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2016.02.01

住環境に革新を。古い概念に立ち向かうイノベーターたち【前編】

Kindai Picks編集部

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KINDAIサミット

人生を豊かにする住環境提供へのチャレンジは昔からの慣習との戦いでもある。設計、アロマ、リノベーション、地域創生…それぞれの分野で活躍する専門家が、これからの住まいの考え方について語った。
<KINDAIサミット2015「10年後の日本を創る~新たな“住環境”を提言~」より>

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スピーカー
湯川弘子(ゆかわひろこ)
株式会社湯川弘子環境デザイン一級建築士事務所 代表取締役社長
1980年近畿大学理工学部建築学科を卒業。設計事務所を経て、2004年に株式会社湯川弘子環境デザイン一級建築士事務所を設立。高齢者向けの施設に特化した設計やデザインを手掛けており、高齢者関連の専門書出筆や、高齢者新聞等のコラム掲載も。


片岡郷(かたおかさとし)
アットアロマ株式会社 代表取締役CEO          
1985年近畿大学法学部を卒業し、ボッシュ株式会社に入社。同年、株式会社環境情報サービス(現・株式会社ディーサーブ)を設立。1998年アース・スタジオ株式会社(現・アットアロマ株式会社)を設立。「アロマで空間をデザインする」をコンセプトに、全国1,500カ所以上で香り空間を提供している。


山下智弘(やましたともひろ)
リノべる株式会社 代表取締役
1997年近畿大学理工学部を卒業し、ゼネコン、デザイン事務所、家具工房などを経て、2003年にデザイン事務所fieldを設立。2004年株式会社esを設立。2010年に中古住宅のリノベーションに特化したリノベる株式会社を設立。リノベーション住宅推進協議会の理事も務めている。


寺川政司(てらかわせいじ)
近畿大学建築学部 准教授・CASEまちづくり研究 顧問
神戸大学大学院で博士課程を修了し、1998年に建築設計・まちづくりコンサルタント事務所であるCASEまちづくり研究所を設立。コミュニティアーキテクトとして、新たなハウジングやまちづくりに従事。専門はハウジング、まちづくり、都市・地域計画。2004年「現代長屋TEN」で大阪市ハウジングデザイン賞を受賞。



モデレーター
岩前篤(いわまえあつし)
近畿大学建築学部 学部長
1984年神戸大学建築系環境計画学科を卒業、1986年神戸大学大学院を修了し、住宅会社の研究所に就職。住宅の防露・省エネに取り組む。1995年博士号取得。2003年近畿大学理工学部建築学科へ。2011年の建築学部創設と共に学部長に就任。




トイレの消臭剤が原因!?香りを楽しむ文化が停滞した背景



岩前:まずはスピーカーのみなさんに、簡単に自己紹介をしていただきましょう。



湯川:私は老人ホームに特化した設計をここ7〜8年やっています。母親が高齢になってきて興味を持ったのがきっかけです。

片岡:アットアロマという会社を経営しております。香りを環境に仕掛けていく仕事をしており、例えば公共の場、自宅、車などで香りを楽しむ仕掛け作りをしています。

山下:日本では家を買う時、10人に9人が新築を選ぶのですが、欧米では逆で8〜9割が中古なんです。日本でももうちょっと中古が流通すると面白い世界が作れるんじゃないかと思って、リノベーションしたい人と、設計士や工務店が出会うプラットフォームを作っています。

寺川:大学卒業後に神戸で大学院生をしていたのですが、そこで阪神淡路大震災を経験しました。研究もせずに被災地の復興支援をしていた時に、お金がなくなって作ったのが今の会社です。その後、近大に建築学部ができる時にお声がけいただいて、今は研究室を構えています。テーマはまちづくりやコミュニティディベロップメントで、地域と建築を繋いでいきたいなと思っています。

岩前:片岡さんは、なぜアロマをやろうと思ったのですか?

