2026.10.09
「完璧じゃなくていい。伝われば十分」安藤美姫が近大・英語村で語った、世界を広げる英語

- Kindai Picks編集部
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「英語を話すことに自信があるわけではありません」
世界を舞台に戦ってきたプロフィギュアスケーターの安藤美姫さんが、近畿大学の英語村E³[e-cube]でそう語りました。
2026年9月29日(火)、英語村E³[e-cube]で開催された特別イベント「Skating Beyond Borders: How English Opens Up Your World.」。
海外遠征を重ね、世界各国の選手と交流してきた安藤さんですが、実は19歳になるまで英語をほとんど話せなかったといいます。
英語でのインタビューでは一言しか答えられず、アメリカで生活を始めた当初は、注文できる料理も限られていました。
それでも、友人との会話や失敗を重ねながら英語を身につけていく。そして英語を理解できるようになったことで、美術館や街の歴史など、これまで見えていなかった「世界」が見えるようになった――。
安藤さんが近大生に語った、英語との向き合い方、海外での経験、そして「完璧でなくてもいい」というメッセージを紹介します。
※本記事中の安藤さんの発言は、英語で行われた講演を日本語に訳し、記事用に一部編集したものです。
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9歳で本格的にスケートを始め、14歳だった平成14年(2002年)のジュニアグランプリファイナルで、女子の公式競技会では史上初となる4回転サルコウを成功させる快挙を達成。トリノ、バンクーバー五輪に出場し、世界選手権では2度優勝するなど世界のトップで活躍。現在はプロフィギュアスケーターとして国内のみならず、海外のアイスショーやスケート教室などに参加するほか、テレビ、雑誌などのメディアでも多彩に活躍。復興プロジェクトreborn-gardenなどの社会貢献活動にも積極的に参加している。
「なぜ自分で英語を話さないの?」19歳まで英語を話せなかった安藤さんを変えた一言

安藤さんが英語を本格的に学ぼうと思ったきっかけは、海外生活そのものではありませんでした。 14歳のとき、初めて英語でインタビューを受けた安藤さん。質問の内容は理解できても、自分の言葉で英語を返すことはできませんでした。
「I am really happy about my performance.」
言えるのは、それくらいでした。その後は通訳に助けてもらいながら、記者会見やインタビューを受けるのが当たり前になっていたそうです。転機となったのは、アメリカに練習拠点を移してからでした。当時のコーチはロシア人で、自身も若いころは英語を話せなかったといいます。
しかし、世界中を行き来し、さまざまな国の選手と関わる中で、英語の必要性を感じるようになっていました。あるとき、コーチと英語について話していると、
「なぜ自分で英語を話さないの?」
と聞かれたそうです。
安藤さんは、「英語は通訳してもらっています」と答えました。
するとコーチは、
「あなたはトップスケーターでしょう。子どもたちはあなたをスケーターとして尊敬している。アスリートとして、ロールモデルとして見ています」
と話しました。
さらに、トップスケーターはみんな英語で記者会見やインタビューをしている、日本人スケーターの中で、自分から英語を話し始める存在になればいい、と言われたといいます。
それまで、自分が「誰かのロールモデルになる」ということをあまり考えたことがなかった安藤さん。
そこで初めて、
「自分も英語を話し始めなければいけない」
と思ったそうです。
英語を学ぶきっかけは、「英語が好きだったから」でも、「海外に住みたかったから」でもありませんでした。 誰かの言葉によって、自分の立場をあらためて見つめ直したことが、最初の一歩になりました。
教科書では続かなかった。安藤さんが選んだ「会話の中で覚える」英語学習
では、英語を学ぼうと決めてから、どのように勉強したのでしょうか。安藤さんは、意外なことに教科書を使った勉強が苦手だったといいます。
「正直、私は教科書を使って勉強するのが嫌いなんです」
