2026.07.23
マンジャロの次は「飲むダイエット薬」? 夏本番の前に知る、医療ダイエットの光と影

- Kindai Picks編集部
312 View
SNSで人気が過熱する「ダイエット薬」。糖尿病治療薬「マンジャロ®」の無許可販売が問題化し、書類送検や行政による監視強化に至る一方、注射のいらない飲み薬など次世代の肥満症治療薬の開発も加速しています。しかし、過熱の陰には見落とされがちなリスクもあります。そこで医学と薬学のお二人の専門家に、いま知っておきたい正しい知識を聞きました。
この記事をシェア

SNSには、「食事制限なしで激痩せ」「注射だけで簡単に痩せられる」とうたった広告があふれかえり、手軽に痩せようと薬を入手する人たちが後を絶ちません。2026年6月には、糖尿病治療薬「マンジャロ」を医師の診察なしに違法に販売・補完したとして、大阪府警が20〜30代の男女3人を医薬品医療機器等法(薬機法)違反などの疑いで書類送検しました。
このように薬を利用して減量することを、一部では「医療ダイエット」と呼ぶことがあります。医療ダイエットが広がる米国では、なんと8人に1人がマンジャロなどのGLP-1受容体作動薬の使用経験があるという衝撃的なデータも発表されています。
GLP-1受容体作動薬の利用目的の内訳(米国・使用経験者対象)

使用経験者のうち、約4割(38%)が「純粋な減量目的(ダイエット)」のみで服用。医療ダイエット市場の急速な拡大を裏付ける結果となっている。
出典:KFF Health Tracking Poll (April 23-May 1, 2024)
GLP-1受容体作動薬とは、腸から分泌されるホルモン「GLP-1」の受容体(ホルモンを受け取るたんぱく質)に働きかけてインスリン分泌を促し、食欲を抑制する薬剤です。血糖コントロールの改善や体重減少効果があることから、糖尿病治療に使用される一方、医療ダイエットにも用いられています。ただし、吐き気などの副作用がみられることも。
いま、国内外では次世代の肥満症治療薬が続々と開発されています。薬の形も、これまでの主流だった自己注射から飲み薬へと広がっています。ただ、体重をコントロールする薬の使い方には冷静な視点も求められています。
近畿大学病院 内分泌・代謝・糖尿病内科主任教授・前田 法一に「ダイエット薬」を取り巻く現状や課題を聞きました。

専門:内分泌、代謝、糖尿病、肥満症、メタボリックシンドロームの診療・研究
近畿大学医学部附属病院 内分泌・代謝・糖尿病内科において、糖尿病(特に肥満2型糖尿病)、メタボリックシンドローム、脂質異常症、高血圧症、動脈硬化症などの生活習慣病の専門的な診療と研究に従事している。
教員情報詳細
効果は外科手術に迫る。急速に進む肥満症治療薬開発の最前線
―― 「痩せ薬」として話題のマンジャロですが、インフルエンサーによるPRが問題視されたり、無許可販売者が書類送検されたりするなど社会問題化しています。どうしてこのような問題に発展したのでしょうか?前田:一言で言えば、この薬が本来持つ「医学的な適応」と、世間が抱く「魔法の薬」というイメージが、かけ離れてしまったからです。本来、マンジャロのようなGLP-1受容体作動薬は、食事療法や運動療法を行っても良好な血糖コントロールが得られない糖尿病(正確には、2型糖尿病)患者さんに対し、専門的知識・経験を持つ医師の管理下で使うべき薬剤です。
しかしSNSなどを通じて「努力不要で楽に痩せられる」という表面的な利点だけが拡散されました。結果として、副作用や長期的な健康リスクを無視した需要が急増し、歯止めのきかない状況を招いてしまったのです。
これまで、日本糖尿病学会や日本肥満学会でも、自由診療で本来の効能効果とは異なる目的でGLP-1受容体作動薬を処方することに対し警鐘を鳴らしていますが、完全に排除するには至っていません。
―― 一方で、さらに効果の高い新薬「レタトルチド」が登場しているというのは事実でしょうか?
前田: はい。いま、肥満症治療の分野は驚くべきスピードで進化しています。これまでの中心は、GLP-1という1種類のホルモンの働きをまねる 「GLP-1受容体作動薬」でした。しかし、現在治験が進んでいる「レタトルチド(Retatrutide)」は、GLP-1に加えてGIP、グルカゴンという3種類のホルモンに作用します(編集部注:レタトルチドは発売前のため成分名で呼びます)。作用する相手を増やすことで、より高い効果をめざした薬で、3種類に作用することから「トリプルアゴニスト」と呼ばれています。海外で行われた、肥満のある人を対象とした治験では、もっとも多い用量を48週間投与したグループで、平均24%もの体重が減ったことが報告されました。減量(肥満)手術による体重の減り幅がおおむね3割程度であることを考えると、それに迫る数値です。
―― 24%! 体重80kgの人が60kgになる計算ですね。これまで以上に普及し、乱用されるおそれはありませんか?
前田:その懸念は非常に強いです。特に大きな変化は「飲み薬」の登場です。現在主流のマンジャロなどは週1回の自己注射(皮下注射)が必要ですが、「オルフォルグリプロン(Orforglipron)」や「アミクレチン(Amycretin)」のような、注射不要の飲み薬の開発が進んでいます。オルフォルグリプロンは米国ではすでに承認・発売されており、日本での登場も遠くないでしょう。
注意すべきは、どんなに良い薬でも副作用はあるということです。たとえば、GLP-1受容体作動薬をベースとした薬剤は、緊急入院を要する急性膵炎(すいえん)や胆石症、胆のう炎などの重い副作用が起こることもあります。だからこそ、自由診療やオンライン診療などで簡単に処方するようなものはありませんし、安易に買って使うべきではありません。