片岡:ボッシュで9年間くらい働いた後に、オーストラリアの商材を輸入する仕事を始めたのですが、その時にユーカリという植物に注目しまして。それまでもアロマテラピーとして健康のために使ったり、お薬のために使ったり、コスメに使ったりというのはありましたけど、そうではなく空間に香りを広めることで感性的・機能的な価値を届けていくという、新しいビジネスができればいいなと思ったんです。



岩前:海外の空港に到着すると、まず独特の香りがあって海外に来たなという実感がありますし、海外ではホテルや家を訪れても、それぞれの独特の香りがあります。一方で日本ではそういう家の香りがあまりないように思いますが、なぜなんでしょうか?

片岡:昔はお香を焚く文化があったのですが、近代化でそれがなくなり、トイレや玄関には消臭剤を置くようになりました。悪いものに蓋をするという文化ができてしまって、それで香りを楽しむ文化が停滞したのではないでしょうか。

湯川:認知症にも良いと聞いていますので、老人ホームでも香りを取り入れていますよ。

岩前:老人ホームで人間関係が悪化する原因の一つが臭いだと言われていて、換気は普通の建物の2倍くらいにしないと臭いがなかなか取れないというお話はよく聞きますね。

山下さんは、香りについてはいかがですか?

山下:私はリノベーションのお話をする際に、新築の3分の2のお金で家を手に入れましょうということをよくお伝えします。そして、残りの3分の1は自分の生活を豊かにするためにお金を使いましょうと。家を買うことがゴールになってしまって、車を手放したり趣味をやめたりするのではなく、3分の1を有効に活用することでもっと人生を楽しめるという提案です。そういうところに香りが関連してくるのかなと思います。

寺川:今は無印良品が家を作るなど、ハウスメーカー以外の会社も家を作るようになってきています。そして、これからは車に蓄電したり、電気がすぐついたり、起きたらすべてがオートで動いたりするようになっていって、その中で香りも空間のデザインと言いますか、家の質を変える一つのものになるのかなと思っています。片岡さん、いかがでしょうか。



片岡:2016年の夏くらいに、ハウスメーカーと化粧品メーカーと組んで、湘南に新しいライフスタイルを提案する家を建てましょうという話があるんです。そうやって世界観を売っていこうという話はもう出てきていますね。

岩前:私の後輩もお花作りをベースに住宅地を活性化するプロジェクトに取り組んでいて、かなり仕事が増えているようですよ。

ところで、アロマというのは植物からできているんですか?

片岡:私たちは100%天然の植物を扱っていますが、この業界のほとんどの製品は化学的なものを使っていますね。でも、世の中は、食べるもの、飲むもの、コスメなどすべてがナチュラルやオーガニックという流れになっていますので、アロマも同じような傾向があります。それと、地産地消ですね。地元にあるものを使っていこうというのもあります。例えば、全日空ではコウヤマキという日本にしかない植物を使ったアロマを採用しています。

岩前:近大の近くでもそういった植物を育てることができれば、近大ブランドの大きなプロダクトになりそうですね。

片岡:大阪でブドウを育ててワインを作っていたという話はありますよね。長いスパンで育てていくと大学の活性化に繋がるかも知れません。

寺川:地域のまちづくりで、今一番課題になっているのが持続可能性です。高齢化が進む中で、事業の管理そのものが上手くいかなくなってしまう。事業を興して雇用を生み出していくのがとても大事なテーマになっている今、アロマで企業と地域が繋がるというのは上手くいく可能性が高いのではないかと思いました。

岩前:農学部や薬学部もありますので、ぜひ近大でも一緒に技術開発をしていければと思います。 


親からの希望でキャンセルも。リノベーションは「なんとなく新築」信仰との戦いである


岩前:山下さん、リノベーションについて、業界としては現在どんな状況なんでしょうか?

