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2017.06.21

工場夜景の次はコレ。人々を魅了する産業景観「砿都」とは。

Kindai Picks編集部

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コラム
テクノスケープ

ここ数年、ブームになっている工場夜景のみならず、その他にも注目すべき日本の産業景観(テクノスケープ)はある。それが石灰石によって作られた景色だ。景観工学の専門家である近畿大学の岡田昌彰教授に、石灰石が作り出す風景の魅力について話を聞いた。

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●プロフィール
岡田昌彰(オカダマサアキ)
近畿大学 理工学部 社会環境工学科 教授
専門は景観工学、土木史、ヘリテージ・スタディ。特に工場景観に代表される人工構造物の景観(テクノスケープ)や、土木遺産、産業遺産に関する研究をしている。著書『日本の砿都:石灰石が生んだ産業景観』(2017年:創元社)、『テクノスケープ~同化と異化の景観論』(2003年:鹿島出版会)など。

●新しさゆえに評価されにくかった産業景観の研究

――「産業が作り出す景観」について研究しようと思ったきっかけは?

岡田先生 日立市の工業地帯で生まれ育ったので、幼い頃から太平洋の大海原とともにそのスケールに向き合う巨大な工場の風景にも慣れ親しんでいたと思います。

大学生の時に「工場などの産業景観を研究したい」と言ったところ、周囲の人たちからは「君の言いたいことがよく理解できないな。工場なんて風景になるかなぁ?」と首を傾げられました。でも、指導教官は「面白そうだね、やってみよう」と言ってくれた。
その後少しずつですが、私以外にも産業景観に興味を持つ人が増えていき、観光情報として地域の工場夜景を市のHPに掲載するようになった自治体も今では珍しくなくなりました。

――その中でも石灰石に注目したのは?

岡田先生 博士論文を1996年にまとめるまでは、特にジャンルを特化せずさまざまなテクノスケープを研究していたのですが、後に建築家となる優秀な後輩と彼の卒論の話をしている中で、谷口吉郎(帝国劇場や東京国立近代美術館などを手掛けた名建築家)がデザインしたセメント工場が埼玉県の秩父にあるので是非研究室の皆で行ってみよう!ということになったんです。他の後輩やアメリカ人の留学生も連れて行ったのですが、まさにそこは感動に満ちた空間でした。
工場の中にらせん階段などがあって、そのフォルムがとても面白い。さらに秩父には武甲山がある。神山でありながらも石灰石の採掘で大きく削られていて、さざまざまなストーリーをもつ名山です。その実相を探求してみたくなりました。その後埼玉県に住むことになったので、秩父には足繫く通い続けました。自分の砿都研究の原点はここにあります。

実際、秩父では清水武甲さん,富田義雄さんという名カメラマンによって長く武甲山の姿が記録されています。最近、2003~2010年にかけて出版された富田義雄さんの大作3分冊「武甲山Ⅰ~Ⅲ」は心打つ写真集で、いつも研究室の書棚の一番手前に置いています。



石灰石は、独特な風景を作り出す


ファッションデザイナー、山本寛斎氏をも唸らせた壮大な伊佐鉱山のテクノスケープ。地元の産業観光ツアーコースにも組み込まれている(山口県美祢市)

――石灰石には、どういった特徴があるのでしょうか?

岡田先生 石灰石は、セメントや肥料、製鉄、ゴム合成、運動場の線引きなど、様々な場面で使われています。地下資源の最貧国と呼ばれている日本が唯一自給でき、また輸出もできるものが石灰石です。

国歌『君が代』の歌詞にある「さざれ石」というのは、細かい石、小さな石という意味なのですが、これは石灰石のことではないかという説もあります。細かい石、小さな石がだんだん大きくなり、苔がむすようになる。普通の石ならそんなことは起きませんが、石灰石ならあり得えます。


――その石灰岩が、風景も作り出すと?

