周りから見たら迷走やったかもしれないんですけど、そうやって、いろいろもがいてた日々の中で、すごく尊敬する人と出会えたりして。自分が表現する場を与えてもらって。

そこで少しずつですけど、この芸人という世界でやっていく自信を持つことができたり、繋がっていったんですね。

だから、排水口を見つめ続ける時間とか、そういう時もあるんですけど、僕はこういう風に考えるようにしてるんですよ。

嫌なこととかしんどい夜が続く時は、「これは次にいいことがあるための“フリ”だ」と。

水も、喉が渇いてる時の方がおいしいじゃないですか。「いつでも水が飲める状況よりも、飲めない時に飲んだ水がおいしい」みたいなのと一緒で、しんどいことがあったら、その後、必ず何かどっかで楽しさが倍増するような。面白いこと、楽しいことがあるんだっていう風に信じるようにしてるんです。

みなさんもぜひ、そういう大変な時があったら、その後に来る“うまみ”の部分も取りこぼさないようにしてもらいたいなという風に思います。

こういうお祝いの席でふさわしいかわかんないですけど、僕、自分で書いてる文章の中で「バッドエンドはない、僕たちは途中だ」っていうことを書いたんですけど、それはわりと僕の実感に近いというか。

いろんなことがあるけど、それはまだ途中だから」っていう……。
今もそのつもりでいます。

みなさんも、これからいろんなことに挑戦されて、いろんな夜を過ごすと思いますけど、どうかその先に“続き”があるということを忘れずにいただけたらと思います。

みなさんの、これからの活躍をお祈りしております。本日はおめでとうございます。

▽スピーチの様子はこちらからご覧いただきます。



文:山森佳奈子
編集:人間編集部

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