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2023.08.02

吉本新喜劇の元座長・川畑泰史氏が教える失敗を武器にするマインド。新喜劇と起業の意外な共通点とは?

Kindai Picks編集部

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吉本興業
川畑泰史

1991年に吉本新喜劇に入団し、2007年から2023年3月までの約16年間は座長も務めた川畑 泰史氏が今年7月6日に近畿大学を訪問し、起業を志す学生に向けて講演を行いました。新喜劇制作の流れをもとに起業に必要なマインドや発想法を惜しみなく伝えた、当日の様子をお伝えします。

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川畑 泰史(かわばた やすし)

昭和42年6月22日、京都府生まれ。NSC9期生として卒業後、吉本興業に入社。その後、平成3年(1991年)吉本新喜劇に入団。平成19年(2007年)~令和5年(2023年)3月まで座長を務める。
新喜劇の台本制作だけでなく、令和4年(2022年)のミュージカル「ぐれいてすと な 笑まん」では、作・演出を担当するなど、多岐にわたる制作活動を行っている。
吉本興業の芸人養成学校NSCやエンタメ業界で働くスタッフ養成学校のYCAにて、講師として新喜劇や台本制作に関する授業を令和4年度(2022年度)まで担当。

2023年7月6日、近畿大学は吉本新喜劇の元座長である川畑泰史氏を招き、約40人の起業を志す学生に向けて「KINCUBA Basecamp」で講演会を開催しました。

長年新喜劇の座長を務めていた川畑氏は、新喜劇の演出や制作に携わっていました。これらの経験から、新たな事業を始める学生たちへ、ものごとを作り上げるメソッドや考え方を伝えてもらえるのではないかと企画したこの講演会。当日は吉本新喜劇の台本制作から千秋楽までの流れをベースに、起業に必要なマインド、特に失敗を恐れずにチャレンジする気持ちや準備の大切さについて語ってもらいました。

※KINCUBA Basecamp:近畿大学の起業支援プログラム「KINCUBA」の一環で創設された、起業支援の取り組みを強化するためのインキュベーション施設


起業に必要なのは失敗を恐れないマインド。まずは行動してほしい

講演は「起業には『ゼロをイチにする』イメージがある」という話から始まりました。川畑さん自身に起業経験はないものの、新喜劇の制作の中でゼロをイチにする行動の重要性を実感しています。



そしてその行動力を身につけるには、実行の壁となる失敗を恐れる気持ちをなくすことが大切であり、「そもそも失敗は悪いことではないから恐れなくていい」と学生に話します。
「新喜劇に例えると失敗せずに成功する、つまりお客さんにウケるのは簡単。過去にウケたネタを見せれば確実です。ただ、行動はしているけれど挑戦はしていないから、成長にはつながりません。チャレンジで得た失敗からしか成功に近づくヒントは学べないから、どんどん失敗したほうがいいんです」

川畑さんは新喜劇の座員の中でもっとも行動している人として、池乃めだかさんを例に挙げました。

池乃めだかさんは2023年で80歳、新喜劇で長く活躍している上にギャグの数は新喜劇の座員の中でも多い。定番ネタもあり、見せれば絶対にウケる。にもかかわらず、たまにスベることがあるのだとか。
この「スベる」という一見マイナスな出来事も、川畑さんにはポジティブに見えています。ウケるギャグを持っていてもスベるのは、新しいギャグに挑戦している証拠だから。若手のころ、その姿を見て「芸歴、人生ともに先輩であるめだかさんがまだまだ挑戦しているから、僕ら若手が怖がっている場合ではない」と勇気を持つことができたそうです。


吉本新喜劇の鉄板ギャグは失敗から生まれた!? ミスは自分の武器や個性にする



会場となったKINCUBA Basecamp

とはいえ、誰だって失敗は怖いもの。そんな私たちの不安を察してか、川畑さんは失敗を恐れない必殺技を紹介してくれました。
「失敗したくないときは、むしろ失敗する可能性の高いことをする。このネタはウケない、お客さんに理解されないと思うことを実践したほうが、スベったときに痛手がない。失敗する可能性がありながらも実行した経験から勇気も出るし、学びがたくさんあるんです」

川畑さんは失敗の必要性を新喜劇の舞台練習に例えて解説してくれました。

カップルが別れを決意して「さようなら」というシーン。演出家は泣き顔ではなく、より悲しさを出すために笑いながら「さようなら」と言ってほしいと考えている。その意図を話さずに座員に演じてもらいます。

