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「近大で生きさしてもらって、幸せや」 近大理容室と名物おばちゃんの半世紀

近大理容のおばちゃんと僕

Kindai Picks編集部

2016/05/11

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オリジナル記事
大学
学生ライター
コラム

近大理容室の名物おばちゃん
通称=おばちゃん。
本名=澤村良子(さわむら・りょうこ)。店では旧姓の藤井で通っているそうです。
年齢はヒミツ。徳島生まれの大阪育ち。昭和28年から今なお、60年以上に渡り近大理容室でカットを続ける。

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昔の学生はバンカラ。下駄履いて、カンカラカンカラ


「おばちゃん。きたでー」。取材スタート!

――(戸 ガラガラ)こんにちは。

おう。来たか。

――今日はよろしくお願いします。この日のために、まだ大銀杏(おおいちょう)が結えない新弟子くらい髪を伸ばしてきました(笑)。

そうか。どんな髪形にすんの?

――就活が始まるので、そのために爽やかな感じでお願いします。

もうそんな、時期か。

――はい、春から4年生になりました。あと、1年で卒業です。なので、多くの人に近大理容を知ってもらおうと思って取材にきました。いつもは聞かない、お店の歴史なんかを聞きたいと思います。

――いつからここでやってはるんですか?

私は昭和28年(1953年)にここに来て、店は先代の人が昭和27年からやってたと思うわ。高校と農学の校舎が移転して※、高校が丸坊主じゃなくなって。その時に暇になったわけ。それから1年経って、先代が店を離したんや。私は昭和58年から、店をもらってここでやってる。

 ※かつて附属高校と農学部は今の東大阪キャンパス内にあった。



置いてあるマンガは40年以上前のものもチラホラ。機動警察パトレイバーのマンガ版もあります。


本棚からの空手バカ一代からも歴史を感じます。39年前に連載が終了した名作マンガです。

――場所は何回変わったんですか?

私になってからは1回だけ。15号館のとこからここへ引っ越してきた。最初は、階段教室のとこにおったな。階段上がって入る教室。そんなんあったん知らんやろ。そういや、幽霊棟っていうのが昔あってんで。そこに入ったら幽霊が出るってゆうのがあって。知らんへんやろーな。

――当時の学生はどんな感じでした?

バンカラ(笑)。下駄履いて、カンカラカンカラゆうて。学生服ちゃんと着いひんから。学生部の職員さんやらみんな表に立って、怒ってたなあ。そういう時分があってん。ちゃんとして歩けーって言って。

――そんな時代があったんですね。

(長さ)これぐらいでいいよ 今度4年生? 就職やから ちょうどいいわ、これぐらいが


昔ながらの顔剃りもカット料金に含まれています。美容室には無いサービス。

――今の学生はどうですか?

全然ちゃう。今の学生は甘ちゃんやからな(笑)。昔の学生は可愛かった。ヤンチャやったな。「おばちゃんー」って言って、そんなような感じで入ってきてたなあ。今はそんな子おらへんやん。あんまり活気がないな。すんのはバイトの話ばっかりやし。

――昔はどんな話をしてたんですか?

バイトの話なんかせえへんやん。バイトするよりいつやらどこやら行って飲みに行こう、でも金ないからバイト行こかって言って。でもバイトなんて、ようけあれへんやん昔は。だから、下宿でも3畳に3~4人も一緒に住んで重なって寝てた子もおって、朝起きたら頭が机の中に入ってた言うてたな(笑)。

――今の学生とはかなり違いますね。

昔、学生運動あったやん。ああゆう時でも一生懸命やった子もおったな。18号館あるやろ。そこの窓から事務所の人がハシゴで上がったりして入ってった、そんな時期あったよ。よその学校からも来てたな。そやけどああゆうのを知ってる人は死んでしもて、もうほとんどおらへんのちゃう。でも、今でも元気に昔から来てはるお客さんもいてるわ。

――昔の値段はどうでした 何円でやってはったんですか?

覚えてないな。45円やったかな。昭和28年やから、高こうてもそんなもん。そうや45円からちょこちょこ上がって80円ぐらいになったんや。それで、何十年か前に今の値段になってん。


歴史を感じる値段表。それでも、カット45円の時代から見ると新しい!?

――昔はどんな髪型をオーダーする人が多かったですか?

スポーツする子は、スポーツ刈りが多かった。今のサッカー選手みたいな頭せえへんで。

――変わった髪型をオーダーする人はいますか?

モヒカン、変な頭(笑)。1mmぐらいのバリカン入れて、真ん中だけ置いて。そんな頭しなやってこっちが言うたわ。


昔来てた子が、今でもおばちゃんまだおんのか言うて来てくれる


道具にもこだわりがあり、クシは水牛でできたものを愛用しているそうです。

――はじめて働いたのは近大理容だったのですか?

