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Kindai Picks トップ研究費は自分たちで稼げ。クロマグロ完全養殖成功を支えたベンチャー精神(水産研究所・宮下盛所長)

研究費は自分たちで稼げ。クロマグロ完全養殖成功を支えたベンチャー精神(水産研究所・宮下盛所長)

宮下

Kindai Picks編集部

2015.11.17

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研究
産学連携
ビジネス
オリジナル記事
水産研究所
近大マグロ

水産研究所長 宮下盛教授が11月17日に72歳で急逝されました。養殖の父と言われた第2代水産研究所長 原田輝雄教授から技術を受け継ぎ、見事完全養殖を成功させた宮下教授。故人のご功績を偲び、2015年8月発刊の科学雑誌「ニュートン別冊」に掲載されたインタビューを転載いたします。

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PROFILE
宮下盛(みやしたしげる)
近畿大学水産研究所長・特任教授 
株式会社アーマリン近大 取締役
NPO法人 アジア太平洋農林水産自立支援グループ理事。

1943年神奈川県箱根町生まれ。神奈川県立小田原高等学校卒/近畿大学農学部水産学科卒。1966年より海水魚類養殖の父・故原田輝雄博士に師事。1968年近畿大学水産研究所白浜実験場に着任。助手、講師、助教授を経て2001年に教授。1971年から水産養殖種苗センター白浜事業場兼務。2008年~2014年まで水産養殖種苗センター長、2011年から水産研究所長。2015年11月逝去。




クロマグロ養殖の産業化に向けた課題はまだまだある


クロマグロの完全養殖を成し遂げた近畿大学水産研究所では、クロマグロ養殖の産業化に向けたさまざまな取り組みが行われている。
近畿大学が完全養殖を達成できた理由と、マグロ天然資源の現状、クロマグロ養殖の現状と産業化に向けた課題、そして、研究所での学生生活について、所長に話を聞いた。


ー近畿大学水産研究所では、クロマグロ以外にもタイやヒラメなどさまざまな魚の完全養殖を達成してきていますが、なぜ完全養殖をめざすのでしょうか。


水産研究所の初代所長の原田輝雄は、「養殖業は完全養殖じゃないとだめ」というのが持論でした。私も実際そうだと思います。なぜなら天然の稚魚が入手できなくなったら、もう産業として成り立たなくなってしまうわけですから。


ー不可能といわれたクロマグロの完全養殖を、近畿大学はなぜ達成できたのでしょうか。


クロマグロの養殖研究は、1970年の水産庁のプロジェクトからはじまり、それに八つの大学と研究機関が参画しました。しかし、3年経って研究費が打ち切られると、近畿大学以外みんなやめてしまいました。
なぜ近畿大学だけが研究をつづけられたかというと、ほかの魚を養殖して売るという体制ができていたので、外部資金に頼らずに経営の中から研究費が捻出できたからです。これに尽きると思います。


ーその体制をどうやってつくったのでしょうか。


近畿大学は当初からいわばベンチャー企業だったんです。実はこの水産研究所は近畿大学が創立する前年の1948年にできています。大学の研究所は学部の附属というのが当たり前ですが、農学部もここができた10年後にできています。
近畿大学の初代総長の世耕弘一は「海を耕せ」と号令をかけるのですが、お金がないので研究費は自分たちで稼ぐしかない。そこで養殖業をおこして養殖業の中で、研究と教育をやってきたわけです。よく近畿大学は実学の研究教育といわれますが、まさに最初からそういう感じでスタートしたわけです。
いただいた研究費でやっているのではないので、ハングリー精神も培われましたし、それが日本の魚類養殖を引っ張る原動力にもなったと思います。


ー今は大学発ベンチャーも盛んになってきましたが、当時としては異色の存在だったのでしょうか。


そうですね。私も若いころは学会に行くと、「魚を売ってるのは研究者じゃない」といわれた時代がありました。でも今は逆に、大学もどんどんベンチャー企業をおこして、自分たちでお金を稼いで大きな研究をやることがいいことだという時代になってきました。


ー2002年にクロマグロの完全養殖を達成したわけですが、現在はどんな状況にあるのでしょうか。


完全養殖はできましたが、問題は産業化がどれだけ進んでいるかということです。2014年11月には、とうとう太平洋のクロマグロがIUCNのレッドリストに載ってしまいました。商業的な拘束力は、野生動植物の国際取引を規制するワシントン条約の付属書?に載らないとないわけですが、レッドリストに載ってくると、ワシントン条約の対象となる可能性も高くなります。そうならないうちに、養殖用の稚魚を天然からではなく、人工ものに置きかえていく必要があります。


ー卵からどれくらいまで育てれば,養殖業者が引き取ってくれるのでしょうか。


陸上水槽で5~6センチに育てた稚魚を、「沖出し」といって海上のいけすに移して、30~40センチの「ヨコワ」とよばれる大きさまで育てると、養殖業者が引き取ってくれます。


ークロマグロの養殖をすべて人工ものにする場合、どれくらいのヨコワが必要になるのでしょうか。


今、日本のマグロ養殖の生産量は年間1万トンくらいといわれています。成魚の出荷サイズが平均40キロとすると25万尾くらい必要な計算です。ヨコワを出荷サイズに育てるまでの生き残り率が60~70%なので、逆算すると60万尾くらいのヨコワが必要となります。
最終的にはその60万尾を人工ものに置きかえていかないといけないわけです。当面の目標としては、60万尾のうちの30万尾は完全養殖をめた人工ものにしていきたいと考えています。