実際の座員を例に、次のような演技をしたとします。





指示通りで正解なのは「笑いながらさようなら」と演じること。上から順に褒められそうですよね。

しかし成長できるのは次の順番。



演出の意図とは正反対の「泣く」を選択した2人が上位です。

笑った2人は正解ゆえに、演出家から注意されることはありません。
違うと言われないと、本人はその演技が正解なのか、なぜ正解なのか、理由がわからないから他の場面で生かすことができない。正解を出したせいで試行錯誤できず、さらなる成長はあまり期待できません。

対して「泣く」を選んだ2人は、まず演出家から「泣くことは間違い」と教えてもらえます。正解がわかる上に、演出家からしっかりと「なぜ泣き顔が正解なのか」と説明を受けることもできます。
特に諸見里さんのように考えた上で間違った人は、自身の回答や考え方と正解を照らし合わせて「なぜ自分の考え方が間違っていたのか」を知ることができる。そしてその考え方をベースに、次のよりいい演技につなげられる。

「新喜劇では失敗から多くのことを学んでいるし、失敗からしか学べないこともある。失敗という貴重な学習機会を得ているんです」



失敗そのものが大きな成功体験になることもあります。実際に新喜劇の代表的なギャグ、末成映薫さんの「ごめんやして、おくれやして、ごめんやっしゃー」というセリフは本来のセリフを噛んだことから生まれたもの。さらに、竜じいこと井上竜夫さんへの「寝るな!」というツッコミも、井上さんがセリフを忘れて考える様子が寝てしまったように見えたことから誕生しました。

失敗を恐れず、逆に自分の武器にするからこそ、ユニークで誰からも愛される現在の新喜劇が作り上げられたのだ、と見え方が変わった瞬間でした。


起業は本音むき出しのアイデア出しから。ポイントは逆転の発想をすること




マインドの次は、起業準備を新喜劇の制作の流れに例えて話してくれました。川畑さんいわく「新喜劇で1つの作品を作り上げる流れが、起業に似ている」のだそうです。

新喜劇では、次の流れで制作が進みます。



最初のプロット制作は起業でいう「アイデア出し」に当てはまります。
アイデア出しでは「たくさんアイデアを出さなければ」「人より優れた案を出そう」と気が張ってしまいそうなもの。しかし川畑さんは「最初は『これをしたい!』『これなら儲かりそうだな』というシンプルな気持ちや欲望でいい」と話します。

「細かいところや現実的な部分(落としどころ)は後からいくらでも調整できます。完ぺきでなくてもいいから、まずはとにかくたくさんアイデアを出すことを目指してほしい」

とはいえ、アイデアがなかなか出ないときはどうすればいいのでしょうか。そこで青森のりんご農家の話から、アイデアを生み出す方法を教えてくれました。

とある年、青森のりんご農家では、台風の影響でほとんどのりんごが木から落ちてしまいました。「今年はもうダメだ」と落胆する農家たちの中で「ちょっと待て」と、1人の農家が話し始めます。
「確かに下を見ればたくさんのりんごが落ちている。落ちたりんごはもう売れない。でも上を見ろ。落ちていないりんごもある」
そして台風の中で生き残ったりんごを「落ちないりんご」として受験生向けに販売することにしました。通常より高い価格設定でしたが、瞬く間に完売。台風があったにもかかわらず、その年の売上は例年とほとんど変わらなかったのです。

「『りんごが落ちたからもう売れない』と諦めるのではなく、逆転の発想をする。一般的な事柄を正反対から眺めて、視点を変えれば新たなアイデアは生まれるはずです」



また川畑さんは、アイデアを出す上で重要な、人の心を感動させることにも触れました。
「注意点として、ただおもしろい発想を何十個も出せばいいわけではありません。人の心を感動させるアイデアになっているかどうか。感動(する要素)を入れるのは絶対に忘れないでください」

起業するときに、サービス案を何度も議論していると、なんとなく良くなった気がすることがあります。アイデアもたくさん出ているし、昨日よりは良くなっているし大丈夫だろうと思ってしまいます。
しかしそういうときはアイデアを出すことが目的になり、お客さんにとっておもしろいか? ニーズはあるか? という本来の目的を忘れてしまうことも多い。