山下:リノベーションという言葉は92%の人が知っているというデータがあるのですが、一方で私たちが12,000人におこなった調査独自調査で、「家の購入について」という質問に回答をしてもらったところ、リノベーションという言葉を使ったのは、わずか8%しかいませんでした。家を買う時、8%の人しかリノベーションを選択肢として認識していないということです。ですから、私たちはまだリノベーションを推進しようとしている段階で、成熟どころかまだどうなるかもわからないという状況です。



岩前:そもそも山下さんがリノベーションに興味を持ったきっかけは?

山下:私は元々、ゼネコンの企画部というところで、いわゆる地上げをしていました。玄関のインターホンを鳴らして、おばあちゃんに立ち退きをお願いするという。先輩からは良い土地を狙っていけと言われたんですけど、そんなに簡単ではなくて、ちょっと駅から遠いところの地上げをして、そこをブランディングしようと考えていたんです。でも、じゃあそこに自分は住むのかと言われたらそうは思えなくて…。その古い建物が目の前に建っているんだったら、それを使ってもっとできることがあるんじゃないかと思ったわけです。

その後、2カ月間お休みをもらって8カ国くらい海外に行ってきたのですが、お金がなくて友達の家をずっと回っていました。すると、日本にいる時は全然おしゃれじゃなかった人が「この壁、この前ペンキ塗ってみたんだけどどう?」なんて言ってきて、「あれ、お前そんな奴だったっけ?」みたいな(笑) 一方で、日本では友達はみんな同じような家に住んでるんですよ。白いクロスに、黄色っぽいビニールの床に、一灯照明のワンルーム。この違いは何なのかと考えたところ、先程お話した、新築と中古の話に辿り着いたんです。中古を上手く使っている欧米諸国と、スクラップビルドで大量生産された家に住んでいる日本。じゃあ、そういう海外の仕組みを取り入れられないかと思って、12年ほど前に事業を始めることにしました。その頃はまだリノベーションという言葉もありませんでした。

岩前:日本と欧米では、家に限らずライフスタイルそのものが違うところがあると思うのですが、それを持ってくるのは難しいのではないですか?

山下:難しいですね。特に地方はリノベーションの話をしても、そういうのは東京や大阪だけのことでここにそんなニーズなんてあるんですかと言われる。そこで私はいつも即答するんですけど、ニーズなんかないんですよ。そういう家の買い方をまだ知らないので。だからこそ、一緒に作っていきましょうというお話をしますね。

日本で新築が好まれるのは「なんとなく」だから、変えるのは難しいんですよ。明らかな理由があればそれを覆すことはできますが、なんとなくを変えるのは難しい。本人はリノベーションで中古を買うことをほぼ決めているのに、直前で親が出てきて「築30年のマンションなんか買うのはやめときなさい。あと200万出すから新築のマンションを買いなさい」と言い、本人から泣きながら断りの電話がかかってくるようなことがよくあります。

寺川:古い建物がたくさんあって、それを改善しないといけないというのは国のテーマにもなっていて、そういった物件に公的に手をつけやすくするための法律もできました。今まで建物を放置していたオーナーが何かできないかという動きを見せ始めている。でも、まだまだ広がってはいませんね。

山下:日本は新築を建てた方が豊かになるという考え方に基づいて、新築を優遇する税制なんかが作られています。欧米では全くの逆で、新築を建てようとすると税金がかかるんですよ。ここに大きな差があるのです。これは民間の会社だけではどうしようもないので、今、国にも働きかけているところです。

湯川:私は全国で独身寮をリノベーションして有料老人ホームに改修する仕事をしていますが、89部屋あった独身寮を5億3,000万円で改修したことがあります。これは新築の半額くらいです。かつ、老人ホームはこれから20年くらいだけ不足しそうだと言われているので、まだまだリノベーションを活用する余地があると考えられます。



岩前:それはビジネスモデルとして素晴らしいですね。こうしてみると、建築は理系だと言われていますけど、お金やマーケットのお話など、実務においては理系・文系両方の知識や発想が必要ですね。



後編では、建築業界が社会問題解決に対し貢献できる可能性について深堀します。
<→技術革新から難民受け入れ問題まで。今こそ建築改革のチャンスだ【後編】に進む>


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