大島実験場の海上いけすのクロマグロの稚魚(ヨコワ)。直径30メートルのいけすで約3000匹の稚魚が飼育されている。大島実験場には稚魚用の海上いけすが四つあり、稚魚は養殖業者に販売される。


ー現在はどんな状況にあるのでしょうか。


まだまだですね。クロマグロは陸上水槽でふ化後7~10日目の間にとくに死にやすい時期があります。さらに2週間目くらいから1か月くらいは共食いで減っていきます。そのあと稚魚を沖出ししてからも衝突死などでどんどん減っていきます。
卵から製品になるまでの通算では、最初のころはほとんど全滅で0.0016%という生き残り率でしたが、諸々の研究と対策によって、やっと1%くらいになりました。しかし、マダイの場合は50~60%の生き残り率ですので、それとくらべるとクロマグロの生き残り率はものすごく低いのです。


ークロマグロの生き残り率をさらに高める方法はあるのでしょうか。


今、水産庁のプロジェクトでもクロマグロの稚魚の生き残り率を高めようと取り組んでいます。しかし、クロマグロに関しては、ほかの養殖魚のようにはいかないと私は思っています。
なぜかというと、たとえばブリは環境がいい場所ならいけす1立方メートルあたり25~30キロ飼育することができます。1キロのブリなら30匹くらい飼えるわけです。ところがマグロは、1立方メートルあたり3キロ以上飼えないんです。
成長して飼育密度がそれ以上になると、増えた分だけ死んでいきます。クロマグロにはそういう生態的な問題があるので、技術面で生き残り率を大幅に高めるというのはなかなかむずかしいと思います。


ーなぜクロマグロは飼育密度が高いと死んでしまうのでしょうか。


高速遊泳をして、しかも密になって群れをつくる魚ではないという生まれもった性格、マグロの特異性としかいいようがないですね。
通常、種苗生産で使ってる中間育成用のいけすは、マダイでもブリでもカンパチでも、だいたい1辺12メートルです。マダイならそこで15万尾生産できますが、クロマグロは500~700尾しか生産できません。


ー何か対策はあるのでしょうか。


現在、近畿大学ではヨコワを年間3万~4万尾生産できますが、日本の養殖に必要なヨコワ60万尾の5%にすぎません。ですので、これからは技術開発と並んで場所を確保して種苗生産のいけすを増やさないと、なかなか産業化が進まないということです。そういうことで、2010年から豊田通商株式会社と提携して養殖する場所の拡大を進めています。


ー産業化に向けた課題はほかにもありますか。


エサの人工配合飼料化も非常に重要です。稚魚用に関しては数年前にようやく開発されました。成魚用もできてはいるのですが、コスト面や成長面を考えると、まだサバやアジなどの生エサを使ってるのが現状です。一部で混ぜて使ったりはしていますが、今後の課題です。



水産研究所で学ぶには


ー近畿大学に入って水産研究所で学びたいと思ったときに、どうすればよいのでしょうか。


水産研究所と一番関係するのは農学部水産学科の水産増殖学です。水産学科が1学年100名くらいで、その中で水産増殖学を専攻する学生は平均25名くらいです。その中で、何をテーマに卒論を書くかによって、実験場の配属先が決まります。
たとえば、マグロの飼育なら大島実験場か奄美実験場、エサの研究をやりたいなら浦神実験場といった感じで、そこで1年間卒論研究をすることになります。


ー就職先はどういうところが多いですか。

水産庁の研究所や、水産系の独立行政法人、県の水産試験場などです。民間ではニッスイとか、飼料メーカー、養殖資材メーカーなどです。もちろんまったく水産に関係のない企業に就職する学生もいます。



平成23年養成クロマグロのはく製と宮下所長。「クロマグロだけでなく、一連の魚類養殖の研究をやってきたところが近畿大学一番の強み」、そして「クロマグロの養殖は本当にむずかしい」と宮下所長は語る。


ー研究所にきた学生さんの生活はどんな感じなのでしょうか。


私は水産研究所のシステムは学生にとって非常にいいと思っています。学生がここで卒論研究をやるとしたら、普通は生活費が必要ですよね。でも水産研究所では養殖業という生産の現場で働いた対価で食費や下宿代といった生活費を納めるシステムになっています。大学の施設でそんなところはないですよね。しかも単なるアルバイトではなく、養殖業の実習も兼ねているわけです。
慣れるまでは結構しんどいみたいですが、終わったらみんな、ここへ来てよかったなという感じになりますよ。


ーおもしろいシステムですね。


近畿大学は実学の研究教育といわれていますが、水産研究所は本当に半分実社会で勉強してるみたいな感じです。大学の講義は先生1人に対して学生100人とかですが、たとえば白浜実験場は、従業員の数が100名近くいて、学生が10~20名なので、圧倒的に学生のほうが少ないわけです。
仕事中心に動いてるので、朝8時のミーティングから夕方5時のミーティングまでは職員と一緒に行動しないといけません。自由は少ないですが、そのかわり養殖業、養殖研究の場に十分すぎるほど身を置くことになります。だから、増養殖の現場に就職しても自分で何でもやれるくらいになるので、就職先の企業からの評判はとてもいいですよ。

出典:ニュートン別冊『近畿大学大解剖』


Photograph おがわいもり/Newton Press

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