新喜劇がおもしろいかどうか、最終的に判断をするのはお客さん。起業したサービスが魅力的かどうかも、最終的に決めるのはお客さん。
需要を把握する市場調査は怠らず、客観的な目線での判断を怠らないようにするのが大事だそうです。
「僕たちは感動がなければプロットを変更します。客観的なおもしろさがなければ、お客さんはまた観たいと思ってくれないから。起業でも人の心を動かせないならば、計画から修正することをおすすめします」


本番前、舞台で120%を出し切るための準備時間を作る


プロットが完成すれば、次は作家さんと打ち合わせをします。ここで物語の大きな流れや設定を決め、映像が思い浮かぶまで徐々に詳細を詰めるそうです。

具体的にはストーリーにおける主人公の葛藤や成長、笑いどころ、オチ。物語のポイントが伝わる出演者の配役やキャラクターの設定などを考えます。動く登場人物をイメージして、感動できなければプロットに戻る。それでもダメならプロットから考え直す。こうした確認作業をひたすらくり返します。

「起業でいうと成功までのストーリーを一度作って、頭の中で映像が流れるまで綿密に詰める。自分が成功するためにはなにが必要なのか、なにをいつまでに準備しないといけないのか、その準備で本当に実現できるのか。細かい部分を確認する時間が、打ち合わせです」



打ち合わせで細部まで詰めるのは「お客さんが感動するか?」を確認するためでもありますが、その他に「本番で全力を出し切るため」という目的もあるそうです。

舞台慣れしている座員でも本番中にセリフが出てこない、段取りがうまくいかないなど、ハプニングは起こり得ます。特にテレビ収録が入る公演は失敗ができないからこそ、座員の演技やボケが控えめになるのだとか。
入念な準備をしていても起こることが、準備なしに防げるわけがない。常に落ち着いて演技をするには平常心が必要で、その平常心は「これだけやったから大丈夫」という準備の量や細かさから生まれるのです。

「本番で120%の力を出し切って、全力でおもしろいことをするために準備は必須。『もう不安なところはない』と思えるくらい準備して挑めば、不思議と本番で緊張することはありません。どんなときも平常心でパフォーマンスをするために、準備は怠らずにしっかりやり切ってほしい」

「もう想像できないところはない」と思えるくらいの自信が生まれたときにこそ、失敗する可能性のあるチャレンジにも踏み切れるのかもしれません。


稽古は前日3時間のみ! 未完成でも出して、軌道修正をくり返す




物語が完成したら稽古に入ります。でも、新喜劇の稽古は前日のたった3時間!
というのも、新喜劇は月曜日に稽古をして火曜日から日曜日まで通常公演(土曜日はテレビ収録)、そして月曜日に千秋楽を迎えます。
ぶっつけ本番にも近く、「そんなに短い練習で大丈夫?」と心配になるのも、「プロだから舞台慣れしているのか!」とすごさを感じるのも、どちらも間違いではありません。実際に稽古時間が短いゆえに悔いが残る初回公演もあれば、初回からうまくいくこともあるそうです。

しかしテレビで観る新喜劇はいつもおもしろく、失敗なんてほとんどないように見えます。それは火曜日の公演初日から月曜日の千秋楽まで、毎日少しずつ改善点の洗い出しと軌道修正を行っているからです。



「新喜劇では1週間に複数公演を開催しますが、これだけたくさんの公演をしても本番終わりの振り返りは忘れません。稽古が少ないのにテレビ放送の公演がスムーズなのは、初日から何回もブラッシュアップしているから。確かに練習が短いと不安もあるけれど、未完成でもまずお客さんに見せる。そのほうが最後によりいい舞台ができるんです」

なにかを実行するとき、ついつい「完ぺきにしないといけない!」と結果を先に求めたり、「100点ではないからまだ出せない……」と足踏みしてしまうこともあるでしょう。
でも完ぺきにしてから見せようとすると、いつまで経っても世に出せません。
怖いけれど、1度人前に出してしまえば反応が見える。自分たちの考えたものがいいのか悪いのかがわかり、どうすればもっと良くなるのだろうか? と考えるヒントを得られます。
100点満点中30点の状態で公開しても、改善点を見つけて修正すれば、最後には150点の舞台を作ることもできる。「もっとサービスを良くするため」と考えれば、完ぺきではない状態もポジティブに捉えられそうです。
こうして最良の状態で千秋楽を迎え、新喜劇はまた次の公演の稽古を始めるのです。