本を読んで、書いて、覚える。そんな勉強方法では、なかなか英語が頭に残りませんでした。そこで、自分に合った方法を考えました。
それが、実際の会話の中で英語を覚えることでした。
友達がどんな場面で、どんな言葉を使っているのかを聞く。分からない言葉があれば、その状況から意味を理解する。
「こういう場面では、この表現を使うんだ」と、必要な言葉を一つずつ身につけていきました。
「私は、とても自然な方法で英語を学びました。必要な表現を、その場面の中で覚えていったんです」
と安藤さんは振り返ります。
「英語を勉強しなければ」と机に向かうのではなく、「この人と話したい」「この言葉を知りたい」という、その場の必要性から覚えていく。
安藤さんにとっては、それが一番続けやすい学び方でした。
「実は私はシャイなんです」英語が怖くて、3カ月間ほぼ同じ食事

アメリカを拠点に活動するようになった安藤さんですが、海外生活が最初からスムーズだったわけではありません。
フィギュアスケートの練習では、ジャンプやスピンなどの専門用語が世界共通だったため、英語で苦労する場面は比較的少なかったそうです。
ところが、リンクを降りると状況は一変します。
「意外に思うかもしれませんが、私は結構シャイなんです」
と安藤さん。
自分から人に話しかけたり、「コーヒーを飲みませんか」「ランチに行きませんか」と誘ったりするタイプではなかったといいます。
特に大変だったのが、レストランなどでの注文でした。
メニューを読めても、料理の名前だけでは「どんな食べ物なのか」が分かりません。
そして、英語で注文すること自体も怖かった。
その結果、約3カ月間、ほとんど同じものを食べていたそうです。
オニオンスープとサラダ。自分が発音できる料理を選んでいたのです。
時々コーチに食事へ連れて行ってもらうことはあっても、練習の合間には、サラダとオニオンスープ、そしてスターバックスのコーヒー。
「それくらいしか注文できませんでした」
と笑いながら話す安藤さんに、会場からも笑いが起こりました。
世界を舞台に活躍するトップアスリートでも、海外へ出たからといって、すぐにすべてを英語でこなせるようになるわけではありません。
言葉が分からないことで戸惑い、失敗しながら、一つずつできることを増やしていったのです。
「犬みたいに聞こえる」発音を笑われて……毎朝の練習が始まりました
そんな海外生活の中で、安藤さんの英語力を伸ばす大きなきっかけになったのが、チームメートとの交流でした。英語が母語のチームメートと、
「私はあなたに日本語を教える。あなたは私に英語を教えて」
と約束した安藤さん。
ある日、一緒にスターバックスへ行き、英語で注文しようとしました。 ところが、LとRの発音がうまくできません。
一生懸命に話したものの、後ろにいた友人たちは笑っていました。 理由を聞くと、安藤さんの発音がアメリカでは「犬の鳴き声」のように聞こえていたそうです。
普通なら、恥ずかしくなって、もう英語を話したくなくなってしまうかもしれません。
しかし安藤さんは、
「じゃあ、発音を変えなければ」
と考えました。
友人たちは、練習前の朝にLとRの発音を教えてくれるようになりました。
単語を発音して、繰り返す。
それを約1年間続けたそうです。
「今でもうまく言えないことがあります。でも、あの練習で英語が上達したと思います」
と話す安藤さん。
そして、その経験を嫌な思い出としては捉えていません。
「笑われたけど、教えてくれたことには感謝しています」
と振り返ります。
間違えないことではなく、間違えたときにどうするか。
安藤さんの経験には、「英語を学ぶ」ということだけでなく、挑戦を続けることの大切さも表れていました。
「何でもいい」では伝わらない。海外生活で学んだ、自分の気持ちを伝えること

英語を学ぶことは、単に単語や表現を覚えることだけではありませんでした。
ホストファミリーの家で生活していたころ、安藤さんは「何が食べたい?」と聞かれて、いつも「何でもいい」と答えていたそうです。
安藤さんとしては、「あなたが作ってくれるものなら何でも嬉しい」という気持ちでした。
しかし、ホストファミリーの女性から言われたのは、
「あなたが何を考えているのか分からないほうが怖い」
という言葉でした。
そこで安藤さんは、
「自分が何をしたいのか」