1番最初は、戦後。歳バレるやん(笑)。終戦後は、河内永和の方に住んでてん。そこで、終戦の天皇陛下の声を聞いてん。そん時は、まだ散髪もまだまともに教えてももうてなかった。ほんで、近所で(理容師を)募集してたのに行って、丸坊主やそんなんばっかりしながら、そこでちょっと覚えた。長髪なんかやってないもん。でも、やらんとしょうがない。給料もらわなあかんし。その次は、大阪府庁の地下に大きな理容室があってそこで1年かな。そこは職人さん、ようけおってん。

――その後、近大に来たんですか?

おばちゃんね、ダンスが好きでね。一緒に働いてた人が行こかー言うて。ほんで、行って遊ぶやん。遊んで、しばらくしてから、府庁のとこも辞めて。どうしよかなーと思ってたら、ここの店の女将さんが、うちの母親を知ってて、来てくれー言われて昭和28年に近大に来たわけや。

――近大は昔と変わりましたか?

近大も入るん難しなって。受験の時、親ついて来るやん。ほんなら、親はどっこも行くとこないから、時間つぶしに散髪に来るねん。それで来たお父さんとかに、最近は簡単には入られへんでって言うてるで。

――有名なお客さんはいますか?

相撲部やった朝潮(元大関・高砂親方)は来てたよ。ちょこちょこ来てたかな。旭富士(元横綱・伊勢ケ濱親方)も来てたな。朝潮は、結婚パーティーにも行ったなあ。相撲部は今でも、昔来てた子が、今でもおばちゃんまだおんのか言うて来てくれる。相撲部は角刈りばっかりやった。今の角刈りと昔の角切りは違って、真四角でやってたわ。


お客さん大事にして、まじめに一生懸命

―― 一番高齢の常連さんは何歳ですか?

83歳の人が来はる。一番若い子は、高校生。すごい幅あるやろ。受験の時には、ついてきたおじいちゃんとか。入学式の時も、親が散髪にきたり、ここは色々なお客さんが来るよ。

―― 一番多い時はどれくらいお客さんが来られましたか?

1日に20人ぐらいしてたんちゃう。そんだけ、手動いてたもん。昔は手バリ(手動のバリカン)で、電気じゃなしに。あれなんかでも10分で刈ってた。電気やったらすぐやけど。そういう時期があったの(笑)。えらい変わった。私だけちゃうけど、周りも変わった。

――昔から休まずやってきはったんですか?

5年前の春に胃がんで胃摘出して、1カ月とちょっと店閉めただけ。それ以外は、休んだことない。無休。日曜と祝日だけ休んで。日曜はケーブルテレビで時代劇ばっか見てる。でも、休むの嫌やねん。

――他の大学でもここまで長くやってる理容室はなかなかないですね。

おばちゃんが辞めたら終わりやろうけどな。そう簡単にやめへんけど(笑)。
学生でも卒業して、遠いとこから来よる。働いてるとこ言わへんけど、遠くから来はんねん。それやから、お客さん大事にせな。お客さん大事にするから、よう来てくれはんねやろな。べつに、丁寧にしてるわけやあれへんけど。でも、これが気に入ってるから来てはるんやなと思て。


半世紀以上のお店の歴史を色々な資料を交えて教えてもらいました。

――同世代で働いている人は少ないですね。

そんなんおるはずないやん。理事長と会うたりしたら、自転車降りんとモノ言うし(笑)。おう、お前元気か、理事長も元気か言うて。自転車降りるんも面倒くさいし。学生時代から知ってるもん。

――元気の秘訣はありますか?

何にも考えんと、とにかく毎日、同じペースで働く事。タバコも酒もやめた(笑)。40年前に(笑)。

――ここまで長くやってこれた理由なんですか?

お客さん大事にして、まじめに一生懸命、ほんでいらんことするわけじゃなしに、一生懸命やってきたあれでここは成り立ってる。こうしてずっと、やれてるんもいろんな人のおかげやな。

――なかなかそんな店ないですね。

やっぱり、真面目に一生懸命してるから、みんな助けてくれて。真面目でよく動いて、機転をよく利かす。やっぱり人間真面目が1番よ。

でもね、近大で生きさしてもらって、幸せや。うん、幸せ。こんないい場所で、皆にようしてもらって。可愛がってもらって、嫌がられることなし。幸せやで。

――今日は色々話をしていただきありがとうございました。

おう。また来てな。


インタビューの記念にツーショット。年の差はヒミツです(笑)。


【近大理容室所在地】
東大阪キャンパス11月ホール北側にあります。



【ライタープロフィール】
西山諒(にしやま・りょう)
近大新入生のためのぼっち診断で「リアルぼっち」と判定される。
経営学部経営学科ITビジネスコース4年

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