相手の失敗をどんどん許容しよう。そうすれば全員が味方になる


川畑さんは起業の手順とあわせて、周りの人を大切にする重要性も教えてくれました。

新喜劇の公演でも自分の事業でも、すべてがうまくいくとは限りません。セリフを忘れた、段取りを間違えた……ミスがあると原因を作った人を責めたくなりますが、「うまくいかなかったときこそ自分が原因と考えよう。そうしたほうが仕事がうまくいく」と話します。
「もし誰かが失敗しても、他人を責めないでください。メンバーがミスや悪いことをしたときには、なにか理由があります。まずは相手の行動の理由や背景を理解しましょう。
背景を理解せずに人を責め続けると、敵が増えてあなたのことを応援してくれる人がいなくなります。敵より味方が多いほうがみなさんに協力的な人も増えて、何事もうまくいきやすい」

大きなミスをした人を責めたくなりますが、誰だって一方的に叱られたら辛い。なにかやむを得ない事情があったのかもしれないと、他人の失敗を許すからこそ自分が思い切って失敗できる環境も生まれ、どんどんチャレンジできるようになります。



また味方の増やし方も具体的に教えてくれました。

「味方を増やすには、相手を自分の思い通りに動かすのではなく、そのまま受け入れるのがおすすめ。
叱るというのは、相手を自分の思い通りに行動させようとする行為でもある。出会う人みんなを自分の思い通りにするのは難しいけれど、ただ受け入れるだけなら簡単。いろいろな人を受け入れれば、自分の許容範囲が広がります」

イメージは分度器。許容範囲が60°の自分が70°の人と出会ったら、相手を60°に入れるのではなく自分のテリトリーを70°まで広げる。
そうすると200°の人が現れても「おもしろいな」と受け入れて、自分の心の器が広くなる。味方もどんどん増え、最終的に自分を応援してくれる人ばかりになります。

「最終的に360°を目指せばみんな味方。全方位が自分の味方になれば、もうなにも怖いものはない」


一歩踏み出せないあなたへ。失敗したらネタが増えたと思え




最後に学生へのメッセージとして「失敗したらネタが増えたとポジティブに捉えて」と話し、そのエピソードとして先日、自分の身に起きたハプニングを話してくれました。

「NEW ERAの真っ白のキャップを買ってすぐ被って歩いていたら、目の前でカラスが糞をしたんです。大半の人は『ああ、良かった』と感じるけれど、僕は『しまった!』と思った。だって、もう一歩前に出て糞を被っていたらネタになったはず。買ったばかりの真っ白のキャップを汚されるなんて、こんなにおいしいことはない。
この経験は残念ながら失敗にはならなかったけれど、失敗は成長のきっかけになるだけでなく、人を笑わせることもできる。ポジティブな経験なんです」

起業という大きい挑戦をすると周りから「すごい」と言われ、大金を手にすることもあるかもしれません。
でも世の中は、他人の自慢話に興味はありません。その上、SNSの出現によって他人のキラキラした瞬間を目にすることが増えました。
そのような中で人々が求めるのは、他人の不格好な話。失敗ほどおもしろく、受け入れやすい話はありません。
その失敗を営業先でおもしろおかしく話せば、仲良くなるきっかけになるかもしれない。前向きに捉える姿を気に入った人がいれば、仕事につながるかもしれない。失敗を楽しんで自分の武器にすれば、人生の追い風となることさえあるのです。

最後に学生から「なかなか売れなくて辛かったことは? どうやって乗り越えましたか?」と質問がありました。

川畑さんは自身の経験を答えつつ、学生に「いまなにか悩んでいるんですか?」と聞くと「最近、大学の駐輪場でこけて恥ずかしかった。いま思い出しても恥ずかしい」と。
すると「まさにそれです! なにを聞いていたんですか(笑)。 こけたことはおいしいんですよ」と笑いながら答えてくれました。

学生も「いま笑い話にしてもらって、消化されました(笑)」とポジティブに捉えられた様子。失敗は笑い話に変えて、自分の武器として使う方法もあることを体感した瞬間でした。

川畑さん、ありがとうございました!


文:森木あゆみ
写真:平野明
編集:人間編集部

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