「何を感じているのか」
「何を食べたいのか」
を伝えていいのだと気づきました。
日本では、「何でもいい」と答えることが、相手への配慮になる場面もあります。
しかし、文化が違えば、その伝え方がかえって相手を不安にさせることもあります。
「自分がどう思っているか、どうしたいかを言ってもいいんだと思いました」
と安藤さん。
海外で英語を使った生活を送る中で、外国語だけではなく、自分の考えや気持ちを言葉にすることの大切さも学んでいきました。
世界中の選手と過ごして気づいた「完璧じゃなくてもいい」
アメリカでの練習環境には、世界各国からさまざまな選手が集まっていました。ロシア、ウクライナ、イタリア、スペイン、フランスなど、国籍も文化もさまざまです。
もちろん、英語のアクセントも一人ひとり違います。
しかし、そんな環境にいるうちに、安藤さんはあることに気づきました。
「みんなアクセントがある。でも、それでもちゃんと会話している」
ということです。
それまでは、英語を話すなら「正しく話さなければいけない」と思っていた安藤さん。
ところが、世界中の人たちがそれぞれの英語でコミュニケーションしている姿を見て、
「完璧じゃなくてもいい。相手に伝われば、それで十分なんだ」
と思うようになったといいます。
英語を学んでいると、文法や発音の間違いが気になってしまいます。
しかし、言葉はコミュニケーションのためのもの。
「完璧な英語」よりも、「伝えようとすること」のほうが大切なのかもしれません。
日本と海外で違ったコーチング。一人ひとりの「人間」を見る

海外での経験は、スケートそのものに対する考え方にも影響を与えました。
安藤さんが印象に残っているのが、日本と海外におけるコーチングの違いです。
日本では、子どものころから「先生の言うことを聞く」「みんなと同じように行動する」といったことを学ぶ機会が多いと感じていた安藤さん。
フィギュアスケートでも、選手に同じような技術や練習メニューを教えることが多いのではないか、と話します。
一方、アメリカで指導を受けたロシア人コーチは、選手によって接し方を変えていたそうです。
安藤さんが長く一緒に練習していた高橋大輔さんについては、強い言葉で叱るのではなく、本人の性格に合わせた接し方をしていました。
高橋さんは努力家で、とてもスケートが好きな選手。一方で、強く叱られると落ち込んでしまうタイプだったそうです。
そのため、コーチは高橋さんには怒鳴りませんでした。
一方、安藤さんには、もっと厳しい言葉をかけることがありました。
安藤さんは、そんな違いから、
「そのコーチは、スケーターとしてではなく、一人の人間として相手を見ていたんだと思います」
と感じたそうです。
体調に合わせて練習内容を変えることも、その一つでした。
安藤さん自身、生理に伴う頭痛や腹痛、腰痛などに悩まされることがあり、練習前に体調を崩してしまうこともありました。
そんなとき、コーチは「今日はどう?」「疲れている?」「何か怒っていることはある?」と、その日の状態を聞きました。
そして、その日の状態に合わせて練習内容を考える。
毎日同じことをするのではなく、その人に合わせる。
安藤さんは、海外でのトレーニングを通して、そんな「人を見る」という視点を学びました。
英語が分かると、世界の見え方が変わる。美術館で広がった新しい視野
安藤さんが英語を学んだことで変わったのは、コミュニケーションだけではありませんでした。「世界の見え方が変わりました」
と安藤さんは話します。
海外の美術館や博物館を訪れたとき、英語が分からなければ、
「きれいな建物だな」
と感じるだけで終わっていたかもしれません。
しかし、説明を理解できるようになると、その作品が生まれた背景や、その街の歴史まで知ることができます。
フランスで大会に出場した際には、時差に慣れるために1週間ほど早く現地入りし、その間に多くの美術館を訪れたそうです。
「もっと理解できるようになると、もっと知りたくなるんです」
と安藤さん。
英語によって知識が増えるだけではなく、自分の興味そのものが広がっていきました。
そして、その経験はフィギュアスケートの表現にもつながったそうです。
競技で使う音楽を選ぶときも、曲だけを聴くのではありません。
その音楽の背景にある物語や、その人物がどんな人生を送ったのかを調べる。