従来の自己注射タイプから、経口薬(飲み薬)へと開発が広がっている。(写真はイメージです)
――糖尿病や肥満症の治療に使われる、次世代の薬の違いを教えてください。
前田:現在、肥満症治療薬は各製薬会社がしのぎを削って開発しています。オルフォルグリプロンは1日1回服用の経口薬(飲み薬)です。発売済みのリベルサス®(成分名:セマグルチド)は、起床直後に少量の水で服用し、その後30分間は飲食できないという決まりがあります。一方でオルフォルグリプロンはこうした制約がなく、食事の時間を気にせず1日1回飲めばよいので利便性が非常に高いのです。また、アミクレチンは、わずか12週間の服用で13.1%の減量に成功したというデータも出ています。
しかし、薬で無理やり食欲を抑えれば、リバウンドのリスクがつきまといます。このような肥満症治療薬で危険視されるのが「筋肉量の減少」です。脂肪と一緒に筋肉が減ってしまえば、見た目は細くなっても代謝が落ち、身体機能が低下する 「サルコペニア」の状態を招きかねません。健康な人が安易に使い続けることのリスクは計り知れないのです。
「保険適用」か「全額自費」か。知っておくべき肥満症治療の基本
―― 肥満症治療薬を使って減量する場合、保険が適用されるケースとされないケースの違いを教えてください。前田:肥満症治療薬が保険適用(自己負担3割)になるのは、あくまで「病気の治療」すなわち「肥満症」と診断された場合のみです。単なるダイエット目的での使用は、全額自己負担の「自由診療」です。ただし、自由診療だからといってどこまでも痩せていいとは思いません。必要以上に体重を落とせば、栄養状態が悪くなり、骨密度や免疫力の低下、女性では月経不順などにもつながるおそれがあります。見た目の細さと引き換えに、健康を損なってしまっては本末転倒です。日本肥満学会では、「痩せ」がもたらす健康障害についても警鐘を鳴らしています。
保険適用を検討される場合、まずはGLP-1受容体作動薬の処方経験が豊富な肥満症専門医や糖尿病専門医など専門医がいる病院を受診するのが一般的です。 もともと、GLP-1受容体作動薬は2型糖尿病の治療薬として、15年ほど前から使われてきた薬です。当初は1日1~2回の皮下注射が必要でしたが、開発が進んで週1回の注射で済むようになり、従来の糖尿病薬を上回る効果もあって急速に普及しました。その過程で食欲を抑える作用があるとわかり、肥満症の治療薬としても承認されるようになった、という経緯があります。
―― 保険が適用されるための具体的な基準はあるのでしょうか?
前田:はい。ただし前提として、保険が使えるのは「肥満症治療薬」として承認された薬に限られます。現在、日本で「肥満症の治療薬」として承認され、保険診療で使えるのは 『ウゴービ®』と『ゼップバウンド®』の2つだけです。よく話題になるマンジャロは、あくまで2型糖尿病の治療薬であり、肥満症には保険が使えません。 そのうえで、これらの薬が保険適用(自己負担3割)となるには、医師が医学的な減量治療を必要と判断し、少なくとも次のいずれかに当てはまることが求められます。なお、実際の処方は、厚生労働省の最適使用推進ガイドラインに従う必要があります。
- BMIが35以上の高度肥満症である。
- BMIが27以上35未満で、糖尿病・高血圧・脂質異常症・睡眠時無呼吸症候群・変形性関節症などの肥満に関連する健康障害が一定数以上ある。
- 高血圧症、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかに対して、すでに治療薬による治療を受けている。
糖尿病や肥満症の治療に使われる、次世代薬の比較表
| 一般名 | セマグルチド | チルゼパチド | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 製品名 | オゼンピック | リベルサス | ウゴービ | マンジャロ | ゼップバウンド |
| 適応症 | 2型糖尿病 | 2型糖尿病 | 肥満症 | 2型糖尿病 | 肥満症 |
| 作用 | GLP-1受容体作動薬 | GIP/GLP-1受容体作動薬 | |||
| 投与経路 | 皮下注射 | 経口(飲み薬) | 皮下注射 | 皮下注射 | 皮下注射 |
| 投与頻度 | 週1回 | 1日1回 | 週1回 | 週1回 | 週1回 |
| 用法・用量 | 0.25〜1 mg/週(漸増) | 3〜14 mg/日(漸増) | 0.25〜2.4 mg/週(漸増) | 2.5〜15 mg/週(漸増) | 2.5〜15 mg/週(漸増) |
| 平均体重減少率 | 約15% | - | 約15% | 約22% | 約22% |