岡田先生 そうなんです。石灰石は重量あたりの単価が非常に安いので、採掘する会社は、いかに効率良く安く運ぶかを工夫してきました。そういった工夫が産業景観の中に現れています。例えば、石灰石運搬専用の貨物列車、長大なベルトコンベア、ゴンドラの架空索道など。山口県宇部市には石灰石運搬専用の高速道路まであります。また、壮大なセメント工場の姿がかっこいいとかクールだという人も最近はたくさんいます。SNSなどにもセメント工場はよく出てきますね。

また、石灰岩は特徴的な自然景観も生み出した。鍾乳洞や「カルスト地形」などです。石灰岩の山は一般に急勾配で、地域のシンボルになったり神様の山になったりしています。独特なお祭りが行われている地域もあるんですよ。


――書籍では、そういった風景も紹介されているのですか?

岡田先生 もちろんです。石灰石の鉱山を中心に形成された町を「砿都」と呼んでいて、本書では日本全国の砿都を紹介しています。

まずは沖縄から。石灰岩はもともとはサンゴ礁からできたもので、沖縄はまさに石灰岩で作られている島なんです。有名な御嶽(うたき)や城(グスク)の多くは『琉球石灰岩』で構成されていますし、普天間宮や玉泉洞など鍾乳洞も多いですね。無論、巨大なセメント工場もあります。
そう考えると、沖縄の景観の多くは琉球石灰岩に関連しているし、「石灰岩」は沖縄を読み解く1つの面白い切り口にもなるかも知れませんね。新しい観光資源にもなるかも知れません。



集落に聳え立つセメント工場と香春岳。作家、五木寛之氏の代表作「青春の門・筑豊編」にも登場する(福岡県香春町)


――撮影はどのように?

岡田先生 基本的には公道から撮影していますが、企業の敷地の中の写真はもちろん許可を得て撮りました。観光ツアーが組まれている時はそれに参加したり。地域によっては石灰石は観光資源にもなっていて、栃木県葛生町(現佐野市)や青森県八戸市には、石灰石の鉱山を眺めるための展望台も設置されているくらいです。


――取材で特に苦労したことは?

岡田先生 熊本県の八代市には、普段は立入禁止になっている石灰石の無人島があります。その島は市役所が管理しているので、研究目的の上陸ということで特別許可を得ました。しかし、出発する2〜3日前になっても連絡がない。おかしいなと思って問い合わせてみたところ、「許可は出したのであとは自分で行ってください」とのこと(笑)。自分で島に渡る手段はないので、漁協を紹介してもらい、なんとか島に行くことができました。

また、情報収集のため膨大な文献を参照する必要がありましたが、その入手にもかなり苦労しました。ただ、近畿大学の図書館の蔵書はたいへん充実しているので、助かりました。無論、自力で発掘したレア本も結構ありますが、貴重な社史や市町村史、私家版の本など、巻末にまとめた文献の多くは近大図書館で簡単に入手できました。この図書館無くしてこの本は絶対に完成しなかったと思います。お陰様で図書館員の方々ともお知り合いになれました。



――今後の展望は?

岡田先生 普段からいろいろな自治体の都市計画やまちづくりの委員などを担当していますが、是非砿都でシビックプライドを高められるような事業のお手伝いをできないかと思っています。既にいくつかの砿都からはオファーを頂いています。
また、それに並行して世界の砿都の景観も研究したいですね。特にお隣の台湾や韓国、そしてイギリスに関心があります。

あとは、石灰石だけでなく、戦後日本を築いた様々な産業の景観についても考究していきたいと考えています。自然景観や歴史的景観はもちろん、テクノスケープにも関心をもつ人が増え、その意義や課題を地域社会がしっかりと議論できるよう、これからも精力的に研究に取り組んでいきたいと思います。



●石灰石が作り出す風景を知ることができる1冊
「日本の砿都:石灰石が生んだ産業景観」
出版社:創元社
著者:岡田昌彰
http://amzn.asia/8fKLCuL

工場夜景など、産業が作り出す景観(テクノスケープ)を研究してきた岡田教授が、「石灰石が生んだ風景」に注目し執筆。膨大な写真が掲載されているこちらの書籍で、もう1つの「日本の原風景」を探ってみよう。読み進めていくうちについ旅に出たくなるような1冊だ。


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