「強い女性」というイメージだけではなく、情熱があり、落ち込むこともあり、恋をすることもある、一人の人間として捉える。
そうすることで、演技をより深く表現できるようになったといいます。
「もっと理解すればするほど、もっとインスピレーションをもらえる。世界が広がって、自分の心も開いていきました」
英語は安藤さんにとって、世界中の人と話すためだけのものではありませんでした。
文化や歴史を知り、自分自身の表現を豊かにするためのツールでもあったのです。
「英語を話すことを楽しんで」安藤美姫さんが近大生に送ったメッセージ
講演の最後、これから英語を学ぶ学生たちに向けて、安藤さんからメッセージが送られました。安藤さん自身、
「私は今でも、英語を話すことに自信があるわけではありません」
と話します。
世界を舞台に活躍してきた安藤さんでも、英語に「完全な自信」があるわけではありません。
だからこそ、学生たちに伝えたいことがありました。
「まず、英語を話すことを怖がらないでください」
英語がうまく話せなくてもいい。
間違えてもいい。
まずは人に話しかけてみることが大切です。
そして、もう一つ大切なのが、
「英語を話すことを楽しんでください」
ということ。
プレッシャーやストレスを感じすぎると、英語を話す楽しさを失ってしまいます。
だからこそ、英語を学ぶことそのものを楽しんでほしい。
それが安藤さんから学生たちへのメッセージでした。
「みんな違う。だから無理に合わせなくていい」学生からの質問に答えました
講演後には、学生から質問が寄せられました。
その中で、海外でインターンシップを経験した学生から、
「世界中の人とコミュニケーションするとき、どのように適応すればいいですか?」
という質問がありました。
これに対して安藤さんは、
「自分が相手に合わせなければいけないとは思いません」
と答えます。
その理由は、
「私たちはみんな違うからです」
というもの。
相手が自分と話したくないこともある。
意見が合わないこともある。
だから、「必ず仲良くしなければ」「良い関係をつくらなければ」と考えすぎなくてもいいのです。
安藤さん自身も、以前は相手の反応や意見を気にしていたものの、ある時期から、
「相手の意見をすべて気にしなくてもいい。自分がやりたいことをやればいい」
と思うようになったと話します。
意見が違うときも、
「これは間違っている」
と考えるのではなく、
「こういう考え方もある」
と受け止める。
自分が同意できないことがあっても、それでいい。
そして、まずは相手を尊重する。
「そうすれば、相手もあなたを尊重してくれるかもしれません」
と学生に伝えました。
英語を学ぶことから始まったこの日の講演は、最後には「異なる人とどう向き合うか」という、より大きなテーマへと広がっていきました。
完璧な英語ではなく、「伝えてみる」ことから世界は広がる

19歳まで、英語をほとんど話せなかった安藤さん。
初めて英語でインタビューを受けたときは、一言程度しか答えられませんでした。
海外生活では、料理を注文することさえ怖く、3カ月近く同じような食事を続けたこともあります。
発音を笑われたこともありました。
それでも、そのたびに人との会話の中で英語を学び、友人に教えてもらい、練習を続けてきました。
そして、世界中の人と交流する中で、「完璧な英語でなくてもいい」と気づきます。
英語が分かるようになると、美術館や博物館で新しい文化や歴史に触れられるようになり、それがスケートの表現にもつながりました。
英語は、最初から完璧に話せるようになる必要はありません。
間違えて、笑われて、分からないことがあっても、それでも一度話してみる。
その小さな一歩の積み重ねが、少しずつ自分の世界を広げていきます。
安藤さんが最後に語った、
「英語を話すことを楽しんでください」
という言葉。
それは、英語を学ぶ学生たちへのアドバイスであると同時に、知らない世界へ踏み出そうとするすべての人へのエールでもあったのではないでしょうか。
「完璧じゃなくても、伝われば十分」
安藤さん自身の経験は、英語を学ぶことの先にある「新しい世界」を、近大生に示してくれました。
取材・執筆:近畿大学広報室
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