| 主な副作用 | 悪心、嘔吐(おうと)、便秘、まれに膵炎・胆石症 | ||||
表の通り、セマグルチドは、オゼンピックとリベルサスが2型糖尿病、ウゴービが肥満症の薬としてそれぞれ承認されていますが、その最大投与量は病気の種類によって異なります。一方、チルゼパチドは、マンジャロ(2型糖尿病)とゼップバウンド(肥満症)とで、最大投与量に違いはありません。つまりチルゼパチドの場合、糖尿病薬であるマンジャロでも、肥満症の薬と同じ量まで使えてしまいます。この点が、マンジャロが自由診療で「痩せ薬」として広く使われるようになった一因と思われます。
―― 米国では8人に1人が使用経験ありというデータもありますが、ダイエット目的での使用について、先生はどうお考えですか?
前田:米国では薬物療法がダイエットの「当たり前の選択肢」になっています。日本でも、自力での減量が困難な方が、一時的に薬の補助を借りることで高血圧や脂肪肝が改善され、結果的に長期的な医療費が安くなるという観点は重要です。また、美容やダイエットのために安全性が不確かなサプリメントや自己輸入品を使用したり、リスクを伴う脂肪吸引をしたりするよりは、医師の管理下で薬を使う分には、一定の理解はできます。
しかし、あくまで「薬」であることを忘れてはいけません。
過熱するダイエット広告、薬機法と公衆衛生の視点から
ここからは薬機法や公衆衛生に詳しい、薬学部 医療薬学科 教授・川﨑 直人に、SNSにあふれる医療ダイエットの問題点と、それに惑わされないために必要なことを伺います。
専門:薬学、公衆衛生学
近畿大学 薬学部 医療薬学科で、生活環境やヒトの健康・抗加齢について研究。生活習慣や嗜好に関する調査、有害金属や染料の除去技術の開発を進めており、さらに毛髪中のミネラルと疾病との関連性についても研究している。
教員情報詳細
―― SNSにあふれる「医療ダイエットPR」にはどのような問題があるのでしょうか。
川﨑:今回の書類送検は、処方薬を無許可で販売したことによるものですが、より根深いのはクリニックによる広告手法です。「1日たった○円 」「食事制限なしで激痩せ」といった表現で、本来は糖尿病治療薬であるものをダイエット目的で宣伝することは、薬機法における「承認された効能・効果以外の広告禁止」や「誇大広告の禁止」に抵触するおそれが極めて高いです。
―― インフルエンサーによる「個人の感想」という形での発信も多いですよね。
川﨑:インフルエンサーがクリニックから報酬を得て発信しているなら、それは立派な広告であり、虚偽・誇大表現には厳しい責任が伴います。「自由診療だから何を言ってもいい」というのは大きな誤解です。「必ず痩せる」「誰でも効く」といった、効果を保証するかのような表現は、たとえ医師の発言でも認められません。
――こうした使われ方は、本当に薬を必要とする患者さんにも影響しているのでしょうか。
川﨑:ダイエット目的での不適切な処方が爆発的に増えたことで、本当に薬を必要としている糖尿病患者さんにマンジャロなどのGLP-1受容体作動薬が行き渡らない「供給停止」や「限定出荷」の状態が続いています。これは公衆衛生上の大きな損失です。他人の治療機会を奪ってまで手に入れる「痩せ」に、どのような価値があるのかを考えなければなりません。
―― 飲み薬などの次世代の肥満症治療薬が登場すれば、この問題はさらに加速しそうですが、私たちはどのようなリテラシーを持つべきでしょうか。
川﨑:飲み薬になることで心理的ハードルは下がりますが、副作用のリスクは変わりません。吐き気や下痢、まれに膵炎などの重い副作用、さらには筋肉量の低下などを正しく理解する必要があります。SNSで訴求される「タイパ」や「手軽さ」という甘い言葉に流されず、エビデンスに基づいた正しい知識を持つことが、自分自身の体を守る唯一の方法です。
「楽して痩せたい」に近づくほど、リスクが見えにくくなる
医療ダイエットをめぐる技術は、驚くほどの速さで進んでいます。効果はより高く、そして薬の形態は注射から飲み薬へと、より手軽になっていきます。ですが、前田・川﨑のお二人の話に共通していたのは、「手軽さが増すほど、リスクは見えにくくなる」という警鐘でした。どれほど効果的でも、それは病気を治療するための「薬」であり、副作用や、筋肉の減少といった代償と無縁ではありません。安易な使用は、本当に薬を必要とする人から治療の機会を奪うことにもつながります。
「楽して痩せたい」という願いは、誰の中にもあるものです。だからこそ、SNSの手軽な言葉ではなく、確かな根拠に基づいて判断する目を持つことが、いま一人ひとりに求められています。
企画・編集:人間編集舎
この記事をシェア








